デクステラとサニアが近距離戦を展開する最中――――アウロスとルインは
 ルンストロムの挙動を瞬き一つせず観察し続けていた。
 目で魔術を綴る、デ・ラ・ペーニャの歴史には誰一人として存在しなかった魔術士。
 それは最早、暗器の域すらも超えた最強の隠し武器だ。
 ルンストロムの口ぶりからすると、魔具自体かなり希有な物であり、
 この技術を会得する魔術士は一人に限定されるだろう。
 そこに、アウロスは一つの疑念を抱いていた。
 何故、ルンストロム本人なのか。
 アウロス自身、自分の開発したオートルーリングの魔具を装備していたのだから、
 研究成果を自分で試す事には疑問の余地がない。
 ただ、アウロスとルンストロムでは立場が違う。
 ルンストロムは身を守る一方で、今回のデウス襲撃のような仕掛けも積極的に
 行っており、攻める事にも注力している。
 海外進出を狙っているのなら、尚更その頻度は今後高くなるだろう。
 なら――――不意打ちに特化した技術をルンストロムだけが会得するのは、
 やや合理性に欠ける。
 事実、デウスをフレアに襲わせるという今回の仕掛けには、かなり入念な
 仕込みと共に、賭けに近い危うさがあった。
 だが、もしデクステラや一流の暗殺者にその技術を使わせたなら、
 デウスといえども仕留める事は可能だった筈。
 にも拘らず、自分だけが使えるようにしている。
 ではそれは、過剰なまでの保身願望、或いは使命を果たす為に自分が死しては
 ならないという自己規律に由来するものなのか?
 それも違う。
 ならこの場にルンストロムはいない。
 最新にして唯一無二の技術を持ち、それを政敵暗殺にも使わず、
 圧倒的な数的優位の立場を保ち、オートルーリング用魔具を手に入れる為の
 交渉役としてやって来た――――
 ルンストロムという人物像は、この一連の行動に集約されている。
「ルイン。俺の言うタイミングでルンストロムに魔術を放て。魔術の選択は任せる」
「了解」
 示し合わせは最小限。
 ルインはアウロスの意図も、詳細な説明も不要とした。
 無論、理解しているから――――ではない。
 ただの信頼。
 自分の命を救い、自分そのものをも救い出してくれた青年――――そして少年への。

 

 
「どうしたサニア。その程度の体術で自分と渡り合えると思っていたのか?」
「ぬかせ!」
 そのルインの目には映らない、デクステラとサニアの戦いは、いつの間にか近距離戦と
 魔術による遠距離戦がめまぐるしく入れ替わる死闘へと発展していた。
 デクステラの魔術を受け、トリスティが戦闘不能となった事で、数的には一対二。
 その二の内の一であるティアも速度重視の黄魔術で支援するが、デクステラの
 巧みな位置取りによって、殆ど意味を成していない。
 だがそれでも、この形が最善だった。
 この形に持って行ったのは、他ならぬトリスティ。
 アウロスから支援要請を受けた瞬間、自分を盾にしてサニアがデクステラと対峙し、
 ティアが後方支援するこの形を作るよう二人に指示していた。
 トリスティは頭脳労働を好んでいない。
 だが――――四人の中で最も戦局を見る目に長けていたのは、最年少である彼だった。
 この場でデウスの命をつなぎ止めるには、一刻も早くルンストロムを倒す事。
 その為には、懐刀の立場にあるかつての仲間を倒す。
 確実に倒す。
 犠牲が何人出るかは不問。
 その共通認識が、トリスティの作戦を実行に移させた。
 実際、この形でデクステラを仕留める算段は十分にあった。

 ――――彼が四方教会にいた頃の力量だったなら。

「貴様……これが本来の姿という訳か」
 自身の放った赤魔術が悉く回避された事で、サニアはそう悟った。
「自分は四人の中で最もお師の教示に忠実だったというだけだ。隠していたのではない。
 披露の場がなかった。お前達との活動の中で、お前達以上に力を発揮する必要も
 なかったのだからな」
 四人全てが平等な責任を負う――――
 そこには全員が同程度の実力をもって切磋琢磨し、全員が補い合い、力を蓄えていき
 戦力の底上げを図る狙いがあったと、デクステラは解釈していた。
 そしてそれは、サニアも同じ。
 実際、デウスはそれ以上の仕事を四方教会に求めた事はなかった。
 例えば、政敵の妨害工作など全くさせなかった。
 デウスの真の狙いが何だったのか、皆が薄々とは感じ取っていた。
 だがデウス本人が『俺は王になる』と一貫して発言する以上、その狙いについて
 言及する訳にはいかなかった。
「だから自分は立場と使命を同時に満たせた」
「我らと敵対するのは裏切りではない、と言いたいのであろう。我も同意見だが……
 この場で優先すべきはデウス師の教えではない!」
 そこに、見解の違いがある。
 デクステラはそれを男女差と解釈したが、それが正しいという確信もなく、
 己の宿命に向き合うようにサニアと向き合い続ける。
 世界の均衡を保つ為に存在するバランサー『テュルフィング』。
 この地で活動するテュルフィングは、魔術士の増長を防がなければならない。
 デウスが教皇となれば、確実に魔術士の立場を強大なものにする。
 ルンストロムであれば――――協定に基づき制御が容易になる。
 たったそれだけの、単純な構図。
 その為に、かつて仲間として寝食を共にした人間と殺し合う。
 その事に、何ら躊躇はない。
 何故ならそれが――――

『お前らは俺と共に国を変えるためにここにいる。それ以外の理由はない。わかったな?』

 この国を打とうとしている数多の国の巨大な槌から守る事に繋がると信じているから。
 だがその思想は――――ルンストロムとは相容れないものだった。
「何をやっているのですか! 私が命じたのはミルナの娘の抹殺です!
 モタモタしていないで早くなさい!」
 余裕のなさ、苛立ちが如実に表れている絶叫。
 しかしそうではない事を感知した人間が、この場に一人だけいた。
 聴覚ではない。
 読唇術でもない。
 強いて挙げるならば――――洞察力。
 先程の絶叫だけを聞けば、余裕のなくなった権力者らしい挙動に思える。
 が、ルンストロムという人物にはそのような脆さは期待出来ないと、アウロスは確信していた。
 だから見逃さない。
 アウロス=エルガーデンが、魔術士としての才能に欠け、身体能力も低く、生まれも育ちも
 裕福とは縁遠いその人生の全てで磨いてきた能力が、ルンストロムの微かな顔面の筋肉の緩みを
 完璧に捉えた。
 テュルフィングをけしかけたルンストロムの本当の狙い。
 それは、ルンストロムにとって現在、最も邪魔な存在の抹消。
 デウスが戦闘不能となった今、場が混沌とした今こそが、一番消しておきたい人物を
 始末する千載一遇の好機――――
「ルイン!」
 皆まで言う必要もなく。
 ルインは"実戦で初めて使用する"魔具を用い、ルーリングを始めた。









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