「い、息が出来ませんいきー」
 ルインの放った【安息の螺旋】が、本来の風圧による衝撃ではなく窒息によって
 チトル=ロージを苦しめる中、アウロスはこの戦局において鍵を握る人物を選出していた。
 戦闘力という点で考えると、聖輦軍にはそれほどの使い手はいない。
 特に、普段連携していない集団と組んでの行動は、彼らの共同動作における有利性を
 半ば放棄しているに等しく、その一点だけをとってもルンストロムの失態と見なす事が出来る。
 まして、アクシス・ムンディという護衛団は信頼性、実戦面の双方において
 アウロスの見る限りでは手強いとは言い難い。
 個性的ではあるが、その個性故に攻め手は幾らでもある。
 どうやら魔術に対する対抗策も用意していないらしい。
 アウロスはチトル=ロージが魔術を無効化する鎧をまとっている可能性を考慮し、
 例えそうであっても窒息により卒倒させる事が出来る【安息の螺旋】での攻撃を
 ルインに頼んだ。
 だがどうやら抗魔術用の防具ではないらしく、チトル=ロージは風圧に負け
 後方へコロコロと転がっていった。
 その直後――――銀髪の男、ピート=シュピオーンが二階床、一階天井の穴を
 尋常でない速度で降りてくる。
 不意打ちの専門家らしい、絶妙なタイミングでの登場。
 少なくとも本人はそう思っているだろう。
 だがこの場面においては、姿を晒した時点で失策だ。
「ルイン、銀髪の口に注意」
「ええ」
 一から十までの説明はせず、また聞き返す時間もない状況で、
 二人は最小限のやり取りで情報をやり取りする。
 ピート=シュピオーンの攻撃は既に見ている。
 なら、彼がこれから仕掛けて来る攻撃は当然、予想可能。
 案の定、着地と同時に前回二階建ての宿で見せた吹き矢のような攻撃と
 全く同じ方法で針のような物を放ってきた。
 やはり――――拙い。
 ルインがその攻撃を簡易的な対物理結界で防ぐ中、アウロスは
 アクシス・ムンディという組織の連中が攻撃に余り慣れていないのを悟った。
 護衛協会と名乗るくらいだから、護衛に特化した集団であり、今のように
 敵を追い詰めて仕留めるような仕事には縁がないのだろう――――
 アウロスがそう断定してしまう程、段取りが悪い。
 それは前回対戦時、ルインの助力があったとはいえ、あの絶対的不利な状況で
 逃げ果せる事が出来た時点でわかっていた事だ。

 なら、そんな連中に魔具の強奪を指示するルンストロムが無能なのか?
 敵の中枢が無能なら、切り抜ける事が出来るか?
 この危機を脱して、目的に近付く事が出来――――


『本日付けで、君を解雇する』


 不意に、その声は聞こえてきた。
 一度耳にした事があるその声と言葉は、アウロスにとって最悪の宣告であり、
 最高の教訓だった。

 事前に幾らでも予測出来た筈だ。
 成功を目の前に油断していた。
 未来を照らす光に目が眩んでいた。
 自分が凡人である事を忘れていた。

 甘い希望を疑え。
 輝かしき現実を疑え。
 都合の良い仮定を疑え。


 ――――全ての結論を疑え。


 それが研究者だ。
 

 焦りもあり、思わず安易に結論を出してしまいそうなところだったが、
 アウロスは冷静にそして用心深くその安易さを否定し、戦闘中でありながらも
 現状についての考察を進めた。
 ルンストロムが有能か無能かを推し量る上で重要な手がかりとなるのは、
 彼がここへ来た"当初の"目的だ。
 今はアウロスの魔具を奪おうとしているが、元々アウロスがこの時間に
 ここへ来る事を予測するのは不可能だった筈。
 幾らテュルフィングが付いていて、情報戦では相当な有利性を持っているとはいえ、
 それでも無理だっただろう。
 何故なら、ルンストロムはこのエルアグア教会が魔具そのものであるという
 事実を知らない素振りを見せていたからだ。
 なら、アウロスが今日ここへ来るのを事前に知る理由がない。
 つまり――――ここへ来た目的は、アウロスではなく、デウスだ。
 加えて、デクステラが同行していた事実から、ここでデウスを始末するか、
 選挙に出られないようにするつもりでいたのは間違いない。
 その上で、融解魔術に関する実行力のある何かを得ようとしていた。
 すなわち、魔具だ。
 ルンストロムは、デウスが融解魔術に使える魔具を所持している――――
 そしてそれが、デウスにとっての選挙の切り札であると睨んでいた可能性が高い。
 デクステラがもたらした情報だったのか、ルンストロムの読みだったのか、
 それは最早どっちでもいい。
 重要なのは、その後の行動だ。
 アウロスが来ている事を予測出来ないなら、当然マルテやフレアが
 ここにいる可能性を考慮していた筈がない、
 となると、元々はどういった方法でデウスを倒すつもりだったのか。
 普通に考えれば、グランド=ノヴァが強く前面に出た状態のゲオルギウスに
 戦わせるつもりだったと解釈出来るが、もしそうなら間違いなくルンストロムは無能だ。
 幾ら通常時より強くなっていようと、ゲオルギウスではデウスには勝てない。
 その確信があるからこそ、デウスはゲオルギウスを泳がせていた。
 それほど大きな差が両者にはある。
 対デウスの切り札となり得る人材ではない。

 なら――――やはりルンストロムの判断が甘いだけの事だったのか?

「……ルイン」
 アウロスは自分の中で出した"結論"を、ルインに告げた。
 それに対するルインの反応は、これまで従順にアウロスの意見を聞いていた
 彼女とは別人のように、露骨に顔をしかめていた。
「それは……間違いないの?」
「ああ。ここに至るまでの全体像を勘案したら、そうなった」
 実のところ――――そう断定するだけの材料を、アウロスは持っていなかった。
 けれども、この戦闘の最中、確信を得る事は不可能。
 なら、例え不確定要素ではあっても、揺るがない自分を見せなければルインが不安がる。
 その不安は、彼女の命を危険に晒す。
 そう判断し、アウロスは"賭け"に出た。
 正解なら問題なし。
 間違っていたら、その時は――――死を免れないだろう。
「今からそれを利用する」
 しかしそんな危険な賭けである事をおくびにも出さず、アウロスは攻撃を防がれ
 狼狽えるピート=シュピオーン、更にはその後ろにいる聖輦軍の髭面を完全に無視し、
 高らかに叫んだ。
「ルンストロム首座大司教! 下らない"余興"は止めて、姿を見せろ!」
 普段のアウロスが決して出す事のない大声に、ルインの顔が引き締まる。
「……本気なのね」
 そして、小さくそう漏らした。
 その言葉のニュアンスに思うところはあったが、アウロスは敢えて反応はせず、
 ルンストロムへの訴えを続ける。
 その続きこそが――――賭けの中心となる内容だった。
「もうお前がこの場で一番強い事はわかってる! 遊ぶのは止めて、出てこい!」
 その訴えにルンストロムが反応するかどうか――――それも賭けの一部だった。
 だが、これは分の良い賭けでもあった。
 案の定――――
「……ほう。それを見抜きますか。若きウェンブリーの魔術士よ」
 その声は、ルンストロムのものではあったが、今までと全く違う落ち着きを帯びていた。









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