ラディとマルテの驚愕は喉を中央から突き破りかねないほどの勢いで駆け上がったものの――――
 辛うじて声に化ける前に口内で止まった。
「な、なんでそんな事がわかるのさ。っていうか、だったらどうして父さ……デウスさんがお兄さんに
 ティアさん達を探すように頼むの?」
「無理して名前で呼ぶ必要もないと思うんだが」
 マルテがアウロスから離れデウスの元にいた暫くの間、それなりに親子としてのやり取りが
 あったのだろうと推察される微笑ましい変化と抵抗ではあったが――――
「今はそれどころじゃないでしょ。ホント、なんでそんなコトわかんの? 幾らなんでも唐突過ぎない?」
 ラディの顔は見えないものの、その声でジト目で睨んでいるのは容易にわかる。
 アウロスは右の眉をコリコリと掻き、歩を進めながら嫌疑の理由を述べることにした。
「正確には、デウスがそう疑ってる。確信を持ってると言ってもいい」
「だーかーらー、なんでそれがわかんのよ」
「あの場に残っただろ。上司のデウスがそうする限り、ゲオルギウスも動けない。
 その間に探してくれって訴えてるんだよ」
 実際に訴えられた訳ではないが――――敢えてデウスがそんな行動をとった時点で、
 アウロスはそう判断した。
 それに、それ以前にも様々な手がかりをデウスは提示している。
「ゲオルギウスが自分を信じてないのかって問い詰めた時も答えを濁した。
 何より、あの場にゲオルギウスを呼んだ事が一番の理由だ」
「グオギギのおじいさんを連れてきたってだけじゃないの?」
「デウスは『演説会』なんて言葉を使ってた。自分の話を聞かせたい人間だけを招いた筈だ」
 ならば、既にデウスの思想や理想を知っているであろうゲオルギウスを呼ぶ理由はない。
 理由がないだけならまだしも、アウロスに対して明らかな敵意を示す人物を交渉の場に置く
 愚行をデウスが犯す筈もない。
 必要だったから呼んだと解釈すべきだ。
 すなわち――――行方不明になった部下の捜索をアウロスに依頼するその一部始終を聞かせ、
 反応を確認する為。
 デウスの力なら直接問い詰める事はできるが、迂闊に事を荒立てればティア達がどうなるか
 わかったものではない。
 事実上、人質にとられているようなものなのだから。
「ただ、動機はデウスも図りかねてるみたいだ。だからこそ、論文の譲渡を示唆してまで
 俺に依頼してきたんだろう」
「正式に言葉にした訳でもないのに……よくもそこまで断定できるものよね」
 情報屋であるラディは、口約束ですら信用はしない。
 まして口にしない約束など論外。
 それは情報屋でなくても当然の考えだが、アウロスの姿勢は異なる。
 相手がどんな性質を持ち、どのような行動をとるかを常に考える。
 デウスは自分と同じ性質。
 目的の為に最短距離を走ろうとする性質だと認識していた。
 なら、約束を反故にするのは自分の目的が叶うと決定するか、叶った後。
 でなければ障害を増やすだけだ。
 よって――――
「断定はともかく、勝算は十分だ」
 そう結論付けていた。
 デウスは困っている。
 自分の信頼する部下が全員いなくなった事態に困窮している。
 その困窮の度合いは、アウロスに論文の原本を譲渡してもいいと思えるくらいのもの。
 何故なら、原本の所持そのものはデウスにとって絶対的に必要とまではいえないからだ。
 アウロスのように、自分が研究したという証が欲しい訳ではないのだから。
 デウスが欲しいのはあくまで、オートルーリングを使用できる環境と、
 魔具を古代ルーンに対応可能とする知識と技術。
 だからこそ、デウスはアウロスに白羽の矢を立てた。
 けれど、アウロスと組む事が難しいとしても、例えば論文の写しがあれば、
 オートルーリングの知識は満たされる。
 後は魔具の入手と、その魔具をカスタマイズする技術。
 後者はここマラカナンの研究所にでも依頼すればいい。
 残るは前者のみ。
 デウスが真に欲しているのは、アウロスが指にはめている魔具だ。
 実際、それはデウス自身が認めている。
 ミストとの交渉は、ミストの性質と時間的な問題で厳しい。
 アウロスの魔具を譲渡して貰うのが、デウスにとって唯一の調達手段だろう。
 その事実が揺るがない限り、デウスはアウロスに対して強硬手段をとれない。
「ちょっと待った」
 そこまで説明したアウロスに、ラディが待ったをかける。
「こーゆー言い方はちょっとアレだけどさ、アンタの指輪くらい強引に奪うコトもできるんじゃないの?」
 ラディのその意見はもっともだ。
 デウスの力なら、アウロスから力ずくで魔具を奪う事は十分できる。
 ただし――――
「俺のこの指の魔具が、本当にオートルーリング用の魔具ならな」
「あ……」
 そう。
 確かにアウロスはオートルーリング用の魔具を所持しているが、そうでない魔具も持っている。
 今指にしている魔具がどっちか、デウスにはわからない。
 わからない以上、強硬手段は意味を成さない。
 仮にアウロスが敢えて普通の魔具を装着していた場合、それを奪ったところでデウスには
 何の意味もないし、むしろオートルーリング用の魔具を手に入れる機会を完全に失う事になる。
 だからこそ、デウスは常に慎重な姿勢を崩さずにいた。
 交渉の時も、言葉以上の脅威は見せなかった。
「だからこそ、交渉に使える論文の原本を大事に持ってる筈だ。でも、それを手放してでも
 あの四人を連れ戻したい事態に追い込まれている」
「って事は……」
 右の裾を掴んでいるマルテに首肯しつつ、アウロスは立ち止まった。
「お前の父親とその部下には悪いが、この機につけ込ませて貰う。それができないようなら、
 もう俺に名を残す資格なんてない」
 目の前には、地下一階への階段。
 アウロスはその旨を二人に告げ、注意を促した。
「……こんな真っ暗の中で、よくわかるよね」
「っていうか、なんで灯りダメなの?」
 恐る恐る階段を上る二人に、アウロスは器用に歩調を合わせゆっくり足を上げていた。
「さっきも言ったが、ゲオルギウスが主犯の可能性が高い。なら、この辺に見張りを配置していても
 不思議じゃない」
「なっ……」
「あくまで可能性があるって話だ。実際には相当低い。デウスがいるからな」
 あの男がいる空間で怪しい行動はとれない。
 それくらい、ゲオルギウスがデウスを畏れているのは二人のやり取りからも明らかだ。
 尤も実際には、畏れているのか、崇拝しているのかはわからない。
 わからないからこそ、ゲオルギウスの動機が読めないでいる。
「もしゲオルギウスがデウスを崇拝してるのなら、四方教会の四人をデウスから遠ざけ
 自分が懐刀になるべく拉致した可能性が高い」
「……何その病んでる考え」
「あくまでも仮説だ。で、逆に畏れている可能性も十分ある。例えばこのエルアグア教会を
 乗っ取られる事への恐怖かもしれないし、魔術士としての矜持の問題かもしれない。若しくは……」
 階段が終わり、地下一階に足を踏み入れたところで、アウロスは言葉を止めた。
「若しくは……何よ。意味ありげに止めないでよ」
「ま、まさか見張りの人の気配がしたとか言わないよね?」
 ラディとマルテが不安に震える中、アウロスは沈黙で否定した。
 そもそもアウロスは気配を読むのが苦手。
 仮に見張りがいたとしても、アウロスがそれを察知する事は難しい。
「……どうやら見張りはいなかったらしい」
 それでも断言した理由は、目の前に見えたランプの灯り。
 その光に照らされ、薄らと浮かぶのは――――
「取り敢えず、話を聞かせて貰いましょうか。このボク女も交えて」
 フレア、チャーチ、そして二人を縮み上がらせている『死神を狩る者』の顔だった。









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