魔術国家。
 その定義はともかくとして、デ・ラ・ペーニャという国が魔術と共にある事は
 説明不要の公然たる事実だ。
 それは過去も現在も、そして未来も不変。
 アランテス教が世界最大規模の宗教となった事で、軌道修正は不可能となって久しい。
 だからこそ、魔術国家。
 魔術の発展こそが、国の発展と直結する――――そういう国であり続けるのが
 デ・ラ・ペーニャの使命であり、また命運とも言える。
 だが、その命運は決して安定した将来を約束してはいない。
 普遍的な分野の産業によって、確固たる労働基盤を築いた国とは違い、
 魔術は"需要"が偏っているからだ。
 現時点において、デ・ラ・ペーニャで研究、開発されている魔術の殆どを
 攻撃魔術が占めている理由は幾つかあるが、その中の一つ、そして最大の理由が"需要"。
 同じ遠距離攻撃でも、弓矢とは比較にならない威力と殺傷範囲が戦場にもたらす恩恵は、
 戦闘への参加人数が多ければ多いほど相対的に増える。
 戦乱の世において、魔術が生み出す需要、そして金は余りに膨大だった。
 そんな時代に産み落とされた、人間が扱えるその限界を超えた威力を有した魔術。
 それが【邪術】と呼ばれるものであり、融解魔術もその中の一つに含まれる。

 ――――そう思われていた。

 だが、事実は異なる。
 融解魔術は、魔術の発展の末に輩出された凶悪な武器ではない。
 制御困難である事を前提に、他国への脅威、抑止力を目的に開発された防衛用の魔術でもない。
 そう。
 融解魔術は――――

 


「……デ・ラ・ペーニャを滅ぼす為?」
 特段、愛国心などというものを抱いてはいないアウロスだが、それでも
 チャーチの不穏な言葉には疑問を挟まずにはいられなかった。
「魔術国家を滅ぼす為の魔術……ね。あり得そうな話」
 一方、ルインは先程までとは打って変わり、チャーチの話を受け入れている。
 彼女は総大司教の家で育った娘。
 デ・ラ・ペーニャの歴史について、一般人が知らない事を知っている可能性がある。
「そんなに病んでるのか? この国は」
「そうね。その表現は至極正しいんじゃないかしら」
 少なくとも、公明正大な国という認識はアウロスも当然持っていない。
 幼少期を奴隷として扱われた人間が、まともな国だと思える筈もない。
 だが、この問題は国家としての健全性ではなく、魔術の発展についての健全性が問われる。
 アウロスが知るデ・ラ・ペーニャは、魔術に対してはある程度の一貫性を持っている――――
 そういう国だった。
 攻撃魔術に特化した発展は、魔術を"商品"として割り切っている証。
 いわゆる神秘性に代表される、神格化するような動きは現在は殆どなく、社会の中の
 確かな体系として組み込んでいる。
 それが魔術国家たる所以だと、アウロスは思っていた。
 俗物的に捉えられる事もあるが、魔術と経済を一体化させたその歴史は
 ある意味『魔術と共に生き、共に死ぬ』という覚悟の現れでもある。
「少なくとも、私がこれまで接してきた魔術士の一部は、他国に魔術を売ろうとしていた」
 それは――――総大司教の娘として数多の魔術士と出会い、"死神を狩る者"として
 数多の魔術士を相手にしてきたルインだからこそ知る情報。
 魔術を売る。
 それは当然、商品として他国に輸出する、という意味に留まらない。
「魔術開発の技能そのものを流出させる……そんな動きがあるのか」
「うん。ジジイもそう言ってた」
 元総大司教で、国内外の情報を集め続けていたグオギギ=イェデンが言うのなら、間違いない。
 魔術を他国へと明け渡そうとしていた魔術士がいた。
 ならば、話は容易に繋がって行く。
 すなわち――――
「融解魔術は、他国に売る為の魔術だったのか……?」
 アウロスの、この疑問へと。
 もしそうなら、融解魔術の開発動機はデウスの言っていた『抑止力』とは真逆だった事になる。
 無論、開発動機と実際の運用が異なるなど何処にでもある話。
 それでデウスが嘘を吐いていた事にはならない。
 ただ、それを実際に開発していた人物――――グランド=ノヴァの思惑は違う。
「ジジイは……グランド=ノヴァが魔術開発の情報、技術秘訣について他国に売ろうとしていたと
 確信してるみたい。裏切り者……って」
 当然、デ・ラ・ペーニャの要職に就く人間が他国へ技術を黙って売る画策を立てていたとしたら、
 それは売国行為以外の何物でもない。
 まして、融解魔術のような規格外の威力を誇る魔術となれば、それが戦争時において
 どれだけの脅威となるかは言うまでもない。
「動機はわかってるのか? グランド=ノヴァがこの国を裏切る理由だ」
「ううん。ジジイが調べたのはあくまで、グランド=ノヴァと他国との関係。そして、その仲介役を
 担っていた『テュルフィング』って連中についてだよ」
「またその名前? もう聞き飽きたのだけれど」
「奇遇だな。俺もだ」
 だが、ある意味当然ではあった。
 デ・ラ・ペーニャの魔術士と、その対抗勢力との均衡を保つ事を存在意義としている連中なのだから、
 魔術の流出、そして独占状態からの解放は歓迎すべき事態。
 魔術の発展に介入出来る可能性もあり、裏で彼らが糸を引いていたとしても不思議ではない。
 納得を得たアウロスは、話を現在へと戻す事にした。
「要するに、融解魔術は未だに実験中で、その実験に関しても他国の息がかかってる、って事か」
「うん。だから融解魔術に深く関われば、その連中が何してくるかわからないって」
 当然、真っ当な連中である筈がない。
 隣国でありガーナッツ戦争における敵対国だったエチェベリアか、或いは他の国か。
 いずれにせよ、危険だとグオギギが警告する理由は正当なものだった。
 当然、グランド=ノヴァの一部を取り込んだマルテには聞かせる事の出来ない話だし、
 デウスの部下である三人も、怪しいという訳ではないにせよ、おいそれと聞かせる訳にはいかない。
 彼らはつい先日までテュルフィングを仲間としていたのだから。
「テュルフィングと敵対した私達は、信用し易い立場って事ね。最初からそう言えばよかったのに」
「ジジイ的には、さっきの理由の方が重要だったみたいだけどね。それはともかく……」
 コホン、とチャーチは咳払いをし、これから話す内容に重みを持たせた。
「今話した事は、二人の正義感とか愛国心を刺激する為のものじゃないんだよ。だから、
 融解魔術についてこれ以上……」
「いいから早く条件を言え」「早く条件を言いなさい」
「……あう。息ぴったりなんだ……」
 両者に凄まれ、チャーチは怯んだ様子で一歩後退り、その後大きな溜息を吐いて――――
「条件はもう言ったよ。この事実を聞いても、融解魔術を発動する方法を知る意思があるか。
 あるみたいだから、教えるよ。後悔しても知らないからね」
 ジト目のチャーチは、半ば諦めたような声でそう漏らし、そして告げた。
「さっきも言ったように、発動するには自分も融解魔術の被害者にならないといけないんだ。
 理由は……特定の場所に閉じ込められた状態で発動しないといけないから」
 特定の場所での発動。
 そのような魔術は、少なくとも正規に認可されたものの中には存在しない。
 なので、例えば魔方陣のようなものを用意する必要があるのか――――と、やや非現実的な
 想像をせざるを得ない。
 だが、チャーチの開かした『オートルーリング以外で融解魔術を発動させる方法』は、
 そういった類の内容ではなかった。
「融解魔術を発動させる為だけに作られた魔具があるんだ。それはアウロスさんの発明した
 オートルーリングとは違って、普通に手動でルーリングする魔具なだけど、融解魔術を
 制御する為に色々工夫されてるみたい」
「成程な。それくらいの物は研究段階で発明していても不思議じゃないか」
 そこまでは、特に驚くべき内容ではなかった。
 だが、同時に疑問もある。
 何故、それをデウスが見つける事が出来なかったのか。
「で、何処にあるの? その魔具とやらは」
 問いかけるルインに、チャーチは焦るな焦るなと言わんばかりに目元を涼しげにし、
 口角を釣り上げる。
「聞いて驚け。その魔具っていうのは――――」
 そして、得意げに答えを言い放った。

「エルアグア教会、そのもの」









  前へ                                                             次へ