「お前はグランド=ノヴァに限りなく近付く為に、ここへ来た。違うか?
 ルンストロム=ハリステウス」
 詰め寄るような物言いの影で、アウロスは後ろのルインに対し
 背中に手を当て指でサインを送った。
 人差し指と中指のみを伸ばして広げ、両方の先端を何度も
 クイックイッと上下に揺らす。
 勿論、事前に示し合わせていた訳ではない。
 ルインもその場で直ぐにはそのサインの意味を理解出来なかったが、
 一連の指の動きを頭に入れつつ、アウロスの話に再び耳を傾けた。
「一体、何を言っているのか私にはわかりかねます。何故ここへ来る事が
 グランド=ノヴァへと近付く事に繋がるのでしょう?」
「繋がる、という結論を得た筈だ。研究と実験の結果」
「……」
 歯軋りの音が、再び響きわたる。
 先程より更に大きく、更に不快に。
「融解魔術とは別に、お前は『気化したグランド=ノヴァを取り込んだ人間が
 どんな条件ならばグランド=ノヴァの人格を色濃く出すか』という
 人体実験を行っていた。そうだろう?」
 ――――つまりは実験観察。
 グランド=ノヴァを取り込んだゲオルギウス=ミラーが、何時いかなる場合に
 人格変化を見せるか、それを細かく確認する事が目的だ。
「具体的には、そうだな……グランド=ノヴァに近しい人物と対面した場合、
 という条件がまず考えられる」
 その人物とはすなわち――――
「恐らく……正解だ……」
 アウロスの指摘に、デウスが真っ先に反応を示す。
「グオギギ=イェデンを……執拗に探していたからな……」
 そう。
 かつて苦楽を共にした、齢一〇〇を越えるかつての好敵手だ。
「てっきり……俺の弱みを握る為だと思っていたが……」
「お前がグオギギ=イェデンを誘拐した事で、ゲオルギウスとグオギギに
 接点が出来た。そこで顕著な反応が見られたとしたら、より精密な検証を
 するだけの価値がある。自分をグランド=ノヴァに近づけてくれるかもしれない
 重要人物だ。ぜひ手元に置いておきたかっただろうな」
 だが、それは叶わなかった。
 エルアグア教会には常に、デウスという猛者がいたからだ。
 その目を盗み、グオギギを連れてくる事は極めて困難だ。
「でも、代わりに手がかりを得た。実験前のグランド=ノヴァに近しいもの、
 思い入れのあるものがグランド=ノヴァの人格を濃くする材料になるとわかった。
 なら、融解魔術で実際に融解された場所、つまりエルアグア教会もその材料になり得る。
 エルアグア教会に常駐していたゲオルギウスなら、その検証が可能だ」
 ただし、エルアグア教会が誘因の材料となるかどうかを実証するには、比較が必要だ。
 エルアグア教会と接点が少ない、別の実験台との比較。
 つまり――――実験対象者はゲオルギウスだけではない。
「恐らく、フレアとマルテも同様だ。『グランド=ノヴァを取り込んだ人間』という
 共通項の中で、それぞれ環境の異なる三人を比較し、検証していた。どの条件なら
 グランド=ノヴァ人格をより引き出せるか、グランド=ノヴァ本人に限りなく近づけるかを。
 実験を見守る観測者も雇っていた筈だ。聖輦軍やそこの護衛集団とは別に」
 エルアグア教会には決して多くはないが、それなりの数の信者がいる。
 そしてその中には、相応の地位にいるゲオルギウスと接する機会が多い
 役職もあるだろう。
 その一人に観察を命じるくらい、ルンストロムならば訳もない。
 エルアグア教会に勤め、その環境下に身を置く者。
 教会とは離れた場所で生活する者。
 その両方を対象とした、『グランド=ノヴァの人格の変遷』の観察――――
 アウロスはルンストロムの行動を、研究者ならではの視点で分析していた。
「恐らく、様々な状況を用いて三人を刺激した筈だ。そして、どんな場合に
 グランド=ノヴァの人格が出現するか、またその人格が濃いか、を逐一検証していた。
 そして一定の答えが出た時点で、今度はグランド=ノヴァ人格の出現を外部から
 操作出来る方法を試していた。違うか? デクステラ」
 明確な回答を求めていた訳ではないが、アウロスは敢えてその操作を行っていた
 デクステラへ問いかけた。
 フレアやマルテのグランド=ノヴァ人格出現を誘発していたのは彼。
 必然的に、外部からの操作をしていたのはデクステラという事になる。
「……」
 案の定、返答はない。
 尤も、否定する言葉も態度もなかった為、アウロスは話を続ける事にした。
「言うまでもなく、その実験の目的は、ルンストロムがグランド=ノヴァの人格を
 限りなく強く、或いは完全に、前面に出せるようになる為。言い換えれば、
 その実験と操作を必要としなければならないほど、グランド=ノヴァの人格が薄い……
 要するに『なりそこない』だ」
「偉そうに『グランド=ノヴァ』を名乗った割に……実はマルテ達と……
 同じだった……って訳か……笑わせやがる」
「いや。間違いなく、マルテやフレア以下だな」
 三度目。
 その歯軋りの音は、過去の二回より遥かに大きく、耳を澄ませなくても
 聞こえるほどだった。
「だからこそ、選挙前日に慌ててここへ来たんだろう。エルアグア教会に近いほど
 グランド=ノヴァ人格の出現率が高いのは、俺達も目の当たりにしている通りだ。
 ゲオルギウスと他の二人の比較、フレアやマルテがこの教会を訪れた時と、
 離れている時との比較で実際にそういう検証結果が出た筈」
 そう言い切りつつ、アウロスはルンストロムの目を見た。
 それなりに痛い所を突いているという自負はあったが、それでも
 弱気な目は一切していない。
 アウロスはふと、オートルーリングを巡るミストとの"口戦"を思い出した。
 論文発表会の時に見せていたミストの目つきと、今ルンストロムが見せている
 目つきは、似ているようで違う。
 それだけではない。
 かつての巨敵ミストと、現在の巨敵ルンストロムには、明確な違いがある。
 それを踏まえ、アウロスはいよいよ結論へと自身の言を進めた。
「俺が見ていた限りでは、エルアグア教会に近いかどうか以外にも、感情の
 揺らぎや自分自身の存在への不安が、グランド=ノヴァ人格の出現と関係していた
 ように思う。恐らく、それを綿密に実験で調査して、実際に自分も試してみたんだろう。
 だが、永続的なグランド=ノヴァ人格出現には至らなかった。つまりルンストロム、
 お前はグランド=ノヴァになれなかった。本来なら、選挙当日までにグランド=ノヴァ
 本人になっておきたかったんだろう。だが、出来なかった」
「それで……最終手段として……ここへ来たってか」
「ああ、何しろ政敵の本拠地だ。本当に最後の手段だったんだろう。それくらい
 追い込まれてた。焦っていたんだ」
 選挙を明日に控えたルンストロム本人が直接、ここへ来た本当の理由。
 それは、デウスを始末する瞬間を見届ける為ではない。
 アウロスの持つオートルーリング用魔具の強奪を見届ける為でもない。
 自分自身が追い込まれていたから、危険を承知でやって来た。
「私が……焦っている、ですって?」
 そのアウロスの指摘は、ルンストロムに四度目の歯軋りと、
 余裕という仮面の破壊をもたらした。
「このグランド=ノヴァが焦る理由など何処にあるというのですか?」

 刹那――――ルンストロムの"目"が、魔術を綴り始めた。









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