「君への評価をあらためた。君は……或いはお師と同様、
 魔術士という存在の進化を担う可能性を秘めている」
 余りに唐突な評価の飛躍に、アウロスは右の瞼を微動させる。
「自分一人の評価と判断で予定を変更する訳にはいかないが……
 総合的に考慮し問題はないと見なす」
 そのデクステラの言葉が何を意味するか、アウロスは理解していた。
 彼の目的が時間稼ぎなのは明白。
 ならば、時間稼ぎの範囲であれば、何をしようと問題はない。
 そう言っているのだと。
 そして、その『何をしようと』が何を意図しているのか、
 それも直ぐに判明した。
「あらためて、自分と戦って欲しい。アウロス=エルガーデン」
 膝を曲げず、背伸びするかのように背筋を伸ばし、
 デクステラはそう唱える。
「君が勝てば、望み通りの情報を提供する。それ――――」
「わかった」
「――――が挑戦料がわ……」
 デクステラの思考と言葉の続きは、アウロスの返答によって
 かき消された。
 同時に、アウロスの視界から再び情報の多くが消えていく。
 戦闘に対する集中力は飛躍的に上がり、鋭敏になった感覚が
 指先にまで張り巡らされる。
「ま、待……!」
 オートルーリングの特徴として、少なくとも現時点においては
 それほど多くの魔術を魔具にルーン配列情報を記憶させる事はできていない。
 試作品なのだから当然ではあるが、結果的に使用できる魔術は
 予め記憶させた一部の魔術に限られる。
 長期戦が不利となるのは言うまでもなく、その点に関しては
 アウロスの弱点を補う事はできない。
 とはいえ、補う必要はない。
 オートルーリング最大の長所であり訴求力となる点は、
 一瞬にして魔術を発動させる、その圧倒的高速性。
 それを最大限に活かす戦い方は、すなわち一撃必殺。
 結界を張る時間さえ許さない。
 生身の身体に直撃させれば、初級魔術も上級魔術も関係なく
 相手を無力化できる。
 オートルーリングの原点とも言える、その一撃が――――
「がっ!」
 デクステラの頭部を直撃し、その破片を四方に散らした。
 魔術の名は――――【氷塊】。
 氷の塊を敵にぶつけるだけの、非常にシンプルで野性味溢れる魔術だ。
 かつて、大学内で研究の相棒ウォルトを助けるべく
 ウェバー=クラスラードを倒した際に放った魔術でもある。
「うが……あぐっ!」
「勝負ありだ。さっさとルインの居場所を話せ」
 倒れ込んだデクステラの喉を靴で踏み、そう脅す。
 かつて同じ釜の飯を食った時期もある間柄だが、アウロスには
 特に彼に対する情はなかった。
 何より、無力化したとはいえ、魔術士としての自力では
 明らかにデクステラの方が上。
 先程の【神の祝福】は、それを使用できるというだけで
 魔術士としての格の高さを裏付けるほどの上級魔術だ。
 そのような相手でも、オートルーリングであれば対抗できる。
 しかしそれは同時に――――オートルーリングの優位性が
 弱点ともなり得る事を示している。
 つまりは『情報』。
 このような、思考を先読みし相手の不意を突く戦いなど
 いつでも出来る訳ではない。
 逆に、向こうが『オートルーリングの性質を熟知している』
 という情報がなければ、速攻を回避され詰む可能性もある。
 相手が油断、未知の状態だから通用する戦略だ。
 そして、オートルーリングを使用するのが当たり前の世界になった時、
 これらの有利不利は一切なくなる。
 まだ普及していない、今の時期だからこその戦術論だ。
 ただ、それは兎も角として、今はオートルーリングの
 優位性が生きた事で事なきを得た。
 アウロスは踏みつけるその足に力を入れ、答えるよう急かす。
「……答えるから、踏むのは止めてくれ。声が出しにくい上に
 この体勢は今の自分には屈辱的過ぎる」
 それはある意味、懇願にも似た発言だった。
 しかしアウロスは一切耳を傾けない。
 それどころか、更に足に力を込める。
「どうにも、要領を得ないな。話す気がないのか?
 だとしたら、もう……」
「ま、待て! まさか、君は……ぐっ、ぐがあああああああっ!」
「用済みだ」
 アウロスの足が、デクステラの喉の骨を折る、まさにその時。

「!」

 アウロスの頭部から派手な爆発音が鳴り響き――――
 その身体が糸の切れた人形のように地面へ崩れていく。
 そして、黒煙が空へと昇っていく中、どこかゆったりとした声が発せられた。
「聞いていた話とは大分違うみたいだね。"他人"から聞いた訳じゃないけどさ」
 その声は、デクステラのものではない。
 彼はアウロスに喉を圧縮され、地面に倒れ込んだまま咳き込んでいる。
 声を発したのは、先程までデクステラが乗っていた民家の
 屋根の隣の建物から爆発系の赤魔術を発した人物。
 その人物は、薄白く煤けたレンガ造りの建築物の屋根の上から暫く見下ろし、
 新たにルーンを綴っていた。
 今度は緑魔術。
 ローブではない、質素な布製の服が今し方発生した風によってなびく。

 特に――――腕を通していない左袖が。

「お前……いや、貴方は……」
 ようやく呼吸を整えたデクステラは、風を帯び屋根から飛び降りる
 その隻腕の少年の姿に半ば絶句しつつ、徐に立ち上がる。
「無様だね、デクステラさん」
 クスクスと笑いながらそう告げ、自分の右手の指にはめられた指輪――――
 魔具を愛おしそうに眺めた。
「今の魔術は……」
「そう。今アンタを殺そうとした、そのアウロス=エルガーデンの
 発明した技術。オートルーリングって言うそうだけど。
 ヴィルノー総合魔術研究所の連中、良い仕事をしてくれたよ」
 口角を極限まで上げ、少年が嗤う。
 その顔は、どこか常人の枠をはみ出した者特有の禍々しさを有していた。
「ま、良い仕事をしたのは彼らだけじゃないけどね。エルアグア教会の人達は
 本当によく頑張ってくれたよ。特にミラー姉弟。クリオネがあの男を見つけ出した
 からこそ、僕はこの技術をいち早く導入する事に成功したし、ゲオルギウスが
 ヴィルノー総合魔術研究所を急き立てたからこそこんなに早く試作品が完成した。
 本当、彼らには感謝しないと」
 そこまで告げ――――少年は笑顔を消し、煙立つ地面に向けて
 その鋭い視線を突きつけた。
「勿論、アンタにもね。アウロス=エルガーデン」
「……何?」
 そう返答したのは、アウロスではなくデクステラ。
 彼にとって、その問いは予想外だった。
 何故なら、アウロスは既に――――
「仕留めきれなかった……というのか?」
「だからアンタは無様だって言ってんの。アンタの目論見、
 その人には筒抜けだったみたいだよ?」
 立ち込めていた煙が、自然の風によって霧散する。
 そこに、倒れたアウロスの姿はなかった。
「時間を稼いで、僕の不意打ちを待っていたんだよ。アンタの計画を読み切って、
 周囲を警戒できる態勢でアンタを高圧的な言葉で脅し、そしてこの僕を炙り出した。
 そう、ここへ引きずり出されたんだよ。僕はね」
 そこにあったのは――――
「……」
 不機嫌そうな顔で、身体についた砂埃を払うアウロスの姿。
 その頭部には一切の傷はなく、身体も五体満足そのもの。
 瞬間的に結界を張り、直撃と同時にわざと倒れ込んだだけの事だった。
 死んだフリをして、この場を凌ぐ為に。
 だが、現れたのは――――余りに予想外の人物。
 そして、アウロスの計策をあっさりと看破する眼識。
 元々場当たり的とはいえ、計画は完全に頓挫していた。
「本当に感謝してる。よく"僕"を守ってくれたよ」
「……この状況で感謝されてもな」 
 アウロスは眼前の少年に対し、それだけの言葉を発するに留まった。
 そうせざるを得なかった。
 余りにも――――理解し難い状況だったからだ。
 困難に対しての耐性が十二分に備わっているアウロスであっても、
 そう感じざるを得ないほどに。
「それじゃ、早速だけどルール変更。そこの出来損ないのテュルフィングと僕、
 二人を倒せれば死神を狩る者の居場所を教えてあげるよ。
 折角の機会だし、アンタの事は"僕"からよく聞いている。
 是非一度、戦ってみたかったんだよ、臨戦魔術士としてね」
 少年は今一つ明瞭でない表現を含む言葉で、アウロスを挑発した。
 戦う理由は明白。
 オートルーリングの実証実験――――そういう狙いがあるのは間違いない。
 だが、その検証すらできないほど、アウロスは混乱していた。
 オートルーリングを使用できる魔具が、自分の所持している物以外に
 存在しているという事実。
 そしてそれ以上に、今目の前にいる少年の言行。
 いずれも『あり得ない』事だが、実際にあり得ている以上は
 受け入れなければならない。
 混乱している余裕さえも、アウロスにはないのだから。
「……まさか、こんな形で実現するとはな」
 アウロスは誰にも聞こえないくらい小声でそう呟く。
 以前――――ルインに言った言葉。
 
『オートルーリングを潰すつもりでいる』

 意図したものとは違ったが、その必要性がたった今、生まれた。
 生まれた以上は責任を持つ必要がある。
 親なのだから。
 自分が生み出したのだから。
 子供を放棄するなど、許される筈がない。
「それじゃ、始めようか。"アウロスのお兄さん"」
 その発言が宣戦布告となり、隻腕の少年は――――

 マルテは、弾けるように地面を蹴った。




 




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