「融解魔術を発動する事自体は、オートルーリングがなくても可能だ。莫大な魔力を持つ
 魔術士なら。だがそれを実際に制御するとなると、従来の方法では難しい。
 だからデウスはオートルーリングに固執した。幾ら発動出来ても、それが暴発してしまえば
 自分も周囲も全て巻き込み、とてつもない被害を生み出す。その昔、この地を"水没都市"に
 してしまったように」
 遙か昔、まだ融解魔術が邪術として封印される前、数度の実験によりエルアグアは
 多くの物質、生命を液体化させてしまった。
 それでもデウスは、この魔術こそが戦争で失った権威と自信を回復させる唯一の方法だと
 信じ、融解魔術を切り札として掲げていた。
 だが、実際には別の目論見があった。
 息子マルテの救済だ。
 そしてその目論見の為には、融解魔術の『脅威』となる部分だけを重視する訳にはいかない。
『制御』こそが必須条件であり、それなしにグランド=ノヴァとマルテを引き離す事が
 出来ないのは明白だ。
 だが――――グランド=ノヴァが実験の際に制御を最優先させた可能性は薄い。
 彼の目的はあくまでも、融解魔術の持つ『抑止力』。
 当時、魔術国家として確固たる地位を保っていたデ・ラ・ペーニャが更なる発展と
 他国への脅威を掲げる為に、利用しない手はないと、そんな思想で封印を解いたのは
 想像に難くない。
「だからこそ、この書類に融解魔術の危険性について記されているのは当然の事だ。
 融解魔術について独自に調べていたグオギギ氏がデウスにそれを伝えたかったのも、
 なんの不思議もない。事実、取り扱いが極めて難しいからこそ邪術として
 封印されたんだろう」
 そんな厄介な諸刃の剣を――――
「チャーチ。お前はその融解魔術に強い興味を持っていた。違うか?」
「……」
「恐らく、デウスも同じように解釈したんだろうけど……これはグオギギ氏の警告だ」
 チャーチの表情が、これまでとは明らかに違うわかりやすさで曇る。
 デウスだけでなく、伝達係としてグオギギの言葉を聞いていた彼女自身、それを
 自覚していた証だった。
「えーと……すんません。話がイマイチ見えてこないんですけど。
 誰かわかりやすく解説してくれませんかね。こいつら、話長いだけでわかり難いんですよ」
 緊迫した空気の中、それに耐えかねたラディが小さく手を挙げ、そう漏らす。
 解説を買って出たのは――――
「アウロスの着眼点は、『グオギギ=イェデンが嘘を吐いている』という点なのだろう」
 腕組みしたまま壁に寄りかかっていたサニアだった。
「え? そこの爺……失礼、そこのおじいさま、嘘吐いたの?」
「デウス師はオートルーリング以外の方法で融解魔術を安全に発動出来る手段がないか
 グオギギ=イェデンに聞いていた。その結果、ないとの回答を得た。そして延々と
 融解魔術が如何に危険であるか、説教に近い言葉で説明を受けていた」
「あれは長かったよね……何時間だったっけ」
「六時間ほどです」
 サニアの発言で当時を思い出したのか、トリスティとティアが疲労感を滲ませる。
 老人の話が長いというのは、よくある事だが――――
「グオギギ=イェデンは、デウス師にその事を説明する形で、実のところは……
 融解魔術を使用出来る条件を持ち、融解魔術に興味を抱いている玄孫に対し
 これ以上立ち入るなと警告していたと、そう言いたいのだろう。アウロスは」
「玄孫への警告……」
 サニアの解説が終わったところで、ルインはその結論に気付き、アウロスへその
 鋭い目を向ける。
 アウロスは頷きこそしなかったが、目で肯定の意を示した。
 警告。
 それは往々にして、大げさになり過ぎるもの。
 そうした方が抑止力に繋がるからだ。
「……グオギギ=イェデンは、こう思っていたのかもしれない。
『デウス=レオンレイは自分の玄孫を使って融解魔術を発動させようとしている』と」
 もし、チャーチがデウス並の魔力量を持っていて、かつグオギギがデウスの
 魔力量について知らなければ、この仮説はかなりの確率で成り立つ。
 そして事実、反論なきチャーチの態度が正解だと物語っていた。
「どうして、そんな危なっかしい魔術に興味を持ったのさ?」
 俯くチャーチに、ラディが問う。
 理由は――――単純だった。
「……ジジイが一生かけて調べてた事だからだよ」
 そして、志半ばで寿命を全うしている現実。
 チャーチはチャーチなりに、好奇心ではなく使命感で融解魔術を繙こうとしていた。
 だが当のグオギギは、それを望んでいなかった。
 その結果、警告の色ばかりが強くなってしまい――――
「グオギギ氏は、デウスに全てを話していない可能性が高い。融解魔術を発動させ、
 ある程度は制御出来るオートルーリング以外の方法について」
 そういう結果になったのではと、アウロスは踏んでいた。
 そして恐らくは、デウスも。
 書類の記載にそういった推察は一切なかったが、デウスがその後グランド=ノヴァを
 発現させたがっていた事からも、『真実は他にもある』と見なしていた事が窺える。
 グオギギは、真実を伏せた。
 愛しい玄孫がこれ以上、融解魔術に踏み込まないように。
 踏み込ませないように。
「でも、グオギギ氏は自分の玄孫を甘くみている。警告くらいでは止まらないだろう。
 そして、もし融解魔術をテュルフィングや他国の間者、つまり魔術士と敵対する
 連中に暴かれる危険があれば、牙を剥こうとするかもしれない。返り討ちに遭う覚悟で」
「ちょっと待ってください。余りに彼女を高く見積もり過ぎではないでしょうか?」
 ティアがその細い腕で挙手し、率直な意見を発する。
「単に、融解魔術の圧倒的な威力に興味を持っているだけかもしれません。
 彼女が本心を話しているとは限りません」
 その指摘は当然、傾聴すべき内容だ。
 これまでのチャーチの態度を加味すれば尚更。
 彼女がまだ十代半ばの危うさや未熟さを持っている事も、既に露見している。
 単なる巨大な物への好奇心から、融解魔術に興味を持っているだけとも解釈出来るだろう。
 それでも尚、高祖父への思いが強い事をアウロスは疑っていない。
「……確かアンタは、過去にメイドから指南を受けたそうだが」
「それが何だと言うのですか?」
「老人を介護するのがどれだけ大変かは習わなかったか?」
 そのアウロスの言葉に最も過敏に反応したのは――――ルインだった。
「そのメイドは卓越した技能を持っていたらしい。なら、正しい指南をしていた筈だ」
「……習いましたよ。高齢者の介護は困難であり、決してを甘く見てはいけないと」
「なら、わかるだろう。十代半ばの子供が、100歳以上の人間を世話し続ける難しさも」
 チャーチはこれまで何度も、グオギギをその背に乗せて歩いていた。
 既に殆どの筋肉が萎れてしまった彼の体重は、チャーチよりも軽い。
 だが、それ故に、細心の注意を払わなければ簡単に骨折してしまう。
 そして、チャーチの背負い方は常に完璧だった。
 野心や偽りの心では、とても身につけられず、まして継続出来ないくらいに。
 誰よりもグオギギを大切にしている証拠だ。
「私は、貴女に指南した人の事を知っている」
 意を決したかのように、ルインが重い口を開いた。
「その女性の教えなら、間違いはないと思うけれど」
「……」
 ティアは微かに奥歯を噛み締め――――
「そうですね。なら、そうなのでしょう」
 大きく息を吐き、納得した事を伝えた。
「そういう訳だ。チャーチ、そこに寝てる爺さんに伝えてくれ。『本当の事を言わないと、
 余計に首を突っ込みたがるぞ、アンタの玄孫は』と」
「……ちぇー。子供扱いしないで欲しいな、もう」
 少し拗ねたように、チャーチはブツブツ小声で不満を口にしながらも、
 アウロスに従い、神杖ケリュケイオンを手にソファに横たわるグオギギへ近付く。

 ――――既に耳が聞こえなくなって久しい筈のグオギギの目には、微かに涙が浮かんでいた。









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