魔術士の暗殺者。
 それはデ・ラ・ペーニャでは決して珍しくはない。
 ただ、魔術士が一対一で戦う事も、暗殺者が一対一で戦う事も、稀有なケース。
 その時点で既に、暗殺者のペースではない。
 けれども、暗殺者の綴るルーンの配列は、そんな不利を無意味なものにする程の魔術だった。
「おいおい……街中で【審判の終】かよ」
 黄魔術最高峰の威力を有する攻撃魔術。
 光波を放つという、非常にシンプルな構造の魔術だが、その分威力と速度に大きな比重を
 置いている為、使い勝手は良い。
 ただしその分、魔力の消費は大きい上、制御は困難。
 ある程度の経験と才能を持った臨戦魔術士でも、その出力の際に大怪我をしたり
 大きく標的から外してしまったりする事がよくある為、実戦で使用される事は決して多くはない。
「この狭い中じゃ、避けられねーな」
 デウスは今にも完成するその大魔術を前に、自身もルーンを綴る。
 それは【玻璃珠結界】。
 黄魔術専用の結界だが、少しルーン配列のクセが強く、制御がやや難しい結界でもある。
「……」
 そのルーンを見た暗殺者が一瞬、口元を緩める。
 それが何を意味するのか、デウスにはわからなかったが――――
「死ねええええええええええええええええ!」
 考える暇もなく、強烈な怒号と共に、【審判の終】は放たれた。
 ただし――――デウスにではなく、デウスの左右にある壁の内に、右側の壁に向かって。
 当然、壁は強烈な爆発音と共に破壊され、その一部が吹き飛ぶ。
【玻璃珠結界】は、黄魔術以外の魔術は勿論、物理的な衝撃を防ぐ結界ではない。
 破片の幾つかは、直ぐ傍にいるデウスの身体にも直撃した。
「はっはーーーーーーっ! お偉いさんのお遊びにつき合う程暇じゃないんだよね!」
 その破片の一つが、デウスの目の辺りを掠めたのを確認し、死角になる位置を
 確認した上で暗殺者は跳ぶ。
 それも、ルーリングしながらの跳躍。
 それは臨戦魔術士の中でも特に実戦経験を積んだ者にしか出来ない、高等技術だった。
「……惜しいな」
 だが――――そのルーリングが完成する前、それもかなり前、ルーンは霧散した。
 一切の奇を衒わず、結界をキャンセルした後に再度ルーリングし、
 そして放たれたデウスの【審判の終】によって。
 暗殺者の【審判の終】が壁に直撃する前から、既にルーリングは始まっていた。
 破片が身体に当たろうと、目を掠めようと、まるで意にも介さず。
 何より、暗殺者よりも数段速く、そして数段鋭いルーリングによって出力された
【審判の終】は、暗殺者のルーンだけでなく、身体をも消失させた。
「だが、仕方ない。信念がある以上はな」
 路地裏を凄まじい速度で、しかも一切壁に当たらず飛んでいく自分の放った光波を
 眺めながら、デウスは眉一つ動かさず、そう呟く。
「それが大人の宿命ってヤツなんだよ」
 だがそれでも――――何処か寂しそうに。

 


「……デウス師は、教皇の息子という立場で生きた事はないと言っていた。
 恐らく真実であろう。庶子故にな」
 暫く間を空けた後、サニアは少し声のトーンを落とし、そう呟く。
 先程から吹いていた乾いた風は、いつの間にか止んでいた。
「そういえば、前教皇に嫡子は?」
「おらぬと聞いておる。正室が子宝に恵まれなかったのか、他に理由があるのかは知らぬがな」
 アウロスの問いに、サニアは余り気の入らない口調で答える。
 話が脱線するのを防ぐ為と判断し、アウロスは余計な追及を控える事にした。
「そのような生い立ちもあり、デウス師は親の愛情を知らぬ魔術士を
 積極的に引き取った。それが我であり、ティアであり、トリスティだ。
 デクステラは……真相がどうなのかは今となってはわからぬ」
 自分達を裏切り、幽閉したかつての仲間の名を、サニアは特に感情を込めずに口にする。
 それはそれで、感情の表れでもあったが。
「我は生まれ落ちて直ぐ、親から"売り捌かれた"。その後は養成所で生きる為の術を
 学んだものだ。フレアと同じ立場だと言えばわかりやすいか」
「不幸自慢だったら余所でやれ」
「手厳しいな。ま、そう言うな。親がいないのは我ばかりではない。トリスティは
 過去の記憶を失っておるが、どうやら親から酷い虐待を受けていたようでな」
 次々とサニアに口から出て来る気が滅入るような話に、ラディは生気を失ったような顔で
 自分の身体を摩る。
 ルインもまた、居心地の悪そうな顔でアウロスの方へ視線を向けていた。
「ティアは死別したそうだが、死因は定かではない。ただ、あ奴は多少恵まれておったようで、
 両親の死後、メイドに引き取られたようだ。ウェンブリーのな」
 その視線が――――不意に揺れる。
「……ウェンブリーの、メイドですって?」
「うむ。どうやら間違いないようだな。"死神を狩る者"、貴様と仲の良かったメイドだ」
 それは余りにも唐突な、そして数奇としか言えない繋がりだった。
「その後、メイドは殺されてしまったようだが……一時は貴様の仕業だとティアは疑って
 おったようだ。どうやら違うらしいが」
「……」
 ルインの目は視点が覚束ず、虚空を彷徨っている。
 まるで迷子の子供のように。
「ティアを褒めてやってくれぬか。"死神を狩る者"がこの地にいると知り、
 その姿を目にした時も、動揺した素振りを見せずにいた。あ奴も成長しておる」
「確かに、彼女の性格からしたら、驚嘆に値するかもしれない」
 アウロスは敢えて肩を竦め、そしてルインの方に顔を向ける。
 慣れない、穏やかな表情で。
「一度、話を聞いてみてもいいかもしれないな」
「……ええ」
 ルインの目が、一所に収まった。
「えー、コホン。それで、その不幸な生い立ちの人達の集まりが四方教会ってのは
 よくわかったけど、結局それが何なのさ」
 半ば強引に話を本筋に戻したラディに対し、サニアは一つ頷いた後、アウロスの方に顔を向ける。
 いつの間にか、鋭さを有した目で。
「アウロス。貴様は以前、我らが必ずデウス師の役に立つ日がくると、そう言ったな?」
「ああ、言った」
「今も考えに変化はないか?」
「ない」
 言葉だけを切り取れば素っ気ないアウロスの返事。
 しかしその返事は力強く、サニアの頭に響いていた。
「ならば、貴様は"真相"に辿り着けるかもしれぬな。デウス師の口からは
 決して漏れる事のない真相に……」
 意味ありげに、問いかけるでもなく語るサニアに、アウロスは――――
「恐らく、な」
 多少曖昧にだが、そう答えた。
 それにはサニアも驚きを隠せず、頬杖を突いていた腕を思わず白色の机にパタン、と落とす。
「貴様は……何処まで先を読めるのだ? 賢者か何かか?」
 そんな大げさな物言いに、アウロスは思わず首を左右へと振った。
 同時に、思い出す。
 以前、デウスに向かって自分が言い放った"あの称号"を。
「正解かどうかはわからない。それに、俺の手柄って訳でもない。ただ、四方教会の意味と、
 デウスの目論見についてはほぼ理解してるつもりだ。だから……」
 尤も、今となっては何の縁もない称号となっていた。
「明日、決着を付けるつもりで行く」

 ――――その宣言が実現するのであれば。








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