「――――四方教会という名にしようと思う」
 

 そのデウスの発案は、ティア、サニア、トリスティの表情を一切変化させなかった。
 単に、『四方』という言葉の意味にピンと来なかったのが理由の一つ。
 そしてもう一つは、デウスの案に異を唱える意志そのものがないからだ。
「四方。東西南北を示す言葉ですが、転じて世界、或いは天下を
 意味する言葉でもありますね」
 そんな中、デクステラが真っ先に口を開く。
 反論ではなく補足。
 基本、デクステラもデウスに対し反対意見を述べる事はない。
「そういう意味もある。いずれ俺達の教会がこの国そのものとなる意趣もな」
「なら、それ以外の意図もある、と」
 無表情でありながら、問いかけるデクステラの何処か楽しそうな声色に
 デウスは頬を緩め、快活な笑顔でそれに応えた。
「四方っつーのは正方形の各辺を意味する言葉だ。この教会の骨子が
 そうあるべきと思って付けてみた」
「正方形……ですか?」
 まだ正鵠の位置が見えず、どんな表情をしていいかわからずにいる
 ティアが、恐る恐る発した質問に、デウス――――
「わかったわかった! はいはい!」
 ――――ではなくトリスティが、したり顔で挙手し、背伸びしてティアを見下ろす。
「正方形の建物を拠点にするから、四方教会! どう?」
「残念。違うな」
「えー……絶対合ってるって思ったのになー」
 実際、冗談のつもりではなかったらしく、トリスティはしゃがみ込むほど
 本気で落ち込んでいた。
「そもそも、正方形の建物なんてありません。立方体と言いたかったでしょうけど
 そんな建物も普通はありませんから」
「んぐ……ち、違うやい! 正方形の部屋、って言いたかったんだい!」
「仮にそうだとして、それを教会の名前にする訳がありません。御主人様が
 そんな安易な名前を付ける筈ないじゃないですか」
「御主人様はやめておけ。ティア」
「す、すみません!」
 顎を親指でむず痒そうに掻きながら諫めるデウスに、ティアは一瞬身体を硬直させる。
 それだけの緊張感を生み出すような場面でも人間関係でもないのだが、
 ティアのこの態度は昔から変わらなかった。
「サニア。君はどう思う?」
 僅かに目元の筋肉を緩めつつその様子を眺めていたデクステラが、サニアに話を振る。
 だが、戦闘域に入っていない時のサニアはティアとは真逆で、ボーッと眠そうな目を
 向けるのみ。
 有益な回答を得るのを諦め、デクステラは己の見解を述べる事にした。
「正方形とはすなわち、全ての辺が等しい図形。全員が等しく責任を負う教会であるべき、
 という意味ではないでしょうか?」
 その主張に、ティアが真顔で二つ三つ頷く。
 彼女の持つ『デウス像』を少なからず満たす意見だったらしい。
 だが、デウスは首を左右に振り、もっともらしいデクステラの見解も否定した。
「中々イイ線いってるが、正解じゃない」
「ねーデウス師匠、いい加減答え教えてよ。もう降参だってば」
 言葉遊びが好きではないトリスティに急かされ、デウスは嘆息しつつも、
 自分の見込んだ、そして自分の元に引き入れた四人に向け、はっきりと答えた。

「いいかお前等、自覚を持っておけよ。四方教会の『四』はお前等四人の事だ。
 お前等全員が――――」

 


「――――うおおおおおおおおおおおおおおお!」
 エルアグア教会に響き渡る、トリスティの絶叫。
 その声は攻撃的な能動性を有しながらも、実際には守勢に回っていた。
 誰より早く放たれたデクステラの緑魔術【安息の螺旋】が、ルーリングの最中にあった
 トリスティの身体を直撃し、凄まじい衝突音を生み出す。
 風力を圧縮した塊をぶつける前衛魔術。
 結界も張らずまともに受ければ、全身の骨が粉々に砕けてもおかしくないその脅威に、
 トリスティは最後まで目を逸らさず、身体で"受けきった"。
 そんな悲観すべき致命傷を受けた彼の背後から――――ティアが腕を伸ばす。
 比喩でもなんでもなく、トリスティは"盾"だった。
「この……裏切りものォォォ――――!」
 怨念にも似た光が、ティアの魔具から放たれる。
 黄魔術【閃く雷鳴】が【安息の螺旋】の残像を切り裂くように、デスクテラへと迫る。
 回避困難、速度重視を謳う攻撃魔術。
 が――――デクステラはそれを、最小限の所作で回避する。
 魔術士とは身体能力の低い、後衛専門の存在。
 屈強な肉体を誇る戦士達の保護下でのみ役立つ『騎士の助手』。
 しかし、そんな風評など最早過去の話でしかないと、デスクテラの身のこなしは
 雄弁に語っている。
「相変わらず、感情が先走る子だ」
「そう言ってやるな。あれの境遇を考えれば、デウス師は神に等しき存在であろう。
 いきり立つのは無理なき事よ」
 幾ら最小限とはいえ、魔術を躱せば体勢を整える為の時間をそれなりに失う。
 その隙を突き、今度はサニアがデクステラの直ぐ傍にまで接近していた。
 その距離は本来、魔術士の間合いではない。
 何より――――サニアが接近し放った攻撃は、魔術ではなく蹴り。
 デクステラもまた、その蹴りを予測していたかのように、左手を反射的に上げ
 防いでみせた。
「ならお前はどうだ? サニア。戦闘時以外はロクに喋らないお前の感情を
 読み解くのは難しかった。お前にはティアほどの信奉はないのか?」
「語るまでもなかろう。貴様も、我も、こうして魔術以外の攻防を選択している時点でな」
「……違いない」
 デウス=レオンレイは、魔術国家デ・ラ・ペーニャの長い歴史において
 最も優れた才能を持つ魔術士の一人。
 しかしその張本人が常日頃語っていたのは、魔術に頼らない戦い方を学べという教え。
「四方教会の名を発表した時もそうだったな」
「そうだ。四方教会とは『四方のどこから、誰を攻められても揺るぎないもの』。
 剣であろうと魔術であろうと、精神攻撃であろうと、攻め入られる事は許されぬ」」
 魔術は万能ではない。
 魔術に頼っていては、防げない攻撃もある。
 防げない相手もいる。
 なら、どうすればいい?
 どうすれば守れる?
「魔術に……呑まれるな……出来ない事は山ほどある……」
 教え子達の姿を見上げる余裕もないほど、全身の力を失ったデウスが、譫言のように呟く。
 その声が聞こえる筈のない距離で、サニアが、デクステラが、目的も立場も異なる中で
 戦う四人が、起源を一つにしていた。










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