「ほう。そう言い切ったか」
 
 ――――それからまた一週間後。
 意を決し、エルアグア教会へと戻ったティア、サニア、トリスティの三人を
 待っていたのは、デウスの何処か楽しげな笑みだった。
 部屋も以前と全く変わっておらず、四方教会エルアグア支部とでも言うべき
 広さを保ったまま、若干書物の類が増えているのみ。
 デウスは依然として、この部屋を拠点としていた。
「それについては奴の誤解だな。俺はあくまで自分の為に教皇選挙を勝つつもりだ。
 俺にとっては国王選挙だが」
「ふむ。あの男でも読み違える事があるのだな」
 デウスの回答に対するサニアの感想は、アウロスを高評価している証でもある。
 そしてそれは、デウスとほぼ同じ評価でもあった。
「それにしても……よく無事で戻ってきたな。その点、あの男には感謝する必要が
 ありそうだ。随分とよくして貰ったようじゃないか」
 一通り報告を受けたデウスの総括は、三人が懸念していた失望や諦観ではなく
 慈愛に満ちたもの。
 それに対しトリスティは安堵の息を漏らすも、ティアとサニアの表情は硬いまま。
 その空気を察し、トリスティも慌てて緩めた気持ちを引き締める。
 実際、デウスに厳しい様子は微塵もない。 
 ――――デクステラが裏切り、姿を消したというのに。
「あ、あのー……デウス師匠、やっぱり知ってたんですか? デクスっちが、その……」
「奴がテュルフィングの一員で、俺の監視役だという話ならば、知っていた」
 淀みなく断言するデウスに、三人は言葉もなく俯く。
 自分達と同じ立場に、自分の敵となる人物を配置していた事。
 裏切る可能性が高いとわかっていながら、敢えて自分の部下としていた事。
 決して不信や怒りはないが、納得のいく説明が欲しいという欲求は
 抑えきれていない。
 その様子を察知し、デウスは笑みを消した。
「お前ら、強い人間ってのはどういう人間だと思う?」
 そして、唐突に投げつけられた質問。
 三人にとって強者の象徴は今、目の前にいる。
 当然ながら、返答はその視線をもって行われた。
「成程。確かに俺は強い。魔術士の中では天才なんだろう」
 臆面もなく、だが誰も反論する筈もないその自画自賛は、
 それでも何処か哀愁を帯びていた。
 まるで、自虐的であるかのように。
「だがそれは強い理由じゃない。俺はな、自分のなりたかったモノに
 なれなかった奴が強いと思ってる。或いは、強くなるとな」
「自分の……」
「なりたかったモノ……」
 ティアとサニアには心当たりがあったらしい。
 一方、トリスティだけはピンとこない様子でデウスの言葉に
 ただ頭を捻っていた。
「メイドになれず魔術士となった奴、何かになりたいという希望を持つ前の
 段階で魔術士とならざるを得なかった奴。そういう奴は強くなる。デクステラもまた、
 その一人だった。俺はそういう奴を見つけるとどうしても期待しちまう」
 デウスの言葉が誰の事を示しているのかは明白だった。
 ティアとサニア、二人の顔が上がる。
「その期待で目が曇った訳じゃない。実際、デクステラは有能だっただろう?
 お前らをまとめるのに、あいつ以上の適任者はいなかった筈だ。その事について、
 俺は一切後悔はしていない。だが……お前達が危険な目に遭った事実も拭えんな。
 全ては俺の責任だ」
「そ、そんな! 御主人様の所為じゃ……」
「それでも、俺はデクステラがお前達に危害を加えるつもりはなかったと断言出来る。
 テュルフィングとルンストロムの盟約によってお前達が人質にされる……
 その事実を知り、それなら自分が捕らえる事でお前達を最も安全な方法で
 人質にするつもりだったのだろう。居場所をアウロスに教えたのがその証拠だ」
「あ……」
 その内容は、ここへ帰る前にアウロスも言っていた事だった。
 口裏を合わせる筈もない二人が断言した事で、納得度は増す。
 デクステラは裏切り者――――だが、決して望んでいた訳ではない。
 三人の中で、それが結論となった。
「とはいえ、デクステラの意向がテュルフィングとルンストロムの行動に
 どこまで反映させられるかは未知数だった。実を言うと、お前達を捕らえたのが
 デクステラなのは十中八九予想出来ていたが、確証がなかったから動けなかった。
 俺が動けば、連中は過剰に反応する。何よりデクステラは俺の思考をかなりの部分まで
 読めるだろうからな。他人に任せるのが安全だと判断した」
「だから、アウロっちに任せたんだ……?」
「口頭で直接依頼した訳じゃないがな。お陰で"あの男"と対話出来たのだから
 もう一つ感謝を上積みしなければならんか」
 あの男――――デウスの口にしたその人物が何者か、ティア達は知らない。
 その人物の正体、そしてデクステラがアウロスと一戦交えた日、
 デウスがこのエルアグア教会の地下で何をしていたのかを。
「……」
「そんな顔をするな、ティア。別に隠す気はない。ある男というのは
 ゲオルギウス=ミラーだ」
 意味深な物言いをした事を後悔し、デウスは苦笑いを浮かべる。
 情緒不安定なティアは、ちょっとした事で直ぐに動揺する為、
 臨戦魔術士としての力量はともかく、向き不向きで言えば不向きの部類に入ると
 密かにデウスは評価していた。
 出来れば、戦場には送り込みたくないと。
「だが、正確にはゲオルギウスの事じゃない。この辺は少々ややこしいんだが……」
「なんだったらボクが説明しようか?」
 不意に、緊張感に欠けた女声が入り口の方から聞こえてくる。
 声の主は、確認するまでもなく一人称が語っていた。
「おう、来たか。グオギギ=イェデンの玄孫」
「来たよ。元教皇の孫の父親」
 お互い、何故か名前で呼ばずに不敵な微笑み合い。
 大した意味はなく、単なる軽口の類だった。
「取り敢えず、ウチのジジイは安定してる。峠は越えたみたい」
「と、峠……?」
 唐突に出て来た穏やかでない言葉にトリスティが驚きの声をあげる。
「齢105といえば、生きた化石も同然だからな。ちょっとした刺激が死因になっても
 不思議じゃない。一応、健康面には気を使わせて貰っている」
「ま、そうじゃなかったらボクが黙っちゃいないけどね」
 高祖父っ子のチャーチは口調こそ飄々としているものの、
 割と本気の目をしていた。
「で、ゲオルギウスはどうしている?」
「そちら様が強引に"落とした"所為で、まだ寝てるよ。もう少し老人を労る心を
 身につけた方がいいんじゃないの? 仮にも王様を目指すなら」
「中身は百戦錬磨の老人で肉体は国内有数の若い魔術士だぞ。手加減すればこっちも血を流しかねん」
「よく言うよ。掠り傷一つ負ってないのに」
 あの日――――チャーチやアウロス達がエルアグア教会の地下を出て教会周辺の監視役や
 デクステラと戦っていた時、デウスは地下でグランド=ノヴァの意識の一部を内包した
 ゲオルギウスとの戦闘を行い、勝利した。
 だがそれはデウスにとって大した意味はない。
 ゲオルギウスの中に存在するグランド=ノヴァの意識を表に引きずり出す事に成功した
 理由にこそ、デウスの知りたい情報が凝縮されている。
 その為に必要だったのが――――グオギギ=イェデンだった。
「"実験"の結果はどうだった?」
「案の定だったよ。ウチのジジイといる時には、あの生霊が前に前に出てくるみたい」
「やはり、融解前の記憶は残っているようだな。断片的にだろうが」
 ティア達が両者のやり取りの真意を掴めず所在なさげに待ちぼうけする中、デウスは
 満足げに二度ゆっくり頷き、そしてその目をサニアへと向ける。
「疎外感を味わわせて悪かったな。詳しくは後で話すが、ゲオルギウス=ミラーは
 少々厄介な"病気"を抱えていてな。その病気の治し方を探っている最中だ」
「ふむ……もしや御子息と同じなのではないか?」
「ほう、相変わらず鋭いなサニア。その通りだ」
 デウスがそう答えると、サニアは一瞬顔を曇らせ下唇を噛む。
「……やはり、アウロスの見解は正しいかもしれんな」
 だがその所作も、そして漏らした呟きも微少なものだった為、
 デウスに気付かれる事はなかった。
「話を少し戻すが、俺はこの国を蘇らせる為に四方教会を作り、そしてお前達を
 幹部とした。その事に後悔はない。そして今も、選挙に勝つ為にはそれが最適だったと
 思っている。だからお前達が俺に引け目を感じる必要はない。引き続き、俺の為に働いてくれ」
「了解しました」
「勿論!」
 ティアとトリスティが即座に快諾の返事を唱える一方――――
「……」
 サニアだけは、熟考するかのように虚空を眺め黙っていた。
「サニアっち、どーしたの?」
 心配そうに問いかけるトリスティ。
 それがきっかけであるかのように、サニアは意を決して顔を上げる。
「デウス師。我をアウロスとの交渉役にするといい。幸い、ロベリア=カーディナリスの
 屋敷に部屋を間借りしてある。競争相手の情報も手に入れられるやもしれぬ」
「……お前を間者にしろと言うのか?」
「似合わぬのは承知。だが、デクステラのいない今、適材適所という訳にもいくまい」
「アウロスは容易に見抜くぞ? あの男の洞察力は俺と同等、下手すればそれ以上だ」
「……」
 二人のやり取りを眺めながら、ティアが奥歯を噛み締める。
 デウスは普段、他人を褒める事は少ない。
 部下であるティア達についてはある程度持ち上げるが、それはどちらかというと
 やる気を出させる目的の方が大きい。
 それを知っている為、ティアはアウロスを語る時のデウスが少しだけ嫌いだった。
「無論、それも承知している。その上で、見極めたい事もある」
「……いいだろう。好きにしろ。ただし、動いて貰いたい時には連絡を入れる。
 風通しは良くしておけ」
「感謝しよう」
 サニアは終始戦闘モードのまま、深々と頭を下げた。

 この日、四方教会は一つの転機を迎えた。








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