魔術分野に限らず、研究は常に終わりのない冒険であり、
 いつでも終わる事の出来る旅でもある。
 ただし、自分の足が止まった時が終了かというと、そうとは限らない。
 大学であれ研究所であれ、何かしらの施設に身を寄せて研究をする場合、
 仮に自分が特定の研究に区切りを付けたとしても、その研究は
 他の誰かによって継続される事の方がずっと多い。
 その誰かと面識がなくともだ。
 例えば、とある一つの魔術について、誰かがそれを発案したとする。
 その魔術は非常に優れた攻撃魔術で、少ない魔力量の消費で
 広範囲に高い殺傷力を発揮出来る為、完成すれば確実に魔術史に残る
 偉大な発明となる。
 そして事実、その魔術が完成し、実際に多くの魔術士に使用される
 スタンダードな攻撃魔術となった場合、発案者の名前が歴史に残るかというと――――
 実はそうとは限らない。
 もしその魔術の開発が極めて困難で、発案者が志半ばで挫折したり
 諦めたり死去したりして、別の誰かがその魔術の研究を引き継ぎ、
 発案者とは異なるアプローチを思いついて見事に完成させれば、
 その完成させた人物こそが名を残すだろう。
 この場合、どちらがより重要であるかという点は余り関係ない。
 どちらが欠けていても、この攻撃魔術は世に出なかったのは明白だが、
 功績を称えられるのは"完成に導いた人物"、つまりは最終走者だ。
 当然、魔術を扱う専門の学者の間では、発案者も称賛を受けるだろう。
 けれど一般人、或いは臨戦魔術士といった人々は、新たな魔術が
 世に出た時にその発案者にまで目を向けない。
 発表した人物、或いは論文のファーストオーサーに記載された人物だけを記憶する。
 そしてこの場合、ファーストオーサーに発案者の名前が載る事はない。
 これが研究という分野における、一つの真実だ。
「それはわかったけれど……融解魔術専用のオートルーリングの魔具を作る事と
 一体なんの関係があるというの?」
 テラスに乾いた風が間断なく吹き付ける中、ルインの冷えた声がアウロスを小突く。
 もしこれで実は関係ないと答えれば、声が青魔術になりそうな鋭さを有していた。
「っていうか、融解魔術って確か、あのエルアグア教会に封印? か何か
 されてる危ねー魔術でしょ? そんなマイナーな魔術の専用にしてどうすんのさ」
 逆方向からはラディの罵声にも似た疑問。
 こちらは黄魔術のような、神経を逆撫でする痛みを生じさせる厄介な声だった。
 仕方ないので、両者に向けて共通の説明となるよう、脳内を整理。
 溜息二つ分の時間でそれは済んだ。
「……俺は、ウェンブリー魔術学院大学でオートルーリングを完成させたと
 思っていた。少なくとも商品化までは持っていけると踏んでいたし、
 ミストもそう判断したからこそ、あのタイミングで俺を切ったんだろう」
「けれど実際には欠陥があった。余りにも安易で浅慮な自らの研究を恥じると共に、
 自分は何て愚かなのだろうという後悔と自責の念に矮小な自尊心を屠られ
 挫折した。それで?」
「……それで、じゃなくてな」
 妙な方向に変質していたルインの口の悪さに、アウロスは辟易を超えた感情を覚え、
 薄く痛む眉間を親指の第一関節で押さえ顔をしかめた。
「とにかく、欠陥があったのは確かだ。そしてその内、魔具の変質に関しては
 商品化する上で重大なものと言わざるを得ない。新しく開発した魔具を世界中に
 広める事を想定した以上、気候による材料の変質は考慮しておくべきだった」
 挫折――――とまではいかないが、アウロスは実際自責の念に苛まれていた。
 とはいえ、魔具の材料の保管状況まで想定して研究をする魔術士は、まずいない。
 そもそも魔具に関しては魔具専門の魔術士、大学の場合は魔具科の共同開発者が
 全面的に監修するのが常なので、本来ならウォルトの責任となるだろう。
 とはいえ、オートルーリング専用の魔具には通常の魔具では使用しない材料、
 メルクリウスやノクトーンを使う為、今回のような問題が生じたが、
 普通は魔具を開発する上で使用する材料に保管状況で変質する物は含まれない為、
 そこまで気に留めろというのは酷だ。
 ウォルトに落ち度はない。
 あるなら、メルクリウスやノクトーンを使用すると思いついた自分にある。
 自分が気付くべきだった――――それがアウロスの見解だった。
「なんていうか……研究って大変なんだねー」
「今更言う事ではないと思うのだけれど」
 唯一、研究分野と縁のないラディのそんな気の抜けた声に、ルインが
 呆れた様子で首を左右に振る。
 そんな二人に挟まれたアウロスはというと――――後ろ向きな発言をしながらも
 前を向いていた。
 単に、その視線の先に見知った人物がいたからなのだが。
「道理で、デウス師が我を止めない訳だな。そういう事情か」
 その人物――――サニアは納得した様子でテラス内を歩き、近付いて来る。
 戦闘とは無縁の研究所内でありながら、戦闘人格のまま。
 ルインは一瞬身構えようとしたが、アウロスはそれを左手で制した。
「案ずるな。我はデウス師とそこの惚けた厄介者との交渉役を買って出た故に
 ここへ現れただけに過ぎぬ。一応、その報告をしておこうと思ってな」
「交渉役……?」
 その言葉に最も縁のあるラディがいち早く反応を見せる。
 サニアは一つ頷き、アウロスの対面に腰かけた。
「そこの厄介者は、ロベリア=カーディナリスとその娘にかなり気に入られている
 ようなのでな。教皇選挙に際し、有益な情報交換が出来るやもと思い、我自ら間者を申し出た」
「間者って……こんな所で堂々と名乗るものなの?」
 当たり前としか言いようのないルインの指摘に、サニアが口の端を吊り上げる。
「我はデウス師の弟子であり、彼の成功の為に尽力する身。しかし、そこにいる
 厄介者にも幾つか借りを作っておるのでな。騙すような真似はしたくない」
「……話は聞くから、厄介者を連呼するのは止めてくれ」
 頭痛は若干酷くなったものの、アウロスは眉間に当てていた指を収め、
 その目をサニアへと向けた。
「その様子だと、お咎めはなかったみたいだな」
「多少、時間を置いたのがよかったのかもしれぬ。その礼も兼ね、貴様の元へ来た」
 元へ来た――――それはつまり、行動を共にするという意味。
 瞬間的に、ルインが右、ラディが左の瞼をピクリと動かす。
「枢機卿に関してもそうだが……それ以上に気になる事があってな」










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