「あの大男の脚本では、ボクがエルアグア教会に乗り込むようアウロスさんに促す予定だったんだよね」
 先程よりやや早口で、チャーチは今回こそ本当に洗い浚い話し始めた。
「アウロスさんには大男が論文を持ってる事をバラしてるから、教会内の大男の部屋でその論文を見た、
 この日なら警備が手薄だよ、って言っておけば乗り込んで来る筈だって」
「となると……墓の下の四方教会拠点を襲撃した連中も、ルンストロムの部下じゃなくデウスの差し金か」
「わ、鋭い! そうだよ。アウロスさんを追い込む為の作戦。大男が差し向けた魔術士に
 ボクが『コイツ等ルン爺の部下だ!』って叫ぶだけの簡単なお仕事だしね」
 実際に襲われたラディとフレアが半眼で睨むも、チャーチは悪びれもせず得意げに語る。
「でも、その機会を作る前に彼自ら乗り込むと決めたから、計画が台無し」
 アウロスを人差し指で差すルインに、チャーチは深々と頷いた。
「アウロスさんはボクが大男の間者だって思ってたみたいだから、先手を打とうとしたんだろうね。
 どうせ内情がバレバレなら、早く仕掛ける方がいい。違うかな?」
「……さてな」
 チャーチの指摘は当たっていたが、アウロスは敢えて答えを濁す。
「本当なら、大男が日取りを決めてからみんなを教会に潜入させるよう誘導する予定だったんだけどね……
 アウロスさんは直ぐ潜入するって言うし、結局ドタバタで急遽今日演説会を開く事になったんだよ」
 つまり、あの演説会は予定をかなり早めたものだった事になる。
 その割に一切焦りを表面に出さなかったのは、デウスの胆力あってこそだ。
「あ、あの、そんなご破算になった予定より、この状況の説明が欲しいんだけど……」
 オドオドした口調で、マルテが急かすも――――
「鈍いねー。ここまでの説明と、この状況は繋がってるんだよ」
 チャーチは不敵な微笑みすら浮かべ、そびえ立つエルアグア教会に目をやった。
「実はこの教会、ずっと前から監視されてるんだって」
「監視? 誰が?」
 険しい顔で問うラディ。
 なお、ルインとフレアは更に近付いて来た気配を探る為、そっちに意識を集中している。
「一度調べさせたけど、簡単に逃げられたからわかんないって。何しろ敵が多いから、あの大男」
「考えられるのは、選挙で敵対する勢力……」
「私の父はそんな卑怯な真似はしない」
 アウロスの呟きに、周囲を警戒しつつもフレアが反応。
「ま、確かに枢機卿はそういうタイプじゃないかもね。逆にルン爺の可能性は高そう。根暗だし、あの爺」 
「ゲオルギウスの腹心って可能性もあるんじゃない? 教会内にはいなかったケド、
 外で見張らせていたのかも」
 チャーチとラディの意見は共に、可能性としては十分あり得る。
 或いは――――
「その両方、の線もな」
 その意見に、二人は同時に驚いた顔をアウロスへ向けた。
 ゲオルギウスとルンストロムが裏で繋がっている可能性。
 勿論、根拠は現状ではないが、全くあり得ない話ではない。
「監視の正体はともかく……要するに、そういう状況な訳。で、当初の目的では監視と……
 ゲオルギウスだっけ、コイツとの関係がハッキリしたらアウロスさんが潜入するよう誘導する
 予定だったんだよね。ホラ、そうすればアウロスさんのお仕事は簡単でしょ?」
「監視を捕まえて、ティア達の居場所を吐かせる……か」
 デウスがその役目を担うと、ゲオルギウスを見張る人間がいなくなる。
 何しろ、教会に侵入したティア達を簡単に捉える程の実力者。
 彼を野放しにした状態で監視の一人を捕らえても、もう一人の監視に逃げられるとゲオルギウスに
 その事実が伝わり、ティア達の身の安全が保証されなくなる。
 今のデウスの元に、信頼できる部下はいない。
 幾ら世界最高峰の魔術士であっても、単身で動くのは難しい事態だ。
 だからデウスは、アウロスを巻き込んで打開策を打ち出そうとしていた。
 自らがゲオルギウスの監視役となり、アウロスを使って監視を捕らえ、ティア達の居場所を吐かせる。
 ゲオルギウスを敢えてあの場に呼んだのは、地下に閉じ込める環境を作る為でもあった。
 無論、その目論見がゲオルギウスにバレないよう言葉を最小限に抑え、かつ伝わるようにする
 必要があったのだが――――アウロスはその役割を簡単にこなしてみせた。
 デウスも、それを見越していた。
 そこにあるのは冷静な分析か、それとも信頼か――――
「気配が止まった。持ち場についたようね」
 ルインとフレアがほぼ同時に大きく息を吐く。
 遠い場所にいる人間の気配を探り続けるのは、かなり精神力を消耗するようだ。
 疲労感漂う二人の内、フレアに目を向けチャーチが呟く。
「本当はね、あの大男の目論見通りならアウロスさんに同行するであろう枢機卿の娘を『事実上の人質』に
 して、アウロスさんに動いて貰う予定だったんだよね。そっちのお姉さんまで来たのは予想外。
 ボク一人じゃとても抑えられないもん。大男、実はああ見えて焦ってたと思うよ」
「自分から動いた甲斐はあったって事か」
 その為、デウスは次のカードを切らざるを得なかった。
 すなわち、論文の原本。
 デウスにとって然程痛い損失ではないが、所持できるならしておきたかったのも事実だろう。
 アウロスの即決が、この報酬を生み出した事になる。
「となると、これから俺がすべき事は監視二人の捕縛か」
「それは貴方じゃなく、私の役目」
 夜空の下、ルインの三角帽子が微かに揺れる。
 その目は遥か遠くを見据えていた。
「貴方は標的を追い、捕らえるという行動に慣れていないでしょう?」
「それは……」
「監視の力量がどの程度かわからない今、貴方が動くべきじゃない。わかっているでしょう、それくらい」
 そう。
 この状況なら、最も戦闘力があり、最も市街戦に長け、最も『狩り』に慣れた人間が動くべき。
 死神を狩る者として様々な戦いをこなしてきたルインが最適だ。
「……任せていいのか?」
「そこでルンストロム単独の刺客じゃないのを祈ってなさい」
 それだけ答え、ルインは気配を断ち――――教会の壁沿いに街路を駆けていった。
「ああ見えて、健気というか献身的というか……卑怯よねー」
 よくわからない表現で、ラディが既に見えなくなったその背中を評価する。
 ルインに任せるのが最適。
 それはアウロスもよくわかっている。
 だが、果たして本当にそれでよかったのか――――その迷いは中々消えそうにない。
「ところでアウロスさん。一つ確認なんだけど」
 後悔の予感を覚えるアウロスに、チャーチが声を掛ける。
「四方教会の部下四人がもう殺されている可能性はあると思う?」
 その物騒な問いかけに、ラディとフレア、そしてマルテの三人がギョッとした顔になる。
 一方、アウロスは冷静だった。
「……ある。ゲオルギウスがデウスに近いあの四人に病的な嫉妬を抱いていたのならな」
「罠の可能性は? 正直、ボクも騙されてる可能性も捨てきれないんだよね」
「いや、それはない。さっきも説明したように、デウスは俺の魔具を強引に奪う事はできない。
 罠だとしたら、それと矛盾する」
 つまり――――拉致監禁されたという狂言の可能性はないという事。
 そもそも、自身がグオギギに対しそれを行い、アウロスにも手伝わせている以上、
 そんな罠を張っても簡単に見透かされるのは明白だ。
「そっか。あ、もう一つ。部下四人が自発的に出て行った可能性は?」
「ない。断言できる」
 デウスの四人への信頼以上に、四人のデウスへの崇拝を見てきたアウロスはそう躊躇なく答えた。
「だから、ゲオルギウス、ルンストロム、或いはその両方……監視を差し向けた相手は
 この三通りに絞っていい」
 仮にゲオルギウスの独占欲や嫉妬が理由なら、単独犯、或いは身内だけの犯行の可能性が高い。
 だが、もしそうでない場合――――例えばデウスの立候補を取り下げさせる為の行為だとしたら、
 ルンストロムが絡んでいる可能性が浮上する。
「ロス君にとっては、ゲオルギウスが絡んでないと都合が悪いんだよね?
 アンタの父ちゃんとの交渉が成立しない事になるし」
「うん……っていうか、教会を監視してる人と誘拐犯が別々だと困る、って事だよね?」
 おずおず質問するマルテに、アウロスは普段より大きめに頷いた。
 よくちゃんとまとめられたな、とでも言うかのように。
「正直、その可能性もない訳じゃない。その場合はゲオルギウスの身辺を洗う必要があるから
 色々面倒だけどな」
 出来れば、今日中にケリを付けたい。
 そう続けようとしたアウロスの視界に、不安そうに揺れる瞳が移る。
「……妙だ。気配がゆっくり遠のいていく」
 再び監視二人の気配を探っていたフレアのものだった。
 そして、フレアの言葉が何を意味するか――――アウロスは直ぐに察知した。
 ルインの接近が相手にバレた。
 否――――
「え……?」
 刹那。
 フレアの身体が、ビクッと跳ねた。

 

 




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