さて――――授業終了。
 今日の授業中はとにかく恋愛についてあーだこーだと考えてたモンだから、
 授業の中身は一切頭に入ってない。
 ま、受験は来年だしね。
 そんな事よりか、恋愛だ。
 恋について、もっと深く考えよう。
 よく、恋の病とかいう言葉を聞く。
 ……よくは聞かないか。
 稀に聞く。
 で、恋してる乙女とかいうヘンな人々は、『頭がフットーしそうだよお』
 とか、『らめぇ、そこらめぇ』とか、そんな感じの病的な言葉を吐くという。
 妹経由の偏った知識なんで、この辺は真実なのか定かじゃないけど、
 まあ頭の中とか感情が通常とは違う状態になる事は間違いない。
 マンガ的表現だと、よく赤面する場面が恋愛モノでは見受けられる。
 中にはずっと顔が赤い、赤面症の人もいる。
 これも感情の昂ぶりが病的な証拠だ。
 で、その手の感情っていうと決まって、異性に対する好意と、それによって
 生じる嫉妬、独占欲、一途な気持ち、犠牲心、胸のドキドキ、多幸感……
 といったところだ。
 これらは、わかる。
 パーツパーツで見れば、それなりに経験はしているからだ。
 例えば、17年間一切風邪を引いた事がない人がいるとしよう。
 風邪の症状ってのは、高熱や頭痛や吐き気など、全て別の病気でも
 起こり得る症状で、オリジナリティはない。
 だから、風邪を経験してなくても、『風邪ってのは高熱とか頭痛とかで
 苦しいけど、数日すれば勝手に治る病気だよ』と教えてやれば、
 多分その苦しみは理解できるだろう。
 それと同じ。
 意味のない例えだったように思われそうだけど、違うんだコレが。
 実は授業中、一つの仮説を立ててみた。

『恋とは、風邪のようなもの』

 ここへの前フリだったんだねー。
 それじゃ、解説しよう。
 風邪の定義は曖昧だ。
 正確には『風邪症候群』であって、コレという明確な病状や病巣はない。
 大体、で診察されている。
 呼吸器に炎症があって、割と軽めで、他の明確な病気とは異なる、
 という場合、風邪と見なされる。
 もしかしたら、恋も同じようなモノなのかもしれないと、
 なんとなく思った訳だ。
 つまり、曖昧。
 曖昧だから、妹も柊先生も明確に答えられない。
 でも、なんとなくの診断基準はある。

 異性である。
 その人の事を考えると、ドキドキする。
 その人の事ばっかり四六時中考える。
 その人に好意的だ。
 その人に尽くしたい。
 その人を支えたい。
 その人が評価される事が嬉しい。
 その人とエッチな事をしたい。
 その人との子供を産みたい。

 ……と、こんな感じのが100項目も200項目もあって、それらの一部、
 若しくは大半が該当すれば、それは恋。
 と、すれば――――恋愛ってのは、コレっていう明確な定義はなくて、 
 みんな大体、なんとなく、アバウトにそう呼んでいるだけ、
 って事になる。
 これが結論だとしたら、少し不安だ。
 恋愛というものが何か、って疑問に対する明確な答えがないんだから
 それを経験できたとしても、恋愛だって認識できるとは限らない。
 風邪は、こっちが毛嫌いしても勝手に引いちゃうし、
 風邪だってわかる。
 じゃあ、恋愛は?
 こっちが恋愛なんてしたくねーぜ、って息巻いてても、勝手にしちゃう
 ものなんだろうか?
 そしてそれは、恋愛だって直ぐにわかるんだろうか?
 よく、ドラマやマンガでは『一目惚れ』っていう表現が使われている。
 バラエティ番組でも、よく聞く。
 それが、俺に起こり得るとすれば、風邪と同じように、突然勝手に
 恋愛しちゃう事になるだろう。
 けど……そんな経験は当然ないし、今後する気配すらない。
 だって、知らん人を好きになるって、あり得んでしょ。
 外見の好みはあるさ。
 でも、それは外見の好みでしかない。
 視覚的情報を好意に変換するのは、それ無理な相談だ。
 そんな高等技術、聞いた事もないし出来る訳ない。
 となると、一目惚れは俺には無理。
 じゃあ、他に恋愛ってどうすりゃいいんだ。
 異性と話すしかないのか?
 でも、俺って割と異性とはフツーに話すんだよな。
 妹がいるから、抵抗がない。
 見知らぬ女性教師にも抵抗なく声かけられるし。
 ただ、ナンパはした事ない。
 合コンとかも。
 そういう出会いによって生まれた特殊な状況でするトークが
 恋愛に結びつくんだろうか。
 下世話な響きが多分に含まれてて、あんまり行動に起こしたくは
 なかったんだけど、恋愛を調べていくなら、避けては通れない。
 よし、決めた。
『恋とは風邪のように曖昧』という推論は、一旦棄却。
 柊先生の『恋とは、理想と打算のあいだ』ってのは保留。
 この手のストックを溜めていく為にも、俺はもっと異性と
 交流を深めていこうと思う。
 まずは……
「だから、翠はどうしてそう考えなしで恋愛を語るの? 恋愛は
 知恵と叡智の結晶なのよ? 思考がなければ恋愛じゃないんだから」
「ちーがーいーまーすー。恋愛は情熱、魂の叫びなのです。頭で恋愛する
 なんて、そんなのただの計算高いだけなのですよー。そんなのは本物の
 恋愛じゃないです」
 まだ議論が続いている、この二人に声をかけよう。
 一応、彼女達のこのハタ迷惑な討論が、俺に恋愛を考えるきっかけを
 与えてくれたんだし。
 さて――――
「恋って、何?」
 俺は、常套句のようにその文言で道を拓いた。
 突然、前に座ってる話した事のない男子に声をかけられた
 女子2人はというと……フリーズ状態。
 ちなみに、どっちも顔は知ってるけど名前は知らん。
 親しくないクラスメートなんてそんなもんだ。
 俺から見て、右側の女子は、かなりキリッとした顔立ち。
 目鼻立ちくっきり、でも外人っぽい彫りの深さはない、
 純日本人って感じの顔。
 髪はセミロングで、遊び心満載のエアリーボブ的な髪型だ。
 一方の左側の女子は、お前ホントに高校生かと
 ツッコミたくなる童顔。
 二重がくっきりで、眠そうな目に見える。
 長い後ろ髪の毛の割に、前髪は眉にギリ届いていない。 
 身長は座ってるからわからないけど、体型はどっちも標準。
 あ、女子の体型っていうと、そっちじゃないか。
 胸は……エアリーボブさん、残念!
「……ちょっと。何見てんのよ」
「そのギャグはもう古いよ」
「ギャグじゃない! ねえ翠! コイツ今、あたしの胸見てたよね!
 あたし胸見られたからそれ指摘したんだよね!」
「私に言われても困りますです。視認したのは月夜の脳ですし……」
「ああもう、直感で生きてるクセにそういうトコは理屈っぽい!
 もういい! 翠には頼まない! あたしだけで闘ってみせる!」
 ……なんか、おかしな事になってしまった。
 俺は恋愛について色々聞こうと思って話しかけたのに、何故か 
 デュエルが始まってしまった。
 これ、どうすんだ。
「キミ、名前は?」
「……申し遅れました。相良凛と言います。非礼をお許し下さい」
「え、なんで急にそんな紳士的なの? 胸凝視したクセに……
 もしかして変態紳士? 紳士って付ければ変態でも支持されるとか
 いう意味不明なあの変態紳士?」
「俺にはそちら様の言っている事が全く理解できない」
「あ……う……つい翠と話してる感じで喋っちゃった。今のナシ。
 今のはノーカンね」
 よくわからんけど、ノーカウントらしい。
「自己紹介。私は天音月夜(あまね つくよ)。ついでに、
 こっちのは甘露翠(あまつゆ みどり)」
「ついでは酷いのですよー。甘露翠なのです」
「甘露さんって、声がアニメみたいだな」
「よく言われます。不本意でーす。ニッ♪」
 あ、不本意だったのか。
 あとで謝ろう。
「で、相良君。何であたしの胸を凝視したの?」
 こっちの反省などお構いなしに、天音と名乗った
 エアリーボブさんが鋭い目付きで睨んでくる。
「いや、凝視はしてないんですよ、エアリーさん」
「あたしがいつ外人名を名乗った!?」
「あ、失礼。天音さん。俺は単に、全身をチェックしてただけで、
 胸に固執した訳じゃない。誰だって、見慣れない人を見たら
 少なくとも一回は全身くまなく見るだろ? そういう事」
「……ま、言い訳にしてはそこそこのレベルね」
 微妙な物言いだったけど、取り敢えず許しては貰えたらしい。
 さて、ならとっとと話を進めよう。
 ここで時間食っても仕方ない。
 放課後と書いてモラトリアム、は限られているんだ。
「胸のくだりは消化したとして、恋って何?」
「勝手に消化した事にしないでよ! って……キミさ、
 さっきもそれ聞いてたけど、あたし達の話、ずっと聞いてた?」
 エアリーボブの天音さんは、声がアニメな甘露さんと俺を
 交互に見ながら、明らかに恥ずかしそうにしている。
 聞かれて恥ずかしい内容なら、放課後の教室で話すなって。
「まあ、ずっとじゃないけど、恋愛がどーこーと言い合ってるのは」
「うー、恥ずかしいのですよー。月夜のこまっしゃくれた恋愛論が
 一般生徒にダダ漏れなんて」
「こまっしゃくれたって何よ! そんな方言っぽい言葉使わないでよ!」
 怒るポイントがズレてる。
 っていうか……人選間違えたな。
 こりゃ、恋愛どーこーってより、女漫才師目指してる愉快な
 女子生徒達だった。
 べしゃり暮らしにでも出ればいいさ。
「じゃ、そういう事で」
「ちょっと待ちなさいよ! なんで急に帰ろうとした!
 こんだけかき乱しておいて!」
「いや、なんか内輪揉め始めたし……お邪魔かなと」
 俺の気遣いは、余り伝わっていないかったらしい。
「……結局キミは何がしたかったの? あたし達に恋愛の事を聞きたかったの?
 それとも、恋愛についてわーきゃー言ってるあたし達なら、簡単に口説けるとか
 思って話しかけてきたの?」
「それはない。あと、それを言う神経がわからない。天音さんだったっけ。
 胸の件といい、ちょっと自意識過剰」
「なっ!?」
 俺の真っ当な指摘に、天音さんは良い感じでラフだった髪型を
 更にラフにする勢いで憤怒した。
「わ、ありがとうございますです! 私、ずっとそれ言いたかったけど
 キレられるの嫌で言えなかったのですよー」
 何故か甘露さんに感謝されてしまった。
 もしかして、俺は彼女と相性いいのかもしれない。
 恋愛に発展するのかも?
 これは……フラグって奴か?
 現実にもそんなのあったのか。
「あ、でもあんまりズカズカ物を言うデリカシーのない男は嫌いなのですけど」
 フラグが折れた!
 いともあっさりと折れた!
 自分で立てておいて即折るとは……ビール瓶試し割りの粋だな。
「……あたしの何処が、自意識過剰?」
 こっちはこっちでキレかけている。
 いかん、コミュニティが破裂寸前、略してコミュ破だ。
 炎上マジか。
 もとい、間近。
 参ったな……敢えてフレンドリーに徹したのが裏目に出たか。
 俺は元々、人見知りはしないタイプだけど、決してチャラチャラ
 してはいない。
 人付き合いは狭く深くが基本だ。
 友達も少数精鋭だし。
 だから、女子2人相手に気さくなフリートークをするのはハードル高過ぎ。
 せめて、俺に妹が2人いれば……
「ちょっと、聞いてんの? あたし、何処が自意識過剰だっつってんの!」
 ああ、うるさい。
 女子ってこういうトコあんだよ。
 妹もそうだ。
 基本サッパリしてるクセに、自分が引っ掛かった事にはネチネチネチネチ。
 こういう部分を許容するのが恋なんだろうか?
 恋とは忍耐!
 ……意外と陳腐なフレーズだった。
「却下だ」
「はあ? 却下って何?」
「いや、一瞬『恋とは忍耐』っていうフレーズが頭に出てきたけど、
 なんか怪しい団体のキャッチフレーズみたいだったんで却下」
「……何でこの話の流れでそんな事思いつく?」
 天音さんから呆れられてしまった。
 いや、特に困りはしないけど。
「それは兎も角、自意識過剰な点に関する御質問だけど、要するに
 天音さんの胸を凝視するメリットが俺にはないのに、それを
 声高に指摘するのはちょっと意識が過剰なんじゃないの、って事」
「う、うわー……そこまでハッキリ言うのですか」
 今度は甘露さんに引かれてしまった。
 どうも、誠実に誠実にと思ってわかりやすく答えている事が
 裏目に出てるらしい。
 このままじゃ恋についての話どころじゃない。
 シフトチェンジしなければ。
 と言っても、そんなに会話の引き出しないんだよなあ……
「あたしの胸にはメリットがない……ふふ……ふふふ……」
 天音さんが小刻みに震えている。
 いや、こっちもあらぬ疑いかけられてるから、おあいこなんだけど
 なんか悪者になりそうな雰囲気だ。
 嫌われるのは構わないけど、せめて恋とはなんぞや、について
 聞いた後じゃないと、話しかけた意味がない。
 仕方ない、泥をかぶろう。
「いや、ごめん。実はさっき胸を見てたんだ。凝視はしてなかったけど。
 恥ずかしくてついそっちが悪い的な言い方しちゃったんだ。申し訳ない」
「ホラ、やっぱり見てた! 翠、聞いた? あたしが正しかったでしょ?
 やっぱりあたしの方が正しいのよ」
「ちーがーいーまーすー。明らかに気を遣って妥協案を出して
 貰ってるだけなのですよー。ニッ♪」
「えっ! そうなの!?」
「……いや、そこはもう追及しないでなあなあにしようよ」
 話が全然進まない。
 やっぱり人選ミスだ。
 こっちにも非はあったとは言え……面倒臭い女達に引っ掛かってしまった。
 もうとっとと聞く事聞いて、会話を終わらせよう。
「ところで、恋って何?」
「あれー、全然脈絡がないのですねー。会話の流れムチャクチャです」
「もう一刻も早く聞きたくて仕方ないんだ。甘露さんだっけ、
 君の思う『恋とは……』は何?」
 よし、強引だけどようやくここまで持っていった。
 さあ言え!
 恋とは何なんだ!
「ま、いっか。えっとですねー、恋とは――――」
「恋とは言葉!」
 聞いてもいないのに、天音さんが割り込んできた。
「ちーがーいーまーすー。恋とは、衝動なのです。制御できない
 エネルギーの塊なのですよ。ニッ♪」
「アホかって。そんなワケわかんないテキトーなモノが恋なら、
 恋愛に満ち溢れてるこの世の中は理性も道徳もないお花畑空間に
 なるじゃないの。恋愛は理智の産物なのよ。過去の偉人だって、
 いろんな恋愛の名言残してるでしょ? 文学に昇華でき得る題材
 だからよ。つまり……」
「STOP」
 セッションを止めるボーカルのようないい発音で、
 俺は2人の言い争いを静止した。
「勝手に盛り上がらないで、キチンと説明して貰いたいんだが。
 まず甘露さん。恋は……衝動?」
「そーでーす。恋は衝動。ほとばしるパワー!」
 目を『><』にしつつ、甘露さんは謎のガッツポーズを見せた。
「具体的に聞きたいんだけど、衝動というのはどんな理屈?」
「理屈なんて恋にはないのです! ビビビッと、恋は突然やってくる!」
「突然、やってくる?」
「そです! そして燃え上がる恋のエナジー! お互い真っ赤っかになって
 ブワッと燃え上がって、ンー……ひゃーっ、恥ずかしーっ!」
 何が恥ずかしいのか全くわからなかったけど、彼女の理屈では
 感情の高揚を重要視しているらしい。
 それはわかる。
 事実、恋というものを表現する創作物の多くは、そこをピックアップしている。
 でも、それが全てと言われると、ちょっとそれどうなの、
 と言いたくなってくる。
「だから、そんな野生動物みたいなのが人間の恋愛なわ「お前の話は後で
 聞くから黙っててくれ」
 割り込んでくる天音さんをシャットアウト。
 怒り狂うかもと思ったけど、意外とすんなり引いていった。
 瞬間湯沸かし器、ってワケでもないらしい。
「それじゃ甘露さん、話の続きを聞かせて」
「え、終わりましたですよ?」
 終わってたのかよ!
 アレで恋の全ては語られたのか……
「じゃ、次はあたしね」
 喋りたくて仕方ない、という面持ちで天音さんが小悪魔笑いを見せてくる。
 ちょっと吊り目で、それほどキツい目付きでもないから、
 妙にサマにはなってるけど。
 さて、どんな『恋とは』が聞けるのか。
「恋愛には四つの種類がある。情熱の恋、趣味の恋、肉体の恋、虚栄の恋」
「……は?」
「by スタンダール」
 ……つまり、スタンダールさんという方の意見らしい。
「恋は、できの悪い学者よりも数倍勝る人生の教師である。
 by アレクサンドリクス」
「なあ、さっきから……」
「まだあるから聞いてよ。『恋愛、それは神聖なる狂気である』」
「それは誰が?」
「わかんない。ルネサンス期の言葉だって」
 知らん人の言葉まで引用されても困る。
 って言うか……
「恋は言葉っていうのは、名言集って意味なのかい?」
「ううん。要するに、言葉によって紡がれる全てが恋愛の定義って事よ」
 わからん。
 ここに来て、一番難解なのが来た。
「じゃあ、俺のこの言葉も恋愛の一部って事になんの?」
「アホか。キミのその言葉の何処に恋愛要素があんの」
 ……おい、言葉の全て、って言ったのはそっちだろ。
「さっきのあたしの名言ピックアップのコーナー聞いてた?
 ああいう偉人達が恋愛について真剣にコメントしてるけど、
 それぞれ言ってる事違うでしょ? じゃあ、誰の言葉が正しいとか、
 誰の言葉が間違ってるとかって話になってくるけど、違うよね?
 みんなそれぞれの恋愛観があって、正しいでしょ? でも、それを
 心の中にしまっている間は、それは想いであって、その人一人のモノでしょ?
 言葉にして、初めて通じ合うの。だから、言葉こそ恋愛。恋愛は言葉なのよ」
 長々と説明を受けた結果、ようやく理解できた。
 つまり、言葉という伝達手段こそが恋愛そのものだ、と言いたいワケだ。
 っていうか……
「その前にまず確認。恋と恋愛は違う? 同じ?」
「同じでしょ。恋と愛は違うけど。ホラ、『愛』って家族愛とかもあるでしょ?
 子供への愛情とか。でも恋愛ってなると違うじゃない。恋と同じカテゴリーよ」
「ちーがーいーまーすー。ビミョーなニュアンスなのですけど、恋は
 一人でするモノ。恋愛は二人でするモノだと思います。だから月夜の意見には、
 断固はんたーい。ニッ♪」
「何言ってんのよ。恋だって相手がいないと始まらないでしょ?
 愛だったら自己愛もあるけど、恋は想う相手がいて初めて成立するんであって
 一人でするモノじゃないの!」
「ちーがーいーまーすー。想いそのものが恋なのですよー」
 また言い争いが始まった。
 無視されるのは不本意なんで、一旦止めよう。
「ちょっと待って。その定義に関しては一旦置いておこう。ここでは
 恋について語って欲しい。恋愛は後回し。まずは恋。っていうか、
 どっちが天音月夜さんで、どっちが甘露翠さんだったっけ。
 なんかギャーギャー言い合いしてるウチにワケわかんなくなった」
「あたしが天音」
「私が翠でーす」
 ……だそうだ。
 キツめな感じの物言いをする、キリッとした女子が天音さん。
 前髪ちょっと短めのロング、ほわーっとした感じの女子が甘露さん。
 よし、復習完了。
「了解。取り敢えず、二人の恋の定義はわかった。天音さんが……」
「何で月夜の方を先に言うのですか。私が2番手みたいで不本意なのですよー」
 面倒臭いなあ、もう!
 へし折れたフラグを蹴っ飛ばしたい気分だ。
「……甘露さんにとっては、恋とは衝動。制御不能な感情の情熱ダンスって事な」
「情熱ダンス……?」
 意思の疎通が上手く行ってなかったらしく、俺の例えは首を捻られてしまった。
 でも無視。
「で、天音さんの方は、恋とは言葉。伝える事で初めて恋心は恋となり得る。
 そしてその言葉は千差万別。恋もまた千差万別」
「そ。中々いいまとめね」
 割かし真面目にやった方が受けはいいらしい。
 今後もその進行でいこう。
「……わかった! よーくわかった! ありがとう、本当にありがとう。じゃっ」
 答えは出たんで、即離脱。
 この両名、あんまり関わり合いにはなりたくない。
 わーきゃーうるさいのは好みじゃない。
 あ、そういえば……俺って女子の好みとか、殆ど意識した事はないな。
 うるさいのは嫌ってのも、女子だからってより、全般的にそうだし。
 親友の慎一先生も普段は物静かだからな。
 この機会に、考えてみようかな。
 ま、それは後でやるとして……『恋とは』ストックがこれで結構溜まった。
 もう少し探してから、結論を出そう。
「ちょっと待った」
「ゲフッ」
 息が……突然息が!
「あ、ごめん」
「お前っ……いきなり首根っこ掴む奴があるか! 死ぬかと思っゲフッ!」
「斬新な語尾ですねー。それ何キャラを目指してなのですか?」
「ゲフッ! ゲフッ! うー……キャラとかじゃないし!」
 呼吸困難で酸素不足なのか、クラクラする。
 なんて乱暴な女と、乱暴な発想の女だ。
「って言うか、何で逃げるように立ち去ろうとしたの。何、なんかの
 罰ゲームであたし達と会話してこいとか言われてる?」
「罰ゲームの標的にされるような存在なのかよ」
「そうじゃないけど、気味悪いじゃない。あんな離れ方されたら」
「写メでスカートの中撮られてダッシュされた、みたいな気味の
 悪さでーす。ニッ♪」
 人聞きの悪い……
「いや、人格的に絡み辛いから、とっとと離れようってだけの事なんだけど」
「うっわー、またハッキリ。最悪なのでーす」
「この場合、ハッキリ言わないと冤罪とか被りそうだし……」
 っていうか、もうこの時間終わりにしたい。
 早く次の『恋とは』ストックを集めたいし、そもそも彼女達は苦手だ。
「大体、人に聞いておいて自分の恋愛論を語らないっての、失礼じゃない?」
「そーだそーだ、話して下さーい」
 天音さんの突然の言いがかりに、甘露さんが乗ってくる。
 って言うかね……わからないから聞いてるんだけど。
 でも、ここでそれを言えば、また話が拗れて長引きそうだ。
 仕方ない。
 恋は風邪ってのはチープ過ぎるから、柊先生の名言を借りよう。
「わかったよ。言うよ。俺に取って、恋とは……」
 天音さんは『どーせ中身のない下らない発言すんでしょ』って顔。
 甘露さんは『どうやっていたぶってやりましょうかねー』って顔。
 嫌な奴らだ。
 他に友達はいないんだろな。
 はみ出しコンビだ。
 修学旅行の班決めで中途半端な人数な分、煙たがられて
 苦労すればいい。
「理想と打算のあいだ、だと……」
 ここでふと、『冷静と情熱のあいだ』という映画が流行った事を
 思い出す。
 あ、これビミョーに寒い言葉だな。
 パクリとまでは言わないけど、ここがネタ元だよな……
 しまった、迂闊だった。
 人の意見をパクっておいて、パクりについて糾弾する気は
 サラサラないけど……やっぱやめ。
「思わない」
「思わないの!?」
「思わないんだったら、どうして言ったのです?
 おバカさんなのですか?」
 そら、そういうリアクションになるよな。
 これに関しては100%自分の責任だ。
 やっぱり、人の意見をさも自分発信のように言うのはよくない。
 バチが当たる。
「でも……理想と打算のあいだ、って何気に名言っぽくてアリよね」
「私もちょっとカッコ良いって思いましたー。見直しますでーす」
 見直されるほど低い評価だったのにビックリだ。
 何処に減点箇所があった?
 まあ、評価上がって悪い気はしないけど……
「でも、どんな恋愛経験を経たら、そんな恋の定義になったの?
 失恋? こういう事聞くって事は、そういう事よね? 失恋した?」
「いやいやいや……してないけど、仮にしてたとしたらその発言は
 完全に人としてNGだろ。傷口にアロンアルファ練り込むようなもんだ」
「塩じゃなくてなんで接着剤なんでしょーかー。ナゾでーす。ニッ♪」
 甘露さんにツッコまれ、会話が成立。
 マズイ、なんか妙に仲よさげな感じになってる。
 別にコイツらと仲良くなりたくはないのに。
 俺は静かに恋について考えたいだけなんだ。
 語り合うのはいいけど、騒ぎ合うのは不本意。
 縁を切らねば……!
「り、凛……」
 ん?
 俺を名前で呼ぶ人物は、このクラスでただ一人。
 振り返るまでもなく、声の主は特定できた。
「慎一先生、どったの」
「お、お前……お前!」
 バタバタバタ、と机の間をすり抜けるように駆け寄ってきた
 慎一先生は、目が血走っていた。
 こんな慎一先生、初めてだ!
「お前! お前……お前! お前……お前……お前!」
「いや、お前以外に何か言えよ。何なんだよ」
「お、お前……お前……」
 それでもお前しか言わない慎一先生。
「いや、誤解のないように言っておくけど、こいつは普通に
 日本人だから。今ちょっとよくわかんないけど壊れてるだけだから」
「……はあ」
「わかりましたー」
 親友が『お前』しか日本語を知らない留学生とか思われてそうなんで、
 慌てて説明。
 っていうか、マジでどうした慎一先生。
 俺の知ってる俺の親友慎一先生は、冷静に状況を見定めて
 ザワ付いている中気の利いた一言で場を沈静化させてクールに
 去るような超カッコいいキャラなんだけど……
「お前……お前……お前……お前!」
 その慎一先生が、俺の胸ぐらを掴んだ!
「お前……どうして女子と喋ってるんだよおおおおおおっ!
 しかも2人とおおおおおおおおおおおおおおおおお!
 もうヤダああああああああああああああああああ!」
 そして掴んだまま力任せにブンブン左右に振り、
 俺の夏服のボタンを4つほど引き千切った挙げ句、顔を抑えて
 走り去って行った。
 ……何、今の。
 俺の知らない慎一先生だったんだが……罰ゲーム?
 俺の知らない交友録で、罰ゲーム?
 いや、そんな筈ないよな……
「ねえ、今のってやっぱりアレ? アレよね。絶対そうよね」
「そうだと思います。リアルなの初めて見ました。感動なのです」
 ……何か誤解されてる気がするし。
 目の前でコソコソ話されるの、スッゲームカツク。
「うん、うん。オケ。任せて」
 何か話がまとまったのか、天音さんの方が近付いてきた。
「えっと……今のって、恋人? もしかして、痴情のもつれ?
 あたし達に恋とは何かって聞いたの、そういう事?」
「違うし、意味がわからない」
「うっそでー。だって、完全に今のそうだったじゃない。
 男に恋してるんでしょ? そうなんでしょ?
 ねえ、どんな感じなの? その……アレとか。ホラ、アレとか」
 やたら興味深そうに聞いてくる天音も大概だけど、
 その後ろでニヤニヤした口元を押えながら様子を窺ってる
 甘露さんも、ハラ立つ顔してやがる。
 いや……マジで何なのこの着地点。
 まとめてみるぞ。
 俺は純粋に恋について話を聞いていた。
 そうしたら、慎一先生が急に発狂して、俺はホモ扱いされている。
 コレは一体、何なんだ?
「勘違いしてるみたいだからハッキリ言うけど、俺はノーマルだからな」
「でも、さっきの完全に嫉妬だったじゃん。嫉妬されたって事は……
 でしょ?」
「違う! 慎一先生はただの親友! っていうか、同性が恋の対象に
 なるワケないだろ! 完全に前提から間違ってるじゃねーか!」
 俺の叫びに対し――――2人はキョトンとしていた。
 なんでそんなリアクションなんだよ!
「同性でも、恋愛対象になる事、あるみたいよ?」
「私の知り合いにも一人いますですよー」
 ……何だって?
 だとしたら、俺の前提が間違ってるのか?
 異性ってのが恋の最低条件じゃなかったのか?
 どんだけ懐深いんだ、恋!
 前提が間違ってるとなると、いよいよワケわかんなくなってくるな。
「ねえ、ホントに違うの? BLじゃないの?」
「全然違う。俺の見解だと、今のは『俺に黙って一人で女と戯れて
 何だよもう、俺も仲間に入れろよ』ってトコだと思う」
「……バイですかー。レベル高いのです」
「それも違う! 要するに、自分も女子と仲良くしたいぜ、って事!」
「なーんだ」
 天音さんはアッサリと納得していた。
 こりゃ、冗談だったって事か……悪質な。
「納得できませーん。明らかにさっきの上原慎一君は相良君だけを
 見てました。ぷー」
 一方の甘露さんはふくれっ面。
 意地でも俺をBL圏内に入れたいらしい。
 最悪だ。
 もしこのままこの女を野放しにしたら、俺は変態になってしまう。
 高校生、しかも共学で男と恋する変態にと言いふらされてしまう。
 いや、男子校でも変態だけど。
「それじゃ、検証しましょっか。キミが本当にノーマルかどうか」
「必要ない。俺は普通。まだ恋もした事がない普通の高校生だ」
 ごく自然にサラッとそう告げた俺に対し――――二人は今日一番引いていた。
「え……? 恋した事ない……の?」
「それって、付き合った事がない、って意味ですよね?
 片思いはありますですよね?」
「フツーにない。ってか、だから恋って何なの、って聞いてんの」
 2人は顔を見合わせ、そして――――同時に俺の肩をポン、と叩いた。
「可哀想に……」
「可哀想なのです……」
「え!? 俺って可哀想だったの!?」
 恋してないってだけで、格下扱いか……恋、怖い。
「元気出しなよ。『恋ははしかと同じで、誰でも一度はかかる』って
 ジェロームも言ってるし」
「一度くらいは出来ますですよ。それが恋というものなのです。
 誰だって、心の底からきゅーんってなる相手が見つかるですよ」
 超励まされてるし……
「仕方ない。今日はこの初会話の男子を慰める日にしましょっか。
 放置したら、どっかの宗教の神様からヒップアタックされそうだし」
「りょーかーい。ニッ♪」
「待て! 恋をしてないってそんなに残念な事なのか?
 見捨てたらケツで押されるくらい悲惨な存在なのか? なあ!」
 俺は初対面の女子に両脇を抱えられ、教室をあとにした。








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