教皇選挙によって新教皇に任命されたロベリア=カーディナリスの初仕事は、
 自身の拠点を"本山"と呼ばれるマラカナン大聖堂へと移す事だった。
 国家の象徴である教皇の主な仕事は賓客との会見であり、また巡礼に訪れた
 国内外からの魔術士に対し洗礼を授与する機会も多く、それらの業務の大半が
 聖堂内で行われる為、枢機卿時代とは生活が一変。
 その結果、マラカナンの各地に点在する自身所有の別荘は無事その役目を終えたのだが、
 売却などの整理は行わず、全て保有し続けると決断。
 その目的はというと――――
「……研究施設にするんですか?」
 大聖堂における謁見の間は『教皇の間』と呼ばれ、洗礼を授ける神聖な場でもある為、
 四隅には一目で聖水だとわかる容器が置かれ、床には重厚感のある紅の絨毯が敷かれている。
 アウロスはそんな自分とは全く似付かわしくない場所に、教皇となってまだ三日目の
 ロベリアから招かれ、足を踏み入れていた。
「うむ……その前に、お前に丁寧な言葉遣いをされると妙に落ち着かんな。
 ケジメさえ付ければ、これまで通り生意気な口の利き方でも別に構わんが?」
「幾ら俺の育ちが悪いと言っても、教皇相手にそういう訳にはいきませんよ。
 他人行儀に喋らせて貰います」
「……まあ、どうとは言わんが」
 かなり不満な様子のロベリアに対し、アウロスは淡々とした丁寧語のまま会話を再開した。
「それで、本当に別荘を全部研究施設にするつもりなんですか? しかも所有したまま」
「私なりの意思表示だよ。大学や既存の研究所に委託するのではなく、自らの方針に基づき
 積極的に新たな魔術を生み出していく。私の理想をわかり易く国民に示す上でも、
 これが最善と判断した」
 司教座に腰を落とし、両の手を自身の太股に置くロベリアの姿からは、早くも
 教皇としての雰囲気が漂い始めている。
 一方で、権力の象徴ならではの派手な色使いが目に痛い法衣に関しては――――
「……余り似合っていないかね? この服装は」
 自覚があったのか、ロベリアはアウロスの視線に目聡く気付き、割と真剣な表情で問いかけてきた。
「その様子だと、フレアからそう言われたみたいですね」
「笑われてしまったよ。あの子の笑顔は稀有なもの故に、嬉しくもあったのだがね」
「確かに見た事がないですね。ちょっと想像が出来ません」
「他人の事を言えたものでもなかろう。お前など、口元を緩めた瞬間さえ一度たりとも
 見た記憶がないぞ?」
 反論の余地がない返しに、アウロスは思わず内心で苦笑する。
 この"内心"が内心でなくなる日は、果たして訪れるのか――――
 それはアウロス本人にもわからなかった。
「ま、その手の服は若い方が似合うから仕方ないでしょう。デウスあたりなら着こなしたのかも」
「そのデウスだが、私の申し出を受け入れてくれなかったようだな」
 その件は既に手紙で報告済み。
 教皇の就任式を控えていた当時のロベリアは、頼み事をした相手と会う時間さえ
 全く作れないほど多忙を極めていた。
 教皇という、この国の最高権力者の地位を手に入れても、選挙で協力してくれた者、
 支援してくれた者への感謝は本人自らが赴き行う。
 それは慣わしではなく、ロベリアの人柄によるもの。
 ただ、短期間で各地を回った代償なのか、明らかに疲労が蓄積している様子が
 疲れ切った顔からも窺えた。
「交渉が不調に終わったのは申し訳ないです。それでも、自分の子供みたいに可愛がっていた
 三人を預けて良いと言ってましたから、それで良しとして貰えると」
「責めてはいないが……ああ、そうか。お前はマルテの処遇を心配しているのだな」
「……」
「選挙戦で激闘を繰り広げた相手の子供。まして、前教皇の血を引く孫。私の政策が
 気にくわない勢力に担ぎ上げられる事を懸念すれば、早い段階で幽閉なり
 島流しなりしてしまった方が得策……といったところか」
 敢えてそこまで話すということは――――
「そのつもりはない、と考えていいんですね?」
「無論だ。道義的にも許されない行為だし、何よりそれをすれば私がフレアに嫌われてしまう」
 マルテは今や、一般人として生活する事は極めて困難な立場。
 露骨に命を狙われるような事はないものの、いつその血統を利用されても不思議ではない。
 というのも――――
「只でさえ、保守派の一部からは"裏切り者"と罵られているのでね。出来れば娘にまで
 嫌われるのは避けたものだ」
 ロベリアの支持母体は、前教皇ゼロス=ホーリーを崇拝していた面々。
 ゼロスの子供でありながら前体制を完全否定していたデウス。
 第一聖地マラカナンへの根深い劣等感を持ち、マラカナンに権力が集中するのを快く思っていない、
 地方出身の魔術士であるルンストロム。
 この両者を新教皇に相応しくないと断じていた者達だ。
 彼等にとってゼロス政権こそが絶対的正義であり、実際ロベリアもゼロスのやり方を
 継ぐつもりでいた。
 だが教皇選挙を通し、その考えが甘いと思い知った。 
 この魔術国家を敗戦国としてしまった前教皇と同じ道は、最早歩めない。
 魔術士も、一般市民も、その道にはついて来ない。
 戦争による復讐と名誉回復を要求していたタナトスの方針が正しいとは言えないまでも、
 現状維持では駄目だと悟らざるを得なかった。
 そこでロベリアは、攻撃魔術への特化という形で停滞してしまっている現在の魔術国家を
 変えるべく、攻撃魔術以外の研究・開発に注力すると声高に発表した。
 その結果が――――現在の疲労。
 彼の説明をすんなり受け入れた支持者は殆どいなかった。
 彼等の視点で言えば、確かにロベリアは教皇になった途端に主張を変えた
 裏切り者なのだろう。
 そしてその彼等にとって、前教皇の血を引くマルテは格好の御輿。
 機を見て接触しようとするのは火を見るより明らかだった。
「そこで、娘の機嫌を取る為にも……とお前に頼んだ件だが。彼の返事はどうだった?」
 だからロベリアは、デウスと四方教会だけでなく、マルテも教会で引き取りたいと、
 アウロスを介して打診を試みた。
 その結果――――
「少し考えさせてくれ、との事です。考えがまとまったら手紙を出すと言っていました」
 即答は避けたものの、マルテ自身、そうするしかないという覚悟はあるようだった。
 頭を整理する時間が欲しい、という事だとアウロスは解釈し、それをそのまま
 ロベリアへと伝えた。
「そうか。ならこちらも娘に手紙を出すよう言っておこう」
「フレアは元気にしてますか?」
「慣れない大聖堂暮らしで辟易しているようだ。最近、私への当たりが少し強い。
 反抗期が来たのかも知れないな。実のところ、今一番の悩みの種だよ」
 それは本音なのだろうが――――ロベリアの顔は露骨なほど綻んでいた。
『……もしかして、ボクを呼んだのって反抗期対策を聞く為?』
 不意に、アウロスの右手からそんな声が聞こえてくる。
 正確には"右手"ではなく、その右手の指にはめた"魔具"。
 程なくして、声の主は許可も得ず教皇の間の重厚な扉を開き、姿を現わした。
「アウロスさんも聖下に呼ばれてたんだね」
「ああ……それよりチャーチ。勝手に他人の魔具から声を出すな。登録の取り消しは
 出来ないのか?」
「出来るけど、それをしたら折角のボクとアウロスさんの赤い糸が切れちゃうからダメ。
 ボクはいつだってアウロスさんと繋がってたいんだからね♪」
 冗談なのか本気なのか、チャーチの表情から読み取るのは困難。
 まだ十代半ばだというのに、既に感情の制御は完璧に出来ている――――
 その末恐ろしい少女を半眼で数秒睨んだのち、アウロスは再度ロベリアへ目を向けた。
「それで、まさか本当に……」
「反抗期の件は自分でどうにかする。お前達二人を呼びつけたのは、今後について
 話しておきたい事があるからだ」
 それは、家庭内の事情を相談するよりは幾分かまともな内容だったが、
 教皇が直接二十歳と十代半ばの若者に話すという意味では、非常識な部類のものだった。
「私が掲げる今後の魔術国家の在り方は、既に表明した通りだ。攻撃魔術ばかりを
 研究する方針を改め、魔術の多様化を目指す。だがその為には様々な問題を
 解決・改善せねばならない。特に、早急に着手せねばならない事がある」
 問題は山積。
 その中でも特に、ロベリアが重要視していた改善点は――――
「私自身の求心力。もう少し砕けて言えば、存在感の薄さをどうにかしたい」
「……えー」
 チャーチを思いっきり引かせるような内容だった。
「幾らなんでも砕け過ぎじゃない? あ。ですか?」
「成程。君も丁寧語が苦手なのだな」
「育ちが良過ぎるもので」
 悪びれもせずにほくそ笑むチャーチに対し、ロベリアは溜息混じりに嘆く。
 尤も、心の底から失望しているという訳ではなく、寧ろ芝居じみた反応だった。
「でも実際、それって教皇の言う事じゃないですよね」
「否定は出来ないが、三人の候補者で私が最も影の薄い人間と言われていたのもまた事実。
 これまでの攻撃魔術至上主義を壊すには、旧態依然とした思想の魔術士
 一人一人を根気強く説得し、納得して貰うしかないのだが、求心力がなければ
 相当な時間が掛かってしまう。何か手を打たねばならない」
 説明を受けてもまだ納得していない様子のチャーチとは対照的に、
 その話を黙って聞いていたアウロスは密かにロベリアの姿勢を高く評価していた。
 教皇にさえなれれば、その権力で何でも出来る――――という楽観的思考で
 長い長い魔術国家の歴史を変えるのは不可能。
 その意味で、ロベリアは地に足が付いている。
「『何を言うか』よりも『誰が言うか』が場合によっちゃ重要な時もある。
 考えが凝り固まった老人が相手の場合は特にな」
「あー、それはわかるかもアウロスさん。ウチのジジイもボクがどれだけ正論言っても
『お前はまだ若いから』で切り捨てるし。そういうものなんだね」
「うむ。そこで一つ、君に頼みがある。そのグオギギ殿に関してだ」
 チャーチが納得したところで、ロベリアは綻んでいた顔を引き締め、
 これから話す重要事項に相応しい空気を作り始めた。
「グオギギ殿との意思の疎通は現在も可能かね?」
 つまり、神杖ケリュケイオンを使用して会話を行えるか否かの問い。
 チャーチは少し考えたのち、首を横へと振った。
「ジジイに元老院とかの説得を任せるつもりなら、無理ですよ。一応まだ意思伝達くらいは
 可能だけど、もうボケ倒しちゃってるから会話はダメ。せいぜい昔話を聞くくらいしか
 出来ないと思いますよ。どうしてジジイって新しい事は覚えられないのに、若い頃の話は
 やたらしっかり覚えてるんだろ」
 やれやれと肩を竦めるチャーチだったが、老人の習性を把握しているあたり、
 グオギギの介護を普段からしっかり行っている事が窺える。
 そんなチャーチに対し、ロベリアは真面目な顔のまま口を真一文字に広げ、大きく一つ頷いてみせた。
「問題ない。その若い頃の話を聞きたかった。何しろ、九十四年前から御存命な魔術士は、
 グオギギ殿以外にいないのでな」
「九十四年前……?」
 黙って話を聞いていたアウロスだったが、その数字には思わず反応せずにはいられなかった。
 これほど突拍子もない数字に偶然の一致はあり得ない。
 すなわち――――
「そう。最後に賢聖が誕生した年の事だ。ぜひ当時の話を聞かせて欲しくてね。
 賢聖とは一体、どのような形で就任し、そしてどのような立場だったのか。文献では
 断片的な情報しか得られなくてな。やはり実際にその目で見た方から話を聞きたい」
「ちょ、ちょっと待って。それってまさか……?」
 チャーチの目が、自然とアウロスへと向く。
 ここに、自分だけでなくアウロスも呼ばれている理由。
 賢しいチャーチの理解は実に早かった。
 ロベリアはもう一度深く頷き、そしてその疲労感を引きずる顔を更に引き締め、
 意を決したように、或いは子に最高のご褒美を授ける親のように、目に力を込め告げた。
「アウロス=エルガーデン。お前を魔術国家デ・ラ・ペーニャの賢聖に任命したいと思っている」
 それは紛れもなく――――公式な任命。
 教皇が口にしたのだから、疑いようもない。
「え……ええええええええええ!?」
 だが、それに対する反応は当事者でないチャーチの方が余程大きく、
 アウロスは驚愕も狼狽も戸惑いさえもなく、ただ怪訝そうに眉をひそめた。
「……タナトスに何か言われました?」
「言われたのは事実だ。君という人材を活用するのなら、既存の役職よりも賢聖が妥当だと。
 実際、君ほどに若い魔術士を重役に据えるとなると、元老院をはじめとした
 人生の諸先輩方から大いに非難されるだろう。君を寵愛する余り男色に走り、欲に溺れ
 名声を与えたのだろう、等と揶揄されかねん。事実、そういう歴史はどの国にでもある」
「そ、そうなんだ……大人の世界ってスゴいんですね。知らなかったなー」
 チャーチの顔はやたら紅潮していた。
「賢聖は教会の直接的な幹部ではない。教会に属さない魔術士が、国家の危機を救うなどの極めて
 大きな功績を残した際、それを称える為に贈る称号であり、実質的な権限はない。その意味で、
 教会内における序列を乱す立場とはならない」
 要は権力争いの範疇に含まれない、という事だ。
 その為、教会幹部の矜恃と出世欲を刺激する恐れは低い。
「ただし、知っての通り稀有な称号。市民にとってはいわば御伽噺の中の英雄的存在。
 教皇よりも賢聖をより絶対視する市民は少なくない。九十四年ぶりの誕生となれば尚更だな」
「……それって、教皇にとっては邪魔にならないんですか? 新教皇以上に賢聖の方に目が行って、
 余計に影が薄くなりそうな気がするんですけど」
「市民にとってはそうだろう。だが私が欲している求心力は、主に教会内においてなのでね」
 チャーチの尤もな問い掛けに対し、ロベリアは即答で否定した。
「それでも、賢聖が極度の目立ちたがりで、自己顕示欲を満たそうと躍起になれば話は別だが……
 この男には驚くほどそれがない。故に問題もない」
 それは、一貫して自身の目的の為に動き、自分の権力を目当てに取り入ろうという姿勢を
 一切見せてこなかった、そしてフレアに対して『枢機卿の娘』という利用価値を
 微塵も見出さなかったアウロスへの揺るぎなき信頼の証。
 チャーチもその答えには納得したらしく、反論する素振りも見せず頷いていた。
「『賢聖という称号を九十四年ぶりに復活させた教皇』となれば、少なくとも今よりは
 話を聞こうとするだろう。この国が変わらなければならないと本気で考えている者なら」
 つまり、彼への求心力は自身への賛美や尊敬に起因しなくてもいい、というのがロベリアの考え。
 教皇という絶対的な権力を手にした人物とは思えない、腰の低い指針だった。
「いや、仮にそうだとしても、賢聖なんてそう簡単にあげられる称号じゃないでしょう?
 救国の英雄に与えられる最高の栄誉なんて貰う功績、俺にはありませんよ?」
「あるだろう。融解魔術の国外流出を阻止した。仮に流出していれば、確実に
 我が国家にとって最大の危機と屈辱を招いていただろう。邪術の中でも危険度は
 上位に属する魔術故にな。実際にそれを発表するのはタナトス殿への糾弾に繋がる為、
 公式発表は『融解魔術の暴走の阻止』となるだろうが」
 "暴走"の意味を拡大解釈すれば、それも嘘ではない――――ロベリアはそう補足したのち、
 更にもう一つ付け加えた。
「それに加え、お前はオートルーリングという長年魔術士が夢に描きながら夢のまま
 虚空に浮かべ続けていた技術を、実用化させる事に成功した。これはオートルーリングの
 今後の普及次第だが、魔術の在り方を変える重要な成果なのは間違いあるまい。
 融解魔術の流出阻止と、新技術の開発。前者だけなら獅子勲章、後者だけなら聖アランテス勲章が
 相応しいだろうが、双方となるとやはり賢聖が最も相応しい」
「物は言い様ですね……どっちも俺の力だけじゃないし、前者に至ってはそうしたくてした訳でも
 ないんですが」
「問われるのは成果だ。過程は己の財産に過ぎぬよ」
 そうほくそ笑み、ロベリアは司教座から立ち上がり、アウロスへ歩み寄る。
「ただし、あくまでお前がオートルーリングを開発した事が前提だ。現状では、例え事実がそうであっても、
 記録上――――現実はミスト=シュロスベルの功績という事になっている。私は事実をもって、
 お前を賢聖に任命する。だからお前は、賢聖の称号を有効に使って事実を現実にしてくれ。
 方法は任せる」
「……」
 本来なら、事実ではなく現実こそが称号授与の絶対条件。
 まして賢聖という巨大な称号を、主観的事実で与えるのは暴挙に等しい。
 けれどロベリアは主観をもって堂々とアウロスを賢聖に任命した。
 在るのはただ、絶大な信頼のみ。
 大学在籍時にアウロスが得られなかったものでもある。
 当時はその結果、不当に論文のオーサーシップを奪われ、生みの親である事実を、
 刻むべき名を抹消された。
 そんな絶望的状況をどうにかしようと、身一つでマラカナンへ赴き、論文そのものは取り戻した。
 だが当然ながら、原本を所持しているだけでは何も変わらない。
 研究発表会に提出された論文の表記を訂正するには、論文の責任者および所有権を持つ者の
 申請が必須だ。
 責任者とはすなわち、ファーストオーサーたるミスト。
 所有権はウェンブリー魔術学院大学の学長、フォーゲル=モウリーノが握っている。
 彼らが申請しなければ、自分こそが論文の執筆者だとアウロスがどれだけ訴えようと、また
 その訴える相手が国家最高権力者たる教皇であろうと、効果を成さない。
 教会と大学は法律上、それぞれ干渉を禁じられているのだから。
 けれども、訂正を強制する権限はなくとも、やりようはある。
 アウロス自身、マラカナンに来てからその手立てについて考えない日はなかった。
「知っての通り、大学と教会の関係上、私が直接圧力を掛ける事は出来ない。いや……強引にでも
 出来ない事はないが、攻撃魔術至上主義からの脱却を掲げる私がそれをするのは、
 自殺行為だと言うのが正直なところだ」
「あ、そっか。オートルーリングってどっちかって言えば、攻撃魔術を支援する技術だよね。
 それに対して教皇の権限で無理矢理訂正を求めたら、嫌でも穿った目で見られちゃうね」
 得心がいった、という表情で見解を述べるチャーチに、ロベリアは感心を通り越し
 半ば呆れたような顔で大きく頷く。
 攻撃魔術から少し距離を置こうと主張していながら、オートルーリングについて
 深く干渉しているとなれば、矛盾とまではいかないものの、方針に齟齬が生じる事となる。
 ロベリアの目的はあくまでアウロスを賢聖にする事だが、他に何か含みがあると思われかねない。
 そしてそれは、教皇になって間もないロベリアには大打撃へと繋がる。
 故に、ロベリアが直接動く訳にはいかない。
「難題かもしれないが、是非お前の手で成し遂げて欲しい。お前自身にオートルーリングを
 取り戻して欲しいのだ。それは私にとっても有益な結末なのでね」
「有益?」
「うむ。幾ら攻撃魔術に頼らない魔術国家を創るといっても、攻撃魔術そのものを
 捨てる訳にはいかない。だが新体制を築く場合、どうしても旧体制の勢力には
 自分達を全否定していると受け止められてしまう。私が攻撃魔術を滅ぼそうとしている、と」
 旧体制の面々にとって、ロベリアは裏切り者。
 その先入観もあって、自分達が今の地位から引きずり下ろされるという危機感、
 そうはさせないという敵意はどうしても生まれてしまう。
 そしてその敵意が、極論へと走らせてしまう。
 枢機卿として長年この国の政治に関わってきたロベリアは、権力を持つ人間の機微に
 誰よりも詳しかった。
「オートルーリングの発明者と近しい関係にあるという事実は、私と攻撃魔術の距離感としては
 最適だという事だ。権力をもって介入するほど肩入れはしていないが、高評価を与えている。
 その近過ぎず、遠過ぎずの関係を築く為にも、お前には本来あるべき場所に名前を刻んで
 貰わねばならない」
 そしてそれは、教会との直接的な関わりがなく、しかし多大な影響をもたらす賢聖という称号だからこそ
 可能な距離感だ。
「とはいえ、賢聖ともなれば授与した時点で人生の大きな転機となる。教会従属の立場では
 ないとはいえ、魔術国家を代表する一人として、私や教会との関係はある程度密にして貰わねば
 ならないし、生活にもある程度の制限が設けられる。そのあたりも熟考した上で――――」
「いや、今返答します。賢聖の称号、謹んでお受けします」
 即決だった。
 ミストから論文を、オートルーリングという友からの預かり物を奪還する上で
 賢聖になる必要があるのなら、戸惑いも躊躇も無用の産物。
 全てはその為にやって来たのだから。
「……全く。近頃の若い者は」
 アウロスを、そしてチャーチを交互に眺めた上で、教皇ロベリアは愉快そうに笑う。
 この国の未来に、夢と希望があるのだとしたら、それはこの場所だ――――
 そう言わんばかりに目尻を下げて。
「正式な授与は、グオギギ殿から話を聞いた上で授与式にて行うものとするが、
 諸事情につき取り急ぎこの場にて内定とする。
 賢聖アウロス=エルガーデン。
 お前にはこの魔術国家の新体制の象徴として、その名に恥じない生き方を期待する。宜しく頼む」
 それは――――九十四年ぶりに魔術国家デ・ラ・ペーニャから賢聖が生まれた瞬間だった。
 その場に立ち合ったチャーチが、思わず拍手しながら頬を紅潮させていく。
「スゴいよ……ボクの将来の夫がとんでもない事になっちゃった」
「いや、微塵も夫じゃないからな」
 けれども、当事者のアウロスは賢聖になろうと普段通りだった。
 やる事の本質もこれまでと同じ。
 目的という仮説を立証していくだけ。
「それじゃ、期待に応える為にも早速初仕事と行きますか」 
 淡々と、飄々と、けれども活力を漲らせ、言い放つ。
「手始めに、アウロス=エルガーデンの名前を歴史に刻むとしよう――――」









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