探偵という職業は、多くの人に誤解されている。
 警察や医師、或いはアイドルなどといった職業の実像が、インターネットの普及も手伝って少しずつ一般人にも覗き見出来る時代になっているというのに、探偵に関しては未だに数百年前から固定されたイメージを持たれ続けている気がする。

 その最たる要因は、推理小説とそれを原作とした映像作品にある。
 要するにミステリーものだ。
 ミステリーという分野において探偵は常にヒーローであり、物語の語り部であり、ナゾトキの立役者でなければならない。

 幾つもの殺人事件や不可能犯罪に挑み、卓越した頭脳による天才的な推理と死をも恐れない行動力を武器に、読み手が痺れるような解決劇を演じる。
 探偵とは、そのような職業――――というミステリー分野の都合が現実の探偵にまで浸食し、根を張って動けなくしてしまった。

 では、創作物の中ではなく現実を生きる探偵とは、どういう職業なのか。
 ハッキリ言ってしまえば『街の便利屋』だ。

 探偵の中には、『元警察』の肩書きを持つ人もいる。
 そういう方々の中には、推理小説内の探偵に近いスキルや頭脳を持っている人物も存在するかもしれない。
 けれど、ならそういう人達が殺人事件に関与する事があるかと言うと、あり得ないというのが実情だ。

 事件解決は警察の役目。
 探偵の仕事の殆どは事件未満のトラブルの解決であり、数少ない例外に関しても、事件の幼芽を断つ作業、風化した事件の後処理など、華やかさとは縁遠い内容だ。

 現実の探偵は、推理を武器にはしない。
 ましてトリックを暴いたりアリバイを崩したりする能力など、一切必要ない。
 それが、高校を中退して一年ほど探偵業を勤めて来た俺――――狭間十色の出した結論だ。

「だったら、探偵には何が必要なんですか?」

 そんな持論を切々と語りながら、本日の昼食である生素麺をポリポリ食していた俺に、助手の胡桃沢君は怪訝そうな面持ちで問いかけて来た。
 彼女は俺とは違い、高校に通う現役女子高生。
 ただし今日は日曜の為、平日とは違い昼から事務所に顔を出している。

 胡桃沢君は元々、俺の依頼人だった。
 その後色々あって、今はこうして助手を務めてくれている。

 頭にホッキョクギツネの耳を模した飾りを装着している以外は特に個性のない、ごく普通の可愛い女の子。
 あんな耳飾りを付けていようとも、依頼人が女性の場合、或いはちょっと個性的な男性の場合、彼女の存在感はあっという間に消えてしまい、いないも同然といった状況になってしまう。
 そんな彼女でも立派に助手が務まるのが、現実世界の探偵だ。

「そりゃ勿論、探偵業届出証明書。それがないとモグリになっちゃうし」

「いえいえ、そういう事じゃなくて……あ、でもホントに飾ってる。意外とちゃんとしてるんですね、所長」

 ただし、ここまでナメた口を利く助手は珍しいと思う。
 どうも彼女はプロの探偵の助手という自覚が足りない。
 その理由の一つは、この事務所にあるんだろう。

 古く細い四階建ての物件『坂上ビル』の二階にある我が【はざま探偵事務所】は、広さだけなら一流企業のオフィス並。
 けれど従業員約二名、常駐社員約一名の規模に見合う筈もなく、使用しているスペースはせいぜい六畳一間のアパートくらい。
 デスクもパソコンも何もかもボロっちいこのセンター寄せ空間が、俺の生活拠点であり仕事場だ。

「それで真面目な話、探偵に必要なスキルってホントは何なんですか?」
 
「そうだね……基本的には他の職業と一緒だよ」

「と言うと?」

「事務所を維持する能力。要するに、仕事を得る能力かな」

 ミもフタもない回答だったのは自覚している。
 案の定、胡桃沢君の表情は本格ミステリードラマの続編に脈絡なく恋愛要素をブチこまれた時の視聴者のような顔をしていた。

「仕事をするのに大事なのがお仕事探しって言われても、全然ピンと来ないですよ。頭痛が痛いみたいな」

「それとは全然違うと思うけど……んじゃ言葉を変えよう。探偵の先入観や固定観念を崩して、仕事の幅を拡張する能力が重要って事」

 探偵の主要なお仕事は、密室殺人のトリックを暴いて集合かけて犯人をつるし上げて逆上され殺されかけるか、自殺幇助に限りなく近い非情な追い込み方をするか――――ではない。
 今も昔も『浮気・素行調査』一強。
 ただし近年は『ペット捜索』『ストーカーを含む不審人物の調査・対策』『DV被害対策』といった仕事も増えてはいる。

「『ストーカー』や『DV』って言葉が一般化した事で、依頼数は大幅に増えたらしい。不審者に悩まされる人や配偶者からの暴力に悩む既婚者は昔から多かったけど、流行語になった事で依頼し易くなったんだ」

「つまり、それが拡張なんですね」

「ああ。時勢と探偵の仕事を結びつけて宣伝する。『ストーカーに悩んでいるなら探偵にお任せ』と吹聴して、今まで縁の薄かった層の中から多数の依頼人を生み出す。こういった事が出来るかどうかで、探偵として生きていけるかどうかが決まるんだ」

 これまた生々しい話になるけど、推理力は金にならない。
 金がなければ事務所は存続出来ない。
 よって、探偵業において推理は全く必要ない訳じゃないが、少なくとも最優先事項とはなり得ない。

「例えば、最近だと自覚なき精神疾患の患者を適切な病院に連れて行くお手伝いをする……なんて仕事もあるらしい。ウチではまだ一例もないけど」 

「そういうお仕事って、他に請け負うべき職業がありそうなものですけど……」

「なら具体的にどういう職業の人達がすべきか、パッと思い付く?」

「むー……そう言われると、病院の人達くらいしか出て来ませんね」

 でも実際、看護師や医師が家まで来て嫌がる患者を連行する……というのは難しい。
 それをすれば、患者の病院への不信感は修復不可能なところまで膨れ上がり、その後の治療は困難を極める。
 一方、探偵がその仕事を請け負えば、仮に嫌われ恨まれたところで患者やその周辺への不利益はない。

 こういった、どんな職業が適任なのか、誰がすべき仕事なのかが曖昧なところへ積極的に飛び込む決断力と判断力が、探偵には必須。
 既存の仕事を食い合うだけでは、数年はもっても十年以上事務所を維持するなんて到底出来やしない。

「そっか。だから所長はどんなヘンテコな悩みにも耳を傾けるんですね。異世界に行った友達を探して欲しいとか、ハーレムを維持したいとか……」

「世界を滅ぼす方法を教示して欲しい、とかね」

「……」

 当の本人はそっぽを向いてカスカスの口笛もどきを吹いていた。

「とまあ、要は一風変わった問題や悩みの受け皿としてもしっかりと機能しようってのが『はざま探偵事務所』の方針な訳だけど、その方針をより明確にする為に、こんなコーナーを設けてみた」

 ようやく本題に突入したところで、俺はここ二日徹夜で作業した成果を胡桃沢君に披露すべくノートパソコンを180°回転させる。
 そのモニターには、はざま探偵事務所の公式サイト内で新たに設けた投稿欄が映し出されていた。

「匿名悩み相談室『十色の世界』……?」

「電話での依頼は時代錯誤だし、かといってSNSで受付ってのも軽すぎるから、ここが良い落としどころと思ってね。悩みを投稿して貰って、それに無料で回答する。その中に探偵の仕事に繋がるようなトラブルがあれば、事務所への来訪を促す。悪くないアプローチだと思わないかい?」

「それよりコーナー名が……」
「そういう訳だから、投稿がないか逐一チェックしておいてくれたまえ。良いね?」

 どこぞの熟練教授のような口ぶりで、俺のセンスに対する嫌な指摘を回避成功。
 探偵たるもの、力業も時には必要だ。

「それは構いませんけど、私にお任せじゃなくて所長も直々にチェックすればいいじゃないですか」

「確かに、本日のスケジュールは驚きの白さだしな……」

 探偵とは、依頼人との出会いを待つお仕事。
 焦っても仕方がないのだ。

「それじゃ、こうしよう。今12時半だから、13時には俺がチェックする。13時半に胡桃沢君。次に俺が14時」

「お互いに1時間おきですね。わかりました」

 さて、これで環境は整った。
 新しい事を始める時は、いつだって気分が高揚する。
 どんな相談が寄せられてくるのやら……

 


 ――――6時間後。

 


「……まさか夕飯時まで一人も来ないとは」

 絶望と徒労感に支配される中、近所のスーパーで夕食を購入し、帰宅。
 これまでオン、オフを問わず積極的に宣伝して来たし、相当な数の依頼をこなしてきたから、公式サイトの閲覧者はそれなりにいると思うんだけど。
 無料相談で初日ゼロは流石に凹むな……

「お帰りなさい所長♪ お風呂にしますか? ご飯にしますか? それとも、わ・た・・・し?」」

 事務所の扉を開けた瞬間、一部のみ凹んでいた俺の心は事故車のようにボコボコにされた。
 
 今、俺の眼前には――――制服の上にエプロンを着用した胡桃沢君がいる。
 甘い声と共に小首を傾げ、媚びるような上目遣い。
 しかし徹底出来ていないらしく、目は上下左右へと忙しなく泳いでいる。

 とはいえ、それはまだいい。
 問題は、彼女が右手に掴んでいる駄菓子だ。

 ラベルが一部手で覆われているから断定は出来ないが、中身はおそらくは綿菓子。
 そういえば、『わ』の後の『た』と『し』の間に小さい声で一文字発していたような気がする。

 こ、これは……

「胡桃沢君」

「言わないで下さい! 何も言わないで下さい!」

 無個性である事を気にする余り、ついお色気方面へと走ってしまったものの、本気に取られても困るんで、予防策としてダジャレでオチを付けたんだろう。
 可哀想に。

「ええと。アレだ。傷付いた俺をユーモアでほっこりさせようとしてくれたんだね。うん、癒やされた癒やされた。優しいね」

「オブラートをどんどん口に押し込まれてるみたいで息苦しいです!」

 折角のフォローも不発に終わってしまった。
 っていうか、制服の上にエプロンって格好、意外と興奮しないんだな。
 なんかもっさりし過ぎてピンと来ない。

「おかげで一つ、人生で大事な事を学んだよ。優しいね」

「優しいねって言わないで下さい! うー……所長を手玉に取る小悪魔助手になる筈だったのに……」

 無個性キャラ返上とはならなかった胡桃沢君の迷走は今後も暫く続きそうだ。
 正直、若干面倒臭い。

 それでも、彼女の存在は殺風景な事務所を彩ってくれているし、ありがたくもある。
 なんだかんだで、高校に通っていない俺にとって同世代の女子と接する機会は貴重だしね。

「それより所長、来てますよ。悩み相談の投稿」

「マジで!? それ早く言ってよ! こりゃ明日の主食は素麺の酢和えじゃなくて素麺弁当に変更だな!」

 素麺弁当……それは断崖絶壁に咲く一輪の花。
 この俺に、摘めるだろうか。
 届くだろうか――――この手が。

「内容はですね、えーと……『好きな子に告白されたけど、罰ゲームな気がします。どうすれば真相を確かめられるでしょうか』だそうです」

「……なんかお金になりそうな気がしないね。一応、年齢と性別も教えて」

 匿名悩み相談室『十色の世界』の投稿フォームには、名前の記載は必要ない。
 ただ年齢・性別については回答と直結する問題だから、年齢についてはアバウトでもOKという条件で必須項目に設定している。

「……」

「どしたの? 小学生か中学生だよね? まさか大学生とか? いやいや、幾らなんでもそれはないか」

「80代男性です」

「……昨今の老人ホーム事情は密室殺人より難解だな」

 人間、年を取りすぎると童心に返るんだろうか。
 なんかゲーセンが年配者の溜まり場になってるって言うし。

「とはいえ、こんな場末の探偵事務所がひっそりと始めた企画にわざわざ投稿してくれた、貴重なお客様第一号だ。丁寧な回答を心掛けよう」

 それが第二、第三の投稿に繋がるし、その中に新たな顧客が現れるかもしれない。
 何事も最初が肝心だ。

「それにしても、告白された相手をそこまで疑うものなんですね。私なんて、ただ戸惑うばかりだったのに」

「ふーん」

「……」

 胡桃沢君的には『昔モテたのを無意識の内に暴露する天然な女の子』キャラを付けようとした発言だろうが、本当にそんなキャラになられても困るんでスルー。
 隙あらば新たな属性を身に付けようとする彼女の努力は立派だけど、個性ってきっとそんな事じゃないと思うんだ。
 
 さて、そんな事よりこの相談への回答だ。

 10代だろうと80代だろうと、罰ゲームかどうかを確認するのは何気に難しい。
 告白してきた子やその親しい友人に『これって罰ゲーム?』と直接聞けないからこそ、こうして相談して来た訳だし。

 なら、この御老体が採るべき行動は一つしかない。
 その回答を記載すべく、パソコンと向き合った。

 


 共通の知人に相談して、確認して貰うのが最も確実な方法です。
 それが難しい場合は、その女性の前で喉にモチ詰まらせて死んだフリをしてみて下さい。
 罰ゲームだった場合は冷めた反応になるでしょうし、そうでなければ本気で悲しんでくれるでしょう。

 それはそうと、告白されたのはあなたの想い人とのこと。
 あなたが好きになった人は、好きでもない相手に罰ゲームだからと告白するのでしょうか?
 そうじゃない可能性のほうがずっと高いと思います。

 何事にも慎重になるのは良い心がけですが、ならばその慎重さは、告白した女性が傷付くかもしれないという方にも向けてみてください。

 万が一、本当に罰ゲームだったとしても、傷付くのはあなただけです。
 好きな子が傷付くのと自分が傷付くのは、どちらが良いですか?
 もう一度、自分に問いかけてみてください。

 


 ……これで良し、と。

「所長。長いです。そしてクサいです」

「そ、そう? 女性ウケも狙いつつ、真摯に答えた感を出してみたんだけど」

「エセフェミニスト感が尋常じゃないです」

 酷い中傷を受けた!
 さてはさっきのスルーを根に持っていたな、胡桃沢君……!
 
「でも、80代の方がこの事務所のサイトを見てくれてるなんて、ちょっとビックリしました。ネットの利用者層ってそんなに広がってるんですね」

「流石インターネット社会……って言いたいところだけど、この年齢は多分ブラフ」

 別に年齢と性別を正しく記載したところで、個人の特定なんて出来る訳ないんだけど、ネット上ではつい偽りのプロフィールを使ってしまう人が多いと聞く。
 だとすれば、内容からして中高生の可能性が高そうだ。

 どっちにしても回答に変更はないけど、今後も年齢の申告を鵜呑みにする訳にはいかないと再確認出来たのは収穫だ。

「他には……来てないか。ま、初日に一つ投稿があっただけでも快挙だよな。慌てず気長に行こう」

「ですね。この回答を見て新しい投稿が来るとは思……んんん……来る、永久をも超越した未来の果てまで」

「それで上手く言い直せたつもりか」

 ともあれ、はざま探偵事務所の窓口が一つ増えた。

 


 ……とはいえ、だからといって依頼に繋がるような相談がそう簡単に寄せられる筈もなく。

『浮気した夫の××××を合法的に潰す方法ってありますか?』。うーん……まず夫に女装趣味を持たせるよう仕向けてみては如何でしょう、と」

「次の相談はコレです。『ネットでクソムカつく奴殺したいんだけど、完全犯罪って出来る?』

「またそれか。完全犯罪を実行するには最低でも億単位のお金と国家権力に通じるコネ、若しくは100本の針の穴をノンストップで通す幸運が必要なので、大物政治家の秘書か天才外科医を目指しましょう……と」

 予想はしていたものの、ネタのような投稿が多数を占めてしまい、中々思うような展開とはいかない日々が続く。
 それでも閑古鳥が鳴くような事にはなっていないだけマシかもしれない。
 露骨な煽りや冷やかしも滅多になく、探偵事務所の公式サイトとしての最低限の体裁は保てていた。 


 そして、企画開始からちょうど一週間が経過した日のこと。


 その相談は他のものと同じく、唐突に寄せられた。
 自己申告によると、送り主は10代男性。
 内容は――――

 


 僕には死神が必要です。
 どうすれば死神と出会えますか?
 教えてください、探偵さん。

 


「うわぁ」

 胡桃沢君、ドン引き。
 でも俺はというと、浮かび上がる笑みを堪えきれずにいた。

「胡桃沢君。やっと来たよ」

「へ? 何がですか?」
 
「お金になるかもしれない相談が、だよ」

 間違いない。
 この相談は、他の投稿とは明らかに異質なもの。
 こういう相談を待っていた。

「そ、そうですか? 冷やかしじゃないとしても、危ない人って印象しかないですけど……」

「例えば、もしこの相談者が死神グッズのコレクターで、自分では見つけられない珍品を欲している……これならどうだい?」

 死神が登場するマンガ、アニメ、ゲーム、映画は定期的にリリースされていて、ヒットする作品も結構ある。
 だから、そういう作品に影響を受けて死神マニアになる人は多いと聞く。
 だとすれば、この相談の真相が『まだ見ぬ死神グッズとの邂逅』という可能性は十分にあるだろう。

「んー……でも、死神とか言う人怖くないですか? 対応を間違えたら最悪の事態になりそうな怖さというか」

「かもね。もしそうなら、それこそ探偵の腕の見せ所だ」

「そんな謎の自信持たないで下さいよう! もし変質者だった場合、被害被るのはどうせ助手の私なんですよ!?」

「信用ないなあ……」

 混乱を極める胡桃沢君を尻目に、俺は早速この相談への回答文を思案し始めていた。
 出来るだけ冷静に、でも本気で力になれるという強いメッセージを込めなければならない。

 


 あなたの思う死神と、私の思う死神が一致しているとは限りません。
 なので、あなたが欲している死神についてより深くお聞きすることで、もう少し踏み込んだ回答が出来ると思います。
 一度私たちの事務所へ足を運ぶことをおすすめします。
 
 


 ……これでよし。
 胡桃沢君に指摘された冗長さも回避出来ているし、真剣に向き合っている事も伝わるだろう、多分。

「所長の受け答えって、基本堅いですよね。時代遅れじゃないですか?」

「え……俺って時代遅れなの? 10代なのに?」

「たまに吹く口笛のメロディも、なんか古いです」 

 更なる酷い中傷を受けてしまった!

 ……仕方ない。
 多少砕けた表現に一部変更し、送信。


 その1時間後――――後日事務所を訪れるという返答があった。








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