それは、何ら飾る事のない危険思想の披露だった。
 だが同時に、攻撃魔術に特化した魔術国家を真の意味で知り尽くしている人物――――
「知の限りを尽くした……とまでは言わぬが、確かに儂は九年前のあの戦争を見て見ぬ振りなど
 してはおらぬ。儂はこの国を愛しておるのでね」
 タナトスの発言には、その重みがあった。
「この生涯の大半を捧げてきた自負もあるのだ。他国に侵攻され、敗れたまま……
 そのまま歴史を積み重ねていく未来が到底受け入れられないのだよ」
 愛国心を口にしたその言葉には、強くはないものの、確かに感情がこもっていた。
 そしてその感情論に近い内容に、アウロスは自分と近い部分を感じていた。
 アウロスという少年を、名もなき奴隷として終わらせたくない。
 個人を国家に置き換えれば、わからなくはない考えではあった。
「交渉、という言葉を先程用いたな。アウロス=エルガーデン。ならば君は教皇選挙に
 交渉の余地があると判断し、ここへ来たのだな?」
「ああ。ここに何人いても、その連中が何を主張しても、結局はたった一人の人間の独断で
 次期教皇は決まる。今回の選挙は、そういうものらしいな」
 実際――――歴史上の全ての教皇選挙がそうという訳ではない。
 選挙はすなわち権力闘争の象徴。
 権力が一人に集中していれば、自然と独裁色の強い選挙となる。
 今回の教皇選挙は、完全にタナトスのものだった。
「ならば儂と交渉しに来た訳だな。儂の事をルンストロムから聞き、儂の手助けが出来ると踏んだか。
 オートルーリングの発明家よ」
 アウロスの名を知っていた時点で、その肩書きも知っているのは自然な事。
 そして、彼がオートルーリングに関心を抱くのも、やはり自然。
 戦争で勝つ、つまりこれまでより強い魔術国家を所望しているのなら、新たな技術の導入は
 必要不可欠だ。
「戦争の手助けをしてくれるのだな?」
 これまでの話の流れもあって、タナトスがそう見なすのは当然だった。
 オートルーリングの、これまで明かしていない秘密。
 或いは新たな発案。
 増強の為の理論。
 そういったものを手土産に、ロベリアを教皇にするよう懇願する。
 ルンストロムに脅されていたのではないのなら、彼をそこまで重要視する事もない――――
 そう見越した上での交渉。
 タナトスの読みは、その上でどのような交渉を持ちかけようとしているかにまで及んでいた。
 そして同時に――――ルンストロムが本当に目の前の男に屈したのかを見定めようとしていた。
 タナトスにとって、ルンストロムは代行者であるのと同時に、使い捨ての駒。
 彼はウェンブリーの魔術士を信用していない。
 いや、それ以前に同胞と認めてすらいない。
 そんな差別意識は、発言の端々に現れていたし、タナトス自身隠す気も然程ない。
 ならば当然、アウロスに対しても同じ意識。
 利用出来るのなら利用するが、信用はしないし決して気に入りもしない。
 ルンストロムが余計な事を話しているのなら、その話をアウロスが何処まで"広げているのか"。
 それをタナトスはこの交渉において探ろうとしていた。
「生憎、戦争で甘い汁を吸える立場にはないんでね。そんなつもりは毛の先ほどもない」
 だがそれは――――根底から覆された。
「ほう……?」
 タナトスの顔に、笑みが浮かぶ。
 自分の予想していた、確定していた仮説が消えた事による動揺。
 それは微塵もない。
 だが、苛立ってはいた。
 苛立ちを隠す為の笑みだった。
「ならば、君にどのような交渉の材料があるのか、聞いてみたいものだ。儂の身分も性格も、
 ルンストロムから聞いておろう。君がまだ十代の若者であろうと、教皇選挙という魔術国家の長を
 決定する神聖な催しに土足で踏み込んだ罪を見逃す程、好々爺ではないぞ? それとも――――」
 そしてその笑みは、枢機卿を務め、準元老院を支配し、魔術国家の表と裏を知り尽くした
 タナトスの本性でもあった。
「――――他国と組んで儂に対抗する気かね? グランド=ノヴァやルンストロムが
 しようとしていたように」
 そう。
 それが、タナトスとルンストロムの関係性の正体であり、真相だった――――

 


「……この国には化物がいる。どれだけ貴様等が足掻こうとも、あの化物の決定は覆せまい」

 ――――同時刻。
 手足を拘束され、首座大司教であり次期教皇候補という立場にはまるで相応しくない格好で、
 ルンストロムは目の前で腕組みしながら半分瞼を閉じている情報屋と、その隣の人物へと
 持論を述べていた。
 尤もその中身は、持論というには諦観の念と自己辯護が混じり過ぎていたが。
「私は長い年月を掛け、外堀を埋め、周到に対抗策を用意した。飾りの教皇ではなく、実権を握る為だ。
 利用される事など百も承知。しかし承知さえしていればどうにでもなる。利用されている事に気付かぬ
 道化を演じ、油断させ、弱みを握る事に成功した……筈だった。だがそれでも、この私がそこまで
 入念に準備したにも拘わらず、その外堀の遥か外側から全て覆い尽くすようにして呑み込むような方だ。
 勝てぬのだよ。魔術士は誰も」
 そこは以前、ルンストロムがアウロスと初めて対峙した宿の一室。
 これほどの大物を監禁するには場違いな場所ではあったが、彼の部下や護衛団が
 ここへ襲撃しに来る心配はない為、特に問題ないという判断だった。
 心配が要らない理由は単純明快。
 そこにいる情報屋――――ラディ、は特に関係がない。
 そのラディの隣に、ルンストロムよりも偉い人間がいるからだ。
「生きてみるものですね。毒気の抜けた貴方を見る事になるなんて」
 第二聖地ウェンブリー幹部位階三位の総大司教、ミルナ=シュバインタイガー。
 幾ら皇位後継者となり得る可能性を持った立場とはいえ、現時点では幹部位階四位の
 首座大司教であるルンストロムは、権力において彼女に劣る。
 もしこの状況で彼女が何者かに襲われれば、ルンストロムの仕業だと百人中百人がわかるのだから、
 仮にルンストロムの部下がどれだけ手練であろうと動きようがない。
「昔話などする気はない。だが、一刻も早く束縛は解く事を薦めるよ。私はもう直ぐこの国の教皇となる。
 傀儡であれど、教皇は教皇。そのような人物を監禁すれば、幾ら総大司教であろうと死罪は免れんぞ?」
 死罪――――そんな強い言葉に対し、ミルナも、そしてラディもまるで何処吹く風。
 尤も、脅し文句を発した本人自体、不発に終わった事を然程驚く様子もなく、
 ただの時間潰し以上の意味はないようだった。
「……傀儡の教皇になって、それで本当に良いの? 貴方ほどの魔術士が」
「構わんさ。一応の権力は得る。ウェンブリーにいては決して得られない、このマラカナンを統べる力をな」
「結局、それが欲しかったのね。貴方はずっと」
 何処か昔を懐かしむような、哀れむような、複雑でもあり単純でもある面相でミルナは
 上品とは言い難い溜息を落とす。
 それに同調するかのように、ラディがまた欠伸をしていた。
「そんなに眠いの?」
「えー、そりゃもう。徹夜ですからねー。そちら様の娘さんを探すのに」
「御免なさいね。余り夜出歩かないよう、注意しておくから」
 事実――――それは母の役目だった。
 だが昨夜、その役目を担ったのは彼女ではなかった。
 教皇選挙が行われる今日、総大司教である彼女がこのエルアグアに滞在するのは必然。
 彼女がここへ来たのは、代理であるラディに呼ばれたからだ。
「……お前の娘は、お前に随分と似たのだな」
「あら。どのあたりが?」
「我の強さだ」
 吐き捨てるようにそう告げ、ルンストロムはミルナから視線を外す。
 その様子に、ラディはやれやれと肩を竦めた。
「私達の知らないところで、いろんな人間関係が交錯してるんですねー。で、お二人はどういう関係?」
「ただの腐れ縁よ。私達みたいな道を踏み外した人間には、よくある事なの。縁が腐る事なんてよく……ね」
 ミルナの目は、遠く――――空よりも遠い場所を見ていた。








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