魔術の産業化。
 それ自体は、現在のデ・ラ・ペーニャでも行われているに等しい。
 攻撃魔術を開発し、それを臨戦魔術士としての戦力に上乗せし、
 魔術士の存在意義を高め、軍事力とする。
 自国の民はそんな彼らに教会税をはじめとした税金を支払う。
 だがその従来のやり方では、最早立ち行かなくなるのは明白。
 そこでロベリアは――――
「農業、漁業、林業といった一次産業、或いは鉱業、製造業、建設業と言った二次産業、
 更には新たな燃料や動力の開発……そういった所に、魔術を応用出来るようにしたい」
 そう考えた。
 派手で華やかな、戦場に煌めく星のような魔術という技術を、生活の一部とする、と。
「最近の私は、この国でフレアがどう生きていくか、そればかりを考えていた。
 どんな国ならば、魔術の使えないあの子がこの国の未来に生きられるのか」
「……魔術と日常の共存、すなわち魔術士と一般人の共存か」
「そうだ。それがもし可能ならば、この国と魔術の可能性は無限に広がる。
 我々は"騎士の助手"ではなく、"民の助手"となるのだ」
 それは――――余りに途方もない夢物語だった。
 魔術の歴史は長い。
 千年にも及ぶほどに。
 その歴史を根底から覆すようなものだ。
「……ククク。驚いたな。まさかこの国きっての保守派のお前から、こんな話を
 聞かされるとはな。生き残ってみるモンだな」
「茶化さないで貰いたい。これでも真剣なのでな」
「悪いな。だが、面白い。娘がヒントになった訳か」
「お前と同じだ。デウス」
 破顔していたデウスが、その言葉で表情を消す。
 それでもロベリアは構わずに続けた。
「お前が王制にこだわったのは、世襲を意識しての事だろう。つまり、あの子……
 隻腕となったあの子に、誰にも後ろ指を差されない地位を用意したかったから。
 そうだな?」
「……」
 答えない事が答え。
 ロベリアは沈黙を続けるデウスに、過去の面影を見て思わず口元を緩めた。
「お前が妻と子供を残した村は、敵国が攻め入るような場所ではなかった。
 進行ルートとはかけ離れていたし、特に占領する利点のない区域だった。
 かなり早い段階で、お前は戦争の始まりを察していた筈だ。
 他国の人間との情報のやり取りを通じて」
「おいおい、そこまで知ってるのか。枢機卿の情報網も侮れねぇな」
「既にこの国で最強の一角に数えられる魔術士だったお前は、戦争になれば
 暗殺の対象となる。身内も同様だ。離れざるを得なかったのだろう。
 見捨てた訳ではない。だが予想に反し村は襲撃され、お前は妻を失い、
 息子の腕も失った」
「……」
「最早、父親として接する事も出来なくなったのだろう。そうだな?」
「……どの面を下げて、父親面が出来る」
 古傷を抉られるようなその会話に、デウスはそれでも応じた。
「本来、俺は大聖堂で暮らすような立場じゃなかった。庶子の俺が特別待遇を受けたのは、
 嫡子に恵まれなかったから、じゃねぇ。俺が特別な才能を持っていたからだ」
 魔術士の才能とはすなわち、魔力量。
 デウスは――――幸か不幸か、国内最高の魔力量を持って生まれた。
「愛してもいねぇ子供を、偶々才能があったからと大事に檻に入れるようにして
 育てやがった。やたら卵を産む家畜みてぇにな。そんな親にだけは、
 絶対にならねぇと子供心に誓ったもんだ。だが結局俺は……あの子から母親を
 奪い、腕も奪っちまった。あの親にすらされなかった事をだ」
 自分を責めるな――――等という言葉は口にしない。
 ロベリアはそれが何よりも無神経であると理解していた。
 同じ親として。
「穴埋めするように、四方教会なんてのを作っちゃみたが……それが贖罪に
 なる訳じゃねぇ。結局は……最低の父親を更新する、最低の最低になっちまった」
 それが――――デウスの抱えていた全てだった。
 吐露したところでどうにもならないと、自嘲気味に笑うその姿は余りに痛々しく、
 ロベリアは沈痛の面持ちで俯く。
 既にデウスは選挙から降りている。
 尤も、最終判断を下すのは本人ではなく選挙管理委員会、つまりは準元老院の面々だが、
 彼らがデウスを選ぶ事はない。
 デウス自身、既に自分が戦える身体ではないと知っていた。
 命は拾ったが、完全に元通りにはなれないと。
 息子に王の座を譲る、せめてもの罪滅ぼしは、罪を残したまま滅び去った。
「いや。お前は最低ではない」
 けれども、まだデウスには残されていた。
「少なくとも、お前は……聖下に、父親にここまで心を曝け出された事はなかっただろう。
 ならばそれは、お前の功績だ。誇らしくはなかろうが、な」
「何の話だ……?」
「入って良いぞ」
 そう告げたロベリアの声は、デウスに対してのものではなかった。
 彼が"入室前"に声を掛けた人物。
 ずっと扉の前にいた、四方教会の三人とは違い、デウスの言葉が絶対ではないからこそ
 その場にこっそりと残っていた――――
「……」
 涙でくしゃくしゃにした顔のマルテが、病室の扉を開けた。
「お前……」
「……僕っ……見捨てられたって思ってたっ……」
 ずっと、隠していた。
 父親なんかじゃない。
 実感なんてない。
 他人のままでいい。
 ずっと、そう言い聞かせていた。
 そうしなければ、世界の全てが暗闇だったから。
「お母さんも僕もっ……捨てられてっ……それなのに今更……って……」
 ようやくマルテは、自分に本心を告げる事が出来た。
「勝手に出てきてっ……勝手に死にそうになっててっ……もう訳わかんなくて……」
「マルテ……」
「フザけんなよっ!」
 ずっと――――そう叫びたかったに違いないその少年を、ロベリアが父に成り代わり
 温かく包み込む。
「フザけんな……そんな……今更だろ……」
「全くだ。碌な父親ではない。私と同じようにな」
 娘の泣き顔を思い出し、ロベリアは泣きじゃくるマルテを強く抱きしめた。
 一体どれほどの思いで生きてきたのか。
 そう思うと、そうせずにはいられなかった。
「だが、君がこうしてここにいるように、子は親を見ようとしてしまう。
 我々の責任はやはり重い。これからどのような未来が待ち受けていようとも。
 そうだな。デウス」
「……ああ」
 最早、自分達が選挙の勝者となる事は難しい。
 そう理解して、それでも生き続けていく道を見つめる。
 父親として。
「マルテ。お前は何故ここにいる?」
 その為には、どうしても必要だった
 デウスのその問い掛けは――――かつて四方教会の拠点でも投げかけた言葉そのもの。
 意図は同じだったが、答える相手の心境は大きく様変りしていた。
「……腐れ親父を殴ってやりたいからだ」
「そうか。なら……罪悪感を持たれない程度には回復する。約束だ」
「勝手にしろっ」
 こうして、デウス=レオンレイの戦いは、その華々しい経歴とは裏腹に、
 静かに幕を下ろした。
 けれどもまだ、終わっていない戦いがある。
「それにしても……言葉使いが不貞不貞しくなったな。誰の影響だ?」
「誰って……」
 言い淀むマルテをフォローするように、ロベリアがほくそ笑む。
「無論、"彼"だろう。その点、私も仲間と言えるな。彼の研究が、私の理想に
 小さくない影響を与えたのだから」
「成程。魔術の本道とは違う点に注目したのは、"あの男"の研究から得た着想か」
「デウスよ。若い芽は育っているぞ。その芽を摘んではならん。
 彼のような者がいる限り、この国は蘇る。私はそう信じる」


 彼――――あの男――――


 ここではない場所でそう呼ばれていた青年は今、戦いの最中にあった。
「……この部屋が何をする場なのか、知っての事かね?」
 明らかな怒気を含んだその声は、非常に短い期間ではあるが、確かに
 この魔術国家における最高の権力者から発せられたもの。
 現在教皇不在の中、その教皇を決める人物――――すなわち
 選挙管理委員会最高議長であるタナトス=ネクロニア。
「ああ。今日聞いたばかりだから、別にボケちゃいない」
 その人物に対しても、普段通りの口の利き方は変わらない。

「教皇を決める選挙。それに参加させて貰いに来た」

 アウロス=エルガーデンは今、最後の戦いに臨んでいた。








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