「……ただいまくらい言えば?」
 我が家に沈黙のまま侵入した俺に対する、妹の第一声。
 そりゃ、まあそれは正しい発言なんだろうけど――――
「彼氏がいるのに、どうして彼女いない兄より早く帰宅するんだお前は。
 もっとこう、親を心配させるくらい適度に爛れろよ」
「爛れるって何? 意味わかんない」
 わかんないかー。
 受験大丈夫かな、妹。
「お邪魔しまーす。あ、結構広い」
「平凡な中にも優しさが満ち溢れた家庭って感じの玄関なのです」
 俺の後ろから、わいわいと女子の声が聞こえてくる。
 その瞬間、妹はニキビと格闘している時期の鏡の前と同じ表情で
 俺を凝視してきた。
「……説明、いる?」
「いる」
「えっと……今日初めて会話した女子2名。こっちは天音月夜さん。
 で、こっちは甘露翠さん」
「初めまして。天音です」
「翠なのでーす。ニッ♪」
 俺以上に人見知りしない妹は、そんな二人の自己紹介に対し――――
「……どうも」
 やけに無愛想な物言いの後、そそくさと奥に引っ込んでいった。
 ……慎一先生といい、どうして俺と接する時とこう違うんだよ。
「妹さん、無口なの? 萌えキャラ?」
「お前はアホか」
「うわっ、初会話果たしたばっかの男子にアホって言われた」
 いや、俺も言われてるから、既に。
 っていうか……説明する前に妹、引っ込んじゃったんだけど。
 ちなみに、どうして彼女達がウチに来たのかというと――――

「にしても世の中不況よね。誰もファミレスとかマックに立ち寄れるお金すら
 持ってないとか。終わってない? あたし達」
「悪いのは私達じゃなくて、稼ぎが悪い父親なのですよー」
「いい事言った、甘露さん! その通り!」
「けれど、ない袖は振れないのですよ。という訳で、ここから
 一番家が近い人、きょしゅー」
「俺、結構近いな。1kmないや」
「じゃあ相良君の家にとっこー!」
「ん、決定ね」
「……は?」

 ――――というワケだ。
 俺の知り合いの女子が家に来たの、初めてなんだけど……
 初対面の女子を家に上げるとか、ナンパ以上にレベル高い事
 してないか、俺。
 完全に合コンお持ち帰りのノリだぞ。
 しかも2人。
 こうなってくると、3人とも頭の緩いパープー高校生って感じだ。
 とはいえ、来ちまったモノは仕方ない。
「そんじゃ俺の部屋こっちだから、とっとと来い」
「はーい」
「ういでーす」
 女子2人を引き連れ、部屋へ直行。
 特に見られて恥ずかしいモノもない。
 妹同様、質素な部屋だからな。
「へー……今時の男子の部屋ってこんな感じなの?」
「あんまりモノないのですねー。ふえー、ふえー」
 2人とも興味津々だった。
 まあ、気持ちはわかる。
 逆の立場なら、俺も部屋中凝視するだろう。
「で、エロ本は? エロ本プリーズ」
 天音さんはベッドに腰掛けながら、ファミレスでメニューを
 催促するような物言いでオーダーしてきた。
「あるけど……見てどうすんだ?」
「言ってみただけ。見るのはちょっと恥ずかしい」
 テンション上がってるのか、天音さんは髪型同様ちょっと
 フワフワしてる気がする。
 教室とは明らかに態度が違う。
 一方――――甘露さんはマイペース。
 テーブルの上にあるアメを勝手に取って嘗め始めた。
「失礼します」
 突然部屋のドアが開いて、妹登場。
 上にティーカップ3つ乗ったお盆を抱えて。
「粗茶です」
「あ、ありがとうございます」
 天音さんが恐縮しながらそれを受け取る。
 次は――――
「んもももももももももももももも」
 突然甘露さんが怪音を発してきた!
 怪音波でも出す気か?
「翠、アメ口から出して喋れば? ペッしなさい、ペッ」
 ああ、そういう事か……ビックリした。
「……ごゆっくりどうぞ。お帰りはあちらです」
 妹は混乱してるのか、相反する言葉を並べた挙げ句、
 俺のティーカップをお盆に乗せたまま部屋から出て行った。
 あいつもよくわからないなあ……俺と接する時と違い過ぎ。
 大体、何故妙にオーラが暗い?
 俺が女子を家に連れて来た事が不満なのか?
 自分は毎度彼氏を部屋に連れ込んでるクセに。
「ま、いっか……で、恋の経験がない俺に、
 何をしてくれるんだ?」
 ティーカップに手をつけずにいる2人に対し、取り敢えず
 話を求める。
 反応したのは甘露さん。
「あのですねー、正直言います」
「うん。どうせ何も考えてなかったんだよな?」
「そでーす。相良さん名探偵! 今日から平次って
 名乗っていいのですよ?」
「ややこしいな! コナンとか金田一でいいだろそこは!」
「私の好みの問題なのです」
 キリッとした顔で、甘露さんは断言した。
 全くもって、どうでもいい。
「って言うか、ここで何もしないと、あたし達って色々口実つけて
 男子の家に押し寄せたビッチ女子って感じになっちゃう気が
 するんだけど。どうする? 恋についてもう少し語っとく?」
「それでいいのです」
 テキトーだな、オイ。
 余りにも展開が急すぎて、女子が部屋に上がり込んでるのに
 ドキドキもしないし……なんかゴロゴロのクジで赤いタマ出てきて
 喜んでたらサラダ油貰ってコレ嬉しくねー、って時と似てる。
「失礼します」
 ノックもなく、再び妹乱入。
「実家から送られてきたゴボウです」
「え、なんでゴボウ持ってきた……?」
 しかも泥ゴボウをそのまま3本。
「ごゆっくり。ウチの夕食の時間は5時だけど」
 現在の時刻は午後4時58分。
 妹は時計を指差し、そそくさと立ち去った。
 勿論、そんな早くに夕食は食べない。
「……妹さん、変わってるね」
 天音さんの意見に今回ばかりは反論できず。
 どうした妹。
 一体どうした。
「まあ……妹はともかく、恋について語るのならこっちとしても
 願ったり叶ったりだ。そっちの知識全部くれ。ついでに、俺に
 恋が出来るような建設的な話し合いだとなお嬉しい」
「恋人いるんじゃん。あの親友のカレ」
「ここまでな。ここまではネタとして認めるな。けど、次同じ事言ったら
 マジで追い出すからな。あと俺、この手のネタ超嫌いなんで、
 それも覚えとけよ。忘れたらパーンだぞパーン」
「じょ、冗談だってば。マジにならないでよ」
 天音さんは意外と小心者だった。
 まあ、口が悪い人は実はヘタレって、よくある話だしな。
 俺としては、甘露さんの方が怖い。
 なんか急に爆弾落としてきそうで。
「恋。それは誰にも抗えない魅惑の発作なのです」
 あ、突然始まった。
 甘露さんは口元に手を置いて、なんか思案顔っぽくしてる。
 童顔だなあ。
「それは突然やってくるのです。最初はビックリします。
 え、これって何? この感情、一体何なの? ってなりますです。
 でも、それが恋と気付いた後でも、結局それは制御できません。
 台風です。自然の脅威と同じです」
 今度は台風がやってきたか。
 恋の台風。
 ……なんか聞いた事ある、陳腐フレーズの範疇だな。
 昔の歌とかにありそうなフレーズだ。
 恋のハリケーンとか。
「理屈はわかったけど、実際に甘露さんはそういう経験何度もしたの?
 最低一度はあるんだよな?」
「モチロンなのですよ。甘露翠は恋の熟練者なのです。
 恋のマスターオブセレモニーなのです」
 とてもそうは見えないけどなあ……ってか恋のMCって何だよ。
「具体的には、どれくらい経験を?」
「……」
 あ、黙った。
 いや、俺の質問もどうかと思うけど。
 聞きようによっちゃ最低な質問だ。
「なーにが熟練者よ。全然そんな経験ないじゃない」
「そ、そんな事ありませんです。いっぱいありますです。
 月夜も聞いたでしょう? 私のこれまでの恋のエピソードを。
 恋のトピック、恋トピ満載でしたですよ?」
「全部空想じゃないの。作り話でしょ? 一切現実味ないもの」
「え……そうなの?」
 俺、そんな人に恋のレクチャー受けてたの……?
「そ、それを言うなら月夜だってそうじゃないですかー!
 殆ど恋愛小説の登場人物相手に『このキャラいいーいいー』って
 唸ってるだけで、現実の男子と向き合った事ないですよねー!」
「え……マジで?」
 俺、そんな人に恋の解説とかされてたの……?
 って言うか。
「お前ら、恋に関してド素人じゃん……どうして俺に同情した?」
「す、すいませんです」
「見栄張りたくて、つい……」
 墓穴を掘った結果、2人とも本音を曝露した。
 馬脚表すの早かったなー。
 いや、なんとなく想像はついてたけど。
 具体的な話、一向に出てこなかったもんな。
「となると……お前等の恋の話は想像の産物以上のものでは
 なかった、と」
 睨む俺に、天音は恐る恐る挙手してくる。
「あの、いつの間にかお前呼ばわり……」
「やかましい! 帰れ! この恋愛処女ども!
 何しに来たんだよお前ら!」
「仕方ないじゃない! 緊張してたんだから!
 テンパってたのよ!」
 ぶっちゃけられてしまい、俺は思わず身を引く。
「大体、こっちの身にもなれって話よ。いつもみたく、
 翠と恋バナしてたら……」
「無粋とは思うけど、どうしてもツッコんでおかないと
 いけないんで敢えて強く指摘するが、お前らのは恋バナじゃない。
 恋についての不毛な妄言だ」
「話の腰折らないでよ! もーっ! もーっ!」
 天音さんは泣き出した。
 な、泣くほど強いツッコミだったか……?
 ってか、女子泣かすのは不本意だ。
 困った。
「大丈夫なのですよー。月夜は興奮すると泣くクセがあるだけなのです。
 すぐに収まりますです」
 甘露さんが冷静だったんで、なんとか場が荒れずに済んだ。
「あのですね、もうおわかりでしょうけれど、私も月夜も、
 恋愛については初心者なのです。実経験は皆無なのです。それは
 自覚してるのですけれど、急に初めて男子に恋についてとか聞かれて、
 二人して頭がワーってなっちゃって、なんか偉そうに語ったり、
 上からで行こうってノリになっちゃったりしたのです」
「なるなよ。そこはナチュラルでいいだろ?」
「人間、テンパると少しでも優位に立とうとするものなのです」
 意外とまともな発言。
 どうやら、甘露さんの方が天音さんより大人……らしい。
 外見とか喋り方ってアテになんないなあ。
「私と月夜は、苗字が『あま』繋がりだから、ずーっと出席番号で
 並びだったのです。それで仲良くなって、色々話してるウチに、
 お互い主導権を握ろうって感じで私はあー、あたしはこー、みたいな
 言い争いがあったのです。で、恋愛に関しても同じノリであーだこーだ
 言い合ってたのですが、毎日ピーピー言い合ってるとなんか気難しい
 人達って誤解されて、他に友達もできず、男子が声をかける事もなく
 今日を迎えたのです」
「ぐす……だから、キミが声をかけてきた時はどっちも『わっ、わっ』って
 なっちゃったのよ」
 涙声で天音さんが補足してくる。
 なるほど、事情はわかった。
 この異常な展開は、俺の無神経な接触と彼女達のテンパりが原因か。
 2人とも顔はいいのに、男子に免疫ゼロだったんだな。
 ……何このご都合展開。
 なんか、神様が俺に『コイツ等いてこましたれ! もうやっちゃえ!』
 って指スコスコさせながら言ってきてるみたいだ。
 いや、2人なんて無理ですって。
 1人でも無理だけど。
 なんていうか……色々とおかしい。
「一旦整理しよう」
 俺は場を収めるべく、敢えて強い口調で宣言した。
「俺は、恋について知りたかった。だから、雑談で恋について
 くっちゃべってるお前らに聞いた。恋って何か、教えてくれると
 思ったからな。ここまではOK?」
「あんまりOKってワケでもないけど……話した事ない女子に
 フツー聞くそれ?」
「聞かないと思うのです」
 まあ、そこは俺にも非はある。
 現代社会にはそぐわないアプローチだったかもしれない。
 だが、スルー。
「一方、全く面識がないとさえ言えるクラスメートの男子に話しかけられた
 お前らは、ビビった。こういうケースでは普通、『いきなりなんだコイツ、
 って言うかキモっ。コッソリ聞き耳立てて様子窺ってた? それで恋とか
 ずっと言ってる女は頭も尻も軽そうだから上手くいけばヤレるかもとか思って
 割り込んで来た? うわ、空気読めなさすぎ。あたし達そんなんじゃないし』
 とか考えて警戒してるのかと思いきや『わっ、わっ、男子、男子が攻めてきた、
 いきなり男子が攻めてきた、どうする? どうする? あれわかんないもう
 何もわかんないとにかくガーッて言い返せ、守れ本城を守れ!』とかいう
 思考回路になってパニック状態で俺との会話を続行した結果、俺の家に
 転がり込むという超展開が待っていた。ここまでの流れの殆どは、パニクった
 結果であってお前らの本意じゃない、と。ここまではOK?」
「長い……けど、大体合ってるかも」
 天音さんは何度か小首を傾げつつ、最終的に首肯。
「相良さんは人畜無害な顔してる割に攻めてくるから、この部屋に
 あがった時もホントは冷や冷やだったのでーす。ニッ♪」
 甘露さんの偏見に満ちた意見としたり顔、軽くイラッ♪
 っていうか、ずっとスルーしてきたけど、偶に導入する
 あの『ニッ♪』は一体何なんだ。
 あれがキャラ付けとかいうヤツか。
 気持ちの悪い。
「失礼します」
 また妹が来た!
 お前は宗教勧誘のオバハンか!
「これを」
「CD……?」
 妹から俺に手渡されたのは、タイトルも何もないCD-R。
 これをかけろ、ってか。
 一応、CDが廃れつつある今の世の中でも、俺の部屋には
 父親から譲り受けたラジカセがある。
 それを久々に起動。
 流れてきたのは、インストゥルメンタル。
 和の侘びしさが集約された美しい旋律。
 聞き覚えがある。
 タイトルも知っている。
 ――――蛍の光。
「ごゆっくり」
「「「嘘つけ!」」」
 去りゆく妹に3人揃ってツッコんだ。
「あの、もしかして私達、歓迎されてないのですか?」
 甘露さん、それはゴボウの段階で気付こうよ。
 にしても妙にカリカリしてるなあ……キャラも違うし。
「あ、わかった。女の子の日だ」
「……」
 天音(←呼び捨て)のセリフに俺は今日一番引いた。
「……」
 甘露さんも引いた。
「え、そんなに引かれる事? 今のって」
 天音はピンと来ていない様子。
 何というか……
「なあ、俺らってもしかして、コミュニケーションがダメな集まり?」
「不本意でーす。私以外は、に訂正プリーズ。ニッ♪」
「翠も十分ダメダメでしょ? その『ニッ♪』だって、小学生の頃に
 クラスの女子から『甘露さんって八重歯が可愛いよねー』って
 言われたの真に受けて、ずっと自己アピってるヤツでしょ?
 久し振りにあたし以外と会話したからって使い過ぎ」
「わーっ! それ言っちゃダメなのです! コイツマジ最悪なのです!
 死ねデス!」
「死ねブスみたいな言い方でデスって言うな!」
 意味のわからない返しと共に、天音がヒートアップ。
 甘露(←呼び捨て)も対抗し、両手をブンブンさせて威嚇。
 ……小学生だ。
 コイツら、小学校から何も成長していない。
 多分、他に友達がいなくて、ずっと2人で学校生活を送ってたもんだから、
 狭い世界の中で成長せずに生きてきたんだろな……可愛そうに。
 恋とは何か、という疑問の果てに辿り着いたのは、恋を知ったかぶっていたお子ちゃま2名。
 美点と言えば、目の前に知人がいるのにずっと携帯弄ってる連中よりは
 マシ、という点くらい。
 ……俺もコイツらと同類?
 それはダメだ。
 早くなんとかしないと。
 恋について、コイツらより詳しく、深く知らないと。
 そして実際に恋しないと。
 なんか人生が詰んでしまいそうな気がするぞ。
「って言うか、うるさい!」
 妹4度目の乱入。
 でも今回は妹が正しい。
 その剣幕に、天音も甘露もビビリまくったらしく、2人身を寄せ合って
 震え出した。
「さっきから黙って聞いてれば、男の部屋に上がり込んで恋はどーとか……
 恥ずかしくないの?」
「「す、すいません……」」
 謝罪の言葉がハモる。
 っていうか、妹のこんなスゴんだ顔初めて見た。
 鬼だ。
 鬼の顔面だ。
「ウチはもうすぐ夕食だから。ホラ、お茶漬け」
 律儀にお茶漬け2人前を用意している妹は、別に京都出身って訳じゃない。
 ビッチな割に古風な事を……
「あ、夕食頂けるのですか?」
「あら、悪いねー」
 理解できてない上にヘラヘラする2人を見て、妹はキレた。
 それが堪忍袋の緒なのか、それとは違う何かなのか……はわからないけど。
「帰れーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
 3人揃って家からポイ捨て。
 何故か、俺まで追い出されてしまった。
 いや、俺もう帰ってるから。
「何なんだよ全く。騒音出してたのはお前らだろ? 俺が追い出される
 理由がわからない」
「……」
 玄関の前で身体についた埃を払う俺に、4つの白い目が向けられる。
「何だよ」
「あのですね、もしかして、if、仮のお話なのですが」
 甘露がグルッと半回転して、俺の方に向けて指をビシッと立てる。
「……サガりんの妹さん、ブラコンなのですか?」
「待て。2つ待て。特に1つめは深刻だぞ。その略し方は絶対許さない」
 俺の威嚇に、甘露はまたクルリと半回転してそっぽを向いた。
 代わりに天音が一歩前に出てくる。
「最後のはこっちが悪いから仕方ないけど、最初からあたし達に悪意アリアリ
 じゃなかった? 妹さん。やっぱりアレって……『私のお兄ちゃんを
 取らないで』光線だったんじゃないの?」
「……アホか。ウチの妹はブラコンじゃない。あと俺もシスコンじゃない。
 よくある普通の兄妹の域を出ない、ノーマルな家庭だ。あと妹は
 彼氏いる歴9年連続のビッチだ」
「え、ビッチなの? 同じ彼氏と9年とかじゃなくて、取っかえ引っかえ?」
「取っかえ引っかえ。まあ二股はないらしいけど」
「猛者なのです。恋の猛者がここに! っていうか、だったら妹さんに
 恋のレクチャー受ければよかったですのに」
 俺の怒りが過ぎ去ったのを確認して、甘露さんは再度ターン。
 中々のしたたかさだ。
「最初にそれ試したんだけど、拒否されたんだよ。なんか嫌みたい」
「わからないでもないのです。ウチにも一つ下の弟いますけど、
 弟の恋愛事情とか気持ちが悪いだけで聞きたくないのですよ」
 気持ちが悪いとまでは思わないけど、確かにあんまり詮索しようって
 気にはなれない。
 だから俺も、妹の彼氏事情に関しては、妹から聞いている以上の
 情報は一切仕入れていない。
 今こんな彼氏がいる、別れた、次の彼氏になりそうなのはコイツ、
 この男子はどう思う……などと色々話は振られるものの、割とスルー気味だ。
「……それってやっぱり、アピールなんじゃない?
 もっと危機感持ちなさいよ、的な」
 その事情を話した結果、意味不明な回答を天音から得た。
 何故妹がそんなアピールを?
 危機感って何さ。
「ま、よくわかんないけど……そういうワケで、妹をブラコン扱いは
 止めろ。いわれのない誹謗中傷だ」
「でもねえ……あそこまで露骨だと、ちょっとねえ」
「ウチの弟とは事情が違いそうなのですよ」
 2人は納得いかない、って顔で終始俺の妹ブラコン疑惑を訴え続けた。
 不本意だ。
 慎一先生の事といい、どうしてアブノーマルな方向にばっかり
 想像の翼を広げようとするのか。
 空想癖と言葉フェチの組み合わせだからか。
 最悪だ。
 もう今日を境に縁を切ろう。
 恋はしたいけど、する相手は選ぶべきだ。
 つっても――――恋って何なのか、未だに全くわからないけど。
 お互いが想い合えば恋なのか。
 相手を見てドキドキすればそれが恋なのか。
 やっぱりそんな単純じゃないと思うんだけど、
 その辺は未だにハッキリしない。
 難しい。
 一日とはいえ、そこそこの人数に聞いて、こんなにずっと考え続けて、
 それでも片鱗すら掴めない……恋。
 いや、難しい。
 恋でこれだけ難しいとなると、恋愛とやらは更に難易度高そうだし、
 これからちゃんと経験できるのか、ちょっと自信ない。
 恋愛……恐るべし!
「二十代の恋は幻想である。三十代の恋は浮気である。人は四十代に
 達して、初めて真のプラトニックな恋愛を知る。by ゲーテ」
「急になんだよ、天音」
「じゃあ十代の恋って何なんだろうなー、ってふと思って。
 あたし達、まだゲーテに相手にもされてないのかな?」
「故人の守備範囲を問われても、答えようがない」
「そういう事じゃないんだけど……ま、いっか。それじゃ翠、
 そろそろお暇しよっか。もう家から出てるけど」
「うい。ではでは相良さん、今日はとても傷付いたし疲れたので、
 二度と話しかけやがらないでくださいなのですよ。ニッ♪」
「あたしも……地味にこれが人生最初の男の部屋訪問だったのよね……
 最悪」
「ムリヤリ押しかけておいて何て言い草だ。帰れ帰れ! 
 お前らなんぞと二度と関わるか!」
 そんなやり取りの割に、天音は笑顔だったし、甘露はバイバイと
 何度も手を振っていた。
 俺も、手をヒラヒラさせてそれに応える。
「あ、最後に一つ」
「何だよ天音」
「妹さん、名前なんて言うの?」
 妹の名前――――それは漢字一文字。
 俺と同じラ行だし、読みも一字違い。
 だからと言って、どうという事でもないけど。
 その無意味な質問に投げやりで答え、追い払うように
 思いっきり手を振ってやった。
 こっちを茶化すように去って行く2人の背中が、次第に小さくなる。
 ……口惜しい事に、あいつらと過ごした今日一日は結構楽しかった。
 本気で明日からの接触を拒まれたら、微妙にショックだ。
 ん、携帯着信。
 バイブ機能が珍しく仕事してる。
 相手は……慎一先生か。
 まあ、家族以外ではアイツくらいしか電話寄越す相手いないけど。
 後は中学の時に修学旅行先でお世話になったバイク乗りの
 デヴィッド権田先輩くらいだ。
 権田先輩、何してるかな。
 まだアメリカンドリームを追いかけてるんだろうか。
 どの辺にドリームがあるのか最後までわからない人だったけど。
 っと、電話取らないと。
『もしもし。慎一先生、そろそろマトモにならないと誤解されたままになるぞ』
『……許さない』
『は?』
『どうして俺というものがありながら、女なんかと……』
『……いや、女とは別に話すっしょ。世の中の2分の1女だぞ?』
『お前には俺がいればいいだろうがよおおおおおおこのクソビッチがあああ』
 切った。
 ……よし。
「なかった事にしよう!」
 あのタイミングで電話が掛かってきたって事は、どこかで見張ってる
 可能性が極めて高いけれども!
 奴は親友。
 これ以上の追及はしない。
 だから着信拒否して、それで終わり!
 さあ、今日という日の終焉だ。
 家に入ろう。
 ……きっついわー。
 2%って、意外と無視できないんだな。
 恋って一体何なんだ……もうヤダ。






 - epilogue -






 で。
 この後、妹にあの2人の事をアレコレ、本当にしつこく詮索されたり
 しながらも、俺はマトリックスよろしく華麗に追撃をかわし、
 更にその後両親から衝撃の事実を突きつけられたりもしつつ、
 その日は心地よくない疲労感に包まれ、就寝した。
 翌日以降、人間関係が劇的に変化したのは、言うまでもない。
 ……と、紹介が遅れました。
 俺の名前は相良凛。
 ただし27歳。
 さっきまで見ていた過去は、10年前の出来事だ。
 いや、なーつかしいねー。
 あの日は本当に、革命レベルの忙しなさだった。
 さて、ここで一つ問題。
 俺は既に、恋とは何かを見つけている。
 多分この日、俺には4つの行き先が用意された。
 それは勿論、恋愛に関するDestination(到達点)。
 4つの答え、と言えるのかもしれない。
 あいつと、あいつと、あいつと、あいつ。
 その中の一つを、俺は選択した。
 だから自ずと、今は目的地には辿り着いてるってワケだ。
 で、ようやく問題なんだけど……俺があの日以降向かった行き先とは
 果たして何処でしょう?
 ごく平坦な道なのか、茨の道なのか。
 勘のいい人ならわかるだろう。
「早くー。もうみんな集まってるってー」
 おっと、もう時間だ。
「へいへい、今行くよ」
「って言うか、女より男の方が準備に時間かかるって、あり得ないんだけど」
「男には、過去を振り返る時間が必要なんだよ。こういう晴れの日には」
 扉越しに叫んだ俺の声は、届いているのか、いないのか――――
 何にしても、辿り着いたのが今日という日で、本当に良かったと思う。

 恋。

 俺はそれを『名前』だと理解した。
 色々悩んだり、想ったり、泣き叫んだり、笑い合ったりした結果、
 そこに『恋』と名付ければ、それが恋だ。
 勿論、それが本当に恋かどうかは、当人しかわからない。
 わからないからこそ、自分で名前を付ける。
 自己責任。
 そういうモノなんだろう。
 だから、あの日――――この一日を迎えるきっかけになった『あの日』は、
 俺とあいつが育んできたモノに恋と名付ける出発点だったんだ。
「早くしろってば」
「おっけ。もう準備完了」
 もう一度、扉越しにそう答え、俺は立ち上がる。
 いや、それにしても。

 恋愛って、大変だ。








                                         恋愛 4 Destination(s)

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