――――教皇選挙、当日。
 民主制ではない、特定の階級に限定したその選挙は、魔術国家デ・ラ・ペーニャに
 住む圧倒的多数の国民にとって、一方的な結果を通達されるに過ぎない。
 それでも敗戦国となって久しい我が国の未来を夢見て、選挙の行く末に胸を高鳴らせる。
 これは立候補者であっても例外ではなかった。
「お邪魔する。そのままでいい。そこに居給え」
 第一聖地マラカナンの北部に位置する水没都市エルアグアは、その厳しい寒さに
 堪え忍ぶ為か、比較的医療施設が充実している。
 その中でも特に大病院として知られているミラーグロ研究病院を、この日選挙を控えた
 ロベリア=カーディナリスは普段と変わらない穏やかな面持ちで訪れていた。
 目的は、同じく選挙立候補者を見舞う為。
 ロベリアの入った個室の入り口には、『デウス=レオンレイ』と患者名の書かれた
 札が設置されていた。
「面会謝絶と聞いていたんだが……」
 その病室には、一人しかいなかった。
 本来、付き添いに事欠く人物ではない為、意図的なのは明らか。
 つまりは、患者の意思――――デウスの意思だ。
「俺を誰だと思ってるんだ? この程度の傷で二日も失神していられねぇさ」
 デウスは一命を取り留めていた。
 本来ならば致命傷、致死量に達する筈の出血をしながらも、命を繋ぎ止めていた。
 尤も、意識を回復したのはこの日の朝。
 ロベリアが訪れる一時間ほど前の事だった。
 その時には、四方教会の三人とマルテがいたが、現在はデウスによって
 彼らは病室を後にしている。
 かなり強引な人払いには理由があった。
「私がここへ来る事を予見していたようだな」
「……まあな」
 デウスにはその確信があった。
 デウス入院の報は、同じ立候補者であり枢機卿という国家の中枢を担う立場にある
 ロベリアには確実に入る。
 ならば、自分の所へやって来るに違いないと。
 何故なら――――
「無事で何よりだ。お前に万が一の事があっては、ゼロス聖下にあの世で合わす顔がない」
 ロベリアは誰よりも前教皇、すなわちデウスの父親を慕っていたからだ。
 だからデウスは人払いをした。
 この人物に自分を刺した犯人が娘のフレアだと伝わらないように。
 幾ら箝口令を敷いても、激情型のティア辺りはロベリアを目の前にすれば
 激高する可能性が高い。
 彼女自身、頭の中ではフレア本人にも、勿論ロベリアにも責任はないとわかっていてもだ。
「……久しぶりだな。こうして二人で顔を合わせるのは。お前が本山を出た日以来か」
 本山――――ロベリアがそう呼んだのは、アランテス教会の拠点となる
 マラカナン大聖堂を意味する。
 この聖堂の敷地内に、教皇とその家族が住む宮殿があり、デウスは幼少期そこで育った。
 当時はまだ枢機卿という立場にはなかったロベリアも、仕事の関係で大聖堂を訪れる機会は多く、
 特にデウスの父・ゼロス=ホーリーに可愛がられていた事もあって、
 デウスと接する機会は多かった。
「何勝手に懐かしんでやがる。そもそもお前、アルマセン大空洞では俺を殺そうとしてなかったか?」
「あれを本気にするお前ではないだろう。魔術売買の犯人……ルンストロムの悪行を
 追っていた手前、不審な輩がいてそれを見逃すなど、部下に示しがつかん。立場上、
 お前と馴れ合う訳にはいかないのだからな」
 大聖堂を出て、四方教会という組織を作り戻って来たデウスは、父親に反旗を翻す
 反逆者だと国内では見なされていた。
 ロベリアの周囲にも、デウスは他国と手を組み現教皇を蹴落とそうとしている売国奴だ
 とさえ罵る人物が少なからず存在したくらいだ。
 父であるゼロスの体調が悪化したのも、デウスが帰ってきたからだ――――
 そんな風潮さえあった。
 だが、事実は逆だった。
「お前の事だ。どうせ聖下の具合が芳しくない事を知って、この第一聖地に戻ってきたのだろう。
 昔からあれこれ理由を付け遠ざけてはいたが、嫌ってはいなかっただろう?」
「嫌っていたさ。俺は一度たりとも、あの男を父親だと思った事はない。
 俺がこの地に戻って来たのは奴から教皇の座を剥奪し、俺が王となる為だ。噂のままにな」
 庶子であるデウスの立場も苦悩も、ロベリアは知っていた。
 それ故に、自分の崇拝する人物を悪し様に言われても、沈黙を保っていた。
「……ロベリア。お前は教皇になって、この国をどうするつもりだ?」
「その話なら、三者会談の際にした筈だが」
「あんな席で本音を語ったとは思えねぇな。どれだけこの国が死にかけてるか、幾らお前が
 あの男の意志を継いでいるからと言って、目を逸らす所まで同じじゃないだろう?」
 一命を取り留めたとはいえ、デウスの身体は大量の出血により衰弱している。
 このミラーグロ研究病院はデ・ラ・ペーニャでは最高峰の医療技術を有しているが、
 それでも血液量を回復させる術はなく、依然としてデウスの体内は生命維持がやっとの状態。
 にも拘らず、デウスは強い眼力でそう問いかけた。
 この目に嘘は吐けない――――ロベリアは瞬時にそう理解した。
「現在の魔術系統を、根本から見直さねばなるまい。攻撃に特化した魔術の時代は、
 終わりにしなければならないだろう」
「当然、わかっていたか。そうだ……そこがこの国の抱える病巣だ」
 アランテス教会繁栄の礎であり、現在も尚その存在意義として世界中に認知されている"魔術"。
 だがその殆どは攻撃魔術。
 すなわち軍事利用されている技術だ。
「戦争が頻繁に起こっていた時代なら、それでよかった。だが現代は違う。ましてこの国は
 ガーナッツ戦争で大敗を喫した。攻撃魔術には最早、以前ほどの価値はない。
 だがこの国は今も、他国に誇れる産業も資源もない。にも拘らず、前教皇は対策をまるで
 講じていなかった。これを怠慢を言わずに何と言う?」
「聖下におかれては、アランテスの教えを遵守しなければならないのだ。
 魔術を蔑ろとする政策など、考えられん」
「その教えとやらが、民を見捨てる理由か。我等が始祖は、自分の生み出した技術が
 そこまで本末転倒な事態を招いたと知ったらどう思うだろうな?」
 何時、どの時代にも起こり得る問題。
 例えば法律が、例えば常識が、例えば社会が、時の流れと共に時代にそぐわなくなるとして、
 変化をもたらす事が誰の目にも正解だと映っても、実際に変化させるのは極めて困難だ。
 法律も常識も社会も、簡単に変えられるようでは成り立たないものだからだ。
 魔術も同じ。
 アランテス教、そして魔術国家の存在意義そのものである魔術の在り方を変えるのは
 極めて難しく、不可能に近い。
 何年も掛けて固まってしまった岩石は、そのままで在り続けるか、砕くしかない。
 そして、砕いてしまっては――――決して元には戻らない。
「俺は"王"となり、この国の根幹を変えようとしたが、ルンストロムは魔術を他国に売る事で
 商品化を目指していた。実際、その方法も方向性の一つだ。邪術を使い、失いつつあった
 魔術の脅威を他国へ誇示し、同時に永遠の命の可能性を訴え、魔術の商品化を目指す。
 尤も、今のままじゃテュルフィングに弄ばれて仕舞い、だがな」
 デウスはルンストロムの示した政策に一定の評価はしつつも、認めるには至らなかった。
「一番のネックは、邪術で国防を担うってところだ。融解魔術を制御出来れば、
 確かにかなり良い所までは行くだろうよ。俺も随分と期待してたしな。幸い、
 制御方法を第二聖地からのお客さんが持ってきてくれた」
「……"彼"か」
「だが、その方法もテュルフィングを通して他国に知れ渡る。オートルーリングは理論こそ
 完成してるが、実用化はまだ試験段階の域を超えちゃいない。まして邪術専用なら尚更な。
 開発中に妨害されて、それで終わりだ。ルンストロムはテュルフィングを他国との
 伝達係程度にしか思っていなかったんだろうが……」
 デ・ラ・ペーニャにとって魔術が存在意義なら、テュルフィングのそれはバランサーという立場。
 彼らは邪術の存在を許さないだろう。
 魔術士にとって圧倒的優位な世界を構築しかねない、その兵器を。
「まだ答えを聞いてないぜ。お前はどうするつもりだ? 何をもって、この国を立て直す?」
 ロベリアに向けるデウスの眼差しが、いよいよ鋭利さを極めた。
 尤も、それは諸刃の剣にも似た鋭さだった。
「……私は、そうだな。以前は違う政策を用意していたが、今は違う。
 全く別の考えを持っている」
「現状維持は止めたって訳か」
「ある意味ではそうだ。だが、実際にはそうではない。この国は魔術を捨てては
 ならないし、魔術をもってこの困難を乗り切らねばならない。その考えに変わりはない」
「そういや、魔術系統を根本から見直すと言ってたな。攻撃魔術以外の魔術を
 開発する道を模索するか? だがそれだけじゃ、代り映えしねぇぞ?」
 問われたロベリアに、狼狽の色はない。
 深くも浅くもなく呼吸をし、次の言葉を紡ぐ。
「デウスよ。若い芽は育っているぞ」
「……あ?」
「私はこの国を、"魔術産業"の国にしたいと思っている」
 ロベリアが口にしたそれは――――魔術の産業化だった。








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