「生体を含む、この世のあらゆる物質を融解する魔術。無論、そのような巨大に過ぎる力を
 人間、しかも個人が制御する事など不可能。融解魔術に長らく下されていた評価は、
 研究対象として最低水準の価値しかありませんでした」
 ルンストロムのその言葉に、誰より早く反応したのはアウロス。
 何故なら、その評価は――――
「実際にこう呼ばれていた事もあるのですよ。"一攫千金の未完成魔術"とね。
 アウロス=エルガーデン。貴方の研究と同じです」
 もし実現させれば巨万の富を得る。
 研究者として最高級の評価も手に入る。
 だが、魔術士の殆どが研究どころか真面目にその理論について語る事すらしない。
 架空無稽、究極の机上の空論、永遠の夢。
 長い魔術史の中で、そういう評価に落ち着いた研究は山ほどある。
 オートルーリングも、融解魔術も、その積もった塵の一つに過ぎない――――
 現存する研究者の殆どが、そう理解していた。
「しかし私の考えは違いました。融解魔術を"何でも融かす魔術"とするから
 途方もないモノと考えてしまう。使い手に、そしてこの魔術国家デ・ラ・ペーニャにとって
 都合の良い要素だけに特化した魔術にし、その中で制御可能なところに落とし込む。
 その上で外部には『あらゆる物質を融解する究極の魔術』と謳えばいい、とね」
「……え?」
 思わずそう聞き返したのは、泣きそうな顔で衰弱し切ったデウスを見ていたティア。
 その隣のトリスティも、狼狽に近い感情を表情に現わしている。
 が――――驚きを露わにした魔術士は、その二人くらい。
 アウロスも、ルインも、デウスも、特に感情を揺らす事なく
 ルンストロムの話を聞いていた。
「ある程度魔術に精通しておれば、"全てを"融かすなんて無理なのは誰でもわかる事。
 首座大司教にまで上り詰めたグランド=ノヴァが気付かぬ筈がないであろう」
 そしてサニアもまた、平然とそう口にする。
 事実、そう考えるのが最も自然だ。
 だが、その一方で――――
「生憎、そうは考えない者も多いのですよ。『融解魔術などという酔狂な研究に手を染めるとは、
 グランド=ノヴァも落ちたものだ』と見なす魔術士が実に多かった」
 その発言中、ルンストロムはずっとアウロスを凝視していた。
 或いはアウロスに、かつてのグランド=ノヴァを重ねている――――そんな意図が
 あったのかもしれない。
 アウロスの隣にいるルインには、そう見えた。
「しかし他人の評価を気にしていては、研究など出来ません。私は単純に、明瞭に
 融解魔術の利用価値を分析・算出しました。どの水準まで魔術としての性能を落とせば
 研究するだけの価値に見合う成果を保持出来るか。逆に言えば、実現可能で、且つ強力な
 魔術としての実用性と価値を認められるには、何を融かす事が出来ればいいのか。
 私の視点はそこにありました」
「……?」
 ルンストロムの説明は決して難解ではなかったが、やや冗長だった為
 トリスティは理解出来ず、顔をしかめる。
 そんな彼に、ティアが呆れながらも小声で解説していた。
 既に崩壊したと言っていい、四方教会。
 だがそれでも、十分に意義のある組織だった。
 デウスは横目で二人の様子を眺めながら、息絶え絶えに薄く微笑んだ。
「研究において重要なのは"単純化"です。特に、成果として外部に出力する目的と展望に関しては、
 その背景にどれだけ複雑で奥深い理論があったとしても、わかりやすく、共感を得られる
 ものでなければならない。魔術という分野においても同様です。役に立つ魔術とは、
 魔術士の多くが価値を認める魔術。その要素は単純な威力、使いやすさ、用途の幅広さ、
 或いはそう……抑止力。こういったものが、魔術の価値を決めるのでしょう。
 しかしそれらの複合要素をもって、総合的な評価を正確に下す事が出来る人間は限られている。
 であれば、より単純に、『この魔術があれば国家が潤う』『この魔術があるからデ・ラ・ペーニャは
 脅威である』という図式を示さなければなりません」
 ルンストロムの語りは、最早演説と化していた。
 融解魔術というテーマを元に、魔術のあり方、そして魔術国家のあり方を切々と述べるその姿は、
 まさに教皇立候補者による講演といった厳格な雰囲気すら漂っている。
「私が融解魔術に必要不可欠と感じたのは『人間を融解する性質』です。幸い、既にこの地……
 エルアグアの一部を実験によって融解したという実績がある。その話が国内外に伝わっている以上、
『人間を融解する魔術』として完成させれば、仮に人間以外を融解出来なくとも『何でも融かす魔術だ』
 と誰もが誤解してくれるでしょう。融解魔術にとって重要なのは、その脅威です」
「例え偽りだとしても……か」
「そうです、デウス=レオンレイ。融解魔術の抑止力を重要視するならば、
 威力や効果の真偽に拘る必要など何処にもない。他国が脅威だと感じれば良いのです」
 堂々とそう答えるルンストロムに、アウロスは一つの確信を得た。
 似ている――――研究者としての考え方が、自分とよく似ている。
 アウロスもまた、生物兵器をオートルーリングに組み込む際、『名前を変える』という
 ある種の詐欺に近い発想をもって問題に臨んだ事がある。
 本質的にはそれと同じだ。
「人間が最も恐怖を感じるのは、"人間"の命を奪われる行為や存在です。その人間とは自分が大半を
 占めるのでしょうが、中には両親や子供、配偶者などを含む者もいるでしょう。いずれにせよ、
『人間を融解する魔術』が確定的で、過去にエルアグアの一部を広範囲にわたり融かした
 実績があるならば、他国への威圧、そして抑止力としては十分な価値が認められます。
 だが、それだけでは不十分」
「その不十分を埋める為に、自ら実験台になったのか」
 問うアウロス。
 問われるルンストロム。
 両者の間に、戦闘で生じる緊迫感とは異なる種類の一種異様な空気が生まれる。
「……その通りです。人間を融解出来る強力な魔術としての『魔術士需要』、抑止力としての
『国家需要』は満たしていましたが、私はもう一つ、この魔術に期待出来る需要があると見ました」
「『国外需要』……要するにカネを生む魔術……だな?」
 デウスの弱々しい声に反応し、ルンストロムは静かに口の端を吊り上げた。













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