グオギギ=イェデンがチャーチに対して告げた、数多の情報。
 その開示条件として、情報を提供する相手の制限が設けられた。
「この事を話すのは、アウロスさんとルインさんだけだって」
 グオギギとチャーチが待つ部屋に戻ることが許されたのは、その二人だけだった。
「……理解に苦しむのだけれど。限定したところで、他の連中と
 情報の共有を私達が望めば、それを止める手立てはないでしょう?」
 ルインの発言は不穏ながら尤も。
 グオギギは一応、元総大司教という立場ではあるが、既に自力歩行が不可能な
 状況では、権限を行使したところで意味はない。
 仮に他の人間に話した事がグオギギやチャーチに露呈したところで、
 彼らがアウロスとルインに罰則を与える事など出来ないのだから。
「聞けばわかるよ。簡単に他人に話せる内容じゃないって」
 だが、チャーチは確信を持ってそう答えた。
 ならばそれ以上腹を探り合う意味はない――――アウロスはそう判断し、
 ルインの手の甲を軽く突き、彼女の発言を制した。
「率直に聞きたい。オートルーリングを使わずに融解魔術を発動させる方法はあるか?」
「……うん、あるよ。そう言ってた」
 若干の間を置き、チャーチは頷いた。
 その表情は陰りを含みながらも、それ以上に空虚さが目立つ。
 畏れや好奇心よりも遥かに強く、色濃い。
 そんなチャーチに不気味なものを感じたらしく、ルインが表情を険しくする。
「それも、難しくはないみたい。方法自体は」
「如何にも危険が伴う事を前提にした言い草ね」
「ご名答だよ。ありきたりで陳腐だけど、要は『命を賭ければ良い』ってコト」
 その答えに、アウロスは確信を得た。
 何故、グランド=ノヴァが自ら実験体となったのか――――
「自分が融解魔術の被験者になる。それが発動条件か」
「……やっぱり話が早いね、アウロスさん。半分正解」
 なんの事はない。
 それしか方法がなかったからだ。
 勿論、試験体という貴重な役割を他に任せられなかったという推察も成り立つし、
 実際にその思惑があった可能性は高い。
 ただ、幾ら貴重なデータがとれたとしても、自分がこの世から消え失せてしまっては
 そのデータが活用されたか否かを確かめられる筈もない。
 研究者として、自身の研究の行く末が不明なのは、耐え難い事だ。
 観測は、結末を生む為にある。
 途中離脱は研究者の本意ではない。
「正確には、発動条件じゃなくて『発動対価』ってところ。発動させたら嫌でも
 巻き込まれるんだって」
 チャーチの話した『対価』は、不可解な理屈だった。
 もしそうなら、完全に自爆の魔術だ。
 尤も、邪術というくらいの魔術なのだから、それくらい奇妙でも不思議ではないが。
「その上で、融解魔術を発動させるには、あの異様に長いルーンを完璧にルーリング出来る技術と
 無茶苦茶な魔力量が必須。魔力量に関しては補完は無理だけど、ルーリングに関しては
 確実に成功させる術があるんだって」
「具体的には?」
 訝しげに問うルインに対し、チャーチは覇気のない声で答えた。
 それは――――
「……融解魔術と魔具を一体化させること」
 かなり難解な回答だった。
 融解魔術を魔具に記録する――――そう単純に考えそうになってしまうが、
 それはオートルーリング仕様の魔具だから出来るのであって、通常の魔具に
 魔術を記録する事は出来ない。
 なら、この場合の『一体化』とはどんな意味を持つのか。
「あ、ここから先の情報を開示するには、条件があるんだって。ジジイがそう言ってた」
「は? 馬鹿にしているの?」
 声を荒げる事こそしなかったが、ルインはあからさまに憤っていた。
 無理もない話ではある。
 ここに来て、情報を小出しにする理由など何処にあるのか――――と。
「まさか、私や彼を試すなんて言い出すつもりじゃないでしょうね?」
「ううん、違うよ……ジジイは単純に怖がってるんだよ」
「怖がってる……?」
 不可解といった面持ちで、ルインはアウロスの方に視線を向ける。
 そのアウロスは、沈黙したまま思索し、そして一つの結論を得ていた。
 何故、自分とルインの二人だけに、このような謎かけにも似た真似をするのか。
「……恐れているのは、マルテの中に居るグランド=ノヴァか」
 そう結論付けたアウロスの言葉に、チャーチは直ぐに頷いた。
「だからといって、あの元教皇の孫だけをのけ者にするのは、流石に可哀想でしょ?
 だから二人だけに話す事にしたんだ。他にも理由はあるけど……」
「なら、彼一人だけでもよかったんじゃないの?」
 アウロスの方を細目で見ながら、ルインは尚も問い質す。
「どうして私も? それに、今の回答は『勿体振ってる』事への答えにはなっていないのだけれど」
 まだ納得行っていない様子で捲し立てるルインに対し、チャーチは
 神杖ケリュケイオンを抱きしめるようにして身を縮め、俯いてしまった。
 普段の彼女とは正反対の挙動に、ルインが思わず溜息を吐く。
「別に責めている訳じゃないのよ。私は納得行く答えが欲しいだけ」
 実際、ルインにしてはかなり控えめな発言だ。
 これまで幾度となく彼女の毒舌に見舞われていたアウロスは、そう思わずには
 いられなかった。
「……面影が、あるって」
「は? 急に何を――――」
「貴女には、ミルナ=シュバインタイガーの面影がある、だから信用出来る、
 って……ジジイが」
 この言葉は出来るだけ言いたくなかったのだろう。
 これまでも元気がなかったチャーチの声が、更に沈んでいた。
 実際、問題発言だ。
 グオギギは元・ウェンブリーの総大司教。
 ミルナは現・ウェンブリーの総大司教。
 接点がないとは考え難い。
 年齢的には親と孫くらい離れているのだが――――
「……了解。それ以上は聞かない事にしておく」
「懸命だと思うよ。うん」
 ルインもチャーチも、苦々しい顔で頷き合う。
 仮に、自分のかつての役職を引き継いだ、当時まだ若かりし頃の麗しき女性に
 何かしらの感情を抱いていたからといって、そこまで忌避されなくても
 いいだろうに――――と思ったものの、アウロスは口を挟むのを自粛した。
「で、それはともかく。勿体振ってるのは何故? まさかあのグランド=ノヴァを
 体内に取り込んでいる子供が聞き耳を立てているかもしれない、とでも?」
「ううん。それなら筆談で済む話だもん。勿論、耄碌してる訳でもないよ。
 核心を突けないのは、ここで思いとどまって欲しいから」
「……?」
 この後に及んで――――と言う事すら躊躇してしまうほど、グオギギは慎重だった。
 慎重過ぎるその理由は、徐々にではあるが、ルインも理解し始めていた。
 オートルーリングを使用しないで、融解魔術を発動させる危険性。
 それが個人の危険に留まらないのは、想像に難くない。
 事実、制御を誤れば広範囲を問答無用で融かしてしまう凶悪な魔術なのだから。
 ただ、それに対する警告や不安とも一線を画している感が否めない。
 グオギギの畏れの正体。
 それは――――
「融解魔術はね……元々、魔術士を、デ・ラ・ペーニャを滅ぼす為に作られた魔術なんだ」
 チャーチの杖を抱く腕に、力がこもる。
 そして、数刻の沈黙の後、語り始めた。
 融解魔術が生まれた経緯。

 そして、魔術国家デ・ラ・ペーニャの"一面の真実"を――――









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