魔術研究の胆――――それは好奇心をどれだけ抑えられるかに尽きると言われている。

 研究者とは誰しも好奇心旺盛であり、動機も原動力も『知る欲求』が主軸。
 これを制御せずに奔放なままにしておくと、確実に瓦解する。
 その制御が出来てこそ、理論構築と計画が行える訳だ。

「けど、知りたくもない研究をしたところで、やっぱり効率は上がらない。大事なのは、知りたい事を目の前にしてどれだけ客観的に、俯瞰的になれるか。例えばオルフェ君。君は魔術の何に興味がある?」

 二人に懇願された翌日から、ヘレンチア研究室はウォルトを教師とした授業が毎日行われるようになった。
 出過ぎた真似なのはウォルトも自覚していたが、長であるヘレンチア助教授はほぼ顔を出さず、他の三人の研究員も遊び呆けたままの状況で、それを気にしていても仕方がない。

 どうせ魔具技師としてやれる事はないのなら、専門外でも役に立てる事がしたい。
 それがウォルトの本音だった。

「ええと……正直、アウロス先輩みたいに誰もやってない研究をやってみたいのが本音です。でも、具体的にコレってのは……すいません」

「いや、学生を卒業したばかりの君達の年代なら、それが普通だよ。中には魔術で敵を大勢倒したいから、そういう魔術を作りたいって堂々と言う人もいるし、それに比べれば常識的だ」

「………ぱき」

 恐怖からか、リラが固まってしまった。
 ルインに憧れているという彼女だが、ルインとはまるで違い、臨戦魔術士どころか攻撃魔術は学生時代の実習以外で使った事がないらしい。
 性格も、人見知りで大人しく恐がり。
 だからこそ、ルインの攻撃性に憧れているのかもしれない――――とウォルトは内心微笑ましく思っていた。

「そ、そうですよね! 俺、その辺ちゃんとしてるっていうか、割と常識人なんですよ!」

 一方、オルフェの方もアウロスとは真逆の性格。
 お調子者で屈託がなく、向こう見ず。
 アウロスの真似をして冷静な発言をしようとしても、その後直ぐにボロが出る。

 研究者としては勿論、人間としてもまだまだ未熟。
 ウォルトはそんな二人との出会いを、好意的に捉えていた。

 この後輩達には、自分にも教えられる事がある。
 今のウォルトにとっては、それが何よりの薬だった。

「ま、他人の事はいいとして……まだ研究したい事が見つからないのなら、今は基礎を学ぶべきだと思う。研究の基礎じゃなく、魔術の基礎を」

「魔術の……ですか?」

「………それならアカデミーで嫌になるくらいやった、です」

 余り響かなかったらしく、ウォルトの進言に二人、特にリラは困り顔。
 彼女達にしてみれば、ようやく学舎から出て一つ上の段階に進んだばかりなのに、また戻らなければならないのは苦痛なのだろう――――

「うん。でも当時はきっと教師に言われたから、進級が懸かってるからって理由で学んでいたと思うんだ。今度は違う視点で基礎に目を通してみて欲しい」

 ウォルトはそれを理解した上で、敢えてもう一押ししてみた。

 魔術について教育を行う機関は、世界広しといえどデ・ラ・ペーニャにしか存在しない。
 この国の教育は基本、アランテス教会が取り仕切り、幼児教育は教会学校で行われている。
 以前はそこで魔術も教えられていた。

 だが、魔術士の資格に必要な『128S以上の魔力を有した者』という規定が設けられた事に端を発し、魔術士の概念が選民思想に抵触するという考えから、何人にも平等であるという信念の元に存在するアランテス教会で魔術を教える事に否定的な意見が増え、その結果、専門の教育機関としてアカデミーが生まれた。

 魔術専門の教育機関といっても仰々しさはなく、中身は普通の学校と変わらない。
 言葉を学び、数字を学び、運動を学び、アランテス教の教えを学び、そしてそのカリキュラムの中に魔術も含まれている。

 アカデミーにおける魔術の教育は基礎的なものに終始し、魔力の原理や魔具の構造、ルーンや各魔術の持つ意味、ルーリングの方法や要領を二年かけて学んでいく。
 卒業する為に必須となるのは、赤・青・黄・緑の四属性の全攻撃魔術の内、アランテス教会が【初級】と認定している魔術を各属性から最低一つずつは使えるようになる事だ。

 ちなみに、初級魔術の正式名称は【第三種承認魔術】で、中級が第二種、上級が第一種だが、それらの名称が普段使われる事は殆どない。

「アカデミーで学ぶ魔術は"勉強"なんだよね。それとは違う魔術を、基礎の範囲で触れてみて欲しいんだ。どうかな……?」

 そこに好奇心の入り口がある――――と目してのウォルトの意見だったが、それはあくまで俯瞰した立場だから言える事。

「……」「………」

 案の定、オルフェもリラも全くピンと来ていない様子。
 お互いに顔を見合わせ、同時にゲンナリと俯く。

「正直、俺等あんまりアカデミーに良い想い出なくて……研究員にはなれたけど成績はギリのギリだったし」

「なら余計にお薦めするよ。多分君達は、アカデミー時代の記憶を引きずってるんだと思う。だから魔術に対して今一つ興味を持てないでいるんじゃないかな。もしその気があれば、明日からその方向で計画を立ててみようと思うんだけど」

 要は『学生気分が抜けてない』という事だが、それをキッパリ伝えられるほどウォルトは鬼にはなれなかった。

「わ、わかりました。他ならぬウォルト先輩の助言だし、やるだけやってみます」

「………オルフェ、死ぬ気? 貴方のその腐ったパンに群がるカビを好む腐れカビ虫にも劣る頭じゃ拒絶反応起こして変死体になるのがオチよ」

「なるかよ! つーかお前いい加減中傷のボキャブラリー増やせよ! 腐れカビ虫のくだり言ってりゃルイン先輩みたいになれる、なんて思ったら大間違いだからな!」

「………そういうオルフェだって事前に用意してなかったら、エルガーデン先輩の物真似すら全然出来てないじゃない。下手くそ。馬鹿。下手くそ」

「んぐっ……そっちだって下手じゃねーか! ルイン先輩は下手くそとか安直な言い回しなんてしねーよ!」

「………うー」

「んぐぐ」

 アカデミーを卒業して大学に入った研究員とは到底思えない、幼稚な言い争い。
 ウォルトは思わず頭を抱えながら、彼らを真っ当な研究員にする必要性を改めて噛みしめた。


 


 翌日――――

「あ、あの……本当にやるんですか?」

「………寒い、です」

 ウォルトに指示され、オルフェとリラは早朝から実戦訓練に使用される学館と門の中間にある広場へ集合していた。

 以前は、前・後衛術科は合同で月に一度訓練を行っていたが、ミストが教授に昇進して以降、訓練は廃止となっている。
 元々はミストの要望で行われていたものだった為、彼が多忙につき参加出来なくなり、自然消滅した格好だ。

「僕達は毎日大学に籠もって研究してるから、つい魔術の本質を忘れがちになるんだ。実際にこの目で出力された魔術を見て、体感して、魔術がどんなものなのかを再認識して欲しい。特に僕が扱ってる道具は、こういう機会がないと中々役割が実感して貰えないから」

 ウォルトの言う道具とは勿論、魔具を指す。
 そして今、オルフェとリラの目の前には、人が数人入りそうなほど大きな木製の箱に夥しい量の指輪型魔具が犇めいていた。

「な、なんかこれだけあると壮観ですね」

「………と言うか不気味」

「人の商売道具を不気味とか言わない。兎に角、今日は君達に魔術の基礎を再確認して貰うついでに、魔具科の役目を知って欲しいと思ってね」

 そう説明しながら、ウォルトは優に千を超えるであろう魔具の山の中から何の迷いもなく二つの魔具を取り出し、それをオルフェ、リラの順に渡した。

「まずはこれを使って、【炎の球体】【火影】【火粉】【黒点破】【灼熱閃】を撃ってみて。あの的に向かって」 

 事前に実験で使用する的も用意していた。

「それだったら最初から実験棟に行けば……」

「実験棟は実験をする為の場所だよ、オルフェ」

「う……真面目。やっぱり噂通り、ウォルトさんってウォルトさんなんですね」

 地味にリラより中傷の才能がありそうなオルフェの発言を特に気にする事なく、ウォルトは薄く微笑む。
 同時に風が髪を揺らし、やたら爽やかな笑顔になった。

「………オルフェ。これは私の勘なのだけれど、ベンゲル先輩ってモテそう。数十年前の英雄譚の主人公みたいな無邪気で考えなしで熱血好きで元気だけはいい貴方と違って」

「こういう時だけ随分キレが良いなオイ!」

 どうもリラは色恋沙汰に興味津々らしく、その点に関してもルインと真逆のようだった。

 そんなこんなで、ウォルトの発案した早朝訓練は開始。
 オルフェとリラは指示に従い、初級の赤魔術を連続で繰り出していく。

 第三種承認魔術として教会から認定されている初級魔術は、四属性合わせて一四七種類ある。
 だが実際に現代の魔術士が常用するのはその一割程度で、残りは過去の遺物であり現役とは言い難い。
 その一割はアカデミーでも優先的に教えられる為、大抵の卒業生が問題なく使用出来る。

「あ、あれ? 黒点破の三文字目って何だっけ」

「………Mよ」

「そうだった! うわ、もう忘れちゃってるよ」

 あくまでも大抵、だが。
 その後も多少円滑さには欠けたものの、最後のオルフェによる【灼熱閃】の赤い閃光が的の中央に直撃し、二人とも五種類の赤魔術を無事出力する事に成功した。

「どう? 学生の頃と比べて」

 安堵の表情を浮かべるオルフェと、やや疲労の色を滲ませるリラに対し、ウォルトは敢えて漠然とした質問を投げかけた。 

「………あの」

 先に反応したのは、リラだった。

「………ちょっとだけ、出力が遅い気がする、です。これだと敵に逃げられそう」

「よく気付いたね。リラは優秀だ」

「………やっぱりモテる男よ、あの人。女をさりげなく褒める男ってモテるもの。飼育員に懐く家畜並に察しが悪い貴方とは大違いね、オルフェ」

「だからなんでそういう時だけキレッキレなんだよお前は!」

 ある意味ルイン以上に辛辣なリラの魔女の一撃に多大なダメージを受けたオルフェが、フラフラになりながらも試しにもう一度【黒点破】を放ってみる。
 自身の手元に黒色の点が発生し、それが徐々に肥大化して生き、拳ほどの大きさになったところで炎の帯と化し前方へきりもみ状に飛んでいく。

 閃光の【灼熱閃】とは異なり、あくまで炎の形状。
 出力から射出までの時間が長く、慣れるまでは使いどころが難しい魔術だが、魔力の消費の割に威力が大きく、また黒点が発生した後なら術者がその場を離れても時限式で射出される為、罠のような使い方で実戦でも重宝される。

「ホントだ。黒点が出るまでが長い」

「うん。もう気付いていると思うけど、その原因は魔具にある。次はこっちを使ってみて」

 そう告げウォルトが差し出した魔具は、外見上は先程の物となんら変わらない。
 困惑気味にそれを受け取ったオルフェは、もう一度【黒点破】を綴ってみた。
 すると――――

「お、おおお!? 明らかに早い! 出るのが明らかに早いです! 同じルーン配列なのに! すすすすっげー!」

 オルフェは興奮を隠せず、どもりながらも顔を紅潮させ、自ら出力し的の中央を再度射貫いた赤魔術に驚愕していた。

「現代の魔術では、各魔術のルーン配列は既に最適化されてるから、編綴時には何も変えない、教科書通りの順序で綴るのが鉄則だよね。だから同魔術においてルーリングでは出力内容は変わらない。だけど、魔具が変われば同じルーリングをしてもご覧の通り、違いが出る。これも魔術学の基礎の一つなんだ。アカデミーでは教えないみたいだけどね」

 魔具の優劣で魔術は変わる。
 けれど、それを魔術士が学ぶのはアカデミーの外に出てから。
 ウォルトはその事実を、魔具と魔具技師への軽視だと思っていた時期もあった。

「そ、そっか……スゲー。魔具ってスゲー」

 けれども、それを知ったオルフェの反応を実際に見て、自分の考えが誤りだったとあらためて確信する。

 もし学生時代に魔術士の卵たちがこの事を教われば、実習での失敗や不出来を多くの生徒が魔具のせいにするだろう。
 もっと良い魔具なら上手くやれた、と。

 アカデミーに支給される魔具は高性能な物はなく、大量生産され市販も行われている安物。
 なら、魔具の格差や優位性は説くべきではない。
 オルフェに教えながら、ウォルトもまた学んでいた。

「それじゃリラ、君にはこれを」

「………男の人から指輪を貰うなんて初めて、です」

 やけに意味深な物言いで魔具を受け取り、リラも魔術を綴る。

「………ルーリングが妙に滑らか」

 彼女は察しが良いらしく、その魔具の特徴に直ぐ気付いた。

「上質なインクがペンの滑りをよくするのと同じで、編綴に使う上澄光の質も魔具で変わるんだ。臨戦魔術士じゃない人達からは、微々たるものだってよく言われるけど……」

「………そんな事ない、です」

 リラが発した【炎の球体】が、スムーズに出力される。
 ただ、的からは大きく外れ、明後日の方向へ飛んでいった。

「うはははははははは! リラ下っ手くそ! アカデミー時代から成長してねーな!」

「………う、うるさい。研究には必要ないからいいの」

 先程の借りを返す為か、オルフェは愉快そうにリラの失敗を弄っていた。
 けれどもそれは、虐めや卑しめる行為には全く見えない。
 二人が何でも言い合える関係なのは明白だからだ。

「君達は付き合い長いの?」

「え、え、うぇええ!? 何言い出すんですか! 俺達そんなんじゃないですよ!」

「………ベンゲル先輩はそういう意味で聞いたのじゃないと思うのだけれど。相変わらず過敏ねオルフェは。熱血とか好きな人って常時全身火傷してるのかしら?」

 そう悪態をつきながらも、リラも耳を赤くしていた。

「お、幼なじみです。アカデミーに入る前からの付き合いで……腐れ縁ってヤツですよ」

「そうなんだ。だからそんなに仲睦まじいんだね」

「べ、別に仲良くないですって! こんな変わり者のチンチクリン、俺が相手してやらなかったら誰も構ってやらないから、仕方なくですよ!」

 大げさに首を振って、満更でもない様子を晒すオルフェは、確かに数十年前の英雄譚の主人公のようだった。

 一方のリラは――――

「………ベンゲル先輩。魔術に毒を含ませる魔具ってないですか。毒殺出来るレベルの」

「な、ないかな。でもその発想は凄いね。そういう魔術があったら無敵かもしれない」

 それぞれに、それぞれの反応の仕方があるように、それぞれに個性があり、良さがある。
 才能、才能と競い合う人は言うけれど、結局のところ才能とはそういうものだ。
 あらためてそう実感すると共に、ウォルトは彼らが生きる道を、そして自分が生きる道を少しずつ理解し始めていた。







 

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