「……言うではないか、自身の為に人体実験という禁忌を犯したミルナ=シュバインタイガーの娘」
「そうやって、私を批難する為に私本人ではなく親を持ち出す時点で
 貴方は小者だと理解すべきね。貴方は私とすら向き合えない小者なのよ」
 舌戦において、ルインと戦える人間など、そうそういるものではない。
 アウロスは誰より、他の誰よりもそれを深く理解していた。
「その上、そこまでして私を追い込んで、彼の研究成果を自分の物にしようと
 したのだから、もう論外と言うしかないのでしょうね、実際。
 それ以前に、大人数を従えていなければ教会への散歩も出来ないような
 小心者なのだから、論外の論外、と言った方がより正しいのかしら?」
 次から次に出てくるルインの攻撃的発言に、ルンストロム本人どころか
 その護衛である筈のアクシス・ムンディの面々ですら圧倒されている。
 更には、ティアやトリスティさえも驚きの表情を隠せていない。
 サニアだけは愉快そうに、そして感心した様子を見せていたが、
 それもある種、ルインに引き込まれている証拠だ。
 第一聖地マラカナンという地において、ルインは随分と大人しかった。
 アウロスに対して僅かに見せた悪態を除けば、ごく普通の魔術士という
 佇まいですらあった。
 実際、ティア達はそのような認識でいたのだろう。
「まさか……我慢してたのか?」
「別に。生き方を見直していただけよ」
 コソッと問いかけたアウロスに対する返答は、それなりに衝撃的だった。
 ともあれ、ルインという人間をよく知るアウロスは、大人しくしていた
 ルインの姿の向こうに、母親の存在を見ていた。
 ミルナ=シュバインタイガーが自分――――アウロスに対して行った過去の過ちを、
 自分自身も背負う心持ちでいるのではないか、と。
 だから、中々指摘出来ずにいた。
 まさか『随分大人しいな。母親の事をひきずってるのか?』と、アウロス本人が
 聞く訳にもいかない。
 しかし先程ルインは、ルンストロムの母親について言及した嫌らしい発言にも
 動じた様子はなく、寧ろ反撃の為の材料にすらした。
 既にルインは前を向いている――――そう確信し、アウロスは笑いたい心境を
 堪えて、ルインの背中を小さく叩いた。
「……何よ」
「いや。ただ、もう少し生きてみたくなっただけだ」
 この、どうにも絡み辛い、扱いも困難な女性が果たしてどんな変化を
 これから見せてくれるのか。
 その、好奇心とも少し違う確かな高揚感は、アウロスにとっての希望だった。
「何にしろ、お前がどれだけ講釈を垂れようと、オートルーリングを譲るつもりも
 協力するつもりもない。やり方が違えば、別の結論もあっただろうけどな」
 アウロスは現在の魔術国家デ・ラ・ペーニャの枠組みの中で、自身の研究を
 普及させる為に、経済効果も最大限考慮し研究の中に組み込んだ。
 すなわち、魔具の大量生産が可能である事を前提に研究を進めた。
 それは、ルンストロムに言わせれば、魔術国家の衰退を増長するだけの
 愚考に過ぎないのだろう。
 だがルンストロムはその点を批難せず、アウロスを持ち上げ続けた。
 そこには確実な"嘘"がある。
 アウロスを利用する為の嘘だ。
「話は終わりだ、ルンストロム。交渉は決裂した」
 そしてそれに、アウロスは気付いていた。
 同じ過ちは繰り返さない。
 ミストとの出会いから裏切りまでに培った経験が、その洞察と判断を後押しした。
「……残念です。アウロス=エルガーデン。貴方には目をかけていたのですが」
「ここまで自分を暴かれたんだ。最初から生かす気はないだろう?」
「人間は皆、死の予約をしているのですよ。だからこそ、"永遠の命"が高く売れる」
 再び――――ルンストロムの目がルーンを綴り始めた。
 しかしアクシス・ムンディの面々は動かない。
 これだけ明確に拒絶姿勢を示した以上、指示を待っているような段階ではない
 にも拘らず。
 その様子に、アウロスは一つの仮定を得た。
 他国からの護衛団。
 他国との交渉。
 国外に開けた姿勢。
 アクシス・ムンディの雇用は、ルンストロムにとっての、ある意味"アピール"のような
 ものではないか、と。
 元々はデウスが雇っていた集団。
 実績と実力を吟味しての雇用ではない。
 教皇選挙の際に『自分は国外に強いコネクションを持っている』という証明の為に
 招いたのではないか。
 だとすれば――――
「チャーチ! お前の"連絡先"に犯罪を取り締まる集団はあるか?」
 ルンストロムの魔術が出力される直前、アウロスが叫ぶ。
 その発言に動揺したのか、視線によるルーリングが止まり、ルーンは霧散した。
 チャーチは突然の問い掛けに対し、一瞬驚いた顔を見せていたが――――
「勿論だよ! こう見えても偉いジジイの玄孫だからね! 国際犯罪を取り締まる
 憲兵部隊とも繋がってるよ! 仮にそこのルン爺が"人体実験"をしていた証拠が
 あれば、引っ捕らえる事も出来るよね!」
 聞かせる相手をアウロスだけに限定しない大声でそう答える。
 それに対する反応は、意外にも露骨だった。
「話が違いますわ! わたくし達は犯罪に手を貸すつもりなどありませんの!」
 フェム=リンセスと名乗っていた女性が、感情的に叫ぶ。
 やはり、信頼関係は全く築けていない――――そう確信するには十分な反応だ。
「なら黙って見てるしかないよね! もうそちら様はルン爺が犯罪関与してる事を
 知っちゃったんだし、ここからの協力は言い逃れ出来ないよ!」
 そう声高に叫び、チャーチはこっそりアウロスへ向けてウインクをしてみせる。
 恐らく彼女に、憲兵部隊の知り合いはいない。
 状況を即座に理解し、アウロスの意図を汲んでのハッタリ。
 まだ少女という年齢のチャーチが見せた鮮やかな機転に、ルインは思わず
 感嘆の溜息を落とした。
「老人がどれだけ心配しても、若い魔術士は育つものなのね」
 そして、その発言。
 だがルインの意外な言動は、『言』だけに留まらなかった。
 右手の指にはめていた魔具を、左手で迷いなく外す。
 その行動が何を意味しているのか、アウロスは一瞬で理解した。
「お前……今の今まで黙ってたのか」
「ええ。私の"切り札"だから。最後まで取っておくのが切り札でしょう?」
 その切り札を目の前にし、アウロスは思わず首を左右に振った。
 そして、決意する。
「デウス。部下を借りるぞ」
「……好きにしろ」
 承諾を口にした瞬間、デウスはアウロスの身体から手を離し、その場に崩れ落ちた。
「ティア! サニア! トリスティ! デクステラを抑えろ!」
「デクステラ! ミルナの娘を殺れ!」
 アウロスとルンストロム。
 二人の研究者が発した指示が、教会内で交錯した――――









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