"死神を狩る者"

 そういった二つ名があると知った時の感想を、ルインはよく覚えていない。
 隣国エチェベリアで最高峰の暗殺者と言われたヌイセ=カーマを
 無力化・拘束した頃から呼ばれるようになったのは自覚しているものの、
 これといった感情が芽生えた記憶はなかった。
 とはいえ、自分のライフワークを言い表す上で正鵠を射た二つ名である事は
 納得せざるを得ない。
 殺し屋や暗殺者と呼ばれる人間に対し、有効と思われる魔術ばかりを
 体得してきたし、身体裁きに関しても同様。
 気配の消し方、察知の仕方も、自身の感性を交え身につけた独自のもの。
 暗殺者は標的を仕留める為の技術を身につける事に腐心する存在であり、
 自分達が狙われる事を想定した訓練などはほぼ行わない為、
【死神を狩る者】の存在が"業界"で警戒されるのに、然程時間は掛からなかった。
「まさかこうして、君と相まみえる事になるとは思わなかった」
 エルアグア教会、二階。
 今まさにルンストロム達が移動中の一階へ続く中央階段よりも前の廊下で、
 デクステラは仁王立ちしていた。
「そこを退きなさい。貴方とのんびり会話している暇はないの」
「生憎、あの男を今始末させる訳にはいかない。あの男には教皇になって
 貰わなければ困る」
「自分を殺そうとした人間を庇い立てする気? テュルフィングというのは
 随分と滅私奉公がお得意なのね」
 ルインには焦りがあった。
 どれだけそれをひた隠しにしようと、この状況では無理がある。
 ならその焦りを怒りに転換するしかない――――ルインは言葉でそれを示した。
「寧ろ、ここで自分を切り捨てようとする男だからこそ、価値がある。
 教皇になれれば良いというほど短絡的ではなく、あの年齢でも野心と自己顕示欲を
 剥き出しにし、過去の"亡霊"に取り憑かれる事で己の劣等感から逃れようとする
 弱者の行動原理……これほど扱いやすい長はいない」
「デ・ラ・ペーニャを意のままに操って、魔術士の台頭を抑える。
 結局のところ、そういう事なのでしょう? 貴方達の目的は」
 ルインの言葉は余りに端的だったが、それ故に核心を突いていた。
 そしてその言葉と同時に、魔力を魔具へ込める。
 オートルーリングなら、確実に先手を打てる。
 護衛のいるルンストロムを追いかけるには、もうこれ以上時間を無駄に出来ない。
 一撃で仕留めなければ、全てが終わる。
 ルインの全神経が、デクステラの行動予測へ向けられた。
 彼が殺し屋なら、間違いはしない。
 暗殺者なら行動は読めるし、瞬きや呼吸の瞬間さえ読める。
 が――――デクステラから死の香りはしない。
 これは【死神を狩る者】としてではなく、ルイン=リッジウェアとしての戦い。
 その自覚がルインの自我を、集中力を高めていた。
「その通りだ。この敗戦国デ・ラ・ペーニャはこれから、自分達テュルフィングが管理す――――」
 デクステラの声は、最後までルインの耳には届かなかった。
 届かせないつもりで、魔術を解き放った。
 自動編綴による【旋輪】。
 デクステラの胸部を抉り、無力化する――――そのつもりで放った緑魔術だった。
「……!」
 しかし、その目論見は眼前の結界によって打ち砕かれた。
 あり得ない。
 ルインが【旋輪】を放つまで、デクステラはルーリングの素振りすら見せていなかった。
「切り札は、最後まで取っておく。君より後出しに出来て良かった」
 だが、"あり得ない"などあり得ない。
 そう痛感するルインの視界には、結界だけではなく、デクステラの指にはまった魔具が映った。
 一目で"それ"とはわからない。
 けれど、状況を考えれば"それ"以外考えられない。
「ヴィルノー総合魔術研究所の試作品……」
「欠陥品という話は本当のようだな。本来なら完全に防げる筈だったが、このザマだ」
 デクステラもまた、オートルーリングによって結界を出力させていた。
 しかし完全に【旋輪】を防ぎきる事が出来ず、風の刃を左胸に受け出血、片膝をついている。
 それでも戦闘不能とまではいかず、ルインは更に足止めされる事となった。
 今のデクステラを無視して通り抜け、一階へ下りようとすれば、背中を魔術で撃たれ一巻の終わり。
 まして欠陥品とはいえオートルーリング専用魔具を持っているとなると、一瞬も目を離せない。

 不意に――――教会の扉が開く音が、低く鈍く鳴り響いた。

「……退きなさい!」
 最早駆け引きする時間などない。
 ルインはこの後護衛を相手にする為に取っておかなければならなかった魔力を使い果たす覚悟で、
 デクステラへ向けて魔術を打ち続ける。
【雷槌】【風塵】【氷の弾雨】【炎の球体】【雷斧】【氷輪】――――
 属性も性質も全く異なる魔術の連続。
 オートルーリング専用魔具に登録されている初級魔術を総動員し、四属性全てに有効な結界以外
 選択肢のないところへ追い込む。
 有効属性の多い結界はそれだけ魔力を消費し、結界そのものの硬度も弱まるからだ。
 つまるところ、完全なる力押し。
 薄い壁を矢継ぎ早に殴り、穴を空けるようなルインの攻撃に対し――――
「焦り過ぎたな」
 デクステラは結界ではなく、身体裁きで対応。
 ルインの放つ魔術全てを、身のこなし一つで躱し切った。
「……」
 空を切った魔術が教会の壁や床を次々と直撃し、破壊音を奏でる中に――――扉の閉まる音が混じる。
 ルンストロム達が、エルアグア教会を出た音だ。
 街に出られれば、追跡はかなり困難。
 勝負はここで決した。
「やはり君は【死神を狩る者】なのだろう。自分のような、死神とは縁のない人間相手では
 大した脅威とはなり得ない。しかし無様とは言うまい。人間、誰しも得手不得手が――――」
 そう思い、講釈を垂れていたデクステラの目に、ルインの"奇妙な"姿が映る。
 彼女はデクステラを見ていなかった。
 本来、一瞬たりとも目を離してはいけない相手から視線を切り、見ていたその先は――――
 先程の魔術の乱発で破壊され、外気が入り込む"壁の穴"。
「こういうやり方を、教えてくれる人がいるのは……」
 窓のないこの教会から、その場にいて外の様子を視認出来る唯一の手段。
 扉を出た直後の姿が映し出される角度は計算済み。
 ルインは、壁に穴を空ける事で自分の魔術が外のルンストロム達へ届く道を作った。
「幸せな事なのかしらね」
 目の前のデクステラに問うでもなく――――ルインは一文字だけを綴り、この上なく
 円滑に、そして複雑な表情を浮かべ、魔術を放った。








  前へ                                                             次へ