『……坊主、魔術士を目指してるのか。良い魔具を持ってるじゃないか』

 石のように無骨な言葉。
 その石によって生まれた波は、遙か彼方へと力を伝播し――――そして、今日へと辿り着いた。
 ゆらゆらと。
 ゆらゆらと。
 様々な外力によって揺れながらも、ここへ辿り着いた。
「……なのに俺は、守れなかった」
 マルテの母の命を奪い、マルテの左腕を奪った――――ガーナッツ戦争。
 或いは、その戦争を仕掛けたタイミングの理由の中に、デウスが第一聖地を離れているという
 情報が含まれていたのかもしれない。
 本丸に最強の魔術士がいない時期を狙って。
 だとすれば、十日足らずでデ・ラ・ペーニャが敗れたのは必然だった。
 全てにおいて、魔術国家は遅れを取っていた。
「聖地格差、という言葉を知ってるか?」
「聞いた事はない。でも意味するところは容易に想像出来る」
 アウロスはそう答えながら、デウスの意図を探った。
 聖地格差――――言うまでもなく、第一聖地マラカナンとそれ以外の第二聖地〜第六聖地
 における格差だ。
 マラカナンは、他の聖地とは格が違う。
 それは第二聖地であるウェンブリーも例外ではない。
 そういった風潮が、一部の魔術士の間には存在する。
 厄介なのは、それが国家を束ねる身分の魔術士に集中している点。
 マラカナンの要職に就く魔術士である点だ。
 要するに、選民意識による自己防衛に過ぎないのだが、実のところ、それが国を巣くう
 病魔となる事も多い。
 このデ・ラ・ペーニャはその典型例になってしまっている。
「結局は、老害共を一掃しなきゃ、この国は再生できねぇところまで来ちまってるんだ。
 老人だから悪いって訳じゃねぇんだが……」
「そういう連中に対抗するには、マラカナン以外の聖地との連携が必須だった、って訳か」
 アウロスの言葉を肩を竦める事で肯定したデウスは、目の前にそびえる
 石造りの扉の上部を見上げながら、何故か眩しそうに顔をしかめた。
「そういう理想を追いかけた挙げ句、大切な家族を失った事すら知らず、偉そうに
 講釈を垂れていたって訳だ。俺がこの国を救う、ってな」
「……」
 自身へ向ける皮肉が、圧倒的に似合わない。
 常に野心家としての顔をアウロスへ向けていたデウスだったが、今はもう
 その必要はないと判断しているのか。
 或いは――――違う理由があるのか。
「……実のところ、あの子とどう接して良いのかがわからない」
 そんな弱音が、口を衝いて出る。
 あの子――――デウスはマルテをそう呼んだ。
 驚く訳にもいかず、アウロスはただ黙って話を聞いていた。
「母を見殺しにした父だ。恨んでいるのはわかってる。俺が近い所にいれば
 あの子のひ弱な心が壊れちまうかもしれない。だから、なるべく主題から離れた
 ところで、お互いなるべく向き合わない距離で、会話を試みてみた……が、ダメだな。
 あの子が何を思っているのか、俺をどう思っているのか、まるでわからない」
「人心掌握術に長けてるように見えたが」
「他人と我が子では全く違う。そういうものだ」
「そういうものなのか」
 親も子もいないアウロスには、それがわからない。
 決して、皮肉を言っている訳ではなかった。
「一応、俺なりにあの子に近付こうとしてはいた。四方教会もその方策の中の一つだ」
「四方教会が?」
「……親に不幸な目に遭わされた子供、不遇な環境に身を置く子供。
 そういう奴らを引き取り、観察してみた。そうすれば、自ずとあの子との接点も
 見出せるのではないか……とな」
 それは――――意外であり厄介な述懐だった。
 果たしてどう評すればいいのか、判断に迷う。
 四方教会の部下である彼らを純粋な同情や庇護欲で保護した訳ではない。
 最悪な言い方をすれば、マルテとの接し方を学ぶ為の実験材料。
 しかし思惑はどうあれ、四方教会の面々は明らかにデウスに救われ、今も慕い続けている。
 マルテの為だったと言われても、意にも介さないだろう。
「だが、それでもわからなかった。わからない以上は、せめて傷付けまいと
 他人に限りなく近い距離をとった。その上で、あの子を助けようと決め、融解魔術を
 発動、制御出来る方法を模索し続けた。それが俺に出来る、せめてもの贖罪だ」
「……」
 デウスは単に、マルテの中のグランド=ノヴァを切り離す事だけを考えていた訳ではない。
 王としてこの国を良い方向に導き、そして息子であるマルテに継がせる――――
 そこまで考えていた。
 負い目もあるのだろう。
 親としての愛情もあるのだろう。
 だが、肝心の"言葉"がそこにはない。
 マルテとの、親子としての会話がそこにはない。
 もし、ウェンブリー魔術学院大学に所属したばかりのアウロスだったら、デウスの葛藤や苦悩を
 頭では理解出来ても、納得は出来なかっただろう。
 今は――――違う。
「……俺は、二組の親子を見てきた。どっちも問題を抱えていた。どっちの子供も、
 偉い親に対し劣等感にも似た感情を持っていた」
 ルインと、フレア。
 二人は境遇こそ異なれ、どちらも親への想いを真っ直ぐに表現出来ない不器用な子供だった。
 改善方法は、たった一つ。
 僅かばかりの時間、本心をさらけ出す――――それだけだ。
「お前は多分、マルテが殊の外自分を恨んでいる様子がなくて、戸惑ってるんだろ」
「否定は出来んな。あの子からは俺を憎む素振りが見られない」
「恨んでないんだろ。ハッキリ言えば、恨むほどの価値をお前に見出していない」
「……それは手厳しいな」
「でも、恐らく事実だ」
 親と子。
 その関係は常に貴く、常に濃密で、常に温かく、常に強く結ばれている。
 ――――そんな綺麗事では表現出来ない親子関係も、実のところ多々存在している。
 幼少期に家に殆どいない親を愛せるほど、子供は器用ではないのだから。
「ただ、希薄ではあっても、気になる存在なのは間違いない。まずはそこから
 認めて行くべきなんじゃないのか」
「……そうか。俺はあの子の反応に自分の中の『親に見殺しにされた子供』を押しつけていたのか」
 ずっと恨まれていると思っていたからこそ、生まれた誤解。
 それはある種の予防線でもあった。
 負荷に対する心構えは、戦場に身を置く人間が自然と身につけてしまうもの。
 デウスは自分の顔を嘆き、眉間に皺を寄せたまま笑った。
「まさか、お前に親と子のあり方について教えて貰うとはな」
「教えたのはルインやフレアだ。俺には親に対する自分の考えは全くない」
「そうか」
 暫く笑うデウスを、アウロスは瞼を四割ほど落とした目で、暫くの間眺めていた。
 そして――――
「この教会が魔具だとして、これをオートルーリング専用にするにはどれくらいかかる?」
 本題へと入るきっかけは、笑いを止めたデウスのその言葉だった。








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