「驚いたな。そこまで筒抜けだったとは」
 まるで投降したかのように、ラディに連行されてきたチャーチの姿を
 見たデクステラの感想は、本心から出たものだった。
「ふっふっふ。この森羅万象の情報屋、ラディアンス=ルマーニュにかかれば
 隠蔽された真実に光を当てる事なんて造作もないって事よ。
 どう? この登場の仕方。これだから私。これこそが私よね」
「テュルフィングと結託してたのか。如才ないな、お前は」
 悦に浸るラディを無視し、アウロスはふて腐れたままのチャーチの方に声を掛ける。
 いち早くそれに反応したのは――――
「ちょっと! せっかく美味しい登場の仕方したんだから、
 少しは何かリアクションしてみせなさいな! 私がんばった!
 この子が隠してるの見抜いてビシッと指摘してやった! カッコいい私!
 だから二つ名だってグレードアップしたでしょーが!」
「二つ名はお前のさじ加減一つだろ。そもそも、コロコロ変えすぎて
 一つ前のが何だったか覚えてもいない」
「そんなの私だって同じだし!」
「……お前、まさか自分で付けた自分の二つ名を忘れた頃合いに
 新しいのを付けてるだけだったのか?」
 驚愕に微塵も値しない事実の発覚。
 アウロスは相手にした事を後悔し、再びチャーチに目を向けた。
「結託とは少し違うな。その子は我々を利用しようとしているだけだ」
 だが、アウロスが彼女へ言葉を掛ける前に、デクステラがフォローを入れる。
 尤も、その気配りはチャーチにとって余りありがたいものである筈もなく、
 ふて腐れていた顔が更に拗ねた。
「グオギギ=イェデンはかなり昔から我々テュルフィングと敵対関係にあった。
 魔術士の中核を担っていた大人物だから当然ではあるが……
 そのような人物の身内が近付いて来たのだから、こちらとしては興味がある。
 果たして、何を企んでいるのか……要請されるままに泳がせてみた訳だ」
「ま、警戒されてるのはわかってたけどねー」
 投げやり口調でそう漏らし、チャーチは自嘲気味な笑みを浮かべる。
 どうやら、ラディに隠し事があると見抜かれたのが相当ショックだったようだ。
 勿論、ラディが真相をズバリ見抜いていた訳ではなく、ましてチャーチと
 デクステラが通じている事など知る由もないのだが、『何かある』と
 思われていた時点で、チャーチにとっては屈辱だったらしい。
「どうやら、情報戦では全面的にこちらの敗北らしい」
「情報戦だけではないでしょう?」
 ルインが倒れたままのマルテを指差す。
 フレアに肘で突かれ、卒倒したままの状態。
 流石に死んだフリではないようだ。
「……確かにそうだな。こちらの思惑は全てアテが外れた。
 全面的な敗北を認めなければならないか」
「というより、そっちがずさん過ぎる。初めから俺を狙っていたとも思えないし、
 行き当たりばったりで襲われてもそれほど怖くはない。マルテの姿をした
 こいつが敵として現れたのは驚いたけど、それだけだ」
「手厳しいな、アウロス=エルガーデン」
「テュルフィングって連中には良い思い出がない。当然、お前にも良い感情はない」
 だから、いざとなれば実力行使でそっちの情報を、その口から割らせてもいい――――
 アウロスの言葉は、そういうニュアンスを汲み取れるほど攻撃的だった。
 実際には、単に疲労が重なり口が悪くなる悪癖が出ているだけなのだが。
「……情報を管轄する者が情報を軽く扱えば、それは自身そのものの否定となる。
 自分の口からテュルフィングやお師について話す事はない」
「この後に及んで……」
「だが、そこのグオギギ=イェデンの玄孫が何を話そうと、自分にそれを
 止める権利はない」
 つまり――――チャーチに聞け、という事らしい。
 回りくどいが、それも立場ある人間の処世術と言えばそうなのかもしれない。
 アウロスは敢えて皮肉も言わず、ぶすっとしたチャーチに問いかける内容を吟味した。
 そして、最初に訊ねたのは――――
「……このマルテは、一体何者なんだ?」
 最も気になっている事だった。
「それをボクが話すメリット、ある? アウロスさんがお嫁さんにしてくれるのなら別だけど。
 夫婦の間で隠し事はよくないし……」
 半分は冗談、半分は勿体振るつもりで言い放ったチャーチの軽口に、
 一つの殺気が誕生した。
 それはこの夜の闇どころか、チャーチがこれまで見てきたあらゆる闇より濃い闇だった。
 その闇が、ユラリと動く。
「……えっと、うん。気が変わったよ。夜風が気持ちいいし、うん、全部。
 ボク、今度こそ洗い浚い話そうかなー」
「そうした方がいいと思う。こわい」
 背後でユラユラ揺れる殺気にあてられ、フレアが同意。
 アウロスは頭を抱えたい心境ながら、状況の進展を取り敢えず歓迎した。
「まず、お聞きの件だけど……その元教皇の孫、中に別人が混じってるんだよね」
「……何?」
 余りにも突拍子もないチャーチの答えに、アウロスは驚きを禁じ得ず、
 怪訝な顔でチャーチを睨む。
「テキトーな事言ってる訳じゃないよ? 本当にそうなんだから仕方ないでしょ。
 これはデウスさんも知ってる事。当然、そっちの部下さんも」
「別人が混ざり合ってるって……どゆ事よ?」
 今や天敵と化したラディに質問され、チャーチの顔が淀む。
「……融解魔術、覚えてるでしょ? あのエルアグア教会の地下に封印されてた。
 あの魔術の実験をした人が実際に融けちゃって、その意識の一部がこの子と混ざり合ったんだよ」
「な、なにそれ……」
 思わず嫌悪感を覗かせるラディ。
 彼女だけでなく、ルインとアウロスもまた戸惑いを隠せなかった。
 魔術士、それも研究者として魔術を日々開発してきた二人にとって、
 チャーチの話した内容は余りにも常軌を逸していた。
 人間を融かす魔術。
 それだけでも十分に眉唾ものだが、その存在はデウスの証言だけでなく
 文献からも明らかであり、少なくとも研究されていた事は確かだ。
 だが、その融解魔術が溶かした人間が、他の人間と混ざり合うなどというのは
 俄に信じ難い。
 その一方で――――アウロスは、チャーチの話の整合性を模索していた。
「その魔術で融けた人物は、度々話に出ていたグランド=ノヴァという人物か?」
「へえ……やっぱりスゴいよアウロスさんは。キッチリ核心突くよねー」
 それは奇妙な肯定の仕方だったが、アウロスはそれ以上に奇妙な感覚に囚われた。
 辻褄が合う。
 もし、マルテがグランド=ノヴァによって侵食されているのなら、
 先程の言動も、これまでに生じていた違和感にも一応の説明が付く。
 マルテの中に、何世代も前の稀代の魔術士が居た。
 そう信じざるを得ないほど。
「ボクは元々、うちのジジイがビビってる事を取り除く為に、ここに来たんだよね」
「グオギギ=イェデンが?」
「そうだよ。そこにいるテュルフィングって連中はよく知ってるだろうけど……
 ホラ、あのガーナッツ戦争。この国、十日足らずで負けたでしょ?
 ジジイ、それがどうしても納得できないみたいでさ。それで色々調べてたんだけど……
 なんか、密約があったみたいなんだよね」
 キナ臭い話になってきた事で、それまで苦い顔をしていたラディも
 話についていけずボンヤリしていたフレアも、顔つきを変え真剣に聞くようになった。
「戦争相手国のエチェベリアと、魔術士を滅ぼそうとしている生物兵器の生みの親、
 トゥールト族との間に。でも、それ自体は不思議じゃないよね。問題なのは、
 トゥールト族と密約を交わしたのは、エチェベリアだけじゃないって事」
「……魔術士と、生物兵器の結託か」
 既にその事実についてある程度知っているアウロスの出した答えに、
 チャーチは深く頷いた。
「その密約の中に盛り込まれてた条件の一つが……融解魔術の完成。
 だからボクは、融解魔術の手がかりを探る為にジジイについて来たんだ」
 そう語るチャーチの顔は、既に少女のそれではなく、魔術士の名門という
 家そのものの存在価値を背負う大人のものだった。








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