オートルーリングという技術の大前提として、ルーリングによって
 発動する魔術は例外なく自動編綴出来なければならない。
 ただ、それはあくまで理論上の事で、少なくとも現時点では
 一つの魔具で全ての魔術を自動編綴する事は不可能だ。
 だが、それは魔術側の問題ではなく、魔具側の問題。
 物質を使用している以上、そこには容量があり、限度がある。
 当然、魔具を構成する魔石をはじめとした材料においても、例外ではない。
 なので、現時点ではその容量内で記憶が可能な魔術を詰め込む、というのが
 現実的な落としどころであり、実際に論文もその形でまとめてある。
 この時点でも商品価値としては十分だし、将来的にはその詰め込む容量を
 増やせる方向に研究が進められれば、オートルーリングの価値は半永久的に
 損なわれる事はない。
 そういった性質のものなので、『融解魔術専用の魔具』を作る為には、まず
 その融解魔術のルーン配列が魔具の記憶容量の限界値以内である必要がある。
 オートルーリングの基本的な仕組みは、魔術へ強い抵抗力を発揮する生物兵器【ノクトーン】に
 魔術を浴びせる事で生まれる抗体を利用し、メルクリウスとノクトーンを融合させた合成物質に
 ルーン配列情報を記憶する、というもの。
 あとは、その配列情報を数値化し、その数字に適合したルーンを一〜二文字綴る事で
 通常の魔具と同じ原理により魔術を発動させる。
 それだけだ。
 ただ、そこに到るまでの数多くの実験によって、記憶容量と合成物質の大きさや密度は
 比例しない事がわかっている。
 要するに、魔具をデカくしたからといって、容量が大きくなる訳ではない。
 合成の比率、形状などが大きく関わっており、しかも現時点で論文に記した最大容量は
 ヴィルノー総合魔術研究所の研究によっても更新されていない。
 なので、現時点におけるオートルーリング用魔具の容量で融解魔術のルーン配列を
 収められるか、というのが一つの課題となる。
「課題はもう一つある」
 チーム招集、二日目。
 早朝から全員をヴィルノー総合魔術研究所の一室に呼び出したアウロスは、これから行う作業の
 具体的な内容を話すべく、なるべく簡単に説明しようとしていた――――が、
 ラディやフレアはそんな気遣いなど一切感じ取っていないらしく、既に寝ていた。
「融解魔術の抗体をノクトーンが生み出せるかどうか」
 それでも特に気にせず、アウロスは解説を続ける。
「何しろ『なんでも融かす』が売りの魔術だ。抗体を作ろうにも、その本体が消え失せるんじゃ
 抗体も何もない」
「それ以前に、抗体を生み出すには一度融解魔術を発動しないといけないって事よね?」
 アウロスの隣で腕組みしていたルインが指摘するように、正規の方法でルーン配列を
 記憶させるには、該当する魔術を一度はノクトーンにぶつけなければならない。
「非効率的な製造方法ですね。量産する上では致命的と言えます。よく論文が通ったものですね」
「ちょ……ティアっち! トゲがあるって!」
「論文は商業的価値を見出す為のものじゃないのよ。それ自体は必要だけれど、
 あくまでも提案程度に過ぎないの」
 慌てて宥めてくるトリスティの隣で不敵に佇んでいたティアへ、ルインが淡々と反論。
 ただ、彼女の性格をよく知るアウロスとラディは、その姿に『穏便さ』を見ずにはいられなかった。
「量産出来る余地はあるから、方法は他の者が考えろ……ですか?」
「だから、商才がなくても研究者にはなれるのよ」
「他力本願なだけという気がしますが」
「貴方も、他人に頼る事くらいはあるでしょう?」
「……」
 ルインと、ティア。
 その二人が睨み合う姿を、アウロスは複雑な思いで眺めていた。
「オートルーリングの有用性はデウス師も認めるところなのだが……それにケチを付けるとは、
 随分と厚顔無恥になったものだな、ティアよ」
「……う」
 結局、サニアがティアを落ち着かせる事で場は収まったが、いきなり剣呑とした
 雰囲気になった事で、トリスティの顔に不安が浮かぶ。
 まだ10代前半にもかかわらず、やけに疲労感が滲み出ていた。
 そんな彼に対し――――
「大丈夫大丈夫。これくらいの事、大学では日常茶飯事だったから」
 お気楽な声が飛ぶ。
 女性二人の静かな言い合いに刺激されたらしく、いつの間にかラディが起きていた。
「確かに、今後修正しなければならない問題だけど、今回は量産の必要はない。
 俺の論文への質疑応答は全部終わってから受け付ける」
「……別に、貴方の論文に興味はありません」
「だったら余計な事言わないでよ。ヒヤヒヤするなあ……」
 トリスティの愚痴にティアがムスッと顔をしかめる中、アウロスの解説は再開された。
「今回片付けるべき一番の課題は『融解魔術の抗体を手に入れる事』。これに尽きる。
 容量内に収められるかどうかも、実際にルーン配列情報を記憶させてみない事には
 わからないからな」
「でも、それが出来ないんでしょ? どうするのさ」
 フレアとの隣で眠気と戦っているマルテが、挙手しながら質問。
 それに対するアウロスの回答は、マルテ個人へ向けられたものだった。
「実際に融解魔術を受けた事のある人間の中に、抗体が出来ているかもしれない」
「……え? それって……僕?」
「正確には、お前の中に居るグランド=ノヴァだけどな」
 世界で唯一、発動した融解魔術をその身に受けた人物。
 その老人の一部を取り込んだ少年は、左右をキョロキョロ見渡した後、一歩後退った。
「ちょっと待ってロス君。そもそも、そのグランド=ノヴァってのをマル坊から
 引き離す為に、融解魔術を発動させるんでしょ?」
「マル坊……」
 呼ばれ方がよほど不本意だったのか、マルテは更にもう一歩下がった。
「なのに、発動させる為にはグランド=ノヴァって人が必要なんて、本末転倒っていうか、
 鶏が先か卵が先か、って話になんない?」
「問題はそれだけじゃない」
 ティアの方に暫く視線を向けていたルインが、二人の会話に割って入る。
「『抗体』といっても、それが出来たと確認する方法がない。通常なら
 もう一度魔術を撃ってみて、その破壊状況で確認出来るけど」
「そうよね。撃てないもんね、融解魔術。どうすんの?」
 ラディとルインと視線が、同時にアウロスへ向けられる。
 他の面々も、フレアを除き同じようにアウロスを注視していた。
 アウロスの回答は――――
「不可能だ。抗体が出来ているものとして、マルテの血なり皮膚なりを
 採取、合成物質に混ぜてみるしかない」
 実に無謀な意見だった。
 だが、それを聞いて落胆したり怒ったりする人物は一人もいない。
 ティアでさえも、わかっていた。
 アウロス=エルガーデンと名乗る少年が、なんの手立てもなく挑戦をするような人物ではない事を。
「でも、それはしないんでしょう?」
 その代表を担い、ルインが問う。
 当然のように、アウロスは一つ頷いてみせた。
「賭け、って意味では大して変わらないかもしれないが」
 そして、唯一未だに眠ったままでいるフレアの頭を軽くはたく。
「むあっ……んあ、なんだ」
「んあ、じゃない。昨日見つけて来たヤツを連れて来てくれ」
「……人使いが荒いぞ」
 そうぼやきつつも、フレアは即座に席を立ち、一旦部屋から出て行く。
 そしてその一分後、再度扉が開かれた。
「論文を作る時も、過去の論文の世話になった。こういう場合に役に立つのは先人の知恵だ」
 そう呟くアウロスの前に現れたのは――――
「この腐りかけジジイが役に立てばいいけどねー」
 相変わらず口の悪い少女、チャーチ=イェデン。
「……」
 そして彼女に担がれた皮と骨だけの高祖父、グオギギ=イェデンだった。









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