「ふー……外の空気はいいねー。心が洗われるってモンよ」
 教会という神聖な空間が苦手らしいラディの吐露が夜空に舞う中、アウロスは路上の石を
 軽く蹴飛ばし、あらためてエルアグア教会を一瞥した。
 融解魔術――――この地下にはそんな物騒な邪術が眠っているという。
 その事を果たして、どれだけの人間が知っているのか。
 それによっても、今後予想される事態は変わってくる。
「話は大体わかったけれど……もう少し詳しい説明が欲しいところね」
 ここに至るまで、簡潔な説明をしてきたアウロスに対し、その背中にピッタリくっつくように
 歩いてきたルインが不満を唱える。
 その両脇には、フレアとチャーチがまるで従者のように三歩後ろからついてきている。
「俺もその二人との関係性の変化を説明して欲しいんだが」 
「裏切り者への粛正を試みただけよ」
「ぼ、ボク裏切ってないよ……ないですよ! 何度も何度も説明したですよ!?」
 チャーチは自身の特徴だった不遜な態度を押し込め、下手くそな敬語でそう訴える。
 余程怖い目にあったのは想像に難くない。
 そしてそれを見ていたフレアが怯えるのも、無理のない話だった。
「ボクは脅されてたようなものなんだよ。ウチのジジイをデウスってあのデカ男が監禁してるんだから、
 ボクが逆らえる筈ないでしょ?」
「その割に、被害者らしい悲壮感が全くないんだけれど」
「それはその……ボクの性格っていうか……」
 実際には、デウスがチャーチを一方的に脅しているとは考え辛い。
 脅されたとなれば、デウスの行為をチャーチがルンストロムにバラす可能性が高いのだから。
 交渉によってお互いの利を照らし合わせた結果の共闘、というのが正しいとアウロスは踏んでいたが、
 敢えてそれは口にしなかった。
「と、とにかくボクが愛しのアウロスさんを騙す訳ないんだから、信じて欲しいな」
「黙りなさい小娘」
 ギロリというよりグロリといった擬音が聞こえてきそうな勢いで、ルインがチャーチを睨む。
「協力? 今の貴女にそんな権利があるとでも? 自分の犯した愚行の償いをすべく下僕のように
 私達の手足となって呼吸する間もないくらい働くのが最低限の勤めだとわからないのなら、選びなさい」
「……え、選ぶって?」
「そこの教会の屋根の上で目玉をカラスに啄まれる無様な醜態を晒しながら朝陽を浴びる未来か、
 そこの教会の地下で全身を微生物に蝕まれ腐食していくだらしない醜態を晒しながら
 永遠の沈黙と共に果てる未来か。早々に選びなさい」
(……パクパク)
 チャーチは絶句し、その後ガクガクと震え出した。
 隣にいたフレアまで生唾を飲み込むほどの迫力。
「いたいけな女の子達にはちょーっと刺激が強い存在みたいね。ルイルイは」
「僕にとっても強すぎるよ……ついて来なきゃよかったかも」
 ラディの後ろで、マルテが大きな溜息を吐く。
 取り敢えず、全員教会の外に出揃った。
「さて。冗談はこの辺にして、そろそろ知ってる事を洗い浚い話して貰いましょうか。チャーチ=イェデン」
「あ、冗談だったんだ……よかったよ」
「それは貴女の姿勢次第」
 つまり――――脅迫。
 チャーチに選択の余地はない。
 尤も、ここに来て黙秘する気もないらしく、チャーチはあっさり、そして大きめに頷いた。
「よろしい。それでは詰問をします。まず、貴女とデウス=レオンレイの関係を吐露なさい」
 威圧感たっぷりの口調はともかく、ルインの質問は的確だった。
 単に人質をとられただけ――――の筈がない。
 二人の関係性によって、これからする話も質問できる範囲も大きく変わってくる。
「……一応、古い付き合いって言っていいのかな。ボクがジジイからこの神杖ケリュケイオンを
 受け継いで間もなくだったし。あいつがやって来たのは」
「その杖……というより、それを使って使用する魔術が目的、か」
 アウロスの指摘に、チャーチは素直に頷く。
「邪術もそうだけど、教科書に載ってないような魔術をあの大男は探してたみたいで、
 その縁で知り合ったんだよね。聖下の御子息って知ってビックリだったよ」
「自国の活性化、他国への牽制になる魔術を探してた訳か」
 ウェンブリー時代、アウロスがミストの部下になったのも、ミストが国内で様々な『出世の役に立ちそうな
 魔術論文』を探していたからだった。
 そういう点において、デウスとミストには共通点がある。
 チャーチもアウロスと似たような経緯で目を付けられたという訳だ。
「そういえばお前、マルテと結婚したがってたな。それもデウス経由か?」
「きっかけはね。でも向こうは子供がいるって一度も明かさなかったから、ボクが調べただけなんだけど」
 そうあっさりとチャーチは話しているが、教皇の息子であり自身も独自の情報網を形成しているデウスの
 個人情報を得るのは決して容易ではない。
 魔術国家への影響力が大きいグオギギ=イェデンの玄孫とはいえ、チャーチ自身も相当なやり手だと
 わかるエピソードだ。
「それから暫くは『伝声遠応』で偶に会話する程度の付き合いだったんだけど……例の三者会談に
 ジジイと一緒に招かれて、それでホイホイ出て行ったらジジイ誘拐されちゃって。で、仕方なく言う事を
 聞いてたって訳」
 そう締めくくったチャーチの話には、一応筋が通っている。
 だが――――
「本当にそうなのか?」
 猜疑の声は、意外にもフレアから発せられた。
「な、何? 枢機卿の娘、ボクの話が信じられないっての?」
「私は頭がよくないから、よくわからない。でも、お前の性格は大分わかってきた。
 お前がただ利用されただけってのは、なんか納得いかない」
「……」
 意外な人物によるその指摘は、チャーチの動揺を誘った。
 同時に、ルインの殺気も。
「まさか……この後に及んで虚偽の発言を?」 
「わーっ! 嘘は言ってないよ! でもま……枢機卿の娘の指摘も一理ある、かな」
「ならそれも話なさい」
 この上なく似合う命令口調。
 ルインの催促にチャーチは反射的にコクコクと頷いた。
「えっと、実は……」
「誘拐されるかなり前の時点で、デウスの脚本の中身はおおよそ伝えられていた」
 チャーチの告白から先んじ、そう断言したのは――――アウロス。
 その発言に、ラディが目を丸くする。
「え……? って事は、最初からグルって事?」
「あはは。バレちゃってたか」
 一方、指摘を受けたチャーチはアッサリとそれを認めた。
「ま、アウロスさんなら気付くよねー……バレバレな事もやってるし」
「ああ。エルアグア教会で何度か聞いた『声のような音』は、お前の伝声遠応と似てる点があるからな」
 そのアウロスの言葉に、ラディとマルテが反応。
「あ、さっき聞こえたあの不気味な幽霊の声!」
「僕も前に聞いた! お兄さんに見つけて貰った時!」
 二人が思わず叫び声をあげた通り、何もない所から声が出てくるという点においてあの『声』も
 伝声遠応と性質は似ている。
 尤も、違う点もある。
 チャーチの説明では、伝声遠応は『魔具に登録した相手との声での交信が可能』な技術。
 一方、アウロスがエルアグア教会内で聞いた声は、魔具に登録する前の話。
 また先刻聞いた『下だ。この下にある』という声も、アウロスだけでなく魔具を持たないラディが
 聞いている。
 つまり、伝声遠応ではない。
 チャーチの説明通りという前提なら。
「前提が間違っていた、という事?」
 眉をひそめ問うルインに、アウロスは首を――――横に振った。
「実際、魔具を登録する所を俺は見てる。説明に嘘はない」
「そうだよ。ボクがそんな安易に嘘を吐く訳ないでしょ? 全く……あ、え、えっと偶にならあるかも、うん」
 沈黙のルインに睨まれ、チャーチは一瞬で前言を撤回。
「で、でもこの件については嘘を吐いていないよ。伝声遠応は間違いなく、神杖ケリュケイオンを使って
 魔具に登録する事で、その魔具を身につけた相手にだけボクの声を届かせる魔術なんだってば」
「だったら……」
 問い詰めようと身を乗り出したルイン、そしてチャーチとアウロスの会話について行けず
 口を閉ざしていたフレアの二人が同時に眉間に皺を寄せる。
 この二人に共通するのは――――殺気や気配の感知を可能とする鋭敏な感覚。
「……一人、あともう一人。二人だけかしら」
「多分。こっちへ露骨に意識を向けてる人物の気配を確認」
 つまり、二人の感知可能な範囲に何者かが二人、同時に踏み込んだ事になる。
 不穏な状況。
 だが――――
「あ、やっぱり」
 チャーチは全く動じていない。
 どういう状況だと問おうとしたアウロスに向け、手で制する。
「手短に説明するから、みんな聞いてね」
 気配は――――少しずつ近付いていた。







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