魔具――――人間に内在する魔力を一所に集約させ、魔術へと変換する為に
 必要な道具の総称であり、魔術士にとっては永遠の相棒。
 その形状は現在において指輪型が大半を占めるが、古代より使用されてきた杖型、
 今後需要が伸びそうなカード型やペン型、やや変わり種として
 槌などの武器型……と、時代によって様々な物が作られてきた。
 共通しているのは、人間が楽に携帯出来る大きさという点。
 それは一見、当たり前のように思える事だが、実際にはそうとは限らない。
 動けない魔術士に何の価値もない――――と言い切れるものではないからだ。
 例えば、門番。
 城を守るように仰せつかった魔術士に、移動力、機動力が果たして
 どれほど必要か。
 それよりもっと必要な能力は多々あるのではないか。
 もし、世界最高峰の制約系魔術――――主に結界を発動出来るのなら、
 例え動けない魔術士でも、城の守りとしては大いに役立つ。
 攻撃面でも、一撃で遥か前方に陣取る敵の一団を壊滅させる事が
 可能なら、動けずとも十分戦力になる。
 つまり、それだけの強力な魔術を使用出来る魔術士、そしてその魔術を
 使用するのに必要不可欠な魔具、という条件付きならば、巨大な魔具にも
 自ずと存在価値が生じる。
 魔具を構成する主な物質は、魔力を集注する性質を持つ魔石、
 魔石を補強する金属、ルーリングの際に必要な上澄光を発生させる繊維。
 現在の主流である指輪型の魔具は、そのいずれもが少量だ。
 それでも、普通に魔術を使用する分には何ら問題はない。
 魔術の威力や効果範囲はルーンの数に比例するものであり、
 魔具の大きさには比例しないからだ。
 だが――――大きさと比例する要素があるにはある。
 効果の継続時間だ。
 放出された魔術は、その継続時間が過ぎれば自然消滅する。
 なので、赤魔術で炎を放出し、それで焚木をしても、長くは持たない。
 一方、木が燃え炭になった事実はそのまま残るが、炎は残らない。
 青魔術の氷による凍傷でも同じだ。
 要するに、相手にダメージを与える事が出来れば、その時点で魔術が
 消えても何ら問題はない為、攻撃魔術の継続時間は殆ど重要視されていない。
 魔具の小型化が進んでいる理由の一つだ。
 そしてもう一つ、魔術の継続時間が軽視される理由としては、制約系魔術の
 継続時間が関係している。
 例えば、封印。
 特定の空間を封印し、鍵代わりにする魔術だ。
 これは効果が継続されなければ意味がない。
 だが、現実には制約系魔術の効果は永続的。
 というのも、制約系魔術は効果の保持が絶対条件であり、それを前提に
 開発された魔術だからだ。
 攻撃魔術とは違い、エネルギーの移動がない為、効果を保存するのは難しくない。
 よって、制約系魔術に関しては最初から魔具の大きさは無関係。
 小型化は当然の流れだった。
 つまり、大型の魔具が必要とされるのは、長大な効果時間を必要とする攻撃魔術。
 例えば、氷で相手を封じ込め、その状態を長時間維持する――――といった類のものだ。
 アウロスが使う魔術の中では【細氷と氷海のクレピネット包み】が該当する。
 ただこれに関しても、永続的な効果は必要なく、数分間持続すれば十分に『使える魔術』となる。
 何時間、何十時間、或いはそれ以上の効果など意味がない。
 氷で拘束した後、ロープなど別の方法で拘束すればいいだけなのだから。
 要するに――――効果時間の長い攻撃魔術は、特に需要がない。
 大型の魔具も必然的に無用の産物となった。
 だが、中には例外的に、その魔具を必要とする攻撃魔術が存在した。
 発動させるだけなら、効果時間は関係ない。
 しかしその魔術は、ただ発動させるだけではなく、発動した後にも効果が保存されなければ
 その価値が大きく低下してしまう。
 それ故に、その攻撃魔術と同時に研究されていた専用の魔具は、巨大である事を必要とした。
 それが発想のきっかけとなり、やがて『魔術と魔具の一体化』によるルーリング制御の安定、
 術者の疲労の軽減といった問題も解決できる一つの魔具を生み出す事に成功した――――
「グランド=ノヴァが優秀な研究者だった事は、認めざるを得まい。稀有な才能を持ち、そして
 その才能を魔術開発に発揮したところまではな」

 ――――そこは、魔具だった。
 
 タナトス=ネクロニアが足を運んだその場所は、『エルアグア教会』という名の魔具。
 魔具を建物として建築した例は他にない。
 だからこそ、この教会は貴重な文化遺産であり、他国からの侵略を阻止しなければならなかった。
 邪術を発動させる為の魔具なのだから。
「……だが、遺憾な事にグランド=ノヴァはかの侵略国家エッフェンベルグと組もうとした。
 恐らくはそれ以上の出世が不可能だと悟っての犯行であろう。実に嘆かわしい話だ」
 エルアグア教会の司祭室で、タナトスは一切の同情を排除した瞳で切々と語る。
 その隣には――――
「俺が聞いた話とは随分と違うな。グランド=ノヴァはこの国の為に融解魔術を発明したと
 クリオネ=ミラーは言ってたぜ」
 現在のこのエルアグア教会の責任者、デウス。
 明日、教皇選挙を行う通達が来て半日後、その選挙管理委員会の長がやって来た事に、
 動揺はせずとも怪訝には思っており、表情は険しいままだった。
「当然、表向きはそのような理由だ。でなければ、誰が研究に手を貸すものか。
 ここに眠る融解魔術は、あの男が出世の切り札として、そして他国との密約の為に
 研究し、そして無様に敗れた成れの果てなのだよ」
「研究はまだ続いてるんじゃなかったのか?」
「観測は続いている。テュルフィングによって」
 苦々しく、そして皮肉げにタナトスは吐き捨てた。
「愚かな老人だ。この国を自分の物にしたいが為に、人間である事を放棄してまで
 己の研究に賭けたか。研究者は研究対象を最後まで観測してこそ研究者。それを他者に
 預けた時点で、研究者失格だ」
「委員長殿は研究畑の出身か。道理でルンストロムを推す訳だ」
「ほう……気付いていたか」
 薄ら笑いを浮かべているかのような声色で、タナトスは振り向いた。
 視線の先には、ずっと自分の背中を睨んでいたデウスの姿がある。
「ならば話は早い。明日の選挙、ルンストロムが勝つ。それがこの国にとって最善だったからだ」
「とてもそうは思えないな。少なくとも、ルンストロム自身はそう簡単に事が運ぶと思ってないぜ」
「……刺客でも差し向けられたか?」
「中々活きの良い、な。生け捕りに出来ない程度には」
 デウスもまた、笑わない。
 笑えるような要素がなのだから、仕方がない。
「ルンストロムがテュルフィングを後ろ盾としている可能性を問いに来た。
 貴様なら知っているだろう。貴様の傍にもいたのだからな、テュルフィングが」
「ならその容疑はまず俺に向かないか?」
「貴様が監視されている側なのは既に割れている。あの堅物……ロベリア=カーディナリスが
 他国と組むとも思えん。なら、誰の仕業かは明白だ」
 しかし、確証が要る。
 選挙に対し絶対的な立場にあるタナトスの目は、明らかにルンストロム個人には向いていなかった。
「一つ間違えば、明日の選挙でこの国が滅びる。慎重に答える事だな」
「大げさ……じゃなさそうだな」
 他国と組む人物が教皇となれば、魔術国家デ・ラ・ペーニャがどうなるか。
 融解魔術が他国に流出すれば――――
「……やれやれ。だからこの国には"王"が必要なんだよ。国家の父たる王が」
 デウスは大きく息を吐き、やがて肩を竦めた。
「説明は不要だろうが、ルンストロムの野郎はウェンブリーの首座大司教だ。
 そして、グランド=ノヴァはウェンブリーの総大司教。ヤツは嫌ってほど見てきたのさ」
 デウスは知っていた。
 今回の教皇選挙において、最も獰猛な男が誰なのかを。
「第二聖地が第一聖地を超える事など出来ない、ってな」
 最も厄介な人間の感情が――――劣等感である事を。
「で、何故選挙を早めた?」
 最早自分にとって余り意味のない質問を、敢えてデウスはぶつける。
「ルンストロム選出を決めてるのなら、選挙を早める必要はない。ヤツが裏で
 委員会を支配してるのなら話は別だが、あくまで『選んでやった』が真実なんだろ?」
「……」
 タナトスの顔に、変化は見られない。
 だが即答を避けた点、そして何より状況が、デウスに真相へ続く一本の糸を垂らした。
「どれだけ偉そうに振舞おうと、所詮は敗戦国の中の集団、って訳か。
 案外、選挙管理委員会が一番辛いのかもな。今回の教皇選挙は」
 ルンストロムは、思った以上に狡猾だった。
 そして、思った以上に用意周到だった。
 その真相をたぐり寄せたデウスは、一体誰が教皇選挙に最も注力していたかを悟り、
 苦み走った笑みを抑え切れずにいた。
「戦勝国の目的は魔術か?」
「……特に先方は融解魔術に興味があるようだな。抑止力だけではなく、様々な学術分野での
 応用が利くと」
 つまり――――自国で融解魔術が使用出来る事。
 すなわち、オートルーリング。
 それがなければ他国が欲しがる意味がない事を、タナトスも、そしてデウスも"知っていた"。
「成程な。ようやくわかったよ。今、本当にお前さん達が勝たせたいヤツが誰なのかを。
 道理で"過去形"だった訳だ」
 選挙は明日。
 それはもう覆らない。
 覆るとすれば、それは――――
「俺は協力しないぜ。自分の未来は自分で守りな。御老人」
 この教会と融解魔術がここにあれば、それでいい。
 ――――そして、あと一つ。
 そのデウスの思惑を最後まで把握出来なかったタナトスは、歯軋りしたい衝動を
 誤魔化すかのように、天井を仰ぎ瞑目した。








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