教皇選挙における現在の情勢は、ルンストロム=ハリステウスが優位にある――――
 デ・ラ・ペーニャの第一聖地マラカナンの多くの区域において、
 いつしかそういった風潮が漂流するようになっていた。
 当然、一般市民は彼が準元老院を後ろ盾とする事に成功したなどと
 知る筈もない。
 そして、あくまでも表面だけを見るならば、枢機卿という立場にあり
 マラカナンで絶対的知名度を誇るロベリア=カーディナリスが優勢と
 見なされて然るべきなのだが、現実は異なる。
 そこには情報戦の痕跡があった。
 つまりは――――
「……どうやら向こうの情報機関がこちらを上回っていたようだ」
 半月ぶりに自身の屋敷へ戻ったロベリアの玄関での第一声は、疲労困憊の
 表情を隠せないほどの消耗戦だった事を示していた。
「厳しい戦いになってるみたいだな」
「そうだな。教皇選挙が熾烈な戦争に等しいものと知ってはいたが……
 やはり認識が甘かったのだろう。枢機卿である以上、ゼロス猊下のお膝元で
 働いていいた全員……とはいかないまでも、半数以上の票を取りまとめられる
 自信はあったのだがな」
 そして、また溜息。
 息を吐く度に老け込んでいる――――ロベリアの姿はアウロスにそう映っていた。
 現在、ロベリア、そしてフレアの屋敷を拠点としているアウロスが
 その屋敷へと戻ったのは、デクステラと別れた日の翌日。
 そのデクステラから得た情報で、ティア、サニア、トリスティの三名を
 発見した次の日でもある。
 デクステラの言う通り、彼らはルンストロムの宿泊していた宿で"幽閉"されていた。
 ルンストロムはデウスを脅威に思っており、そのデウスの部下を人質とすべく、
 テュルフィングと連携して三人を捕らえた。
 当然、実行犯はデクステラだった為、ティア達にとっては仲間に裏切られた格好。
 そのショックは測り知れないものだったようで、全員が放心状態だった。
「それで……何故、デウスの手の者がここにいるのかね?」
 目の下に大きなクマを作っているロベリアが、アウロスの背後で突っ立っている
 ――――ティア達に弱々しい視線を送る。
 一応顔見知りとはいえ、ただでさえ選挙戦で消耗している時に、敵の勢力が
 自分の家に押しかけている状態とあって、当然ではあるが平常心ではない。
 ただ、ロベリアの顔に浮かぶ感情は苛立ちではなく困惑。
 彼の人となりを示す一幕だった。
「デウスに合わせる顔がない、足を引っ張った挙げ句裏切り者まで出してしまって
 もう三人で他国へ亡命するしかない、とか言い出したんで、取り敢えず
 連れてきただけだ。長居させるつもりはない」
「そういう問題ではないのだが……」
 モラルや常識を説こうとロベリアは眉間に皺を寄せ口を開くも、
 アウロスがそれを重々承知した上で彼らをこの屋敷へ連れて来たのは
 明白だった為、溜息一つを経由し自嘲した。
 また老け込んだその中年男性に対し、アウロスは若干の罪悪感を抱きつつも
 背後を親指で差し、問う。
「帰ってきたばかりで悪いが、部屋を貸してくれ。空き部屋が幾つかあっただろう」
「……構わんよ。適当に見繕ってくれ」
「助かる。おい、フレア」
 安堵した表情など一切表に出さず、アウロスはこの屋敷の本来の
 住人の名を呼ぶ。
 程なくして、全く足音を立てずその少女は姿を見せた。  
「な……」
 絶句したのは、親であるロベリア。
 フレアは、赤紫色の給仕服を身にまとっていた。
 ルインが以前身につけていた給仕服を大胆にアレンジしたもので、
 主となる色こそそのままだが、腰に大きなリボンを付け、頭には
 円月輪をモチーフとした丸い輪っかの髪飾りを装着。
 実質的な上着となっている前掛けはややヒラヒラした部位が多いが、
 腕や脚を覆う服はかなりタイトで、肌の露見は殆どない。
 元々細身のフレアにフィットしたその服は、若干の妖艶さを含んでいる為
 まだ似合うとまでは言えないが、数年後には十分に適合しそうではある。
「フレア……お前、なんという格好を……」
「こいつが着れって言うから。そうしたら父が元気が出るからって」
 半分ふて腐れた物言いで、フレアはそっぽを向きながら答える。
「ちなみに、コーディネートは私ね! フレアちゃんに少し背伸びをして
 貰って、いつもとは違う彼女の内在した魅力を引き出しつつ、嫌らしさを
 微塵も出さないように細部にまで気を配ったこの圧倒的センス、どう?
 親御さん受けするよう可愛さもしっかりアピール出来るようリボンを……」
 突然湧いて出たラディがけたたましく説明するものの、その声は誰の耳にも入らない。
 全員がフレアの方に目を向けている。
「……元気、出たか?」
 素っ気なくしつつも、やはり父親の反応は気になるのだろう。
 チラッと視線を送り、フレアはそう問いかけた。
「そ、そうだな。確かに元気が出た。驚きの方が遥かに大きかったが……」
「なら、早く自室へ。マッサージをするから」
「む、それはありがたい。頼むとしようか」
 みるみる活気を取り戻していくロベリアを目の当たりし、アウロスは
 自分で発案しておきながら、内心驚きを禁じ得ずにいた。
 父親というものは、子供の献身でここまで劇的に回復するものなのか――――と。
「アウロスよ」
「……何だ?」
「デウスの部下はお前が責任を持って監視する事。それが部屋を貸す条件だ」
 頭も回ってきたらしく、そんな条件を残しロベリアはフレアと共に
 自室へと向かって行く。
 その後ろ姿の余りの微笑ましさに、アウロスは眉頭を微かに上げた。
「でも意外よね。ロスくんって、こんな気遣い出来る人だったっけ?」
「世話になってる人間に恩を返すのは当然の事だろ。お前も自分の仕事ぶりを
 喧伝してないで、日頃から仕事を回してる俺に対して感謝を示したらどうだ?」
「はあ!? そっちこそ、毎度文句の付けようのない仕事をしてる私に
 感謝してくれてもバチ当たらないよ!? お礼に肉とか上質の肉をオゴるとかさ!」
「そんな事したらバチが当たるから却下だ」
「なんで私への感謝が神への冒涜になんのよ! うがーっ!」
 手をヒラヒラさせてラディをいなすアウロスに、ティアとトリスティの
 少し戸惑った視線が向けられる。
「何だ?」
「いや、その、なんて言っていいか……アウロっちのイメージと違うから
 ちょっとビックリしたっていうか。割とフツーなトコもあんだね」
「……どんな言われようだ」
 ニヤつくラディを牽制しつつ、アウロスは三人の滞在する部屋を物色する為
 屋敷の廊下を奥へと進んだ。










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