ここはゲームカフェ【ライク・ア・ギルド】。
 山梨県の片田舎でひっそり経営されている、家庭用ゲームを題材としたカフェだ。
 オーナーは略してLAG、"ラグ"と呼ばせたがっているものの、全く浸透しないし、流行る予定もない。

 そんなLAGで特に力を入れられているのが、90'sゲーム。
 1990年代にリリースされた家庭用ゲームだ。

 理由は単純。
 オーナーがその世代だから。
 そして、90'sゲームを愛しているから。

 それだけだ。

 ゲーム業界が最も盛り上がった90年代をピックアップする事で金を落とす客を呼び込み、SNSにバシバシアップして貰い、固定客の増加による安定した収入を狙う――――そんな戦略など微塵も存在しない。
 オーナー曰く『好きな物じゃなきゃ続かないからね』。
 ある意味、真理ではある。

「でも、このまま道楽だけじゃ潰れるよ? ゲスオ」

「ゲスオーナーを略して呼ぶな! 来未お前、父親に向かってなんて口の利き方すんの!?」

 LAGのオーナー兼店長、春秋豪雷は店内で最も弱い立場。
 経営が上手く行っていない為、従業員の一人である娘・来未の彼を見る目は常に厳しい。
『この懐古厨が』と言わんばかりに、それはもうこの上なく冷酷だった。

「……いいか娘よ。このカフェは決して道楽なんかじゃないんだ。90年代に青春を送った俺達の世代は、90年代の素晴らしさを後生に伝える責務がある。そうやって受け継いでいったものが、やがては文化と呼ばれ、歴史の一部となるんだ」

「知らなーい」

「娘よ、父のありがたい話を頭の悪い女子中学生のフリして聞き流すな。これは決して年寄りのウザい懐古じゃないんだ。90年代はそれはもう、素敵だったんだよ」

「えー、スマホもネットも普及してなかった時代が?」

「そうだ。スマホもネットもSNSもない時代だからこそ、ゲームの攻略は楽しかったんだ。今はすぐネットで攻略Wiki見て、そこに記された内容をなぞるだけ。それの何が面白いんだ? 俺にはサッパリわからん」

「なんで急にゲームの話するの?」

「ここがゲームカフェだからさ。そして今、俺達は来週のプランを考えている。来週は何のゲームを題材にすべきか。それでこのカフェの未来が決まる! うおおおおおおおおおお!」 

 豪雷はテーブルを拳で叩き、余りの激痛に吼えた。
 滑稽なのは生まれつきだ。

「来未、この際だから正直に言おう。我がカフェは年内にも潰れそうだ。正直もう無理だと思うんだ。だからもう、この今年1年自分の好きなゲームだけを取り上げていきたいんだ」

「えー! 来未ヤだ! お店潰れちゃったらお小遣いとか貰えなくなるよね!? 欲しい新作フィギュアいっぱいあるんですけど! レムりんだけでも5種類くらいあるんですけど!」

 春秋家は四人家族。
 ゲーム好きの父・豪雷、ゲーム好きの母・結子、ゲーム好きの長男・深海、そして――――グッズ好きの妹・来未。
 来未は一人だけ家族と趣味が若干ズレていた。

「仕方無いじゃないか。大手のカフェが近場にやってくるんだ。ウチみたいな弱小は少ないお客様を全部奪われてモザイクかかるくらいボロボロにされる運命なんだ」

「来未は諦めないよ! 来未のファンは絶対これからも来てくれるって!」

 ここLAGでは毎週、一つのゲームをピックアップし、そのゲームを題材としたドリンクやフードメニューを提供している。
 そして来未は、毎週ピックアップしたゲームのコスプレをし、ウエイトレスとして両親を手伝っている。
 そんな彼女のファンは、確かに存在している。

「だがお前のファンは露出度の少ない衣装の週には全く姿を見せないじゃないか。中学生に肌色面積を求める連中に何を期待すると言うんだ?」

「ち、違うもん! たまたま、そうたまたまだよ! 来未の魅力はエッチな衣装なんかじゃないもん!」

 そう叫びつつも、来未は内心悩んでいた。
 父親の言葉は、確かに的を射ていると。
 だからこそ、布面積の多い衣装で客をウットリさせたいという野望が、来未の中でひっそり芽吹いていた。

「そうか……ならば来未、その気概や善し。お前に一つミッションを与えよう」

「お小遣い増し増しなら」

 娘の現金さに将来性を感じ、父は喜びに打ち震えた。
 カフェ経営は綺麗事だけではやっていけない。
 長男の深海は綺麗事が好きな人間だけに、店を継ぐのは困難だろうと内心では思っていたりする。

「ならば歩合制としよう。成果が出れば、その分だけ上乗せだ」

「やるやる! で、何すんの?」

「フローラを連れてくるんだ」

 突然訳のわからない事を言い出した父に対し、来未は思わず自分の脇の下に手を入れた。

「平熱っぽい。熱にうなされて幻聴聞いたかと思った……」

「いや、そこは俺の熱を測れよ。あと脇で測るな額で測れ」

「それよりフローラって、いきなり何? なんとなく誰なのかはわかるけど」

 フローラ。
 ローマ神話における花の女神の名前や、欧州圏における女性名などで耳にする機会が多い。
 だがゲーム界隈においては、ある一人の人物が他を知名度で圧倒している。

「来週ピックアップするゲームは『ドラクエV』。そして、我がLAGでは伝説の結婚イベントのアンケート調査『長年の死闘に終止符を! ビアンカとフローラ、最後にどっちを選ぶ!?』を実施する!」

 国民的RPG『ドラクエ』シリーズにおいて、一・二を争う人気作『ドラゴンクエストV 〜天空の花嫁〜』に登場する女性キャラクターだ。
 このゲームの主人公は、それまでのシリーズの定番だった勇者ではなく、勇者の父親。
 その主人公が父親になる前、花嫁候補として登場する人物が三人いる。

 一人目は幼なじみのビアンカ。
 幼少期は勝ち気だったが、その後成長して若干しおらしくなった薄幸の美人だ。

 二人目は富豪の娘フローラ。
 おしとやかで心優しく、それでいて芯の通った、まさに絵に描いたような理想の女性と言える。

 三人目はフローラの姉で、正反対の性格のデボラ――――

「は、リメイクからの登場なので対象外だ。今回のテーマはあくまで90'sゲーム。スーパーファミコン用のオリジナル版のみなのだよ!」

「えー、来未デブちゃんの見た目が一番好きなのにー」

「そんな愛称で呼んでやるな……じっくり見ていけば良い子なのだから」

 ともあれ、豪雷の中ではドラクエVと言えばビアンカとフローラということらしい。

「何しろ、オリジナル版発売から25年が経過した今でも尚、この二人のどっちが好きかという話題は現役バリバリだ。まとめサイトでも年に2回は見る。上手くやれば集客に繋げられるかもしれん」

「諦めた、とか言っといて結局諦めてないんだね。お父さん……来未信じてた。このまま店潰して老いぼれて負の遺産を子供に全部押しつけるなんてしないって信じてた」

「フッ。俺を誰だと思ってる? 決して諦めない男、春秋豪雷だ!」

 3Pシュートが上手そうな顔でキメて見せた豪雷の傍で、来未は攻略サイトをチェックしていた。

「ちゃんと聞きなさい! 父の見せ場を何だと思ってるんだ!」

「だって来未がフローラちゃんやりたいのにビアンカって決めつけるから。ホラ、見てよキャラデザ。絶対来未フローラちゃんの方が似てるってば」

 何故かビアンカだけ呼び捨てにする来未に、父である豪雷は戦慄を覚えた。
 来未はゲームが一番の趣味という訳ではない為、古いゲームを率先してプレイする事はない。
 よってドラクエVに関しても、リメイクを含め全くプレイした経験はない筈だが、彼女は既に本能で悟っていた。

「それに、なんかビアンカって来未ちょっと苦手。理由はよくわかんないけど」

 大人になったビアンカが、病気の父を抱え貧乏な暮らしをしていることを……!

「恐るべきは女の勘……中学生であっても関係ない、か」

 そう遠くない将来への危惧をビアンカに無意識の内に重ね合わせている来未に対し、ワナワナと震える父。
 その全身からは大量の冷や汗が分泌され、戦慄を露わにしていた。

「娘よ。確かにビアンカを演じるのは難しい。フローラと比べてバックボーンが重いからな。だが……だからこそ、お前にコスプレを頼みたい。お前なら出来る」

「ふーん……ま、そゆ事なら」

 父の煽てを真に受けその気になる娘は、現代においては極めて珍しい。
 来未はとても素直な女の子だった。

「フローラは上品なお嬢さん然としていれば問題ない。俺はフローラ派だから演技指導も出来るしな。友達から一人、お嬢様タイプの子を連れて来てくれ。無論、バイト料は出す。美人連れて来れたら紹介料って事でお前への報酬も更にアップだ」

「わかった! 心当たりあるから声かけてみるね。あと、来週ドラクエVで行くんならメニューも考えないと。ばくだん岩の塩釜焼きとかお母さん作れるかな?」

「ばくだん岩はVに特化したモンスターじゃないからな……だが引きの良さげなメニューだから頑張って作って貰おう。10品くらいは欲しいな。ドリンクも……」

 そんなこんなで、来週のLAGは『ドラクエV特集』に決定した。

 


 ――――で、その来週がやって来た。

「あーんーもう! 来未やっぱり金髪似合わないよー。根っからの大和撫子だもん、来未ってば」

 ビアンカのコスプレをした来未がカフェ内で三叉の鞭を握り接客に励む中、この日はもう一人LAGの店員として接客を担当していた。
 彼女は、来未のクラスメート。
 そして同時に――――

「それではご注文を繰り返します。『パパスのぬわー漬け』と『ビックアイの目玉焼き』と『メガザルロックワイン』でよろしいでしょうか?」
 
 まごう事なきお嬢様。
 その優雅な容姿を、フローラの薄紫を基調としたドレスやリボンが見事に引き立て、スミレの花畑のような清涼感を店内にもたらしている。

 結論から言えば、豪雷の戦略は当たった。
 90年代を代表するゲームであり、40歳前後のSFC版世代は勿論、30歳前後のPS2リメイク版世代、25歳前後のDSリメイク版世代、そして15〜20歳のスマホ版世代と、かなり幅広い層に高い人気と知名度を誇るドラクエVの求心力は格が違った。

 加えて、『中学生がビアンカとフローラのコスプレをしている』とSNSに匿名で投稿した結果、そのニュースは瞬く間に拡散し、田舎の場末カフェだったLAGは一瞬にして全国区となった。

「さあ皆さん、ビアンカとフローラ、嫁にするならどっちですか!? 投票は今週いっぱいまで実施します! 勝った方のヒロインをイラストにして配布する予定なので、ドシドシ参加して下さい! インターネット上からも応募できますよー!」

 豪雷の考案したアンケートの評判も上々。
 元々定期的に勃発する嫁候補論争だけに、この機会に決着を付けようと全国のドラクエファンが投票に参加し、ついには『ドラクエ花嫁論争で田舎カフェ大盛況』とYahooのトップを飾るまでに発展した。

 ――――が、懸念もあった。

「ねえねえ、君ホントに中学生? ホントは高校生くらいじゃない? マジ可愛いよね。付き合ってる奴とかいる? よかったらさー、お兄さんとちょっとだけ試しに遠出してみない? こんな田舎じゃ何やってもクソつまんないでしょ?」

 豪雷にとっての心配の種は、この手の客が急増してしまった事。
 想定外の人気は、同時に客層が想定外の範囲に及ぶ事を意味する。
 特にフローラ役の女の子は、かなり多くの新参客に声を掛けられていた。

 LAGはゲームカフェという事もあり、訪れる客の殆どはゲーム好きであって、現実の女の子(=来未)目当てで通う常連客であっても、下心というよりは知っているキャラのコスプレを楽しみにしている人が殆ど。
 よって、従業員マニュアルにナンパ撃退法など記してもいなかった。

「すまない。だが何とか耐えてくれ。フローラは清楚でお淑やか。怒った顔は勿論、不快感を示すような言動は何一つしてはならないんだ」

「わかりました。オーナーがそう言うなら」

 フローラ役の女の子はそんな無理難題に対し困惑するどころか、微かに頬を赤らめ、温かな眼差しで豪雷を見つめる。
 その姿は、サラボナの街で犬と戯れる主人公を眺めるフローラそのものだった。

 そう。
 彼女は恋多き女の子。
 それも年上に迸る情熱を捧げる性分だった。

 来未にとって最大の懸念は、そんな彼女の暴走に対するもの。
 来未は実のところ、フローラを演じる彼女の下の名前すら知らない。
 友達ではなく、あくまで一クラスメートに過ぎない相手だったからだ。

 それでも、フローラのコスプレをさせられるのは彼女しかいないと決断し声を掛けてみたところ、『年上の従業員はいるか』と問われ、大きな不安を抱きつつも首肯した経緯があった。 

 ただ、来未は自分の父がクラスメートに惚れられるのを嫌悪している訳ではない。
 割とどうでもいいと思っている。
 問題視しているのは、そして恐れているのは、彼女の愛称が現実のものになってしまわないかという一点。

「オーナー……私がんばってここを日本一のカフェにしてみせますわ」

 容姿も家柄もお嬢様で、着こなしも美しく、口調までフローラと一体化している彼女はまさに完璧。
 けれど、彼女の愛称はというと――――

「だからご褒美をくださいね♪ とっても素敵なご褒美。私が16歳になったら、きっと……フフぅ」

「あ、ああ……よくわからんが、俺に出来ることなら」

「出来ますわ。オーナーにじゃなく、私に♪」

“ヤンデレちゃん”

 その片鱗を二日月のような口で見せている彼女――――満島さんに、ビアンカの格好をした来未はおぞましい雄たけびを浴びたかのように身を竦めていた。

 ヤンデレちゃんこと満島さんがそういう人間だという噂は、クラス内で密かに囁かれてはいた。
 ただ、その内容が『一年時の担任教師に告白し、断られても暫くその担任の画像を待ち受けにしていた』等といったソフトなものだった為、大丈夫だろうと高を括っていた。
 何より美人さんだったので、小遣い上乗せ確定なのも美味しかった。

「満島さーん。ちょっと良いかな?」

 けれど父に向ける表情からその判断は誤りだったかもと後悔の念に苛まれた来未は、その日のバイト上がりに彼女を捕まえ、説得を試みる事にした。

 ヤンデレと呼ばれる人物の多くは攻撃的で盲目的なので、周囲の人々は嫌でも言葉を選ばざるを得ない。
 攻撃対象にされてしまうと、日常の平穏が崩れてしまうからだ。

「フローラをヤンデレにしちゃダメだからね! そこだけはしっかりお願い!」

 ――――だが来未はアホなので全く気を使わなかった!
 
「……私が、ヤンデレ? どういう事ですか?」

「あー、自覚ないタイプだったか。でも来未はこういう時に躊躇しないのが個性だって、にーにも言ってくれてるからハッキリ言います!」

 長所じゃなく個性と言われた時点で察して余りある指摘ではあったが、来未のポジティブな生き様の前では霞も同然。
 その来未は極めて真剣な面持ちで右手を上に掲げ、次に自身の首と交差させ、たっぷりとタメを作ったのち――――

「ユゥ! アァ! ィィヤンデレレレレレェーーーーーっ!」

 巻き舌でそう宣告した。
 絶対に間違いない、という強い断定の現れ。
 それに対する満島さんのリアクションは、至ってシンプルなものだった。
 
「んーん。違いますよ?」

「うっわ本気で自覚ゼロですか! なら問おう! 16歳になったらウチのバカ父にどんなご褒美貰おうとしてたのさ!?」

「あー、そこを聞いてしまったのですね。大丈夫ですわ。あなたの思っているようなことじゃありませんので。婚姻届でも要求すると思ったのでしょう?」

 まさに確信を突かれた来未は、凍てつく波動を浴びたようにキョトンとした顔で脱力する。
 どうやら杞憂に過ぎなかった――――

「……そ、そうなんだ。ゴメンね。なんかちょっと神経質になってたかも」

「どうかお気になさらず。何事にも順番がありますわ。まずはチェックワンから準備しないと」

 ――――ということは微塵もなく、滝の洞窟でへびこうもりから焼けつく息を食らったような顔で固まってしまった。

「えーっと、ゴメン。この会話長く続けたら来未のイメージダウンになりそうだから、一方的に宣言するね。フローラをそんなキャラにしないで! キャラや作品の事をロクに調べもしないで公式HPのキャッチコピーと数枚のイラストだけでテキトーにどんなキャラか想像してコスプレやってるって思われたくない! LAGがそういうカフェだって思われたら、今後の営業に響いちゃう!」

 それはそれは、切実な訴えだった。

 来未自身、ドラクエVに思い入れは特にないのだが、コスプレをするキャラに対しては常に熱い想いを持つように心掛けている。
 そしてそれは、自分が直接担当しない場合でも例外ではない。

 どんな性格なのか、どんな生き方をしてきたのかを予習し、将来どんな人生を歩むのかまでをシミュレートし、ある一部分の断片を切り取って自分のものにする。
 カフェで接客の一環として扱う以上、それはプロの仕事。
 中学生でありながら、来未はそれだけの情熱をもって実家の手伝いに臨んでいた。

 全ては――――チヤホヤされて尚且つ高額のバイト代を得る為に!

「大丈夫ですわよ。私の口調はこのフローラという女の人に一致していますし、見た目も同じ清純系。そう言ってくれたのはあなたではなくて?」

 しかしそんな不純な情熱も、満島さんに軽くあしらわれてしまった。

「ぐぬぬ……そうだけど」

「ボロは出しませんわ。アンケートで私があなたに圧勝し、オーナーと愛し合う資格を得るためにも!」

 ラスボスの第二形態のように、獰猛な瞳でついに本性を剥き出しにしてきた満島さん。
 そんな彼女に対し、来未は――――凍える吹雪を吐き出しそうなほど冷え切っていた。

「……なんでそんなにウチのお父さん好きなの? ダメおやじなんですけど、アレ」

「べ、別に好きじゃないですからね! た、ただのお金目当てですわよ!」

「いや、ヤンデレちゃん超お金持ちの家のお嬢様じゃん。っていうか、ツンデレとヤンデレ混ぜるの危険。止めて」

「フン。命令なんて聞けませんわ。とにかく私はあなたにアンケートで勝つ。そしてオーナーからご褒美を頂く。その為にこの良くわからないお仕事を引き受けましたの。だからあなたは敵! 敵ですわ!」

「なんでこんなややこしい事に……」

 自分の軽率な選択を呪いつつ、来未は意気揚々と帰宅する満島さんの背中をゲンナリした顔で眺め続けた。

 


 翌日以降、ビアンカとフローラの戦いは過熱の一途を辿った。
 オーナーの豪雷に一目惚れした年上好きのヤンデレちゃんは、その執念を一途さとし、フローラになりきっていた。
 一方、来未も負けじと勝利の為にビアンカを演じ続けた。

 元々25年以上決着が付かないでいる勝負。
 投票数は一日ごとに上下が入れ替わり、大激戦の様相を呈していた。

 


 けれど――――それがさも運命であるかのように、事件は起こった。

 花嫁アンケート最終日の日曜。
 訪れた客の一人がフローラに向けて言い放った一言が発端となった。

「ねえ。君、フローラの事どれくらい知ってるの? 何も知らないでコスってんなら、マジ止めて。ムカつくから」

 意外にも、問題となったのはナンパ目的の男ではなく、ドラクエ信者の女性だった。
 女性でドラクエ好きという人は結構いるが、信者となるとかなり珍しい。
 ましてフローラという、男性の夢と希望とリビドーを具現化したようなキャラクターに過剰な思い入れを持つ女性は稀だ。

「申し訳ございません、お客様。私の不徳のいたすところです」

 そんなレアな人物から攻撃を受けた満島さんだったが、その反応は実に冷静沈着だった。
 次々と暴言を浴びせてくる客に対し、真摯に頭を下げ礼を尽くす姿は心優しきフローラそのもの。
 ――――この言葉を聞く一秒前までは。

「どうせアンタも店長に色目でも使ってるんでしょ? そういうのでフローラ汚さないでくれるかな? そもそもアンタ、ドラクエVプレイした事あるの? フローラがどんな呪文覚えるのか全部言える? 最低でも覚える呪文とレベル全部言えるくらいじゃない……と……」

 早口で持論を捲し立てていたその女性客が突然、言葉を失う。
 眼前のフローラが、自分の知るフローラから完全・完璧に逸脱した事が主な原因だった。

 彼女が覚えたのは、嫌悪や不快感などではない。
 恐怖。
 圧倒的恐怖だけに支配され、口をぽかんと開けたまま動けずにいた。

「アンタ『も』って何ですか? ならば貴女もそうなのですか? オーナーに色目を使っているから、自分がそうだから、私もそう見えるのですか?」

「えっ、違……」

「あなたはオーナーの何を知っているのですか? オーナーが朝何時に起きるか知ってますか? 4時15分に目覚ましをセットしているのを知っていますか? 歯ブラシの色は? 鼻を噛む時の音は? お風呂に入る時に脱いだ服の置き場所は? こっそり隠してある昔のエロゲーのタイトルは? それでご自身を愛撫する頻度は? 右手? 左手? わかりますか? あなたが私以上にオーナーに相応しいと本気で思っていらっしゃいますか? バカじゃないですか。そんな訳ないじゃないですか。たかが客のくせに。客とオーナーなんてこの世で一番遠い距離じゃないですか。私はもうすぐオーナーから全幅の信頼を寄せられ、その信頼を大事に大事に受け止めるというのに。惨めですね。予め定められた敗北。ああ惨め。なんて惨めなんでしょう。遠くから見ているだけの存在の分際で勘違いして、本当にもう、バカじゃないですか? あ、そーれ勘違い! 勘違い! 勘違い! 勘違い! あ、心のブスが目尻に出てますよ、お・ね・え・さ・ま」

「な――――」

「何を勝手に喋ろうとしてるんですか? 身の程知らずのゴミ虫の分際でヒト並に反論しようとでも? そういえばさっき、フローラを汚さないでとか仰っていましたけれど、あなたこそ、その腐った脳髄を気化して吐き出しているような髄臭い息をフローラである私に吐きかけないでくださる? それこそフローラが汚されるのではなくて? オーナーはフローラを愛しているんです。フローラ派なのですよ。つまり、私を愛しているんです。その私に対するあなたの態度、言動、目付き、小じわ、その全てが冒涜だとは思いませんか? だってあなた、ゴミ屋敷の古株のゴミみたいなゴミ人生を送ってるのでしょう? でなければ、反論されないであろう弱い立場のカフェの従業員に対してデカい口叩きませんもの。弱い者に対してだけ尊大になる典型的クズを自分から進んで演じてらっしゃるとは。まともな教育を受けた人間の生き様ではありませんでしょう? あなたと関わった全ての教育者と御両親を軽蔑致します。同時に同情も致します。彼等全員にとって、あなたは人生の恥部なのでしょうから。きっとあなたの将来は還付金詐欺の実行犯に身体目当てですぐ捨てられるような、惨めにも程がある底辺人生なのでしょうね」

 途中から石像と化し呼吸すら出来なくなっていた女性客への口撃は一向に収まる気配がなく、LAGの店内はMP残量わずかでエビルマスター、レッドイーター×2、ブルーイーター×2と遭遇した時のような地獄の空気と化していた。

 フローラが覚える最強の呪文はイオナズン。
 けれど満島さんに内在する破壊力はイオナズンの比ではなく、ブオーンさえ一撃で仕留めそうなほどに凶悪だった。

「……Oh」

 そしてその蹂躙の模様は、来未の隣でオーナーも目の当たりにしていた。

「お父さんスゴいね。年下からあんなに想われるなんて、尊敬しちゃうな」

「ビアンカ……父さんしばらく山奥に避難して寝込むから、どうか一人で面倒見てくれよ。くれぐれも、お母さんには内緒でな」

 この状況が妻に知れたら――――そんなオーナーの絶望的観測はその後現実のものとなり、未曾有の修羅場を巻き起こす事になるのだが、それは別の話。

 現在、リアルタイムで起こっている方の修羅場は即SNSで拡散され、『【悲報】フローラ、やっぱりヤンデレだった』などといったタイトルで各まとめサイトを賑わせたが、ヤフーニュースに触れられることはなく、カフェの評判も少し落ちた。
 
 尚、アンケートの結果はフローラが圧勝だった。









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