「騒々しいな……チャーチ達の話が終わったのか?」
 当然、その報せだと思い部屋に戻ろうとしたアウロスに、ラディは顔面をブンブンと振って応えた。
 ――――横に。
「私がお世話になってる情報屋から連絡が届いたのよ! ホラこれ、緊急用の手紙!
 伝書用の鳥で送ってくれたの!」
「そういうのがあるのか」
「あるのよ! 超高いけど! で……あー説明メンドい! とにかく中見て中!」
 慌てた様子でラディが急かす。
 アウロスは嫌な予感を覚えつつ、手紙を広げてみた。
 そこには、得体の知れない記号のような表記が並んでいた。
「……暗号だろ、これ」
「そうそう! 私ってばそういうのを日々解読してるんだから、カッコよくない!?」
 それが自慢したかっただけ――――だとしたら魔術による折檻が必要だが、どうも
 そういったオフザケの類ではないらしい。
 つまり、ラディは混乱していた。
「とどのつまり、どのような内容の報せなのだ?」
 痺れを切らしたサニアが半眼で問う。
 突然の割り込みにラディが一瞬怯むも、大きく一つ頷き、真顔でその回答を口にした。
「選挙の日取が決まったって」
 それは――――融解魔術用の魔具を作る期日が正式に決まった事を意味していた。
 デウスが降りると決まった以上、実利的な意味で選挙に間に合わせる必要はない。
 だが、もし選挙でルンストロムが勝利すれば、デウスは直ぐにでもエルアグア教会を
 追い出され、その後は融解魔術そのものすらルンストロムの管轄となるかもしれない。
 その危惧があるからこそ、選挙までに全てを終わらせたいという意向をデウスは持っていたし
 アウロスも承知していた。
 その目論見は――――
「……選挙、明日だって」
 脆くも、崩れ去る。
 どのような方法を用いても、明日までに融解魔術専用の魔具を作る事は出来ない。
「明日、だと? 早過ぎる。間違いないのか?」
「う、うん。だってそう書いてるし」
 サニアに凄まれ怯みつつも、ラディはそう断言した。
 予想されていた選挙日より、三日以上早い。
 誰かが何かを仕掛けた――――それ以外に考えられなかった。
「……選挙を早く始めて得するのは、ルンストロムだけだ」
 アウロスは険しい顔でそう呟く。
 デウスは既に勝つ気はない。
 ロベリアは票集め、地盤固めに挨拶回りで必死。
 となると、期日を早め得するのは残りの一人しかいない。
 勝利濃厚と言われている本命のルンストロムは、早く選挙が始まればその分有利になる。
 まして彼は準元老院と結託している可能性大。
 何らかの危機を察し、選挙予定日を早めて貰うよう懇願したのかもしれない。
「デウス師を恐れた。それ以外、考えられまい」
 サニアの言葉に、アウロスも同意する。
 正攻法しかないロベリアをルンストロムが恐れるとは思えない。
 デウスが近い内に融解魔術を我が物とするだろう――――そう思ったからこそ、
 選挙日を早めたとみなすべきだ。
「って事は、私達の動きが向こうにバレてる……?」
 そう敏感に反応したのはラディ。
 彼女は選挙の動向について調査していた。
 そこから足が出た可能性は、ないとは言えない。
「ど、どうしようロス君。私の所為かもしれない」
「落ち着け。誰かに俺達の動きを話したりしたのか?」
「ううん。そんな覚えはないし、お酒に酔ったり寝言で言ったりした覚えもないし」
 実際にあったとしても覚えてはいないだろう――――そう言いたくもなったが、
 ラディの動揺を察し、アウロスは指摘を控えた。
 それに、ラディの仕事ぶりはアウロスもよく知っている。
 無駄口ばかり叩くが、情報管理に抜かりはない。
 それがラディだ。
 なら、別の出所がある。
 そう結論付け、アウロスは黙思する
 ルンストロムは第二聖地ウェンブリーの魔術士。
 そして――――

『私達のような格上の大学がそちらに卒業生を送り込んであげたのですよ』
『君の出身地だよ。第二聖地ウェンブリー』

 メルオットの発言を思い返せば、この研究所にはウェンブリーとの接点が存在した事は間違いない。
 それを望んだのは、他ならぬウェンブリー側。
 ならば、既にルンストロムはこの研究所をマークしていた、という推察も成り立つ。
 それはメルオット曰く『昔』とのこと。
 選挙が始まるより前の話だ。
 その段階で、ルンストロムは何故この研究所をマークしていた?
 この、エルアグア教会の管理下にある研究所を――――
「……あの老人も、融解魔術を狙っていたのか」
 苦虫を噛み潰したような顔で、アウロスはそう吐き捨てた。
 そして同時に、デウスがルンストロムを常に気にしていた理由も、ルンストロムがエルアグア教会を
 調査していた本当の理由も明らかとなった。
 単に選挙の敵同士という理由だけではなかった。

『俺を選挙から弾き出しても、もう一人敵が残っている。気を抜かない事だな』

 最後の忠告の本当に意味するところを、アウロスはようやく理解した。
「どいつもこいつも腹黒い奴らばかりだ」
 だが、アウロスの中に絶望感は微塵もなかった。
 この研究所のスタッフの中に、ルンストロムに情報を流している人間がいる。
 それが仮に事実だとしても、この国でオートルーリングを研究している唯一の
 研究施設である以上、ここを利用しないという選択肢はなかったのだから。
 己の行動に誤りはない。
 そう胸を張って言える以上、落ち込む理由はない。
「……ロス君?」
「恐らく、この研究室にルンストロムの関係者がいる。情報は筒抜けだ。ラディ、お前に落ち度はない」
「あ……」
 その結論を聞き、ラディは安堵と困惑の両方を内在した複雑な表情になる。
 自分に落ち度はない。
 だが現状は困難を極める。
 そういう事態だと判明したのだから、無理のない話だ。
「ちょっと待つがよい、アウロス。ここはデウス師の管理下にある研究所だぞ? ルンストロム如きが
 間者を送り込むなど……」
「そのデウスの管理下になるずっと前から送り込まれていたんだろう。周到に」
 幾らデウスでも、自分が来る前にいた人間を『ルンストロムの関係者だろ?』と言って
 追い出す事は出来ない。
 選挙が始まる前からいる人間が、政敵の間者だと疑う事自体が本来ナンセンスだ。
 だが実際にはいた。
 別の目的で、同じ手段を採ろうとしていたからだ。
「どう……する? フレアちゃんには言わない方がいいよね……?」
 ラディが心配そうに確認する。
 選挙は明日。
 となれば、ロベリアの勝ち目は薄い。
 少なくとも現時点で、本命と対抗が入れ替わるような大きな出来事が起きたとの情報はない。
 ラディは選挙について調べていた為、選挙情勢をよく知っていた。
 ルンストロム有利は動かない――――と。
「ああ、フレアには何も言わないでおいてくれ。それと、他の連中にも。サニア、頼む」
 アウロスはサニアの目を見ながら、そう懇願した。
 彼女にとって、教皇選挙は最早無関係。
 ルンストロムとロベリア、どちらが勝っても知った事ではないという立場だ。
 アウロスの言う事を聞く必要もないのだが――――
「……我らはロベリア枢機卿の家に世話になっている身。デウス師が引いた以上、
 どちらを応援するかは自明の理だ」
 サニアはそう告げ、不敵に微笑む。
「何か考えがあるのだろう? でなければ、箝口令を敷く意味はない」
「ああ。一つ気になる事がある」
 それを説明しようとした刹那――――
「グオギギ=イェデンの説明が終わったみたいよ」
 若干柔和な顔つきのルインが、その報せを持ってきた。








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