「魔術国家デ・ラ・ペーニャが魔術の研究を長年続けている理由は、
 本来国家の発展であるべきです。しかし現在のこの国は、帰属意識に由来する
 研究ばかりが漫然と行われるのみ。魔術士の需要を満たす為の共有、攻撃魔術
 に特化した安易な究明……それだけでは到底、敗戦国家となったこの国を
 蘇らせる事は出来ません」
 ルンストロムの発言は、まるで油の注がれた炎のように、勢いよく
 加速を続けていく。
 魔術の本来あるべき役割。
 現在のデ・ラ・ペーニャは、それを見失っている――――その主張自体は、
 まだ若いアウロスやルインですらも薄々感じ取っている。
 特に、敵対してきた教会幹部の面々は、腐敗という言葉が相応しいほど
 我欲ばかりを優先させ、魔術士としての矜恃を完全に失ってしまっていた。
 教皇として、その憂うべき現状を打破しようというルンストロムの意志は、
 正義の一端と見なす事が出来る。
 が――――
「言う事は立派だがな……」
 同じ次期教皇候補の立場にいるデウスは、アウロスの強引な応急処置によって
 取り敢えずは塞がっている肩口を鷲掴みするかのように震える手で押さえ、
 一歩、また一歩とルンストロムへ近付いて行った。
「お前さんは……元教皇やその一派に黙って……他国と裏交渉を進めていた
 みたいだが……その過程で一体どれだけの犠牲を払った……?」
「そうですね。人数で言うなら二一三人。私の把握している範囲では、ですが」
 ルンストロムの答えに満足する様子はなく、また一歩、デウスが歩みを進める。
 その迫力は、彼の身を案じる四方教会の三人すらも止めに入る事を許さない。
「随分と少ないな……融解魔術の実験で失われた命は……その程度じゃないだろう?」
「自ら志願して実証実験を行った者は含まれておりません」
「笑わせやがる……魔術の暴走で……このエルアグアの一帯が溶けちまった時の
 犠牲者が……志願者に含まれるって言うのか……?」
 融解魔術が邪術指定されている最大の理由であり、第一聖地に暗い影を落とした
 その事件の犠牲者が、二一三という数字内に収まる筈がない。
 だが、正確な数字はどの文献にも残っていない。
 それ以前に、この事件――――融解魔術による惨事が語られる機会すらも、
 現代のデ・ラ・ペーニャには存在しない。
 それ故に、事件の名称すらも定められていないのが現実だ。
「魔術の研究に失敗は付きもの。仮に何らかの被害が住民に及んでもやむを得ない。
 それは第一聖地という魔術国家の"中枢"を担う場所に住む人間として
 当然の心構えでしょう?」
 そのルンストロムの発言は、これまで論理的に組み立てていた彼の主張からは
 程遠い、悪意と皮肉に満ちたものだった。
「何より、その暴走による悲劇は私の目的の過程で起こった事故ではありません。
 私はあくまで、過去の悲劇による尊い犠牲を無駄にしない為にも、融解魔術の価値を
 他国に認めさせ、この国を再生させる礎とする事を表明しているのです。
 この国の歴史を軽視し、王制に染めようというならず者に批難される覚えはありませんね」
 そう断言し、弱々しく自分へ近付いてくる政敵に対し、不敵に微笑みかける。
「デウス=レオンレイ。私は貴方を買っていましたよ。長い魔術史において、貴方ほど
 優れた才能を有していた魔術士は滅多にいなかったでしょう。貴方の父親は
 失敗してしまいましたが、貴方はその圧倒的な力でデ・ラ・ペーニャの象徴と
 なり得たかもしれません。だが……甘い。甘過ぎる」
 ルンストロムの視線が、デウスからその後ろにいるティア達へ移る。
 あたかも、甘さの証明と言わんばかりに。
「その甘さでは、到底今のデ・ラ・ペーニャを蘇らせる事は出来ないでしょう。
 しかし私は違います。 この私……グランド=ノヴァが自ら実験体となった事が
 何よりの証明です」
 次はその視線が捉えたのは――――ルイン。
 以前、ミルナについて語っていたルンストロムと同一人物とは到底思えない迫力を
 感じながらも、ルインは気丈に睨み返す。
 しかしその眼すらも、ルンストロムは老獪に受け流した。
「……融解魔術による、人格の分散と再構築。これが可能だと証明できれば、
 他人の肉体に己の人格を移植する事も、そしてそれを繰り返せば
 永遠に生き長らえる事も出来る。そう説明した時の、他国の首脳の目の輝きは
 中々忘れられるものではありませんよ。勿論、私自身が生き証人だからこそ
 連中は信じたのでしょうが」
「まさか、その為に自分を実験体にしたとでも言うの?」
「その通りです、ルイン=シュバインタイガー。いや、今はリッジウェア姓を
 名乗っているのでしたか」
「……」
 全てを見透かしているようなルンストロムの物言いに対し――――
 ルインは不快感を押し殺す作業に集中せざるを得なかった。 
「実験は単純明快でした。融解魔術によって私自身を融解し、自然に気化させた
 私自身を、一人でも多くの人間に染み込ませる。実験初期の段階では、
 特定の一人に染み込ませようとしていたのですがね。どうも、それでは
 相手側の精神がもたない事がわかったのです。全員、見事に発狂しましたよ」
「随分と野蛮な実験ね」
「ええ。貴女の母親と同じく、ね」
 痛点を見事に突かれたルインだったが、それでも怯まずに睨み続ける。
 その姿勢を、ルンストロムはにこやかに頷き称賛した。
「私の人格を分散させ、薄く、しかし確実に根ざす事を目指しました。
 結果は……正直なところ、危なかったですね。私という人格をごく一部に宿した者は
 何名かいましたが、私自身がグランド=ノヴァである事を完全に自覚出来た個体は
 この肉体の持ち主だけでした。適合した理由は……思想が近かったから、という
 訳ではないのでしょうがね。まだ調査中としておきましょう」
 マルテ。
 フレア。
 そして、ゲオルギウス=ミラー。
 この三人が、ルンストロムの言う『人格をごく一部に宿した者』に該当する人物だ。
 彼らは皆、何らかのきっかけで自分が自分ではない状態となっていた。
 だが、自分がグランド=ノヴァであると常に自覚するような者は、この中にはいない。
 このルンストロムだけが、グランド=ノヴァの人格移植に成功した唯一の成功例、
 という事になる。
「そんな低確率の実験成果に意味があるというの?」
「成功例・一、でいいのです。ルイン=リッジウェア」
 今度は先程と異なる姓で呼び、更に口元を緩める。
「通常の研究とは違い、永遠の命という甘い蜜は一つ成功した事実があれば、
 皆が寄ってくるほどの価値がある。だがその成功例・一を作り出すには、
 万全を期さなければならない。仮に理想通り融解された人格が誰かの身体に
 芽吹いたとしても、そこで使命を忘れてしまっては何にもなりません。
 よって、私以外に適役はいなかったのですがね」
 もし実験に成功しても、人格が無事に移植された事を実験体となった人物本人が
 証明、および証言出来なければ、成功の証拠とはならない。
 加えて、別の肉体に融解された実験体の人格が発芽するまでの過程を
 克明に記憶し、後に発表する論文へと記録する必要もある。
 他人には到底任せられない――――それがルンストロムの主張だった。











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