ナマステナマステー。
 という訳で特にインドと関係ない我がはざま探偵事務所より、狭間十色だ。
 実は今日、俺ってば非常に機嫌が良い。
 今ならジェットコースターに乗りながら真顔で『世界は混沌の風に吹かれている』と
 言うことだって出来る。
 それくらい絶好調だ。
 体調も良いし、何より依頼の電話があった。
 そう、依頼があった!
 依頼したいって電話が来たの!
 ヤダもう来ちゃった!
 めくるめく官能の渦に巻き込まれて七匹の蛇に全身くまなく締め付けられた三日後くらいの
 テンションでお送りしてます。
 それくらい、久々に感じたカタルシス&エクスタシーに身も心もジューシーヘブン。
 ありがたい事です。
 けれど、そんなハイな気分とは裏腹に、俺の中には葛藤があった。
 今回の依頼人は――――占い師。
 女性の占い師だ。
 いや、正直言うとこの職業名を聞いた時、かなりの確率でクレームだと思ったりもしたんだ、
 コレが。
 状況を聞き、整理と調査を行い、科学的・論理的観点から答えを提供するのが探偵。
 状況を聞き、自己の感性と術式に従い、超常的・非論理的観点から未来を示唆するのが占い師。
 探偵にとって占い師は対極にある存在であり、同時に商売敵でもある。
 例えば、探偵業務において主軸の一つである『ペット探し』。
 自分の大切なペットがいなくなり、自力では探せないとなった時、人は探偵を頼る……事が
 稀にある。
 そこから更にふるいに掛けられ、数ある同業者の中から幸運にも選ばれ、
 ようやくお仕事にありつける。
 けれど、同じくらいの確率で探偵ではなく占い師にペットの居所を聞きに行く人もいる。
 その場合、当然占い師は自分の術式をもってペットのいる場所を占う訳だけど、
 これが大問題なんだ。
 というのも、一度占い師を頼った人が次に探偵を頼る可能性は、相当低い。
 理由は様々だ。
 占い師に頼った結果、無事見つけられた場合。
 占い師の答えに関係なく、その時間経過の間に発見出来た場合。
 コスト面の問題で次の選択肢が消えた場合。
 そもそも最初に占い師を頼む時点で神様やら運命やら目に見えないものを信じる人であって、
 探偵とは元々縁遠い性質だった場合――――など。
 いずれにしても、探偵にとって占い師は厄介な競合相手であり、いわば対義語とさえ言える存在。
 そんな彼らの一人が、依頼をして来た。
 普通なら警戒もするし、懐疑的にもなるだろう。
 でも葛藤の原因はそこじゃない。
 今の俺にはそんな余裕はないしね!
 依頼が来た、それだけで心は有頂天さ!
 このままの経済状況だと、来週の昼食は全部水道水メニューになっちゃうからね。
 月曜日は水道水のおひたし。
 火曜日は水道水のあんかけ。
 水曜日は水道水のスープ。
 木曜日は水道水鍋。
 金曜日は水道水のフォンデュ。
 土曜日は水道水のフォンデュ鍋。
 日曜日は水道水の天ぷら。

 そんな一週間、俺、嫌。
 だから相手が誰であろうと、どんな依頼内容であっても日々ウェルカムマテリアル。
 その点については、一切のブレはないと断言出来る。
 でも――――
『この稀代の占術師ルーネスの依頼を受ける気になったか? 何、悪いようにはしない。
 無事願いを叶えてくれれば、貴様の望む事全て占ってやろう』
 一度目に保留した依頼の電話から僅か10分後に再び催促の電話が掛かってきた時点で、
 葛藤は更に深刻化していた。
 彼女の名は――――不明。
 いやだって、流暢な日本語でルーネスとか名乗られても鵜呑みに出来ないよね。
 占い師だし芸名の可能性が高そうだと思ったんだけど、一度目の電話の後に
 即リサーチしてみた結果、少なくともインターネット上にルーネスという名の占い師の情報は
 一切ナシ。
 何らかの詐欺という可能性も浮上してきた……けど、それならそれで、前回の経験から
 詐欺撲滅運動も独自展開している俺にとっては好都合だ。
 詐欺師なら殺す。
 社会的に殺す!
 社会死という言葉が『社会的に死んだ状態』だという誤用が世の中に広まるくらい殺してくれよう。
 という訳で、葛藤の理由は他にある。
『どうした、返事はまだか。このルーネス、気の長い方だと自負してはいるが、
 それに甘えて貰っても困るぞ』
 10分しか我慢出来ずに催促の電話を掛けてきた方のご意見です。
 参考程度にさせて頂きます。
「すいません。ええと、ルーネス様。私どもと致しましても、お力になれるのであれば
 喜んでお引き受けさせて頂きたいと考えております」
『ほう。では受けるのだな?』
「その前に、ご依頼の内容に関して再度確認をさせて頂いても宜しいでしょうか?
 先程お教え頂いた内容は少々特殊な案件でして」
『ふむ、いいだろう。このルーネス、闇夜を照らす月光と同等の柔らく降り注ぐ慈しみを
 持っているのでな。重複程度で怒りはしない。人間たるもの忍耐も重要だ』
 二度手間だとお怒りのご様子だけど、この際それは仕方がない。
 俺はあらためて、一度目の電話の際に簡易作成した依頼書に目を通した。
「ええと、ルーネス様は、かつて……ま、魔王? 魔王と共に旅をした占い師……の、
 末裔でいらっしゃるというお話でしたが」
 自分で読んでいて訳がわからないが、取り敢えず彼女の主張はそうだ。
『うむ。ルーネスという名は偉大なる祖先からそのまま頂戴した』
「それで、ルーネス様のご依頼としては、その魔王の末裔を探して欲しい、という事で
 宜しいですか?」
『その通りだ。必ず現世に転生している筈。であるならば、この後の人生でどう交わるかは
 兎も角として、一度くらいは挨拶をしておく必要があろう。それが礼儀というものだ』
 そんな礼儀はきっと世界各国何処を見ても存在しないと思うが、まあいい。
 彼女の訴えを要約するとこうだ。
 自分は高名な占い師ルーネスの末裔で、祖先に倣い自分も占い師を稼業としている。
 紛らわしい事に、名前まで頂戴したらしい。
 んで、つい先日その祖先――――旧ルーネスの事を綴った資料が発見された。
 旧ルーネスは魔王……よくわからないが、当時魔王と呼ばれていた人物とは随分仲が
 良かったようで、共に旅する間柄として資料には度々その名が登場した。
 で、興味が湧いた依頼人こと新ルーネスは、自らの術式を用い、自分と同じように
 魔王の末裔が現世にいるかどうかを占った。
 結果、いるという答えを得た為、ならば探してみようという事になり、はざま探偵事務所に
 コンタクトをとった。
 ――――以上だ。
 要約の方が遥かに長いが気にするな、世の中得てしてそういうものだ。
「素朴な疑問なのですが、ご自身で居場所も占ってはいないのですか?」
「うむ、素人丸出しの実に底の浅い、霧雨で出来た水たまりのような疑問ではあるが、答えよう」
 毒舌なのか親切なのか……どうやらその両方を兼ね備えた御仁らしい。
 意外とこういう人は接しやすかったりもする。
『今、このルーネスは占いを封じられておる。故にただの一般人なのだ。無念ではあるが
 運命には抗えぬ。それでもこうして今を生きている――――』
 最後らへん、遠い目をして風に吹かれている姿を想起させるような余韻があったみたいだけど、
 依頼人の姿を知らない俺には想像出来ない。
『という訳で、探偵の人脈や捜査手法をもって捜索して欲しいのだ。魔王の末裔ならば、
 或いはこの偉大なる占術師ルーネスの封印を解けるやもしれぬ。貴様の事務所は
 普通の探偵では対応出来ない「超常的な案件」にも対応出来ると聞いた。受けてはくれぬか』
「……事情はわかりました」
 意外と辻褄が合っててちょっとビックリしたものの――――ま、作り話だよね。
 それはいい。
 よくある事だ。
 超常的な案件の専門、要するにイロモノ探偵扱いされているのも、心当たりがない訳じゃないから
 仕方ない。
 問題は、彼女がちゃんと料金を支払ってくれるかどうか……それに尽きる。
 声を聞く限り、女性占い師のパブリックイメージである化粧の濃いババアとは違ってかなり若い。
 本当に占い師だとしたら、駆け出しかもしれない。
 まだ何のブランド力もなく、客も取れない若輩者の占い師が、話題作りも兼ねて自分のルーツを
 キャッチーなものに捏造しようとしている……ってのはムリヤリ過ぎか。
 その辺のストーリーはどうあれ、調査に対する報酬がちゃんと発生するのならば是非受けたい。
 勿論、魔王とやらが実在し、その末裔が本当にいて、その人を見つけて報酬ゲットって展開も
 大歓迎さ。
 大事なのはリアル感とか現実味じゃない、金だ。
 金ってのは、人間の血液と同じようなものなのさ。
 血液がなけりゃ死ぬ。
 足りないと不健康になる。
 流れが強すぎてもダメ。
 適度な量、適切な供給があって初めて豊かになれる。
 そして今の俺は、貧血どころか失血死の寸前。
 だからこの依頼がどんな無茶振りだろうと、報酬さえ発生するならばやり遂げてみせる。
 でも……もし駆け出しの占い師だとしたら、困窮している可能性が大いにあるんだよね。
 タダ働きは嫌だけど、ない袖は振れない。
 振り袖なら剥ぎ取って質屋に入れてでも換金するんだけども。
『もしや支払い能力を気にしているのか。なら安心するが良い。このルーネス、近年稀に見る
 美しき容姿で世の男どもを夢中にさせ小金を稼ぐ日々を送っている故、それなりに裕福だ。
 何なら前払いでも良い。成功報酬も別個支払おう』
「はざま探偵事務所はルーネス様のお越しを平身低頭してお待ちしております!」


 という訳で、翌日――――


「所長。あの……本当に私がメインで良いんですか? 久しぶりの実入り案件なのに……」
 依頼人の到着を前に、俺と胡桃沢君は最後の打ち合わせを入念に行っていた。
「ああ。そろそろ君に一度ガッツリ一つの依頼を任せてみたいと思ってたんだ。そうする事で、
 今までは見えなかったところも見えてくるから」
 探偵の助手は雑務ばかりが仕事じゃない。
 探偵とは違う視点で依頼を捉え、より幅広い対応を可能にしてくれるサポーターであって
 貰わないと困る。
 そしてその視点は、実際に探偵側の視点を一度経験する事でより明確になる。
 胡桃沢君には俺とは違う感性がある。
 それを開花させてくれれば、はざま探偵事務所は今よりずっと多くの案件に対応出来るように
 なるだろう。
 その意味でも、今回の依頼は打って付けだ。
 依頼人は女性だし、中々にエキセントリック。
 何より――――
「キャラ付けに苦労している君には最高の教材になる筈だよ」
「へ? それってどういう……」
「邪魔をする。はざま探偵事務所はこちらで良いか」
 お、やって来た。
 電話越しの声とは多少違うものの、大人びた口調で直ぐに今回の依頼人である
 ルーネスさんだとわかる。
 果たしてその外見は――――
「あらためて自己紹介しよう。このルーネス、いずれ世界に名を馳せる占術師となる予定だ。
 今回は依頼を受けてくれて感謝するぞ」
 ちっちゃかった。
 小学生高学年……くらい?
 目は円ら、若干気の強そうな顔立ちだけどキツさはなく、かといって小悪魔的でもない。
 何より目を引いたのは、黒髪ロングでありながら日本人離れした雰囲気。
 自画自賛するだけあって、ヨーロッパの映画に子役で出演していても不自然じゃないくらい
 整った目鼻立ちだ。
 これは判断に迷う。
 日本人のようでもあるし、西洋人とのハーフのようでもある。
 ど、どっちだ……?
「ま、いいか。俺が担当するでもなし」
「所長……? 今何を諦めたんですか?」
「いやなんでも。ようこそお越し下さいました! さ、さ、こちらへどうぞ。おかけになって下さい。 
 ジュースは何になさいますか? 果汁0%から100%まで取り揃えていますよ!」
 胡桃沢君の懐疑的視線から華麗なる離脱を試みた俺は、ちっちゃい依頼人をソファーへと
 いざなった。
 外見はお小ちゃまでも、依頼人として仮契約した以上は丁重におもてなししないとね。
「うむ、御苦労。中々気の利く男だな。このルーネス、飲み物は果汁100%と決めておる。
 初代ルーネスは果実を丸ごと食す時代に活躍していたのでな。少しでも初代に近付きたい」
 ……見事だ。
「見たか胡桃沢君。この完璧なキャラ作り。君に必要なものを彼女は全て持っている。
 学ばせて貰いなさい」
「あ、あの、私が学ぶのって……」
「ブレたらダメ。心に軸を。決して折れない軸を。その精神」
 言った傍から胡桃沢君は心を折っていた。
「ところで、電話口の相手はそちらの男だったと思うのだが、そのオナゴは何者だ?」
 猜疑心を宿した目で睨んでくる依頼人に対し、俺はそっと目を逸らし、胡桃沢君を肘で突く。
 ここからは彼女の役目だ。
「あっはい! 私は胡桃沢水面です。今回の依頼、私がメインで当たらせて頂く事になります。
 胡桃沢水面です」
 何故二度名乗る?
 選挙の演説みたいになっちゃったぞ。
 緊張してるのか……あ、よく見ればガチガチだ。
 大分克服してきたと思ったけど、まだ慣れないんだなあ……
「うーむ。少々心許ないように見えるのだが、大丈夫か?」
 見た目小学生の依頼人に外見の頼りなさを指摘されたマイ助手は既に泣きそうだ。
 けれどここは心を鬼にして放置。
 許せ胡桃沢君、これも君の成長の為だ。
「だっ! 大丈夫です。私これでも、もう何十件もの事件を助手としてやって来ましたから!」
「ほう。ならば、異世界に旅立った知人を探すという依頼にも携わったのか?」
 ……あー、その時はいなかったなあ、胡桃沢君。
 ちなみに我がはざま探偵事務所では、無事解決した依頼については依頼人の
 プライバシー保護を遵守しつつ公式HP上に報告書を載せる形で紹介しているから、
 依頼人が過去の案件を知っているのは不思議じゃない。
 こうして過去の実績を評価し依頼までしてくれる人が現れたのは、俺的にかなりの手応えだ。
 それは兎も角、今回は黒子に徹すると決めた矢先に早くもピンチ。
 胡桃沢君、この難局をどうやって切り抜ける……?
「そそそれはもう! あの依頼は私が活躍しましたから!」
 まごう事なきライアーがここに!
 普段は素直なのに、追い詰められると人格が変わるな……これはこれで個性なんだろうか。
「ならば良し。どうか祖先の良き隣人であった魔王の末裔、見つけ出してくれぬか」
 依頼人は依頼人で、疑う事を全く知らない人らしい。
 占い師ってそれでいいのか。
「わかりました。はざま探偵事務所の名にかけて、見つけ出してみせます! それであの、
 手がかりのようなものは何か……」
「無論ある。資料に当時の魔王についての記載があった。このルーネスが祖先の気品に溢れ
 慈悲深く宝玉の如き美しさの容姿と人格を受け継いだように、魔王の末裔も魔王の性質を
 受け継いでおろう。要はそれに酷似した人物を見つけて貰えれば良い」
 そういうものでもないとは思うが、今回の件は胡桃沢君に丸投げ……一任した手前、
 口出しは出来ない。
 お手並み拝見といこう。
「わかりました。その資料というのは……」
「門外不出故に実物は見せられぬが、このルーネスの叡智に満ちた流暢たる文章で
 まとめてみたのでそれを提出しよう。これだ」
 実際、字は驚くほど綺麗だった。
 見た目ほど幼い訳じゃなさそうだ。
 ただ、中身は――――
『その魔王は余りに強大な力故に他者から疎まれ煙たがられ、孤独だった。
 力を失い一般人として普通の人生を送りたい――――その願いを叶えるべく、
 国宝級の占術師ルーネスに力を失う方法を求めた。
 占いの結果、10,008つの呪いが体内で重複している事が判明し、
 新たに10,008人の魔王を量産し儀式を行う事で呪いが解け、弱体化出来ると判明。
 二人は魔王を粗製濫造すべく旅に出た』
 ……意味不明な冒頭のエピソードのみ。
 魔王の外見や性格の描写が微塵もない。
 いやまあ、寂しがりで謙虚なのは伝わってくるけど、そんな人間は世界中に30億人くらいいるぞ。
「う……こ、これだけですか?」
「うむ。資料の大半は我が祖先が如何に優れた占術師であったかをフェルメールの作品の
 ような優美さで描写してあったのでな」
「そうですか……あうう」
 あからさまに困った顔をこちらに向けてくる胡桃沢君に、俺は小鳥の囀りも一瞬で止むような
 爽やかな笑顔を向けた。
「そうですね……私が頑張らないと。私ファイト!」
 こっちの意思表示は伝わったらしいが、相変わらずキャラはブレブレだった。
「手がかりが少なくて済まんが、どうにかならぬだろうか。このルーネス、占術を封じられ
 廃業状態にある。職場の『ルーネスちゃんのドキドキ☆占いコーナー』も休館中だ。
 今は貯金残高に余裕があり支払いの心配は無用だが、この状態が何年も続くのは困る。
 もう水道水の天ぷらが主食の貧乏時代に戻りたくない」
 ……急に親近感が湧いてきたぞ。
 占いで裕福になる前は、相当苦労してきたと一瞬で確信出来る発言だ。
 たしかに、水道水の天ぷらはキツい。
「だがそれ以上に、占う術を失っている現状に我慢がならん。神の所業に匹敵する素晴らしき
 術式を編み出し、このルーネスの代にまで残してくれた祖先に申し訳が立たんのだ」
 そう切々と語り頭を下げる依頼人の姿には、詐欺師の持つ嫌らしくネッチョリとした空気感は
 微塵もない。
 そこまで騙し切ってこそ一流の詐欺師なのかもしれないけど、少なくとも俺には彼女が
 怪しい人物とは思えなかった。
「……わ、わかりました。厳しい道のりですけど、やってみます」
「おお、引き受けてくれるか! 宜しく頼む。宜しく頼むぞ水面よ!」
「あ、あの、初対面で名前呼び捨ては……いえ、がんばります!」
 胡桃沢君も同じ感想だったんだろう。
 少し狼狽えつつも、依頼人と熱く固い握手を交わしていた。
「わ、手の皮が厚いですね」
「鍛えておるのでな。占術師たるもの、腕力と背筋には妥協を許す訳にはいかぬ」
 どういう理屈なんだろう……?
 占いに重い物でも使うんだろうか。
 今の一言がかなり効いたのか、胡桃沢君の表情が一瞬にして荷馬車を前にした子牛のように
 なっていた。
「所長、あの……!」
「がんばれー」
「……はい」
 今回は俺に頼るのはNG。
 可哀想だけど、これも修行と思って欲しい。
 そんな思いを『話なんも聞いてもいませんでしたー』的な惚け顔で表現した俺に、胡桃沢君は
 上司に対するものとは思えない恨みがましい目を向けていた気がしたけど、
 それは錯覚だと思う事にしてこの日を終えた。








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