自身の発明したオートルーリングが、不完全とはいえ融解魔術の発動を可能にした。
 その融解魔術が、ルインを消滅させようとしている。
 絶対にあってはならない。
 なんとしても阻止しなければならない――――
 その責任を想いを何より強く感じていても、願っていても、アウロスの身体が
 ゲオルギウスより速く動く事はなかった。
 死ぬ気になれば何でも出来る。
 想いの強さが奇跡を起こす。
 そのような空疎な現実は存在しないし、アウロス自身も人生の中で幾度となく
 実感してきたことだ。
 そしてもう一つ。
 このような場合にだけ神に頼ろうとしても無意味。
 無神論者で普段は斜に構えている人間がこの時だけは神に祈り、それが好結果を生む――――
 等というムシのいい話が美徳となるほど、この世の中は甘くない。
 あるのは行動、そしてそれに伴う結果のみ。
 その事を重々承知しているアウロスは、自分がすべき事をわかっていた。
 今この状況になる、遥かに前から。
「ルイン、止めろ。結界は必要ない」
 そう告げたアウロスの声は、先程の切羽詰まったものとは違っていた。
「結界はもう出力されてる」
「……何ですって?」
「されてるんだ。この教会の内部ほぼ全域に――――」
 そのアウロスの言葉が終わるのを待たず、ゲオルギウスは右手の光を放つ。
 その一瞬、確かに光は弾けた。
 放出される筈の光が、あっさりと霧散した。
「……何が起きている」
 融解魔術の無効化。
 そのような技術がある筈もなく、ルンストロムの眉間に不快感が刻まれる。
「何が起きているのです!」
 明らかに、その咆哮はこの場にいる者にではなく、周囲にいるであろう
 自身の護衛へ放ったものだった。
「い、異常は何もありません! これといった変化も特に……」
「ない筈がないのです! よく観察しなさい! 確実に今、魔術が発動したのですよ!
 融解魔術でない、別の魔術が!」
 それは――――ルインも感じていた。
 アウロスの言うように、結界が出力された感覚があった。
 だからこそ、自分のルーリングを取り消した。
「えっと、どゆ事? なんとなく、ロス君がしたり顔してるみたいに見えるけど」
「……それは幻覚だ」
「そうかなー? そろそろ付き合い長いし、なんか頬が若干緩んでるというか、顔の筋肉が
 全体的に『してやったり!』って感じでヘラヘラしてる気が」
「ええ、確かにそう見える。特に口元の筋肉に弛緩が見られるから、間違いなさそうね」
 半分皮肉、半分本気――――という面持ちで同時に肩を竦めるラディとルインに、
 アウロスは『どれだけ観察してるんだ』と思わず口にしそうになったが、どう考えても
 嫌な流れを作るだけの迂愚の一言にしかならないと悟り、生唾ごと呑み込んだ。
「……で、この状況はどういう訳?」
 半眼で問うルインに、アウロスは視線で答えた。
 まずは――――グルリと部屋を一周。
 ただし、この部屋がどうこうという訳ではない。
「この教会そのものが魔具というのは真実だった。だからそれを利用した」
「利用……って、ここを使って何かの魔術を出した、って事?」
「お前は偶に察しがいいよな、ラディ。普段から集中してればもう少し頭が良く見えるのに」
 疲労が若干限界を超えたアウロスの口は普段より微妙に悪くなっていた。
「あ、あのね――――」
「この教会が魔具……だと?」
 憤怒を口にしようとしたラディが、それ以上の剣幕で睨み付けてくるルンストロムに
 よって遮られた。
 ただ、それでも見苦しい態度には至っていない。
 怒りを露わにしながらも、一方で心を落ち着かせ、情報を得ようとしている。
 ある種の演技であり、擬態。
 その点一つをとっても、アウロス達がウェンブリーで戦ったクラスラード兄弟とは格が違う。
 教皇候補になるだけの事はある――――とひっそり感心しながらも、アウロスは 
 説明する理由があるか否かの検討を始めた。
 結果――――
「首座大司教とはいえ、ウェンブリーの魔術士にマラカナンの教会の秘密が語られる機会は
 なかっただろう。お前が知らないのは恥じゃないし、気にする事もない」
 特になし。
 その結論をそのままフェイントに使った。
「き、貴――――!」
 質問に答える体で、その右手ではごく自然な所作でのルーリング。
 実は、この何気ない行動は中々高度なものだった。
 アウロスは常日頃、自分という魔術士の程度の低さを実感していた。
 魔力量が圧倒的に低い。
 体力が絶望的にない。
 運動能力も低く、向上も望めない。
 そんな魔術士が、歴史に名を刻むまで生き残るには、相応の処世術が必要になる。
 そしてその中には、戦闘技術も大きな割合で含まれる。
 殺されてはならない。
 殺そうとする魔術士が一流の腕を持っていたとしても、殺されてはならない。
 まともに戦っても勝てない相手に殺されない為には、どうするべきか。
 答えは一つ――――先手必勝。
 初動で戦闘を制すれば、魔力量は関係ない。
 オートルーリングがまだ世に出回る前なら、それが出来る。
 そして、もう一つ。
 例えオートルーリングを敵も使ってきたとしても、先手を奪える方法。
 それが――――
「……っ!」
 戦闘と戦闘の隙間、相手が気を抜く一瞬を狙う。
 しかも、ルーリングを始めるという雰囲気が一切ない中で、それを始める。
 例えば、全く違う行動をしている時。
 会話の最中。
 ごく日常的な行動の中で、自然とルーリングに入る事が出来れば、簡単に不意を突ける。
 それは、戦場という常に緊張感漂う――――と思われている所でも有効だった。
 アウロス自身、戦場を経験し理解していたからこその確信だった。
 大人とは割と単純な生き物で、先入観に大部分を支配されている。
 攻撃魔術は、戦闘中、戦闘態勢で敵意を示し、緊迫した面持ちや相手を嘲笑う顔で綴り、放つ。
 その流れがあって、初めて『攻撃される』と理解する。
 そこに盲点があった。
「な……!」
 説明中、アウロスの綴ったルーンは二文字。
 その二文字がオートルーリング専用魔具によって自動編綴され、生み出された
 青魔術【氷塊】が、ゲオルギウスの顎を直撃。
 崩れゆく融解魔術の使い手を、ルンストロムは驚愕の表情で呆然と眺めていた。
「この教会は、融解魔術を使用する為に作られた魔具そのものだそうだ。魔具を教会に
 見立てた、という事らしい。なら当然、手動のルーリングで魔術が使える。魔具なんだからな」
「ま、待ちなさい! 言動が一致していないではないですか!」
 説明しながら、アウロスは更に魔術を綴る。
 その様子にルンストロムは反撃の体制を整えようとするが、明らかに遅かった。
 それが彼の自力なのか、アウロスの言動不一致に対する違和感が遅らせているのか――――
「成程。『魔具内魔術無効の理論』か」
「……!」
 最早、どうでもよくなっていた。
「貴方は……」
 ルインすらも接近を察知出来なかった、新たな入室者の出現によって。









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