澄み渡る秋空の下、弟の一周忌に訪れた数人の訪問者に対し、
 美樹は一人ひとり挨拶に回っていた。
 弟の死は――――未だに信じられずにいる。
 余りにも、突然だった。
 唐突だった。
 どう考えても、順番がおかしかった。
 家族の中で一番年下の人間が、どうして最初に旅立つのか。
 まだ20歳にもなっていない弟が、身体を焼かれて、墓の下に眠るのか。
 わかりたくもない。
 けれど、せざるを得なかった。
 弟を弔いに、そして惜しみに足を運んでくれた人間が、何人もいるのだから。
「本日は、遠い所をお越し頂き、ありがとうございました」
 まず、小学校時代の知人。
 20歳の女性だ。
 友達、と言うほどの関係ではないらしいが、思う所があって、遥々遠方から
 駆けつけてきたようだ。
 弟の小学生時代の渾名を美樹は知っていた。
 ただ、名付け親がこの女性だと言う事は、この日初めて知った。
「ほほほほ本当に、申し訳なくて……」
「良いんですよ。ただでさえ影が薄い子だったんだから、逆に感謝してる筈です」
 美樹は気さくに笑う。
 そう言う表情が出来るようになっていた。
「卒業式の日に謝った時、彼は何も言わないでただ聞いてくれてたんです。
 私を責める事もなく……お陰で、どれだけ救われたか」
「文句言う度胸もなかったんでしょう。ご迷惑でなかったら、時々でいいから、
 小学生時代に根暗なヤツがクラスにいたな、って思い出してあげて下さい」
「う、うう。はい」
 少し困った顔をしながら、その女性ははにかむようにして笑っていた。
 次は、中学時代の同級生。
 意外にも、3人も来てくれていた。
「ユーマって言えば、三年の時の文化祭を思い出すんスよね」
「あいつ、結構頑張ってたもんな。いい思い出です」
「未だに、夜に星空見ると、思い出すもんなー」
 いずれも、弟の友人。
 当時はそう呼べる程に親しい関係ではなかったかもしれないが、今は確かに友達だった。
「弟は、中学時代はどんな子でした? やっぱり暗くて影薄かった?」
「ははは、そんな感じっスかね。無理して茶髪にしてたり、たまにキョドったりしてました」
「でも、良いヤツでしたよ。最後の方は結構、フツーに馴染んでたし」
「明るくなったよな。文化祭ん時とか、特に」
 美樹にとって、彼らの話す弟の人間像は、新鮮だった。
 家では見せない姿だった。
 それだけに、彼らの話は――――楽しかった。
「今度同窓会するんスけど、帰りに何人かで寄らせてもらっていいっスか?」
「ええ、お願い。この子も喜ぶから」
 中学の時のクラスメート同士、とても良好な関係が続いていると、
 彼らは語っていた。
 文化祭に苦労しながらみんなでプラネタリウムを作ったお陰だと、
 とても楽しげに、そして寂しそうに付け加えて。
 美樹は少しだけ、それを嬉しく思いながら、弟の友人達を見送った。
 更に、中学時代の担任までも駆けつけてくれた。
「……バカ野郎が、早過ぎるだろ……」
 約一年前の葬式の時、唯一涙を流していたのは、この元担任の教師だった。
 そして、今日も。
 単に涙脆いだけなんだろうとは思いつつも、美樹は少し胸が熱くなっているのを
 自覚していた。
「全く、タクシーなんかに轢かれやがって……」
 結局、その元担任は一時間ほど当時の話をした後、帰って行った。
 それだけでも、弟の中学時代が輝いていた事がわかる。
 勿論、中総体で優勝したとか、全国模試で1位取ったとか、ドラマデビューしたとか、
 そんな華々しい輝きとは全く異なる、ちっぽけな光。 
 でもそれは、確かに弟が楽しく生きた証だった。
「みんなお帰りになった?」
 元担任を見送って暫くすると、台所の方から母親の声が聞こえて来た。
 美樹はその台所へ赴き、肯定の言葉を唱える。
「そう。アンタは身体大丈夫? 三回も倒れてるんだから、無理しちゃダメよ」
「もう大丈夫だってば。もうずっと倒れてないでしょ?」
 前回倒れて病院送りとなった日から、一年と半年。
 一年前のこの日も、少し体調を崩したが、救急車を呼ぶには至らず。
 美樹は、以前の健康を取り戻していた。
「そう言えば、バカ親父はまだ来ないのかな」
「来なくて良いのよ。またケンカになるだけなんだから」
「ま、そっか。でも、別居して結構なるよね。流石にそろそろ良いんじゃない?」
「そう思うんだけどね……向こうが新しいの掴まえたら、って思ってるんだけど」
 母親と父親の関係は、二年四ヶ月前から大きな変化はない。
 美樹にしても、未だに顔は合わせ辛いが、幾分はマシになっていた。
 一年前――――弟が搬送された病院で、泣きじゃくるその姿をみてからは。
「お母さんが見つければ良いじゃん。まだ若いんだから」
「どうだか」
 母が笑う。
 その笑顔がある分だけ、二年前よりはマシなのかもしれないと、美樹は密かに
 思っていた。
「すいません」
 そんな2人の耳に、女性の声が届く。
 聞き覚えのない声だった。
 怪訝に思いつつも、美樹は玄関へと赴く。
 そこには――――やはり見た事のない、肩まで伸びたフワッとした髪が特徴的な、ツインワンピースの女の子がいた。
「ここは、ユーマさんのお宅で宜しいですか?」
「ユーマ……あ、はい。えーっと、失礼ですけど、どちら様で?」
 中学時代の弟の知り合い。
 渾名がそれを示している。
 ただ、そんな美樹の問いには答えず、眼前の女性はニッコリ笑って――――
「よかったね」
 そんな言葉を口にしていた。
 2011年10月11日。
 世界は今日も変わらず、一秒後の未来を刻み続けている。







                                                     fin.




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