かつて、融解魔術を巡って激しい攻防と悪戦苦闘が繰り広げられていた事を知る
 デ・ラ・ペーニャ国民は、余りに少ない。
 融解魔術の存在そのものが邪術、禁忌となっているのだから無理もない話だし、
 そもそも時代が動きすぎている。
 水面下で行われた融解魔術の実験も、記録として残されてはいる筈なのだが、
 邪術の管理徹底、情報漏洩への予防に余念のないデ・ラ・ペーニャの国政が
 正常に機能している以上、一般人――――或いは国の重鎮であろうと
 閲覧する事は叶わない。
 それ故に、デウスはまず第一聖地マラカナン以外の聖地に情報を求めた。
 魔術国家の粋が集結した第一聖地の権威が届かない範囲なら、
 融解魔術について何かしらの手がかりが掴めるかもしれない、という小さな望みを抱いて。
 その結果得た物は決して多くはなかったが、質としては十分なものだった。
 自らを実験体としたグランド=ノヴァ。
 彼の若い頃を知る人物がまだ生存している、という情報は特に。
 問題はその人物がまだ正気を保っているか、そして自らの知識を伝達する手段が
 残されているか――――だったが、その問題も一人の少女の持つ一本の杖によって無事に解決。
 デウスは確かに、融解魔術の真実について、あと少しというところまで迫っていた。
 だが、どれだけ念入りに準備をしても誤算は生じるもの。
 例えば、制御方法として着目していた新技術に欠陥が見つかったり。
 その開発者が予想以上に曲者だったり。
 情報をもたらしてくれる筈の人物が、思いの外口が軽かったり――――
「うん。デウスの野郎には全部話してるよ。このジジイ、自分がしてきた事を
 すぐ自慢したがるから。年寄りの悪いトコだよね」
 ティアの入れた滋養効果を促進するハーブティを上品に啜りながら、
 チャーチは年齢不相応に肩を竦める。
 一方、彼女が連れて来たグオギギはソファに寝かされていた。
 何も知らずにその姿を見れば、誰もがミイラだと思うだろう。
 それくらい、人間として本来持つべき肉という肉が萎んでしまっている。
 顔にも一切の生気がない。
 食事を摂る事もままならない、そんな雰囲気がありありと漂う。
 が、それでも彼は生きている。

 ――――なんの為に?

「一応、その内容に関してはデウスから受け取ったコレに書いてある。
 合っているかどうか、確認して貰えるか?」
 アウロスはそう言いながら、デウスがまとめた融解魔術に関する書類を
 チャーチに差し出す。
 この書類に記されていた、グオギギからの情報と思しき部分には、
 融解魔術を従来の編綴、つまり手動によるルーリングによって発動させる
 事への危険性がかなり強調して掲載されていた。
 発動自体は出来る。
 莫大な量の魔力を必要とし、それを有している者だけだが、出来る事は出来る。 
 そんな稀有な才能を持った魔術士がかつて存在した事も、グランド=ノヴァが
 実際に融解魔術によって身体を変質させている事実が何より雄弁に物語っている。
 魔術が発動したからこそ、彼は実証実験を行えているのだから。
 しかし、その発動が安全に行えるのか、魔力量さえクリア出来れば
 実用レベルで使用可能となるのかは、実験の結果を見なければわからない。
 そしてその結果は、未だ出ていない。
 実験中なのだから当然だ。
 だが、実験期間としては既に相当な長さに達している。
 一定の評価が下されていて然るべきだ。
 問題は、実験の経過観察を記録し、評価を下す人物の存在が認められるか否か。
 デウスはエルアグア教会そのものが、記録者であり評価を下す者だと推察していたらしい。
 だからこそ、当初はミラー姉弟と連携を図っていたし、弟であるゲオルギウスが
 グランド=ノヴァの一部を吸収していたのだと読み取る事が出来た。
 つまり――――歴代のエルアグア教会の司教、司祭が記録を付けている、と。
 ゲオルギウスがグランドに侵食されたのではなく、敢えて侵食させ、
 意思の疎通が円滑に行えるようにしていた。
 露骨に表面化しなかっただけで、クリオネもグランド=ノヴァの一部を
 取り込んでいた可能性が高い。
 なので、彼らと懇意にしていれば、実験の経過と暫定的な結論については
 知る事が出来るだろうと、デウスは踏んでいた。
 そして、これも誤算の一つだった。
 彼らは記録を一切付けていなかった。
 書類の中でデウスは、グランド=ノヴァが一切記録として残さないよう
 指示していたのだろうと推察している。
 理由は単純。
 外部に漏れる事を恐れての事。
 自身を崇拝する信者ですら、信用も信頼もしない――――そんな人物像が
 浮かび上がってくるような事実がそこにはあった。
 その後、デウスが次に着手したのが、グランド=ノヴァについてよく知る人物の調査。
 枢機卿ロベリア=カーディナリスも候補の一人だったが、それ以上の
 情報を有しているであろう人物として白羽の矢が立ったのが、グオギギ=イェデンだった。
 彼が、融解魔術について独自の調査をしていた事が判明したからだ。
 斯くして、彼と彼の意思を伝達出来る玄孫の引き入れに成功したデウスは、
 グランド=ノヴァに関する幾ばくかの情報を得た。
 その情報とは――――
「……うん、うん。全部合ってるよ。全部事実だね」
 チャーチは単にグオギギの証言の部分を見るだけではなく、他の記述との
 整合性も全て確認し、ものの五分でその結論に達した。
 かつて天才と言われた魔術士の玄孫。
 彼女の天賦の才は、或いはその高祖父すらも上回るのかもしれない。
 だが、その答えが証明されるのは、当分先の事。
 アウロスはそんな仮定を一瞬だけ頭の中に留めたのち、一つ小さく頷いた。
「なら、それをグオギギ氏にもう一度、確認してみてくれ。一言こう添えて」
「え? いいけど……添える言葉は?」
「貴方の玄孫の将来が脅かされるかもしれない」
 アウロスの発言に、チャーチだけでなく周囲の面々が緊張にも似た空気をまとう。
 無理もない話だった。
 明らかに、それは脅迫と同種の内容なのだから。
「ちょっ、ロス君! それは流石に……」
「ところが、これも事実だ」
 自分の発言がどう受け止められたかを理解した事を前提に、アウロスは先回りして
 そう断言した。
「ここには、『融解魔術を従来の魔術と同じように、平均的魔力量をもって制御するのは不可能』
 と記されている。これ自体はデウスの見解とも一致する。デウス並に規格外の魔力量を持った
 魔術士でないと、とても賄いきれない」
「それと、ボクの将来とになんの因果関係があるのかな?」
「難しい話じゃない。お前もまた、その規格外の魔力を持っているかもしれない、ってだけだ」
 それは――――チャーチがデウス並の才能を持っている事を指摘する発言。
 チャーチの飄々とした態度が、若干の堅さを有した。
「……まさか、だよ。幾らボクが天才でも、そこまでは……ねえ?」
「調べてみればわかる。魔力量の調査はそこら中でやってるからな」
 アウロス自身、魔力量の調査によって酷い目に遭わされた過去がある。
 その事実の指摘に、チャーチの顔からは余裕が完全に消えた。








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