赤、青、黄、緑。
 攻撃を司る魔術が四つの属性で固められた事に何か理由が
 あるのか、アウロスは一時期真剣に考えた事があった。
 単純に、炎、氷、雷、風という自然現象をモチーフにしただけなのか。
 魔力に殺傷力を付加する上で変換しやすい何かがあるのか。
 或いは、もっと象徴的な事なのか。
 大学にいた頃に魔術史を綴った本を読み漁ったりもしたが、
 結局のところ、諸説紛々としているだけで真相は存在しなかった。
 であるならば、自分で勝手に考えるしかない。
 仮説と考察は、研究者としての本分だ。
 有力なのはやはり、自然現象への敬意と畏怖。
 人間に対して強い殺傷力を発揮する炎と雷は誰しもが
 攻撃性を認めるところだ。
 氷についてはどうか。
 一見、余り脅威に感じる現象ではないが、冬期に
 屋根から垂れている氷柱を見ると、凶器を思い浮かべる者は多いだろう。
 また、炎のアンチテーゼという見方もできる。
 そういうところから生まれた発想と考えれば、納得できない事はない。
 では、風は?
 これも日常の中において、人間を脅かすものではない。
 しかし、嵐や台風といった自然現象における風は、時として
 他のどの現象よりも恐怖を覚えるものとなる。
 結局は、そういった印象深い被害を与える自然現象を
 モチーフにしたと考えるのが妥当だと、アウロスは早々に結論付けていた。
 ただ、一つ不可解な点は残った。
 魔術の需要が攻撃に偏っているのは、不思議ではない。
 需要のある魔術が研究対象となるのも同様だ。
 だが、その一方で、攻撃魔術の属性を増やそうという話は
 これまで聞いたことがないし、そのような研究も行われていない。
 誰もが赤、青、黄、緑の四属性が攻撃魔術の全てであり、
 その四つを発展させる事に意義を求めている。
 何故か。
 そう教わったからか。
 だとしたら、そう教えを説く事に何かの意味が、誰かの恩恵が
 あるのではないか。
 結局答えが出ないまま、保留という形で心の底に沈めていた
 そんな疑問が――――目の前で展開される【神の祝福】を
 眺めていたアウロスの頭の中にぼおっと浮かんでいた。
 この魔術を一言で表すなら、『凝縮された竜巻』。
 ルーリングを終えたテュルフィングの両腕には、
 安定しない暴風の種が微かな雷を帯びて渦巻いている。 
 名前は知っているものの、アウロスがこれまで一度も見た事のない魔術。
 それほどの魔術を操るこの人物が高レベルな魔術士である事は
 想像に難くないが、そこに一つ疑問が湧く。
 例えレベルの高い魔術士であっても、高等な魔術を使えば
 魔力は大きく消費する。
 際立って魔力量の大きい魔術だとしても、一人の、それも
 偶々遭遇した魔術士を相手に行使するにしては、大げさな印象が拭えない。
 圧倒的な圧力と殺傷力を誇る魔術を前に、アウロスの心は妙に冷静だった。
『戦場における自身の最適化』を行った事で、恐怖心が麻痺している。
 昔は、それと同時に思考力も殆ど失われていた。
 戦場を駆ける上でその状態が最適だったからだ。
 しかし今は違う。
 傭兵団の先陣を切っている訳ではない。
 何も考えずに敵を無力化すればいい訳ではない。
 その事実が、昔ほど戦闘に特化できない可能性を孕んでいる。
 それでも――――
「我らがこの大地に祝福を」
 そんな詠唱じみた言葉と共に解き放たれた、天から雷光のように
 降り注いでくる『凝縮された竜巻』に対し、アウロスは
 半ば反射的に右手を伸ばしていた。
 緑魔術を防ぐ結界を自身の周囲に綴れば、奇襲に対する備えが遅れる。
 それでなくとも、これほど大規模な魔術を完全に防ぐ
 結界など、アウロスに展開できはしない。
 本来ならば防ぐ手段のない、詰みの状況。
 その中で、アウロスは魔術を綴った。
 オートルーリングによる――――
「……な」
 夥しい数のルーンが、アウロスの周囲を埋め尽くしていく。
 勝利を確信していたテュルフィングのくぐもった声に
 明確な動揺が浮かび上がるほど。
 そしてその動揺の対象は、ルーンの数とは別のものに移行する。
 次の瞬間、ルーンは全て霧散していた。
 同時に、今し方テュルフィングが放った筈の竜巻が、ある一点で停止する。
 しかし停止も一瞬。
 直ぐに竜巻は再び動き出す。
 ただし――――最早それは、竜巻ではなくなっていた。
「バカな……【神の祝福】が……?」
 細長く伸びていた上昇気流が次第に幅を広げていき、
 そしてついには、ただの突風へと化していく。
 先程まで存在した竜巻の位置を中心に、深夜の街に
 凄まじい暴風の音が鳴り響き、そして――――
「ぐっ……うおおおおおおっ!」
 その突風に押され、バランスを失ったテュルフィングは
 屋根からアウロスのいる方向とは逆、民家の奥の地上へと落下していった。
 だが、人間の身体が地面に叩き付けられる音は聞こえない。
 風の音によって塗り潰された訳でもない事が、すぐに判明する。
「やってくれる……」
 民家を回り込むようにして現れたテュルフィングはほぼ無傷だった。
 緑魔術で落下速度を緩めた事は想像に難くない。
 だが、完全に衝撃を緩和できなかったらしく、頭部から
 僅かな出血が見られる。
 何より、その顔を覆っていた仮面が――――半壊していた。
 尤も、外部へ覗くその目は、夜間の暗闇に紛れ殆ど見えない。
 けれど、だからどうという事でもなかった。
 アウロスにとって、目の前の男の正体は興味の外。
 目的はそこにはない。
 ないが――――
「聞いてみたいものだ。一体どうやって【神の祝福】を消滅させたのか」
「別に大した事はしていない。竜巻の中に結界を放っただけだ」
 アウロスはこれまで噤んでいた口を開いた。
 戦闘において、情報の公開が無駄な場合は一切対話をしない主義。
 逆に言えば、有効である場合は舌戦にも躊躇はない。
 不意に入手した情報が、アウロスの口を開かせた。
「結界を……放った?」
「魔術の構成上、不可能じゃない。本来固定すべきとされている
 ところを、攻撃魔術と同じルーン展開で推進力を持たせただけだ」
「【神の祝福】に……結界をぶつけたというのか。
 そんな対処法、聞いた事もない」
 テュルフィングの声は、先程以上に動揺していた。
 そしてその声こそが、アウロスが対話の選択した理由でもある。
 仮面が半壊し、空気が外に漏れだした事で、声はその人物が
 普段発しているものと同じ声色となった。
 そしてその声色に、アウロスは覚えがあった。

『それが良くないんですよ……貴方の悪い癖だ』

 かつて聞いた第一声は、鷹揚なデウスとは対照的な、
 それでいて何処か似たような落ち着きある声だった。

『今は君の組織でもある』

 そしてそれは、アウロスに向けても幾度か発せられた。
 四人が並んだ時には兄貴分のような立場で物事を諫め、
 決して感情を荒げる事はなかった。

『さあーみなさん! 寄ってらっしゃい、見てらっしゃーい!』

 明らかに似つかわしくない、道化に徹した説法を行った際も、
 下品さが滲み出る事はなく、作られた滑稽さを見事に演じきっていた。

 そう――――実に上手く演じていた。
 
「やはり君は、お師が認めるだけの存在のようだ。オートルーリング、
 そして今の発想……魔術士の常識をいとも容易く乗り越える。
 厄介な存在だな、アウロス=エルガーデン」
 まだ顔の大半は隠れている。
 それでも自分の声が漏れている事、体型も一致することから、
 彼自身も自分の正体が漏洩したと判断したのだろう。
 仮面を掴み、地面へ落としたその男は――――
 四方教会に所属する緑魔術の専門家、デクステラだった。



 




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