ここはゲームカフェ【ライク・ア・ギルド】。
 山梨県の片田舎で何故かそれなりの期間潰れずにいる、コンシューマゲームを題材としたカフェだ。

「ぬう……」

 そのオーナー兼店長、春秋豪雷は苦悩していた。
 客が少ない事――――ではない。
 それは日常なので今更悩む理由にはならない。

「来未よ、一つ頼みがあるのだが」

「ほいはー。なんでごじゃりましょー」

 このカフェでは、豪雷の娘で中学生の来未がコスプレをして接客している。
 いかがわしい訳ではない。
 ゲームキャラに扮し、ゲームカフェとしてのアイデンティティを確保しているだけだ。

「お前、来週犬になれるか?」

「……」

「待て。俺、親だぞ? 黙って通報しようとするなスマホをしまえ」

 豪雷の家庭内における権力はゼロカロリーの飲料水のカロリー未満。
 その存在感は限りなく透明に近いスルーだ。

「どうしたの? お昼食べたタコ焼きが半煮えだった?」

「それくらいで脳を冒される父ではない。まあ聞け」

 閑散とした店内をカウンター内から一瞥したのち、豪雷は右手の拳を血管が浮き出るほど握り締めた。

「俺は……90年代のゲームに囚われ過ぎていたのだ!」

 そして、別のクリーチャーが飛び出てきそうなほど目を血走らせ、叫ぶ。
 数少ない客は、一瞬その咆吼の方向へ目を向けるが、特に関心を示すでもなく視線を戻した。
 これもまた、LAGの日常だからだ。

「世代的に90年代マニアでなくてはならないという矜持に縛られ過ぎていた。レトロゲーと言えば寧ろ80年代。マリオ、スペランカー、スネーク……現代でも一定の知名度があるレトロゲーのキャラは80年代組が多いのだ」

「来未マリオしか知らない。でもピーチ姫なら来未でもコスプレ出来るかも」

「いや。お前にやって欲しいコスプレは犬だと言っているだろう」

「……」

「待て来未。知り合いの精神科医にLINEで連絡するのは止めるんだ。俺は正常だ。異常者は皆こう言うのかも知れないが俺は例外だ」

「でも、娘に犬のコスプレさせる親って……」

「『ドラクエII』ですね!」

 不意に客席から発せられた女声の雄叫びに、来未は思わず怯んだ。

「え……? rain先生……?」

 その人物は、来未が尊敬するイラストレーターだった。
 まだ若い身空でありながら、数多くのライトノベルで挿絵を担当し、ゲームのキャラクターデザインも手がけている。
 普通なら、こんな辺境の地で寛いでいる余裕などないほど多忙なのだが――――

「『ドラクエII』の三人パーティの紅一点、ムーンブルクの王女のコスプレをするのなら、ボクは賛成に一票投じます!」

 彼女は極度のレトロゲーマニアなので、ちょっとした空き時間を利用し頻繁にこのカフェを訪れている。
 尚、色々あってボクっ娘だった。

「わかってくれるかい、rain先生……」

「出来れば君付けで呼んで欲しいのです」

「いや、ここは敢えて先生と呼ばせて貰うぜ。俺ぁ尊敬しちまったよ。幾らドラクエが世代を超えるっつっても、その年齢でIIの知識があるなんて大したタマだ」

「いえいえそんな。ゲームキャラのデザインをお仕事にしている以上、レジェンドの作品はチェックするのが最低限のマナーですから」

 二人は目の届く場所にいるのに、何故かLINEでお互いに「b」という字を送り合っていた。

「その手のスタンプ山ほどあるのに……」

 来未はあまりツッコミが得意ではなかった。

「来未。もうなんとなく話は見えて来たと思うが、お前にお願いしたいコスプレは『ドラクエII』のキャラ、ムーンブルクの王女だ!」

 ドラゴンクエストII 悪霊の神々――――

 1987年にエニックス(現スクウェア・エニックス)から発売されたファミリーコンピュータ用RPG。
 まだRPGというジャンルが日本に定着していない時代ながら、240万本を売り上げる爆発的ヒットを記録し、翌年に発売し社会現象となった『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』の布石となった家庭用ゲームだ。

 当時、既に日本では『ウィザードリィ』や『ウルティマ』など海外産のRPGがプレイ出来る環境にあったものの、これらはパソコンゲームとして発売されており、もの凄く高価だったパソコンは一般家庭には全く普及していなかったので、プレイ出来た人間はごく少数だった。
 一方、国産のRPGはまだ産声を上げたばかりで、『ドルアーガの塔』、『ハイドライド』『ワルキューレの冒険』といった一人旅のアクションRPGが主流。
 そんな中で登場したRPGの『ドラクエII』は、三人のパーティ制、ターン制とコマンド選択による戦闘、前作から続く世界観とストーリー、キャッチーで切ないBGM……など、革新的な要素を多数詰め込み、日本のRPGの基礎を作り上げた作品であり、RPGブームの火付け役となった歴史的名作だ。

 家庭用ゲーム初期の作品だが、1993年にはスーパーファミコンでリメイクされ、2010年代にはスマホでもプレイ出来るようになったため、かなり幅広い世代からプレイされている。

 このゲームのパーティキャラは、伝説の勇者ロトの子孫となる三人の王族『ローレシアの王子』『サマルトリアの王子』、そして『ムーンブルクの王女』だ。
 固有名はなく、ローレシアの王子はプレイヤーが好きな名前を付け、その名前に応じて残りの二人の名前が選出される。
 そのため、ムーンブルクの王女も決まった固有名はなく、プレイヤーからは『ムーンブルクの王女』『王女』などと呼ばれる。

 彼女の父親が治めるムーンブルクは、本作における諸悪の根源・大神官ハーゴンによる襲撃を最初に受け、滅ぼされてしまった国。
 その際に王女は呪いによって――――

 犬にされてしまった。

「――――という訳だ。故に来未、お前は来週、犬だ」

「んー……今時、暴力ヒロインって人気ないんだけどなー」

「待て待て待て! 腕を捻るな! ねじ込むの前提で構えるな! 俺が悪かったから!」

 来未は大きな嘆息と共に、コークスクリューブローの構えを解いた。

「しかし来未、わかってくれないか。ムーンブルクの王女のコスプレをするのに犬は必須要素なんだ。そういうものなんだ」

「うーそー。スマホで確認したけど、普通に女の子じゃーないですかこのクソ親父様。でもこのキャラ、赤ずきんみたいで可愛いね」

「はい。ボクもお気に入りなんですよ。でも一つ問題が」

 いつの間にかカウンターの傍まで移動してきたrain先生が、自分のスマホを来未にかざす。
 来未のスマホに映っていたのは、紫色の頭巾を被った金髪の美少女。
 それに対し、rain先生のスマホに映っているのは――――赤の頭巾を被った紫色の髪の美少女だった。

「これ、どっちも公式絵なんです」

「来未知ってる。これ2Pカラーって奴でしょ?」

「いえ、格闘ゲームではないので……昔のゲームならではのガバガバ仕様です」

「そういう事だ。金髪を採るなら紫色の頭巾というマイナーな物を容易せねばならんし、メジャーな赤頭巾を採るなら紫のズラが必要となる。これもストックにはない」

 豪雷は歯軋りしながら、まるで苦渋の選択と言わんばかりに――――叫んだ。

「だが犬なら被り物でどうとでもなる! そして『ドラクエII』ならアラフォー、アラフィフ世代に知名度あるから受けもいい! 来未、やってくれるな!?」

「うん、やる!」

「バカな! この流れで普通やるって言うか!?」

 自分で嘆願して自分で驚愕した豪雷は、娘の教育を間違えたとここに来て悟った。

「……まあいい。やってくれるなら来週は『ドラクエII』を推すか」

「決定ですね! コラボメニューはどうするんですか? 店内のわかり難い所に置いてお客さんに探して貰う『水門の鍵ソーダ』とか、メニューには決して記さない『ろうやの鍵コーラ』とか、どうでしょうか?」

「採用! 他にも『はかぶさの剣パスタ』や『邪神の像カレー』は入れておきたい」

「入店時に52文字のパスワードを提示して、お会計時に間違わず復唱できたら3割引とかどうでしょうか?」

「福引きもやりたいな。1等はもちろんゴールドカードだ。金のおりがみで作った」

「店内に落とし穴をいっぱい作っておきましょう。床下にビリビリする低周波治療器を置いておけば感じ出ますよ」

 自身の父親と、尊敬しているイラストレーターの会話が宇宙語のように右から左へすり抜けていく。
 そんな環境を来未は特になんとも思わなかった。

 

 そして、翌週――――

「うわああああああああああ!」
「あーーーーーれーーーーー!」
「まーーたーーかーーよーー!」

 客の大半が何度チャレンジしても落とし穴に落ちまくった為、注文が殆ど入らず大赤字となった。
 なお、全員が『ドラクエII』をクリア済みだったのでクレームはゼロだったが、皆まあまあイラ付いていた為その後客足が若干鈍った。








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