「えっと……オレっち達、研究なんてやった事ないんだけど。
 っていうか、いきなりそんな事言われてもスゲー困るっていうか」
 理由も明かされないままかき集められ、縁もゆかりもない仕事を
 手伝うように言われて、不安や不満を覚えない人間はまずいないだろう。
 トリスティの訴えは当然のものだった。
「黙りなさい、トリスティ」
 だが――――アウロスの援軍はそのトリスティの身内から出てきた。
「御主人様のお役に立てるまたとない好機。尻込みしている場合じゃ
 ありません。先の人質の件で私達がどれだけ御主人様の足を引っ張ったか
 自覚していないんですか? 私達に選択肢はないんです。
 未知の分野だろうと、奴隷のようにコキ使われようと、黙って従う。
 それが御主人様への唯一の貢献なんですよ」
「こ、怖いってばティアっち! わかった! わかったから!」
 鬼の形相でトリスティへ詰め寄り、血走った目で凄むティアに、
 ルインがこっそり複雑な視線を向けていたのを横目で確認したのち――――
 アウロスはサニアと向き合った。
「これは、手伝うって事でいいのか?」
「うむ。デウス師への貢献が我らの使命。元より断わる選択肢などない。
 問題は、我らのような臨戦魔術士が、研究分野において役に立てるか
 どうかという根本的な部分にある。トリスティの懸念も一理あるという事だ」
「それを言うなら私だって同じだ。戦う以外に能はないぞ」
 研究所という施設に一切免疫のないフレアが、同様に不安を口にする。
「僕なんて戦えもしないし、なんの取り柄もないんだけど……
 腕もこんなだし」
 更に、その隣にいるマルテに到っては、悲嘆に近い声色で眉尻を
 大きく下げていた。
「そんなに身構えなくてもいい。お前らにやって貰いたいのは調査、調達、肉体労働……
 その辺の作業だ。大学の学生くらいの知識があれば出来る」
「そもそも、大学では実験の手伝いに学生を駆り出すのが普通。
 研究の経験がなくても問題はないのよ」
 アウロスの説明に、さり気なくルインがフォローを入れてきた。
 この中で唯一、魔術研究に取り組んだ経験を有しているルインは今回、
 アウロスの助手という形でサポートする。
 その役目を早くも実行に移しているらしい。
「出来ない事は出来ないで構わない。無理はしなくていい。頼みたいのはあくまで
 手伝いだ。出来なかったからといって、別にデウスやロベリアに告げ口する事もない。
 気楽にやってくれ」
「……軽く脅迫された気がするんだけど」
 トリスティは年齢の割に鋭い所があった。
「それで、具体的にこれからどんな作業をすんのさ。ま、私は情報収集だろうけど」
 唯一、手伝いではなく仕事としてこの場にいるラディは自分の専門分野とあって
 アウロスに言われるまでもなく気楽な構え。
 だがそれも一瞬でかき消された。
「主にやって欲しいのは三つ。一つめは実験の手伝い。二つめは命を危険に晒す。
 三つめは食事や掃除、洗濯といった周囲の……」
「ちょちょちょちょちょちょちょちょちょ、ちょーっと待った! さり気なく
 真ん中にヤバいの入ってるけど!? それ私!? 三つの中に情報収集入ってないって
 事は私の命が危険に晒されるの前提なの!?」
 狼狽するラディの肩に、ルインがポンと手を乗せる。
「大丈夫よ。情報屋なんて誰かに怨みを買って成り立つ商売なんだから。
 他人の秘密を暴いて生計を立てる職業に命の危険がないなんて幻想は捨てなさい」
「ちょっとロス君! アンタの嫁酷い事言うんだけど!?」
「嫁じゃない……ただし酷い事を言ってもいない。事実だ」
 深刻な声調ではなかったが、それでもアウロスは真顔でラディにそう断言した。
「情報ってのは時に将軍の命に匹敵する重さを持つ。それを扱う仕事が
 安全な筈がない。そういう意味で、二つめの役目にお前も入ってる」
「……あの、真面目に答えられると本気で将来が不安になるから止めて貰えますか」
「ま、偶には危機感を持って仕事に当たるのも悪くないだろ。
 要は今まで通り、いい仕事をしてくれればそれでいい」
 さり気なく褒め言葉が含まれていた事に、ラディは一瞬顔を緩めたが――――
「いやいやいやいや、騙されないから。そんなに私チョロくないからね。
 私の身が危ないとか、純情が汚されるとか、その手の情報源とは接触しないと決めてるの。
 それが私だから」
「最終的に名言っぽく仕上げようとしてるけど、全然名言じゃないよね……」
 マルテの引きつった顔での指摘が入ったところで、半数の人間が
 緊張の緩和を目的としたやり取りであると気付いた。
 阿吽の呼吸。
 ただしラディに自覚があるかどうかは、不明だ。
「それで……我らもその『命の危険』の役目を任されるという事でよいのか?」
 気付いた側のサニアが、口元を綻ばせながら問う。
 彼女にとっては、寧ろ歓迎すべき役割らしい。
「え、えっと……人体実験とかじゃないよね?」
 不安げにそう問うトリスティに、悪気や皮肉といった意図は一切ない。
 アウロスがかつて、その人体実験の被験者だった事など、彼には知る由がないのだから。
 それでも、ルインが一瞬気まずい表情を見せた事で、アウロスは言葉選びに
 慎重を期した。
「……そういう事はしない。ただ、最悪の事態を想定した場合、戦闘になる可能性がある」
「戦闘……? この施設内の誰かに怨みでも買っているのですか?」
「いや」
 訝しげに問うティアに、アウロスは低い声で否定の意を示した。
「ルンストロムが妨害してくる可能性がある」
 そして、核心部分を伝える。
 同時に、一瞬にして室内に緊張が走った。
「ここがエルアグア教会の実質的な支配下にあるのは、調べれば直ぐにわかるだろう。
 ならここにルンストロムの調査が入っている可能性は十分ある」
「間者の存在も危惧すべきでしょうね」
 自身もそれを想定していたのか、ルインのフォローは迅速だった。
「デウスの目論見を潰すという意図で、ルンストロムが邪魔してくるかもしれない。
 その時の防衛を、ティア、サニア、トリスティ。お前達に任せたい。いいか?」
「承知した。我らに相応しい仕事と言えよう」
 好戦的な笑みで、サニアが真っ先に答える。
 他の二人も異論はないらしく、程度こそ違えど安堵とやる気に満ちていた。
 適材適所という意味では、十分な条件を満たした配置だ。
「……私は?」
 唯一、戦闘要員でありながら除外されたフレアが露骨に不満を表情に出し、問う。
「お前にはラディと組んで"俺の指定する人物"を探し出して欲しい。それが終わったら、次は
 選挙情勢とルンストロムの動向について探ってくれ。例えば、お前の父親の街頭演説の時に
 誰か怪しい人物がいないか、とかな」
「わかった、やる」
 父親の仕事ぶりを見る機会が乏しいフレアにとって、その仕事はやりがいを
 感じるものだったらしく、即答で意欲を見せた。
「マルテは掃除洗濯食事の準備、その他全般を頼む。研究者ってのは
 研究に没頭するとその辺がどうしても疎かになるからな」
「それなら僕でもやれそうだ。うん、わかった」
 こうして――――各々の役割が決まったところで、『融解魔術用オートルーリング』
 に関する研究は始まった。
 期間は選挙が始まるまで。
 一週間前後での完成が理想的だが、そう上手くいくかどうかはわからない。
 ただ、ここを乗り切れば光が見える――――それが、この場にいる全員の共通認識だった。
「それじゃ、よろしく頼む」
 そうまとめたアウロスに、全員が了承と覚悟の意を示した。

 


 その三〇分後――――
「ところで……アウロスのお兄さん」
 早速調査や実験の準備、買い出しなどで奔走する他の面々とは異なり、
 借り入れたヴィルノー総合魔術研究所内の一室を掃除するマルテが、
 デウスから譲り受けた資料に目を通すアウロスへと疑問を口にする。
「デウス……さん、なんだけど、本当に選挙を降りるのかな?
 口先だけで、実際にはまだ王様になろうとしてるとか、そういう事はない?」
 マルテには、デウスの父としての意図、目的は伝えていない。
 あくまで『デウスは選挙から降りる意向を示した』としか。
 なので、マルテがそう疑問に思うのは当然だった。
「ああ。それなら心配はしなくていい。体面上、棄権はしないだろうけど」
「でも……」
 不安――――というよりも腑に落ちないという顔のマルテに、
 アウロスは椅子を回し、自分の考えを伝える事にした。
「デウスはもう俺に手を出せない。本気の勝負になれば、俺が勝てるからだ」
「え? それは無理でしょ? だってあの人、世界屈指の魔術士なんでしょ?」
「でも、勝てる」
 断言。
 その理由は――――
「お前を人質にすればな」







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