「……どういう意味だ?」
 元々、今回は笑顔を全く見せずにいたデウスが、更に険しい顔つきになる。
 ロベリアといる時も、ゲオルギウスといる時も、一切見せた事のない顔。
 敵意と重なる部分もあるが、それとも少し違う気を発し、アウロスを睨んだ。
「俺が選挙以外に融解魔術を使うとでも言うのか?」
「凄んでも無駄だ。もうこっちは確信の域に達してるからな」
「ならばその口でハッキリ言え。俺が一体、何の目的で融解魔術を
 手にしようとしているのか」
 或いは――――デウスも既に悟っていたのかもしれない。
 それでも、自らの口で吐露するのには抵抗がある。
 そう踏んだアウロスは要望に応え、婉曲的な言い回しは避ける事にした。
「マルテの為だろう」
 それは、余りにも単純明快、簡単明瞭な発言だった。
 尤も、デウスの性格、マルテに対する態度、そして生き様を知れば知るほど、
 その答えからは遠ざかる。
 アウロスもまた、この事に気付いたのはごく最近だった。
「……何故、そう思う?」
「"思う"より、"思わない"方を潰した、と言う方が正確かもしれない。
 お前はマルテの実の父親だからな。本来なら、息子の為に父親が何かするってのは
 当然過ぎる当然な筈だ」
 だが、アウロスはその当然を意味としては理解していても、実感として
 理解してはいなかった。
 何故なら、アウロス自身に父親の記憶が一切ないからだ。
 父親像が不明である為、デウスのマルテに対する余りに素っ気ない対応に
 関して、感情論を挟み込む余地がなかった。
 その為、素直にこう受け取っていた。
 この男には親としての愛情はないのだろう。
 利用価値があれば、その都度利用するだけなのだろう――――と。
 だから、デウスがマルテの為に何かをするとは"思わない"、が出発点だった。
「でも、そうじゃない親子だっている、子を想わない、子を子とも見なさない親もいる。
 だから俺は、自然とお前もその中の一人だとばかり思っていた」
「……」
「その前提を取っ払ってみただけだ。そうすれば、お前が如何にマルテの為に
 動いていたか、そして今も動いているかがわかる。合理性だけを追えばな」
 合理性を最優先――――それは、アウロスの信念そのものだ。
 処世術でもある。
 だからアウロスは長きにわたり、『親は子を助けるもの』『子は親を慕うもの』
 という一般論を、合理性の名の下に断じていた。
 そんな親子ばかりではない。
 何故なら実例が沢山あるから、と。
 事実、子を捨てる親は大勢いる。
 アウロスの最も身近にもいた。
 面識は腹の中だけの親が。
 その所為もあって、『子に関心のない親もいる』というより、『表面上、子に関心を示さない親は
 愛情を与えない親だ』という決めつけが、無意識の内に出来上がってしまっていた。
 子を大事にしない親だっているんだ、という、一般論とは異なる実体験を持つが故に
 デウスの父親像をそこへ当てはめてしまっていた。
 けれど、それを一旦取り除いて、マルテの現状とデウスの行動をあらためて見ると、どうなるか。
「マルテには、グランド=ノヴァの意識の一部が混ざり込んでいる。
 俺の知る限りでは、俺と初めて会った時からその兆候があった。
 って事は、かなり前からその状態だったという可能性もある」
 聖輦軍の紋様を知っていた事から、それが強く推察出来る。
 となると――――いずれはマルテの意識がグランド=ノヴァに
 支配されてしまうかもしれない、という懸念も同時に成立する。
 解決方法は何か。
 一つしかない。
 溶け込んだ意識を再び分離させる。
 それが可能だとすれば――――融解魔術しかない。
 原因が融解魔術の人体実験である事は明白。
 グランド=ノヴァ自身が検体となり、エルアグア教会内に自身の身体と
 精神を蒸発させており、その一部をマルテが体内に取り込んでしまった為だ。
 なら、融解魔術によって解除するしか方法はないだろう。
 そしてその方法を実際に試すには、融解魔術の使用、そして制御が必須。
 それはまさに、デウスが長い年月をかけて取り組んでいた事だ。
 選挙の為、自身の野望の為、という点を敢えて無視すれば、息子の為という
 構図が浮き彫りになってくる。
 勿論、これだけなら決め手にはならない。
 ただ、これまでにデウスは幾度かマルテに対し奇妙な接近の仕方をしている。
 例えば――――アウロスをエルアグア教会に招くべく、マルテを誘拐した際。
 あの時、マルテはグランド=ノヴァの部屋に放置されていた。
 単に空き部屋に軟禁していただけ、とも予測できるが、それなら敢えて
 鍵もかかっていない、封術も施していないその部屋に置く意味があるだろうか?
 アウロスは当時、特にその意味を考えもしなかった。
 だが、意味はあった。
 マルテをその部屋に置く事で、マルテの中に居るグランド=ノヴァの意識を
 刺激し、そこにいる事を確認しようとしていたと考えれば、辻褄が合う。
 グランド=ノヴァの意識が表面化すれば、対話によって情報が得られるかもしれない。
 デウスがそう意図していたとすれば、そこには一つの合理が生まれる。
 アウロスが駆けつけた際には、マルテの意識しかなかったようだが――――
「お前はマルテを気にかけていないようで、実際には近くに置きたがっていた。
 最初に俺を引き抜いた時にも、結局は四方教会の拠点で寝泊まりさせていたし、
 グオギギ=イェデン拉致の件でも、サニアにマルテを連れてくるようお前が
 命じていたんだろう。グオギギ=イェデンはマルテの中に居るグランド=ノヴァと
 同世代の魔術士らしいな。あの拉致も、本当はマルテの中のグランド=ノヴァを
 刺激する、若しくはグランド=ノヴァの情報をグオギギ=イェデンから
 得る為だったんじゃないのか?」
 本来、105歳のグオギギ=イェデンとの対話は望めない。
 だが、それを可能とする人物――――正確にはその人物が持つ魔具が存在する。
 チャーチの持つ神杖ケリュケイオンがそれだ。
 その杖なら或いは、マルテの中のグランド=ノヴァと直接対話が出来る可能性すらある。
 ならば、デウスがチャーチと繋がっていたのは、マルテの為――――
 そんな推察も可能だ。
 だが、問題が幾つかあった。
 融解魔術を調べる上で、どうしても避けられない問題。
 その中の一つが、融解魔術が眠るここエルアグア教会を取り仕切るミラー姉弟、
 その弟に当たるゲオルギウス=ミラーだ。
 彼もまた、体内にグランド=ノヴァを有していた。
 マルテの中に居るグランド=ノヴァの意識とは違い、こちらは教会を守る立場、
 姉と自分の立場上、いずれは邪魔となるであろうデウスに対し、
 少なからず悪感情を抱いている人間の意識と融け合っている。
 なら当然、敵意を向けてくる可能性が極めて高い。
 そのゲオルギウスを最大限に警戒しながら、融解魔術について、そして
 マルテについて調査と観察を続ける。
 庶子とはいえ、教皇の息子という立場を捨て、デ・ラ・ペーニャの聖地を歩き回って
 いたのは、融解魔術を発動させるにはどうすればいいかを調べていたから。
「そして、教皇じゃなく"王"にこだわっていたのは、世襲制を意識して。
 自分が王になれば、息子のマルテが次期国王になる。その為に、国王を目指していると
 喧伝し続けている」
 全ては、息子の為に――――
「それが、デウス。お前という男の正体だ」
 魔具を装備した指で、その顔を差しながら、アウロスはそう断言した。









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