チャーチを介したグオギギ=イェデンからもたらされた情報は、
 必ずしも有用とは言い難い内容だった。
 オートルーリング抜きに融解魔術を発動させる方法は、ある。
 だがそれは術者をも融解してしまう、不完全な方法。
 これでデウスが納得するかというと、難しいといわざるを得ない。
 もし、納得しなければ、彼は選挙に打って出るだろう。
 そうなれば、フレアの父ロベリアが勝てる見込みは薄い。
 ただでさえ不利と噂される中、マラカナン票を食い合う形になれば
 更にルンストロムが有利になるのは自明の理。
 もし、ルンストロムがそこまで事情を把握しており、その為に
 選挙を早める方策を講じたのならば、その政治家としての手腕は刮目に
 値するだろう。
 尤も、正否を判断する術を持たないアウロスは、その件について
 深く思索しないようにした。
 一方、グオギギの話を他の面々にも話すかどうか――――それについては、
 大半を話さない方向で既に結論が出ていた。
 融解魔術が他国から狙われている。
 つまり、融解魔術にこれ以上関与すれば、他国の刺客に狙われかねない。
 具体的にいえば――――テュルフィングに狙われかねない。
 あの神出鬼没でいつ何処で見張っているか知れたものではない連中を
 相手にする場合、情報は極力外部に出すべきではないと、アウロスもまた
 身をもって知っている。
 無駄に危険を増やす必要は何処にもない。
「……なら、どうするの?」
 そんなアウロスの結論を確認した後、ルインは隣で難しい顔をしたアウロスに
 同じく難しい顔で問いかける。
 ソファの上で安らかに寝息を立てているグオギギの傍で神杖ケリュケイオンを
 抱くようにして座っているチャーチもまた、複雑な表情で天井を見上げていた。
「もう今更隠しても仕方ないから言うけど、ボクは融解魔術の流出を止めたかったんだ」
 それが――――チャーチがこの地へと訪れた、本当の理由。
 幾つもの隠れ蓑を剥いだ中にある、湿っぽい真実だった。
「予め知ってたのか」
「エルアグア教会が魔具、ってのは初耳だけど。それ以外の事は一応。
 知ってると思うけど、ボクの情報源はデウス=レオンレイ。そしてそのデウスの
 情報源の一つがテュルフィングだったから」
 つまり彼女は、まだ十代半ばにして、この国のかなり深い暗部に片足を踏み入れていた。
 普通の才能では、決してそこまで辿り着けないだろう。
 普通の度胸では、決してそこまで踏み込めないだろう。
 グオギギが危惧するのも無理はない。
 天才故の危うさが、チャーチにはあった。
「でも、結局何にも出来ず仕舞い。ルンストロムのクソジジイは尻尾出さないし、
 デウスのクソオヤジはのらりくらり核心を躱してくるし……大人ってさ、嫌な人たちだよね」
「貴方はとてつもなく嫌な子供だと思うのだけれど」 
「うぐっ……そういう事、親しくない子供に言うかな」
「私は親しかろうが親しくなかろうが、大人だろうが子供だろうが、生意気な口を利く
 さも世の中を俯瞰して見ているかのように振舞う手合いには、常にこのように
 接しているのだけれど」
「……」
 アウロスは敢えて沈黙を貫いた。
 寒風に火を灯せはしないのだから。
「で、貴女は結局何を言おうとしたのかしら?」
「だから、要するに……」
「オートルーリングを悪用させたくなければ、融解魔術を守れ。って事だ」
 嘆息交じりに、アウロスはチャーチの意図を汲んで代弁した。
 グオギギは『これ以上立ち入るな』と警告をした。
 だがチャーチはグオギギのかつての活動、すなわち『魔術情報の国外への流出の阻止』の
 志を継ごうとしており、今もその想いは消えていない。
 だからこそ、こうして真実をアウロス達に開示した。
 彼女の目的に、もう底はない。
 そう判断するには十分な内容だ。
「このまま事が進んで、ルンストロムが教皇になれば……融解魔術は間違いなく何処かの国に
 流れるだろう。他国への脅威、抑止力、或いは他分野の発展への寄与。それがもし、
 戦勝国のエチェベリアだったとしたら、最悪デ・ラ・ペーニャはエチェベリアの従属国にされる
 恐れもある。そして、海外でも融解魔術を使用可能にするオートルーリングは当然――――」
 ――――当然、魔術国家史上最悪の発明品、と言われるだろう。
 あの牢獄の中で、少年が思いついた技術が、この上ない形で汚される。
 アウロスに容認出来る筈がない。
 ただ、ルンストロムが勝つとも限らない。
 デウスが選挙への不参加を取り下げたとしても、そのデウスが勝つかもしれないし、
 ロベリアが勝つかもしれない。
 選挙である以上、立候補者全員に勝者となる権利はある。
 それは決して、建前上の話ではない。
 だが、その権利は平等ではない。
 そしてその権利を動かす事が出来るのは、国をも動かす事が出来る権力者のみ。
 アウロスは勿論、例えルインの母ミルナであっても不可能だ。
「……運を天に任せるしかないの?」
 ポツリと、ルインが呟く。
 彼女らしくない、弱気が垣間見える発言だった。
 同時に、彼女の本質でもあった。
 そんなルインの素顔を垣間見たアウロスは――――
「生憎、天に任せられるほどの徳はない」
 いつも通り。
 何の気負いも何の狼狽もなく、普段と変わらない声でそう断言する。
「なら、どうするつもり? 選挙は明日よ。今からルンストロムを襲いに出かける?」
「それも一つの方策だろうけど、仮に成功すれば一級の政治犯罪。稀代の大犯罪者だな。
 歴史に名を刻むって意味じゃ、あながち遠くもないが」
 当然、そんな刻み方をする為にここまで来た訳ではない。
 常に前を向いてきた。
 視界を限定する不利益も無視して、駆け抜けてきた。
 ならば最後まで貫き通すしかない。
 保身や妥協などに目を向けている余裕はない。
「さっきの話、融解魔術が他国から狙われている事実だけは伏せておく。それ以外は全部、
 他の連中にも話す」
「話して……どうするの?」
 チャーチが声で問い、ルインも目で問う。
「これからする事を手伝って貰う。今日は徹夜になるが、研究にはよくある事だと
 納得して貰うしかない」
 アウロスは前を向いていた。
 だがそれは決して、大学在籍時と同じ視界ではなかった。
 世界は広い。
 だが、何処までも狭く出来る。
 極限まで縮めた世界に、それでも答えは――――ある。
 アウロスはそれを、このマラカナンで学んだ。
 だから、思い当たった。
「エルアグア教会の魔具を、オートルーリング専用に"造り替える"。十分に可能なはずだ」 
 全ての研究は、全ての道のりは、繋がっていると。








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