「何時から気付いたのですか? この私が――――」
 それまでは、取り乱しこそしなかったが苛立ちも隠せずにいた
 ルンストロムが、まるで別人になったかのように、穏やかな口調で
 語りかけてくる。
「――――この場において最強である事に」
 そして、アウロスの挑発に乗るべく、護衛の制止を無視し、抜けた床から一階へ向けて飛び降りた。
 初老の年代に達している筈のルンストロムだが、その身のこなしは老獪さよりも寧ろ、
 俊敏さを感じさせるものだった。
 初老の年代に達している筈のルンストロムだが、その身のこなしは
 老獪さよりも寧ろ俊敏さを感じさせるものだった。
「……敢えて言えば、アンタがここへ来た事実そのものだ」
 通常なら、敵の質問にいちいち答えたりはしないアウロスだが、
 今はラディ達が逃げる時間を稼がなければならない。
 言葉を選ぶようにゆっくりと、具体的な見解を後回しにしながら、
 ルンストロムへの回答を口にした。
「明日、教皇選挙を控えている立候補者が敵地へ自ら乗り込む……
 そんな事は本人が幾ら希望しようと、周囲の取り巻きが許さない」
「私にはその取り巻きを沈黙させる権力があるのではないでしょうか?」
「例えクビになろうと、身体を張って止める。それくらいはするだろう。
 取り巻きにしてみれば、アンタに万が一の事があれば明日から無職なんだから」
 ルンストロムは三人の立候補者の中で唯一、第二聖地ウェンブリーの魔術士。
 当然、取り巻きもそうだろう。
 そしてルンストロムは先程、第一聖地マラカナンへの強い非難を声高に叫んでいた。
 なら、選挙活動においても同様の主張を繰り返していたのは明らか。
 もしこの選挙で負ければ、ルンストロムは勿論、その取り巻きも
 このマラカナンに、下手をすればデ・ラ・ペーニャに居場所がなくなる。
 仮にそうはならなくとも、出世の道は断たれる。
 そんな綱渡りの立場で、ルンストロムが危険を冒すのを黙って見ていられるとは
 到底考えられない。
 その反対を押し切り、彼がここへ来ている事実こそが、その実力の証。
 つまりは――――力ずくでこの場へ来たという事になる。
 アクシス・ムンディを雇っている背景も、そこにあると見なす事が可能だ。
 他国の護衛団であれば、ルンストロムの行動がどれだけ無謀でも
 止めるような真似はしない。
「ふむ……優れた観察眼を持っていますね。それだけの頭脳を持っているのなら、
 融解魔術を制御する体系の確立も、或いは実現出来るのではないですか?」
「……」
 そのルンストロムの問いは、暗にアウロス達がここへ来た目的を見抜いていると
 示唆する内容だった。
 先程まではこの教会が魔具である事を知らない様子だったが――――
 そんな演技をする理由は全くない。
 なら、予め知っていたのではなく、推理したという事になる。
「そういう事ですか。デウス=レオンレイの自信は君の魔具ではなく、
 君そのものだった。君を引き込めば不測の事態にも対応出来ると踏んでいたのですね」
 納得した様子で呟くルンストロム。
 その言葉は、彼がこの場所へ敢えて乗り込んだ理由を多分に含んでいた。
 現状、考えられる動機は一つしかない。
 選挙において有利な立場にいる、と目されていたルンストロムが、
 わざわざ危険を冒し、選挙前日にデウスのいるエルアグア教会を訪れたのは、
 そのデウスを選挙が出られない状態にする為。
 デウスは強過ぎる。
 間違いなく、この魔術国家においてトップクラスの魔術士だ。
 幾らルンストロムが優れた魔術士であろうと、確実に仕留められるとは
 到底考えられない。
 なら――――彼を仕留めに来たのではなく、選挙での勝利を確実なものにする為に来た、
 と考えるのが妥当だ。
 先程のルンストロムの発言は、融解魔術が本当にデウスの切り札となり得るか、
 その確認をしに来たと見なす事が出来る内容だった。
 何よりルンストロム自身が、以前から融解魔術に着目していた事実もある。
 という事は――――
「選挙前日にデウスが動く、そう踏んでいたのか」
「その通りです、ウェンブリーの若き魔術師よ。あの男は豪快に見えて、実は狡猾。
 選挙に勝利する切り札を、本番寸前まで隠しているに違いないと私は見ていた」
 実際、デウスに対する監視体制は相当に厳重だった。
 アウロスがマルテ・デクステラと戦った日の夜もそうだった。
 今となっては、ゲオルギウスもまたルンストロムの"目"の一つだったとわかる。
 当然、デクステラもその目の一つだ。
 そしてデウスは、その事実を知りながら許容していた。
 デウスの性格上、情報を徹底的に隠匿するより、握られている事を前提とした方が
 何かと仕掛けがしやすいと判断していたと推察出来る。
 どれだけ隠匿に神経を使っても、相手が情報戦で上回っていれば何処からかは漏れる。
 なら最初からオープンにしておいた方が戦略が組み立てやすいという判断だ。
 それはデウスらしい選択であると同時に、デウスがルンストロムを警戒していた裏付けにもなる。
 情報戦では相手が一枚上――――そう睨んでいたのだと。
「君の魔具がデウスの切り札と思っていたが、どうやら違うようです。君がこのマラカナンに
 滞在しているという現状そのものが、デウスの切り札だったのですね」
「……それは過大評価だろう」
「そうかもしれん。が、そうでないかもしれん。いずれにせよ――――」
 ルンストロムの口角がつり上がる。
 いよいよ、その本性が浮き彫りになってきた。
「私の"実験"に役立つ人材なのは間違いないようです」
 発言の刹那――――ルンストロムの目の前にルーンが浮かぶ。
 その右手にも、左手にも魔具は見当たらない。
 編綴した様子は全く視認出来なかった。
 アウロスの、そしてルインの眉尻が同時に上がる。
 既に警戒心は最大だった為、その程度で済んだが――――あり得ない光景だった。
「ルンストロム様、貴方は……」
「君達は下がっていなさい。"死神を狩る者"を相手に、殺さずに捕らえるのは難しいでしょう。
 君達の役割は、『私がウェンブリーに対し強い愛着を抱いている事と、他国との交流を
 盛んに行っている事』を両立している証明。こういった事態への備えまでは求めていません」
 聖輦軍の髭面を制し、ルンストロムが更に笑みの度合いを増す。
 そして同時に、目を大きく見開く。

 ――――その"目"がルーンを綴っていた。

「合格です、アウロス=エルガーデン。飼い慣らしてあげましょう。この魔術国家
 デ・ラ・ペーニャの再建の為に!」

 未だかつて見た事も聞いた事もない、目によるルーリング。
 ルンストロムは、手も足も動かさず、視線のみで魔術を放った。








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