「グランド=ノヴァの意識は保存されていた。融けた液体の中に
 ヤツの意識は確かに残っていたそうだ。声もそこから微かに聞こえたらしいぜ。
 だが問題が発生した」
 ――――影響を受けた張本人に向けて。
「液体が気化しちまったんだ。ゆっくりと、時間をかけてな」
 それは、実験の顛末そのものを意味していた。
「融けたグランド=ノヴァの意識は、その液体と共に気化し、
 一部はこのエルアグア教会に染み込んじまった。
 その所為で、時折グランド=ノヴァの残留思念ならぬ
 浸透思念が声となって聞こえてくるそうだ」
「……バカな。とすると、自分は……」
「そう。お前は気化したグランド=ノヴァの意識を浴び続け、
 いつしか二人分の意識を一つの体内に宿すようになっちまったのさ。
 元々ある、ゲオルギウス=ミラーの意識。新たに宿った
 グランド=ノヴァの意識。その二つはせめぎ合い、やがて……」

《人格が混ざり合っちゃったんだよね!》

 チャーチの声がデウスの言葉を横取りするかのように重ねてくる。
 複数の人格――――それは通常、心が壊れるほどの辛い体験を
 した人間が、心の崩壊を防ぐ為に見せる反応の一つ。
 だが、この場合はそれとは全く違う。
 融解魔術によって生まれた、人工的な産物だ。

《正直、魔術でこういうふうになるケースって初めてだからビックリなんだよね。
 生物兵器なら似たような反応を見せる事もあるらしいけど、ボク専門外だし。
 何より、魔術が人体への影響をこれだけの形で出現させるのなら
 生物兵器に対抗できる証拠になり得るしね!》

「うるせぇな。今はそういう話じゃねぇだろ。これだから研究畑の人間は
 面倒臭ぇんだよ」

《ひっど! これだから臨戦魔術士は嫌いなんだよ》

 大人と子供の醜い言い合いを耳に入れながらも、
 ゲオルギウスだった青年は別の事を考え、青ざめた顔で俯いていた。
 
「……つまり、自分はゲオルギウス=ミラーであって、
 グランド=ノヴァでもある。いや、そのどちらでもない……」
「ま、そうだ。少なくともグランド=ノヴァじゃねぇ。
 融解魔術で融けたグランド=ノヴァの意識の一部が浸透して、
 お前の元の人格を変化させた……とでも言うのか」
 それは――――世にも恐ろしい実験結果だった。
 融解魔術によって融解された物質は、その情報を保存している。
 だが、その情報は必ずしも結合した状態ではない。
 気化によってバラバラになり、その破片とも言うべき情報の欠片が
 他の物質に対し大きな影響を与える。
 物質が人間の場合、記憶や意思が分離している事になる。
 無論、その検証には『分離先がグランド=ノヴァの情報を一部保持している』
 という事実が必要となる。
 ゲオルギウスは、グランド=ノヴァとしての記憶を保持していない。
 そもそも、気化したのはほんの一部なのだから当然だ。
 先程デウスが言った"向こう"というのは、司祭室に保存してある液体を指している。
 言うなれば、あれがグランド=ノヴァの本体だ。
 では、何処に分離の証拠があるのかというと――――
「お前が教会にいる時にしか、この教会に染みついたグランド=ノヴァの
 声は聞こえない。俺の部下にお前を張らせて確認したが、間違いない」
 そのデウスの指摘が有力な証拠の一つ。
「お前も、教会から聞こえる声も、グランド=ノヴァの意識の一部。
 つまり、どちらかがどちらかの声を聞くならば、それは『内なる声』だ。
 俺らが心の中で自分の声を聞くようなものだな。お前は姉のクリオネに促され、
 グランド=ノヴァの声を共に聞いていた。お前が聞こうとしたから、声が聞こえた。
 それこそが、お前の中にグランド=ノヴァの意識の一部が存在する証拠だ」

《それだけじゃないけどね》

 またしてもチャーチが横槍を入れる。
 しかし今度の声は、これまでとは違い真剣なものだった。

《そちらさん、自分のお姉さんを殺めたでしょ?》

「……なんだと?」
 突然のその指摘に、ゲオルギウスは惚ける様子は一切なく、
 本気で驚いたように顔を上げた。

《あれ、自覚なかったんだ。そっか、って事はかなり意識が侵食されてるね。
 ま、いいけど。とにかく、クリオネ=ミラーは殺されたんだよ。そちらさんの手で》

「バカな事を……冗談として言って良い事と悪い事が――――」
「事実だ。俺もあの女の遺体を確認している。いい女だっただけに残念だ」
 チャーチの発言を、デウスが肯定する。
 実は、この時の為にこそデウスは自分以外に語り手が必要だと感じていた。

《気付いてなかっただろうけど、そちらさん、ずっと監視されてたんだよ。
 融解魔術の経過観察の為にね。会話も全部控えられてるんだって。
 クリオネ=ミラーを殺したそちらさん、こんな事を言ったんだって》

 茫然自失としたゲオルギウスに対し、チャーチは配慮なく真実を告げる。

《ノヴァ様が行った偉大なる『実験』を、貴女は自分の都合のいいように解釈した。
 程度の低い、己の理想に無理矢理当てはめたのです》

 無論、ゲオルギウスにその記憶はなかったが――――

《貴女のやり方では何も成し得ない。だから自分は成し得る方につくのですよ。
 それが永遠の命を得るには最良の道ですからね……だったかな。細部まで合ってる自信はないけど》

 そのチャーチの言葉を聞いた事で、頭の中の何かが刺激されたのは確かだった。

「自分を様付けで呼ぶのは、記憶も人格もグランド=ノヴァのものではない証。
 それでありながら、グランド=ノヴァの目的、更には融解魔術の可能性である
 永遠の命に触れ、そして自分もそれを望んでいる。グランド=ノヴァに同調している。
 これは一見、単にグランド=ノヴァに倣って自分も……というだけの事に思えるが、
 それはおかしな話だ。まだ実験は成功どころか検証すら完全でない段階なのだからな」

《もし自分もグランド=ノヴァに倣って永遠の命が欲しいって思ってるなら、
 実験の結果を確認するまで黙ってるよね。まして、お姉さんを殺す理由、全然ないんじゃない?》

 チャーチの正鵠を射た指摘は、ゲオルギウスに微かな実感をもたらした。
 目の前に姉がいる。
 怯えた顔の姉が。
 その姉が、鮮血にまみれて倒れていく。
 そんな記憶が、霞がかった光景となって蘇ってきた。
「お前の中にあるグランド=ノヴァの意識の一部が、クリオネを始末しなきゃならないって
 そう命じたんだろうよ。お前の頭に直接な。動機は、そうだな……」
「止めろっ!」
 耳を塞ぐように頭を抱え――――ゲオルギウスが声を荒げた。
 そしてその顔は、次第に表情を変貌させていく。
「それ以上……詮索するのは止めておけ。デウス=レオンレイ」
 その表情は、二十代の若者とは到底思えないほど、深みのある憎悪を含んでいた。
「さて。今のお前はグランド=ノヴァの意識に支配されているのか。
 それとも、グランド=ノヴァの意識に侵食され変容した全く別の人格なのか」

《そりゃ後者でしょ。これまでの経過から間違いないよ》

「だろうな。本体は今も司祭室だろうからな……ま、そこの液体だって
 一部が気化してんだ。完全な形で人格まで保存されてるとは限らねぇが……」

 そう呟くデウスを無視し、ゲオルギウスの身体を持った"何か"が殺気を放つ。
 優秀な魔術士であり、かつてこの国の守護者でもあったグランド=ノヴァの
 意識の一部を持った、極めて危険な魔術士が。

「できれば、保存されていて欲しいもんだ。じゃねぇと、ここまで来た意味がねぇ」

 デウスはそう囁くような声で漏らしながら、戦闘態勢を整えた。
 




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