アウロスの指摘に対するデウスの反応は、劇的とはほど遠い、
 穏やかなものだった。
「随分と俺を買ってくれたものだな。冷たくされても優しくし続けた
 甲斐があった、と言うべきか?」
「別に買っちゃいない。野心家の部分を否定してるだけの話だ。
 ついでに、親としての自覚があるという普通の事を指摘してるに過ぎない」
 尤も、その"普通"は必ずしもアウロスにとっての普通ではなかったが――――
「……何故、そう思った? 実の親と面識すらないお前が」
 それをデウスによって指摘された事もまた、普通とは言い難かった。
「そんな怪訝そうにするな。お前の事は一通り調べてある、ってだけの話だ。
 当然だろう? 俺は本気でお前を引き込もうとしてたんだ。ならお前の
 出自なり生い立ちなりは調べられる範囲で全部調べてある。ミストにも資料を請求した」
 デウスの持つ情報網なら、自分の過去は全て把握されていると見なすべき。
 アウロスは嘆息交じりの呼吸をし、思わず舌打ちしそうな気分をどうにか緩和した。
「ま、それならそれで別にいい。お前が『親に恵まれない人間』に目をかけている
 証拠にもなる」
「別にお前が他の部下と似た境遇だから近付いた訳じゃないんだがな。
 あくまでお前の研究と、その手の魔具が目的だ」
「なら、とっとと実力で奪えばいい。確かに最初の内は、俺ごと引き込もうと
 してたんだろうが、俺が拒否した時点で魔具だけでも奪えばよかっただろ」
 そして、デウスにはそれが出来る。
 また、すべきでもある。
 本気で教皇――――或いは王を目指しているのなら。
「融解魔術を選挙に利用するだけなら、証明だけでいい。融解魔術を制御出来る
 オートルーリングという技術を手に入れた、という証明だ。その為に必要なのは、
 選挙管理委員会の面々に一度、実演してみせるだけでいい。なら俺は不要だろう。
 この魔具だけあれば」
 アウロスの装備している魔具は、このマラカナンで作られた試作品とは違い、
 不具合はない。
 無論、このままでは融解魔術の登録はまだされていないが、論文が手元にあれば
 その方法は記されているし、研究施設もあるのだから、実現出来る可能性は十分ある。
 たった一度の実演程度なら。
「でも、結局お前は今日に到るまでそれをしなかった。その理由を考えたら、
 自ずと答えは出て来る。お前は、俺に危害を加える気は最初からなかった。
 それは俺の境遇を知っていたから。そして、融解魔術を選挙の為だけじゃなく、
 もっと本質的な部分で必要としていたからだ」
 本質的――――すなわち、自分の息子を救う為。
 その為には、融解魔術についてかなり深い所まで理解し、制御出来なければならない。
 ならばオートルーリングに関しても、より専門的な知識を持つ人物が必要となる。
 アウロスが、その最たる適任者なのは言うまでもない。
 境遇と実益。
 その双方の観点から、デウスはアウロスを大事に扱っていた――――
 そうアウロスは確信していた。
「……だからといって、選挙に利用するつもりなのは替わりないんだがな」
 デウスは肩を竦めつつ、そう答える。
 ほぼアウロスの見解を認めるに等しい言葉だった。
 それを受け、アウロスはデウスの先程の質問に答える事にした。
「お前の言うように、俺は親心っていうのを実感した事はない。ただ、親と子の
 あり方について学んだ事はある」
「……学んだ?」
「子供の為に尽くす親、親の為に尽くす子。そういう親子を二組知ってるんでな。
 一組ならともかく、二組も身近にいれば、嫌でも理解せざるを得ない」
 枢機卿ロベリア=カーディナリスとその娘、フレア。
 そして――――総大司教ミルナ=シュバインタイガーとその娘、ルイン。
 共に特殊な境遇にありながら、それでも尚、お互いを思いやる心を持ち続けている。
 この二組の親子を見守ってきたからこそ、アウロスは気付けた。
 デウスが、その息子マルテに向ける本当の眼差しに。
 その光に。
「だから、お前がマルテの為にやろうとしている事については協力する。
 ただし、それ以外については一切手を貸さない。それが俺の回答だ」
 断言したアウロスに対し、デウスは更にその表情を変えた。
 それは何処か、苦しそうにも見えた。
「……お前の言い分だと、俺はマルテの為に選挙に勝って王になろうとしている訳だが、
 なら選挙にも協力してくれるというのか?」
「それはお前本人が一番よくわかってる事だろ?」
 微かに瞼を狭めたアウロスの狭い視線に、デウスは――――ついにその顔を綻ばせる。
 それは決して余裕の笑みではない事を、両者とも知っていた。
「実際に選挙に勝って王になれば、お前はこの国の多くの保守派から狙われる存在になる。
 例え国内最高の権力者であっても、極めて危険な状態だ。当然、それは身内にも同じ事が言える。
 お前が国内最高峰の魔術士なら、尚更矛先は身内の方に向くだろう。非力な息子の方へ」
 そして、それを考えていないデウスではない。
 なら考えられるのは――――たった一つしかない。
「気付いて欲しかったのよね。自分がやろうとしている事が、誰の為なのか。本人に」
「言うな!」
 不意に扉の向こうから聞こえてきた女声に、アウロスは思わず眉をひそめた。
 気配を察知するのは得意ではない。
 だから近くに人間がいた事自体は、驚くには値しない。
 アウロスの心を揺らしたのは――――その声が聞き覚えのある声、それでいて
 この場にいる筈のない人物だった事。
「お邪魔させて貰うわね」
 アウロスを女慣れさせるという名目で、デウスが連れて行った行きつけの高級酒場――――
【ビオレータ】という店名だったと、アウロスは記憶していた。
「あたしの事、覚えてるかしら? "エル君"」
「……ええ。エミリアさん、でしたね。確か」
 デウスは決して『いかがわしい店ではない』と言ってはいたが、明らかに夜の空気を
 まとったその女性は、健全さとは程遠い場所にいる、露出過多な服装そのままに
 エルアグア教会の一室を堂々と闊歩してきた。
「察するに、そこのダメ親父の情報屋のようなものですか。流石に国の頂点を目指す人間は
 雇う情報屋の人数も一味違う」
「……ダメ親父だって。大正解じゃない?」
「うるさい。どうして入って来た? お前の役目は――――」
「はいはい。でも、こんな滅多にない光景、見ておかないと損でしょ?」
 源氏名なのは明らかだが、エミリアと名乗る女性はアウロスの隣まで歩を進めると、
 腰に手を当て、扇情的なポーズで屈託のない笑みを浮かべた。
「貴方が言い負けるのなんて、今後二度と見られないでしょうからね」
「……やれやれだ」
 アウロスはそんな短いやり取りから、先程の自分の発言を訂正する必要性を感じていた。
 ただ情報をやり取りするだけの関係性ではないと。
 尤も、そこから先はアウロスが知りようもない世界なので、口を挟むのは控えておいた。
「一つだけ、確認しておきたい事がある」
 その代わりに、デウスへ向けて問いかける。
「マルテはいつ、グランド=ノヴァの一部を取り込んだんだ?
 エルアグア教会とは縁のない人生を送ってた筈だ」
「左腕を失った時に、治療の為この教会へ運ばれたと聞いている」
 即答したデウスの視線は、アウロスにではなくエミリアに向けられていた。
 彼女が伝えた情報という事だ。
 半ば補足を強制された形となったエミリアは、少し顔を曇らせアウロスと向き合う。
「……九年前の戦争では、多くの負傷者が出たわ。その中には重傷者も沢山いたの。
 施療院では到底ベッドの数も医者の人数も足りなかったから、教会が治療所として利用されたのよ。
 半ば……遺体安置所のような形だったみたいだけどね」
 その説明に入った際、デウスが視線を逸らしたのをアウロスは見逃さなかった。
「片腕を失い、生死の境を彷徨っていたあの子は、極端に免疫力が落ちた状態だったそうよ。
 その時に、このエルアグア教会に漂っていたグランド=ノヴァって人の一部に
 マルテ君が侵食されたのね。意識を乗っ取られかねないくらいの量を」
「成程」
 納得行く説明を受け、アウロスは軽く頭を下げた。
 そして、視線を逸らしたままのデウスに目を向ける。
「マルテの中に居るグランド=ノヴァを分離させる為に、融解魔術専門のオートルーリング仕様の
 魔具を一つ、作ってみるつもりだ。それをやるから、選挙は降りろ。いいな?」
 これまで散々行ってきた交渉とは真逆の構図。
 デウスの返答は――――
「了解、ですって」
「……お前が答えるな」
 エミリアによって行われたが、特に訂正はなかった。








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