「全く……この俺がここまで弄ばれるとはな。大したタマだ」
「確かに。俺も情報屋を雇ってるけど、あいつがここまで成長出来るとは思えない。
 絶対に無理だろうな。間違いなく無理だ。あいつは雑魚だ」
「あんですってー!?」
 そこまで挑発したところで、もう一人の女性情報屋の声が乱入。
 気配は察しなくても、予感はあった。
「誰が雑魚よ誰が! この【蒼天の情報屋】ラディアンス=ルマーニュに何度
 助けられたか思い返してみやがれってんだこのトンチキ!」
 その叫喚は天井の向こうから聞こえてくる為、かなりくぐもっている。
 最近の傾向として、どうも天に昇りたがっているらしい。
「ほう。天井裏に何かの気配があるとは思っていたが、やはりお前の仲間だったのか」
「頼まなくても勝手についてくるんだよな……にしても、気付いてたんなら
 直ぐ対処すべきなんじゃないのか?」
「ルンストロムの間者という可能性もあったからな。その場合は是非捕らえて
 奴の弱味を吐かせたい。大事に扱おうと思って放置しておいた」
 命を狙われている身でありながら、デウスは余裕綽々だった。
 事実、かなり有能な暗殺者を昨日仕留めたばかり。
 生半可な敵など泳がせておいても問題ないだけの実力は備えている。
 それでも、普通では考えられない行動ではあるのだが。
「ところで、さっきの話だが……俺を弄んでいるのはそこの女じゃない。
 いや、間違いじゃないんだが、俺が言っていたのはお前の事だ」
 天井裏に情報屋が隠れていたというのに、デウスは特に気にする事もなく
 話を続ける。
 エミリアもまた特に口を挟まない。
 特段珍しい事でもないようだ。
「身分もあって、目立った実績は残さずにきたが、それでも俺は自分が
 デ・ラ・ペーニャで最も優れた魔術士の一人だと確信している。
 現存じゃなく、歴代でな。そんな俺を相手にここまで我を押し通したのは
 お前が初めてだよ。アウロス」
「それは、お前が俺を甘やかしていたからだろ」
「それを見透かされた事が、最大の屈辱なのよね?」
 デウスの心を代弁するように告げ、エミリアが優雅に笑う。
 夜の商売をしている女性だが、その表情、話し方、仕草、どれを取っても上品。
 寧ろ、だからこそ――――そういうべきなのかもしれないとさえアウロスは感じていた。
「……融解魔術専用の魔具は、五日以内に作る。ここの地下の壁に記されていた
 ルーンを写させて貰うが、構わないな」
「その必要はない」
 席を立とうとしたアウロスを制止、デウスが先に立ち上がる。
 そして再び自分の机から、今度はアウロスの論文よりも分厚い書類を取り出して来た。
「俺が独自に進めていた、融解魔術の資料だ。オートルーリングの利用方法も
 専門家に依頼して検討させた。全部その書類に記録してある」
「……首尾は?」
「知っての通りだ。専門家といっても所詮、オートルーリングとは無関係の人間だからな。
 それでも何かの足しにはなるだろう。持っていけ」
 その書類が、デウスにとってどれだけ重要なものかは想像に難くない。
 情報の公開は事実上、自分の命運をアウロスに一任した証だった。
「研究の進展はサニアに報告させる。出来れば毎日、進捗状況をあの子に伝えてくれ」
「条件が一つ」
 書類を受け取ったアウロスは、今度こそ席を立ち、手短に条件を伝える。
「契約書を。口頭の約束は信頼性が薄い」
 それはある意味――――ここ数年でアウロスが学んだ最も重要な事だった。
 その事情を知るデウスが、思わず笑い声を漏らす。
 それは今までの笑みとは質が異なる、反射的、そして原始的なものだった。
「了解した。明日、サニアに持って行かせよう」
「頼む」
 これでもう、この教会に来る事はない。
 アウロスは寝泊まりする時期もあったその施設に別れを告げる事もなく、
 特に感傷もなく、デウスの部屋から出ようと扉に手をかける。
「知っているか? アウロス」
 その背中に、デウスが呼び止める為の声をかけた。
「俺がお前と初めて会ったのは、お前がウェンブリーの酒場で働いていた頃だ。
 当時のお前は、今より寧ろ大人びて見えたもんだ。一目で、何かしでかす奴だと思ったよ」
「……何がいいたい?」
「今のお前には、その時のような危うさ、脆さは一切感じられない。
 つまり、お前と対峙する人間の殆どは、お前を警戒するって訳だ。俺みたいな
 例外を除いてな」
 それは――――警告だった。
「俺を選挙から弾き出しても、もう一人敵が残っている。気を抜かない事だな」
「……どうも」
 元より、そんな気はない。
 それでもアウロスは口先だけではない感謝を告げ、扉を閉めた。

 


「おいコラ、だーれが雑魚よ。まず謝れ。私に謝れ」
 エルアグア教会を出た直後、アウロスは後頭部へ強烈な衝撃を受ける。
 その加害者に対し、アウロスは不機嫌さを隠さず振り向いてみせた。
「……あれ? 万事上手くいったみたいな感じだったのに、どったのさ」
「お前は俺の保護者か? 打ち合わせもなく付いて来やがって」
 特に疲れている訳でもないが、ややラフな口調。
 それを愉快に思ったのか、ラディはニパッと笑いアウロスの肩をパンパンと叩く。
「いいじゃないの。実際、それで助かった事もあったでしょー?」
「ったく」
 小さく息を吐き、足早に教会を離れていくアウロスに、ラディは機嫌よくついていく。
「これで一応、目的達成? 論文は取り戻したんだよね?」
「まだだ。"融解魔術の制御も出来るオートルーリング"を実現しないと」
「で、フレアちゃんのお父さんを選挙で勝たせて教皇にする、と。そうすれば
 贔屓にして貰えそうだもんね。ロス君、気に入られてるみたいだし」
「……政治家と絡むのは今回で最後にしたいんだが」
 実際、それは本音だった。
 今はフレアの父親という印象が強い為、特に抵抗はないが、もし教皇にでもなれば
 堅苦しくて会話するのも億劫になるのは目に見えている。
 無論、目的の為――――オートルーリングのファーストオーサーの欄に
 アウロス=エルガーデンの名前を載せる為なら、権力に媚びを売るくらい何でもない。
 そういう意味では、心強い存在ではある。
「でも、もう一人敵が残ってるのよねー。その連中がどう動くかを事前に知っとくのって
 とっても大事よね。寧ろそれが全てよね」
「……営業お疲れさん」
 アウロスは自身の論文と書類を一旦ラディに渡し、衣嚢から皮製の財布を取り出して
 それと書類を交換した。
「料金は勝手に取れ。その代わり、ちゃんと仕事しろよ」
「へいへい。私を誰だと思ってるの?」
「ついに昇天した情報屋」
「あれ? どうして私死んでんの?」
 そんな下らないやり取りが街の喧噪の一部となる中――――
「……」
 その二人を遠巻きに眺める人影が、静かに踵を返した。

 


 翌日。
「おはようございます!」
「……おはようございます」
 ヴィルノー総合魔術研究所を訪れたアウロスは、すれ違いざま
 見知らぬ研究員に挨拶され、その後ろ姿を怪訝そうに暫く眺めていた。
「挨拶されるのがそんなに奇妙なのかしら?」
 そのアウロスの背後から、ルインが半眼で近付いて来る。
「いや、この研究所では何の実績も後ろ盾もないから、
 まさか挨拶されるとは思わなかった」
「実績で声をかける人間を選ぶような人物ばかりではない、
 それだけの事よ」
「……ま、そうだけど」
 常識的な人格かどうかはさておき、育ちの良いルインの発言は
 それなりに傾聴に値するものだった。
「それで、昨日はどうだったの? 交渉は上手くいったって
 ラディから聞いているけれど」
「お前ら、すっかり仲良しさんだな」
「茶化さないで」
「……取り敢えず、話はまとまった。不具合の修正が正式に確認された
 魔具の一つを貰って、それを融解魔術専用に改造、デウスに譲渡する」
 簡潔に成果と今後の指針を話したアウロスに、ルインの目が更に狭まる。
「……なんなんだ、一体」
「別に」
 ついっ、とそっぽを向きトコトコと早足で歩き出す、かつての"魔女"。
 アウロスはその背中を、嘆息交じりに追った。







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