フレア=カーディナリスは生まれながらに役割を持っていた。
 
 枢軸殺し。

 敵の重要人物、主に首領に該当する人物の暗殺に特化したその役割は、
 一見花形とも思える仕事のようだが、実のところ最悪の汚れ役だ。
 理由は単純。
 まず、成功しない。
 首領格の人物がその集団において最高の守りを擁している事に加え、
 何より『殺されてはならない』と集団全体が共通認識を抱いている。
 頭をとられたら負け。
 集団戦闘におけるその概念は、太古の頃より変わりない。
 だからこそ、枢軸殺しに価値がある。
 成功すれば見返りは大きい。
 圧倒的に大きい。
 しかし、現実問題として成功する確率は極めて低い。
 もし成功するならば、その場合の敵の集団は無能という事になる。
 無能な敵なら、敢えて頭を狙わずとも正攻法で勝利出来る。
 要するに――――偶々相手の護衛体制に不備があった、偶々首領格が
 気まぐれにも一人でフラッと外出した、などのような幸運に恵まれた場合にのみ
 成就する事が可能な、半分運任せな役割。
 中にはそれをこう呼ぶ者もいた。

 一攫千金暗殺。

 無論、ただの揶揄でありそれ以上の意味は何もない。
 当たれば大きい。
 だが当たらない。
 それだけの事だ。
 成功したところで特別報酬がある訳でもないし、出世する訳でもない。
 一攫千金の本来の意味とはかけ離れている。
 それでも――――フレアの役割は動かない。
 彼女はその為に生かされていたからだ。
 成功は運次第。
 その運を少しでも上げる為、それだけの為に彼女は幼少の身で酷使され続けた。

 理由はある。

 彼女でなければならなかった理由は、ある。
 人身売買によって枢軸殺しとなった訳ではない。
 枢軸殺しとしての素養が彼女にはあった。
 否。
 素養を人為的に植え付けられていた。
 
『融解魔術は単に敵を溶かす、無力化するだけの魔術ではない。多種多様、多角的な
 応用によって、無限の恩恵と貢献を貴国へともたらす』

 覚える筈のない声。
 思い出す筈のない言葉。
 だがフレアは、頻繁にその何者かの発言を頭の中で再生していた。
 自覚はない。
 ないが――――それが幼少期、5歳以前の記憶である事は想像に難くなかった。

『この娘の中に溶け込んだ"我が国の偉大なる魔術士"がそれを証明する筈です。
 残念ながら、来年始まるであろう戦争では無理でしょう。だがおよそ10年後……
 確実にこの娘の手によって融解魔術の有用性は実証される。その時、ようやく
 私と貴国は手を取り合う事が出来る』

 言葉の最後は決まって、このような内容だったからだ。
 戦争とは、あのガーナッツ戦争を指す可能性大。
 フレアが6歳の頃に起こった戦争だ。

 その戦争では無理だった。
 確かに、無理だった。
 フレアは枢機卿ロベリア=カーディナリスの暗殺に失敗した。
 だが彼女は、結果的にロベリアの娘となり、彼の元に身を寄せる事となった。
 つまり、魔術国家デ・ラ・ペーニャ第一聖地マラカナンにて生活する事となった。

 既に、枢軸殺しとしての彼女は完成していた。
 枢軸殺しが最も必要とする能力は、その役割を伏せる技術。
 フレアは生まれながらに、その技術を会得していた。
 させられていた。
 彼女は何も知らない。
 自分がロベリアを抹殺しようとしていたその命令すらも、単なる起点でしかない事実など
 知る由もない。
 故にフレアは何一つ不自然さを見せる事なく、ロベリアの傍で成長した。
 どうすれば父の力になれるかを第一に考える不器用な娘として、成長を続けた。
 苦悩や葛藤は山積し、時に雪崩のように決壊する事もあったが、概ねそれは健全な少女の人生の一部。
 けれどそれは、全てが助走。
 枢軸殺しとしての役割を全うする為の助走であり序章。
 フレアはただ、不幸な星の下に生まれ非凡な人生を歩んだ哀れな少女として、
 その悲痛な幼少期の体験から少しずつ這い上がっていく不器用で健気な娘としての――――
 幻想の人生を歩んでいた。
 9年。
 決して短くないその序章は、ある人物との出会いをもって幕を閉じる。

『どうやら、頭の方は鈍ってはいないようだな。デウス=レオンレイ』

 父となった男が、その人物の名を呼ぶ。
 それが封印解除の鍵――――という訳ではなかったが、フレアの意識に異変が生じたのは確かだった。
 無理もない。
 枢軸殺しの真の標的の名だったのだから。
 フレアはその事を知らないが、フレアの中に溶け込んでいた者は知っている。
 より正確には、その溶け込んだ者に対し『デウス=レオンレイ』の名を記憶させた者がいる。
 そして、その人物の目的とフレアの役割は一部、一致していた。
 当然だ。
 その人物こそが、フレアを枢軸殺しに抜擢したのだから。
 斯くして、フレアは自身の役割を思い出した。
 彼女の中に溶け込み、完全に人格の一部として定着した――――グランド=ノヴァの記憶によって。

 デウス=レオンレイを始末する事。

 フレアの人生は、彼女の意思とは無関係に動き始める。
 まずは敵を知る事から出発した。
 情けをかけられた事で、自分が仲間に疑われている――――という口実でデウスの部下に接触。
 敗戦の後、デウスと対話する機会を設ける。

『私をお前の下に置いて欲しい』

 そう言えば、デウスが断る筈がないと知っていた。
 無論、ロベリアと共に9年生きたフレアではなく、デウスを始末する為だけに育てられた方のフレアが。
 目論見通り、フレアはデウスの傍で生活を送るようになる。
 そして、直ぐに突破口を発見した。
 それはデウスにとって致命的な弱点だった。
 決してデウスは表面に出さなかったが、フレアに対してそれは無意味だった。
 何故なら、その致命的弱点もまた――――巡り会うべくして巡り会う、
 入念に準備された存在だったからだ。

『だ、大丈夫なの……? なんかずっとこっち睨んでるけど』

 最初は怯えていたその子も、直ぐに親近感を覚えたらしく、
 打ち解けるのにそれほど時間はかからなかった。
 これもまた必然。
 同じ人格を溶け込ませた、いわば"同一性"の中にあるのだから。

 マルテ――――レオンレイ。
 彼もまた、フレア同様にグランド=ノヴァの一部を体内に取り込んだ、運命の一片だった。









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