ヴィルノー総合魔術研究所に入所したアウロスに与えられた役職は
〈協力研究員〉という、余り特別感のないありふれたものだった。
 尤も、それはメルオットをはじめとした研究員がアウロスの入所を
 歓迎していない訳ではなく、余り目立ちたくないというアウロスの
 意向に最大限配慮してのもの。
 実際にはオートルーリングの開発者として、歓待といっても過言では
 ないくらい好意的に迎えられた。
「無断でオートルーリングの研究をしていた負い目なんじゃないの?」
 研究所のテラスに設置された白色の机と椅子で軽食をとるラディの
 皮肉めいた発言を、その対面に座るアウロスはマラカナン特産の
 琥珀色の果汁ジュースを口に含みながら聞いていた。
「とはいえ、させていたのはエルアグア教会だからな。この研究所の人達に
 落ち度は何もない」
「あれ、えらく肩持つじゃないさ。もしかしてここに骨を埋めるつもり?」
「まさか。ただ、欠陥の修正とは別に、ここに暫くいなくちゃならない
 理由があるのは確かだな」
「初耳。納得いく理由を聞かせて欲しいものね」
 そうジト目で呟いたのは、アウロスの隣に座るルイン。
 このヴィルノー総合魔術研究所は白が基調らしく、研究員の制服も
 白ローブだし、石造りの壁も床も大理石と徹底してある為、ルインの
 黒ずくめの格好は明らかに浮いている。
 居心地の悪さもあってか、余り機嫌はよくなさそうだった。
「一言で言えば、今後の為だ」
「それだけの説明で足りると思う?」
 ルインの瞼が更に落ちる。
 三角帽子の影が目に掛かり、その様子は久々に彼女の中の魔女性を色濃くしていた。
「別に秘密にする理由もないでしょー? 少なくともここにいる中で
 今更ロスくんを裏切ろうとする人、いないしさ」
「貴女がよくそんな事を言えたものね」
「あう……だから"今更"って言ったじゃないのよう」
 魔女に凄まれ、ラディは視線を逸らすべく机の上の鶏肉のソテーへと移した。
 若干、減っている気がした。
「……ロスくん?」
「別に情報漏洩を恐れてる訳じゃない。秘密主義って訳でもない」
「コラ誤魔化すな! アンタ、私の肉盗ったでしょ! 私の身体の一部になる
 このお肉を勝手に食べたでしょ! つまり私を食べたも同然! どうしてくれんの!」
「体裁の悪い事」
 周囲の研究員の白い目に、ルインは思わず溜息を吐く。
「それで、話してくれるの?」
「ああ。少し長くなるけど、それでもいいなら」
「簡潔になるよう努力なさい」
 有無を言わせないルインの手短な反論に、アウロスは眉間を親指の
 第一関節で抑えた後、首肯した。
「もうすぐ行われる教皇選挙を利用して――――」

 


「――――オートルーリングの発案者、開発者はアウロス=エルガーデンだと
 大々的に主張する。要はそういう事なのだな?」
 その日の夜、ロベリア邸に帰ったアウロスは昼間と同じ質問をティア、サニア、トリスティの
 三人から受け、同じ答えを返していた。
 最終的にデウスの元へ戻ると結論付けたものの、中々踏ん切りが付かないのか、
 この屋敷に寝泊まりしてもう一週間になる。
 その間、三人はやる事がない為、ずっと屋敷内の掃除をしていたらしく、使用人が
 暇になるほど建物内は清潔感に溢れていた。
「ああ、そうだ。その為には研究所の施設や人員が必要不可欠だから、俺にとって
 ヴィルノー総合魔術研究所は打って付けの場所になる。紹介してくれた事には感謝してる」
「それは構わぬが……一つ疑問がある。何故マルテに聞かなかった?」
 サニアの問いかけに、アウロスは答えるべきかどうか一瞬迷ったものの――――
「負い目を感じているみたいだからな。極力、この件については触れないようにしてる」
 自分の中の"グランド=ノヴァ"の仕業とはいえ、無断でオートルーリングの魔具を作らせ
 そして使用し、尚且つアウロスと戦った事は、マルテにとって今も彼自身を傷付けている。
「気持ちはわかるかなー。オレっちも昔の事全然記憶にないから、そこで何やらかしてたのかって
 思うとドンヨリしちゃうよね。たまーにだけど」
「トリスティの言っている事は、マルテ様の悩みとは少し質の違うものだと思いますが」
 ようやく、以前のような空気感に戻ったティアがそう指摘するように、
 マルテの罪悪感はトリスティとは少し違う。
 自分の知り得ない自分への恐怖よりも、アウロスの害悪となった事実が彼を苦しめていた。
 そしてそれは、それだけアウロスの事を慕っている証でもある。
「それで、具体的には貴様のオートルーリングと教皇選挙がどう繋がるというのだ?」
 ただし、それをトリスティに説明すると長くなるので、サニアは率先して
 軌道修正を試みた。
「ここから先は、お前らに話すと一悶着ありそうだから遠慮したいんだが……」
「心配無用です。既に私達は精神的安定を取り戻しつつあります。
 多少の無礼な発言、無配慮な行為があったとしても、受け流すだけの余裕があります」
 そう断言したティアを一応信じ、アウロスは説明を始める事にした。
「俺は、デウスは選挙で負けると思っている」
「この無礼者! そこに直りなさい修正します!」
 結果――――数秒で一悶着あった。
 尤も、サニアが瞬時にティアを取り押さえたので大事には到らなかったが。
「貴様、この展開を想定してわざとその話題から入ったな?」
「その方が取り押さえる側としてもやりやすかっただろ。説明が進んだ段階よりは」
「確かに、身構えてはいたがな……ティアよ、貴様がデウス師を慕っているのはわかるが
 いちいち取り乱すでない」
 唸るティアを羽交い締めにしながら、サニアはまるで妹にでも話しかけるように
 そう諭していた。
「そうだよ。敢えて言わなかったけどさ、デクスっちに三人して捕まったのも
 元はと言えばティアっちの所為だしさあ。デウス師匠が困ってるからとか何とか言われて
 あの宿に集められて……オレっち行きたくなかったのに、無理矢理ティアっちに引きずられてさ」
「くっ……」
 ブツブツと不満を呟くトリスティにティアは凄まじい形相を向けるも、
 次第に身体を弛緩させ、最終的には項垂れてしまった。
「確かに、私は御主人様……デウス様の事になると頭に血が上る悪癖があります。
 その事で仲間を危機に晒したのも事実。四方教会の一員として恥じます」
「わかればよい。それでアウロスよ、何故デウス師が勝てぬと思う?」
 冷静に、しかし微かな感情の昂ぶりを覗かせ、サニアが問う。
 アウロスは少し疲れた様子で、それでも正直に本心を語る事にした。
「デウスは、自分の為に王様になろうとは思っていないからだ」
 それは――――四方教会の三人にとって、まるで想定外の答えだった。









  前へ                                                             次へ