「この……っ!」
 ルインの卓越した反応とルーリング技術によって綴られた【三点結界】が
 アウロスを襲った魔術を寸前で防ぐ。
 魔術の出力方法は明らかに異端だったが、出力された魔術そのものは【雷斧】という
 至って普通の黄魔術。
 どちらかというと初心者向けの魔術であり、その威力も然程ではない。
 しかしそれは、ルンストロムが大した魔術士ではない――――という事には繋がらない。
「……本気で貴方を生け捕りにする気みたいね」
 結界を出力したルインは、戦慄に近い感覚をその魔術から感じ取っていた。
 今の負傷状態にあるアウロスを殺さず、しかし戦闘不能に陥らせる絶妙な威力。
 当然、偶然などではなく意図的にそう制御した魔術だ。
 高い威力の魔術を素早く編綴する魔術士が優れている――――その見解に間違いはない。
 だが、真に優れた魔術士は、自分の使用する魔術を完璧に、それこそ直撃した際の
 敵の負傷具合、出血の量まで完璧に意図通りに出来る。
 その為には、魔術の制御のみならず、人間観察においても傑出した洞察力が必要となる。
 単なる平凡な一魔術の出力に対し、ルインは神業とも言うべき技量を汲み取っていた。
「今の一撃で、私の力を正確に見抜いたようですね。流石は死神を狩る者の異名を
 持つだけはあります。母親……ミルナ=シュバインタイガーは高水準の研究者でしたが、
 君はその才能を臨戦魔術士として開花させたようですね」
「……上から目線で母を語らないで頂戴」
 心底苦々しいという面持ちで、ルインは攻撃態勢に入る。
 だが、相手がどんな方法でルーリングを行っているのか明確ではない現状では、
 無闇に攻撃は出来ない。
 そして、後手に回らざるを得ない理由がもう一つ――――
「アウロス=エルガーデン。死神を狩る者に依存しきった今の反応を見るに、
 どうやらその魔具は君の発明した物とは違うようです。君達二人しか見当たらないが、
 他の者達に魔具を預けて逃げさせましたね?」
 しかしその理由は、ルンストロムの鋭利な指摘によって貫かれてしまった。
 こちらの思惑は筒抜け。
 となれば、当然――――
「聖輦軍、全員で追跡を。そこの壁の穴から外へ逃げた筈です。アクシス・ムンディの諸君は
 この場で不測の事態に備え待機。君達の役目は重要故、くれぐれも気を抜かないように」
 妥当、かつ的確な指示が飛ぶ。
 先程ルンストロムは、彼らの役割を『私がウェンブリーに対し強い愛着を抱いている事と、
 他国との交流を盛んに行っている事』を両立している証明――――そう言っていた。
 前者は聖輦軍、後者はアクシス・ムンディを指しているのは明白。
 ウェンブリーの特殊部隊に自分を護衛させる事で、ウェンブリーの魔術士への信頼を示し、
 多国籍軍のアクシス・ムンディを雇用する事で、閉鎖的な姿勢ではなく世界各国と
 手を結ぶ準備がある思想を示唆している。
「私が教皇になれば、この国に自由の風が吹きます」
 聖輦軍がラディ達への追跡を開始するが、アウロス達はそれを食い止める事が出来ない。
 細目の男は無力化しているが、残りまだ五人いる聖輦軍を二人で止めるのは不可能。
 何より、もしそれをすれば、目の前のルンストロムからの攻撃を防ぐ手段がなくなる。
 数の暴力が、そして目の前のルンストロムが見せた、たった一度の魔術が、
 アウロスとルインを縛っていた。
「魔術国家デ・ラ・ペーニャは私の指導によって生まれ変わるでしょう。自国の技術を
 他国との交渉に使い、より健全、より豊かな国作りを目指す。どの国でも
 やっている事を、ようやく実現させる時が来るのですよ」
 当たり前の事をするだけだ――――と言わんばかりに、ルンストロムは淡々とした
 物言いで理解を促した。
 だが、その交渉に使用するのは融解魔術。
 使い方次第では一国を滅ぼしかねない、或いはそれ以上の脅威になりかねない、
 余りに危険性の高い魔術だ。
 その上、医療をはじめ他分野に重大な影響を与える可能性もある。
 もしそれが実現すれば、融解魔術の価値は更に拡大し、デ・ラ・ペーニャの
 復興と引き替えに世界そのものが危うくなる。
 用途を誤れば一瞬で身体を奪う魔術が、そこかしこに存在する世界になるのだから。
「ようやく、この時が来ました。感慨深いものだな。長い、長い実験の末に……
 ようやくここまで辿り着いた」
 その意味深な吐露に、ルインは思わずアウロスの方に視線を向けた。
 先程、アウロスがルインに告げた"結論"に繋がる述懐だったからだ。
 ルンストロム自身、長い年月を掛け融解魔術の研究していたのは確かだろう。
 だが、"実験"という表現は、そのニュアンスとは一線を画している。
「アウロス=エルガーデン。或いは君が協力的になるかもしれない、
 一つの事実を先行して教えましょう。これは私が教皇になった日の演説に公表するつもり
 ですが、偉大な発明を残したウェンブリーの魔術士への、私なりの敬意です」
 胸に手を当て、一瞬目を閉じ、そして――――ルンストロムはそれを口にする。

「私は、グランド=ノヴァなのです」

 アウロスがルインに告げた"結論"、そのままの表明を。
「そいつは……面白い事を聞かせて貰った」
 グランド=ノヴァ――――自らそう名乗った男は、アウロスでもルインでもない
 その男声に、訝しがるのではなく笑みを零す。
 対照的に、二階と一階にそれぞれ待機していたアクシス・ムンディの面々が
 警戒と緊張を露わにした。
「よい」
 君達に対応出来る相手ではない――――そう言わんばかりに、ルンストロムが
 自粛を促す。
 実際、声が聞こえる位置にまで接近を許した事が、その事実を裏付けている。
 アウロスの見立てでは、少なくともクワトロ=パラディーノと名乗った髭の剣士は
 十分な実力を持った人物だったが、その剣士であっても気配を察知出来なかった。
「生きていましたか。流石です、デウス=レオンレイ」
「……辛うじてな」
 その理由は、単にデウスが完璧に気配を消していたから――――ではない。
 気配が微弱過ぎて感知し難いほどに、集会室の扉から入って来たデウスは弱っていた。
「御主人様!」
 そのデウスを追って、ティアが廊下を疾走してくる。
 目を離した隙に、デウスが単独行動に出たようだ。
「ったく……なんでそのケガで……動こうとするかな……師匠は!」
「貴様の責任だ、トリスティ。ティアや我は『着替えをする』と言われれば目を離さざるを得ん」
「そ、それはそうだけどさ……」
 ティアに続いて、トリスティとサニアも来るが――――
「貴方がたの入室は許可されていませんわ」
 アクシス・ムンディの一員、フェム=リンセスがレイピアをかざし、四方教会の三人を
 牽制する。
 彼女以外にも、一階へ回ってきた護衛が数人いるらしく、ティア達の足音が止まった。
 尤も、ティアの気質からすれば、例え不利でも強行するだろうが――――
「お前達は……そこにいろ。俺は大丈夫だ……俺ほどの男がこんな所で死ぬ運命にはない……だろ?」
 自分への信頼を逆手にとり、デウスが制する。
 それは、ルンストロムがアクシス・ムンディの介入を制した理由とは真逆だった。
「顔色が悪いですよ。一国の主は身体が資本。それでは到底、激務に耐えられませんね」
「……お前にどうしても聞きたい事があってな」
 ルンストロムの指摘通り、デウスの顔は憔悴しきっている。
 呼吸も浅い。
 しかしそれでも尚、覇気と威圧感を残している。
 その凄味は、端で見ているアウロスにも伝わっていた。
「化かし合いは……お前の勝ちだ。応用力の差だな……まさか不測の事態を利用するとは。
 老獪、と言っておこう。何より執念が凄まじい。お前が本当に……グランド=ノヴァならな」
「つまり、疑っていると。いいでしょう。政敵に情けを掛けるのも、今後は重要な一手となり得る。
 お教えしますよ。私が今、ここにいる理屈を」
 大局を見越した行動であると前置きし、ルンストロムは己の実験成果を明らかにした。
「私の実験は、融解魔術によって私自身が"永遠に"生きられる事を実証すべく行われました。
 私自身は特に永遠の命など求めてはいませんでしたが……ね」
 その述懐は――――魔術の持つ無限の可能性の一端だった。








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