魔術国家デ・ラ・ペーニャには数多の研究所が存在する。
 それは研究の他にも臨床、教育を柱とした"大学"という形態をとっているケースもあれば、
 研究に特化した一組織の事もある。
 そして後者の場合、教育はともかく臨床については別の機関との協力が本来は必須なのだが、
 多くの研究所は魔術士ギルドや教会と連携する事でその問題をクリアしている。
 逆に、魔術士ギルドや教会が魔術の研究をする為に研究所を設立するケースも多く、
 その場合は出資者たる組織の子飼いという立ち位置になる。
 ヴィルノー総合魔術研究所は、エルアグア教会によって立ち上げられた子飼いの研究所の
 一つであり、同時にマラカナンでも屈指の開発力を誇る研究所としても知られていた。
「まさか、このような技術が実戦レベルで使用可能となるとは思いもしませんでしたよ。
 オートルーリング……一攫千金論文の一つとしか思っていなかった自分を恥じます」
 その研究所の所長、メルオット=クロックはアウロスの突然の訪問を想像以上に
 快く歓迎し、自ら所内の案内を買って出た。
 まだ三十代と思しき男性だが、有名な研究所の代表者とあって落ち着いた雰囲気。 
 研究者らしく線の細い身体ではあるが、血行の良さそうな顔でニコニコと笑顔を絶やさない。
 常に寝不足と気怠さで疲れた顔をしている大学の研究員とは違い、メルオットには
 精神的余裕が垣間見えた。
「同じ魔術研究の施設でも、大学とは随分違う雰囲気なのね」
 アウロスに同行したルインも同じ感想を抱いたのか、そう呟く。
 そしてその後ろから付いてきているラディは落ち着きなく周囲を
 キョロキョロ眺めていた。
「私は大学に務めた経験がないので、その違いについても非常に興味がありますが……
 それよりも、オートルーリングの生みの親と仰る貴方の来訪が何を意味するのか、
 そちらの方がより興味深いですね」
「研究者らしい、回りくどい言い方だな」
「嫌いではないでしょう?」
 メルオットの確信めいた言葉に、アウロスは嘆息しつつも否定しなかった。
 尤も、そんな言葉遊びに興じている余裕はない。
 この研究所へ足を運んだのには、相応の目的がある。
 ただし、エルアグア教会の子飼いであるこの研究所が、アウロスの
 頼みを聞いてくれるかどうか。
 ある種の"賭け"を孕んだ来訪だった。
「オートルーリングの論文、僭越ながら拝見させて頂きましたよ。ファーストオーサーは
 ミスト教授となっていましたが……」
「それはガセ! 本当はこのロスくんが着想から実験までぜーんぶやったの! それを
 あの教授、顔が怖いのをいい事に全部自分の手柄にしちゃったの! 最低よね!
 いっその事、不意に水面や窓に映った自分の怖い顔にビックリしてショック死すりゃいいのに!」
 いつの間にかアウロスの隣に来ていたラディが捲し立てる中、メルオットは
 徐々に真剣な顔つきへと移行していた。
「……やはり、大学ではそのような行為が日常的にあるものですか?」
 そして、誰にともなく問う。
 答えるべきなのはアウロスだったが――――
「ええ。出世の為に教え子や部下の研究を盗むなんて、全然珍しくない。そういう世界よ」
 回答を口にしたのはルインだった。
 それも、何の感情も込めずサラリと。
「彼がオートルーリングの研究をしていたのは、彼にオートルーリングに関する質問を
 すれば直ぐにわかるでしょう。一応、この技術には誰よりも精通しているのだから」
「そうなりますね。では、早速こちらへ」
 納得しながらメルオットが案内した先は――――オートルーリング用の魔具を
 製造しているという工房への入り口だった。
「ここで、マルテという少年が使用していたオートルーリング専用の魔具を
 作りました。大量生産には相当な量の低純度メルクリウスと生物兵器ノクトーンが
 必要なので、現時点では数個しか作れていませんが……」
 その説明を聞きながら、アウロスは一足先に工房へ入り、
 室内の壁をくまなくチェックし始めた。
「あの、何を……?」
「いえ。それより、魔具を見せて貰っても?」
「はあ、構いませんが……」
 戸惑い気味のメルオットの返事を受け、アウロスは工房の収納箱に収められていた
 魔具の中の一つを手に取った。
 そして――――
「……やっぱりか」
 そう呟き、直ぐにルーリングを始める。
「え?」
 ルイン以外の二人が目を丸くする中、アウロスの指が一文字のルーンを綴る。
「ちょっと君! こんな所で……!」
「大丈夫よ。一応、あれでも常識人だから」
「そうかなー。割と無茶するタイプでしょ? あいつ」
 ルインとラディの意見が割れる中、慌てふためくメルオットの目に
 迫り来る炎の球体が――――
「なあっ……!」
 室内の壁にぶつかり、霧散する瞬間が映る。
 研究所の壁には大理石が使用されており、炎の球体が衝突した程度ではビクともしない。
 だが、例えそれを事前に確認したとしても、何の許可もなしにいきなり魔術を
 壁に向かって放つのは非礼と言われても仕方がない。
「ね? 非常識な奴なんだってば」
「私にとっては想定内だったけれど」
 ラディとルインの会話が平行線を辿る中、顔を引きつらせたメルオットに
 アウロスはゆっくりと近付いた。
「大学の抱える問題は厄介だし、ウンザリする気持ちは良くわかる。
 でも、この研究所にも違う種類の問題があるだろう。
 例えば、他人の研究論文を何の確認もせず無断使用したり」
 要するに、アウロスは怒っていた。
 ファーストオーサーたるミスト教授から許可を得ず、エルアグア教会の
 ミラー姉弟の言うがままに開発を進めていたのは明白。
 非礼には非礼、という訳だ。
 それを暗に指摘したアウロスに対し、メルオットは余裕を完全になくしたらしく
 生唾を呑み込み、金属の削り屑が散乱した床にへたり込んでいた。
「ま、アンタを責めるのは筋違いだけど……」
 同情する必要もないが、アウロスはメルオットを立たせ、そして
 先程使用したばかりの指輪型魔具を手渡す。
 そして――――告げた。
「予想通り、この魔具は欠陥品だ」
「……え? ど、どういう事ですか? 論文に記されていた通り、完璧に
 再現した筈ですし、テストでも問題はなかった筈ですよ?」
 狼狽するメルオット。
 しかしアウロスの主張は変わらない。
「オートルーリングの発動自体は問題ない。でも、ルーン配列情報の記録が
 恐らく変質してる。さっきの炎の球体、本来出力されるべき半分以下の
 威力だった筈だ」
「へ? それってダメダメなんじゃないの?」
 ラディの言葉に、アウロスは一つ頷く。
「魔石が短期の時間経過で変質するとは考え難い。メルクリウスか、
 ノクトーンか……いずれにしても、まずは実験が必要だろう」
「わ、わかりました! 直ぐに手配します!」
 研究者は、自分が開発した物に欠陥が見つかれば、例え何をしている
 最中であろうと、最優先にその欠陥を修正しなければ気が済まない。
 そんな神経質とも言える性質があるからこそ、チマチマした研究を続けられるし
 自分の作った物に誇りと執着が生まれる。
 メルオットもまた、その一人だったようだ。
 何より、アウロスの発言の真意は実験で直ぐ判明するし、それが正しければ
 そのままアウロスがオートルーリング発案者の証拠にもなる。
 このような指摘は、発案者以外には到底出来ないものだからだ。
「そんな致命的な欠点があったんだ……ロスくん、いつ気付いてたの?」
 にわかに騒がしくなった工房の隅で、ラディが問う。
 記録した魔術の変質――――そして劣化。
 研究者ではないラディでも、その欠陥の深刻さは十分に理解出来るほど
 根本的な問題だった。
「マルテの奇襲を受けた時に、妙に衝撃が弱いと思ってな。でも、俺の持ってるこれは
 今のところ劣化した様子はない」
 自らの所持するウェンブリー魔術学院大学で制作したオートルーリング仕様の魔具を取り出し、
 アウロスは目を狭める。
 この魔具と、ヴィルノー総合魔術研究所で制作された魔具に設計面での齟齬はない筈。
 それがあれば、オートルーリング自体が成立しないだろう。
 ならば、この欠陥は設計面ではなく、材質面の問題である可能性が高い。
 例えば、加工前の段階での変質。
 寒冷地であるこのエルアグアで、どのような保存が行われていたのか――――
 そういった事も調べる必要があるだろう。
 仕入れ先での保存状況も加味しなければならない。
 もし経年劣化が確実なら、今後この魔具が大量生産されても、欠陥品ばかりになってしまう恐れもある。
「で、色々と考えてる内に違う欠点も見えてきた」
「オートルーリング中にキャンセルが出来ないという仕様ね」
 ルインの言葉に、アウロスは小さく頷く。
「前者は経年劣化だから、論文を発表した時点での判明は困難だった。
 後者は粗探しの部類に入る問題だ。どちらも後になって出てくる類の小さな欠陥なんだが……」
 それでも、自分の開発した魔具だけに、複数の欠陥が判明したのは余り喜ばしい事ではない。
 とはいえ、その指摘が発案者である証になる以上は行使せざるを得ない。
 何より、修正しなければならないという強い意思がある。
 だからこそ、この研究所へと足を運んだ。
 当然、目的はそれだけではないが――――
「……で、これからどーするつもりなのよ?」
 半眼で問うラディにアウロスは沈黙で返答し、実験を繰り返している
 メルオットへと近付く。
 既にそれなりの実験数はこなしているらしく、彼の手には
 乱雑に数値を記した書類が持たれていた。
「どう?」
「あ……はい。まだ正式なデータは揃っていませんが、恐らく……貴方の言うように
 無視し難い劣化が認められると思います」
「了解。まずはしっかり実験をして、正確なデータを集めよう。
 対策は十分に出来る筈だから、焦る必要はない」
「そ、そうですね。あの……」
 幾分か落ち着いた様子で、メルオットは襟を正し、アウロスへと向き合った。
 そして、深々と頭を下げ――――請う。
「疑った事、どうかお許し下さい。貴方がこの夢のような技術の発案者である事に
 最早一変の疑いもありません。アウロス=エルガーデン殿! どうか私達と共に
 この問題を解決へと導いて頂けないでしょうか!」
「了解」
 斯くして、アウロスはヴィルノー総合魔術研究所へと所属する事となった。









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